52 東方騎馬民族討伐戦 その3
今回の東方騎馬民族討伐戦だが、なんとなく見ていたらアルフレッドの戦意が高い。
サイモン相手に教えを請い、夜遅くまで剣を振っているのを何度も見たからだ。
だから、それとなく尋ねてみることにした。
「えらく気合が入っているけど、功績をあげて名前とか売りたいの?」
アルフレッドが訓練をしていた陣幕の外れは、夜中という事で見回りの兵ぐらいしか居ない。
何かあってもどうとでもなるので端っこに座ってアルフレッドの訓練を眺めていた時の事である。
「そう見えますか?
やっぱり力が入っていたんですね」
剣を下ろしてアルフレッドは苦笑する。
そのまま視線は月に、そして地平線へ向ける。
「相手が東方騎馬民族ですからね。
敵討ちというつもりはないのですが」
彼の生まれた村は東部開拓地の辺境で、東方騎馬民族の襲撃に耐え切れなくなって村ごと逃げ出したのを思い出す。
その後両親とも死に別れ、一人メリアスに流れて現在に至っている。
たしか幼なじみのナタリーも攫われてしまって、彼女を探すためにもアルフレッドは力をつけたいという所なのだろう。
「ごめんなさい。
少し不用意に過去に触れちゃって」
さすがに気まずくなって私が頭を下げると、アルフレッドも慌てて頭を下げ返す。
「気にしないでください。
そこまで気にする事じゃないですから」
その後のアルフレッドの言葉は少し寂しく聞こえたのは幻聴ではなかったと思いたい。
「今のご時勢、俺みたいな人間はこの国にいっぱい居るんですから。
俺はお嬢様に拾われて幸せですよ」
「……」
今回の討伐だが、既に辺境部にて被害が出ているはすである。
穀倉地帯の不作に、まとめ役の貴族の代替わりも重なって、南部諸侯は組織的な動きができていない。
護衛騎士のサイモンが画策し、ヘインワーズ候率いる南部諸侯が乗ったのが野心と不遇をかこっていたカルロス王子であり、カルロス王子も南部諸侯を取り込むことで状況を打開しようとしていた訳だ。
本来の過去ならば、この三者が王都で足を引っ張った為に援軍はほとんど出ず、それでもタリルカンド辺境伯率いる東部諸侯がマーヤム族を撃退した事は統合王国の最後の勝利と呼ばれることになった。
既に現状は辺境部をある程度見殺しにしないと撃退は不可能になっている。
それですら、タリルカンド辺境伯が戦傷で命を落とす等の大損害を受ける事になるのだ。
統合王国の崩壊を避けるためにも東部諸侯軍はできる限り損害を減らして帰す必要がある。
結果として、既に始まっている南東部辺境の略奪を見逃す形になっていた。
それを糾弾しないアルフレッドが私は正直な所怖かった。
私の沈黙に気付かず、アルフレッドは素振りを再開する。
その剣の鋭さは出会ったころよりは鋭いが、一流かと問われると首を横に振らざるを得ない。
「お嬢様。
質問してもいいですか?」
そんな言葉が聞こえてきたのはアルフレッドの素振りが二百を越えたぐらいだと思う。
剣を下ろして深呼吸をしながら、アルフレッドは見ていた私にこんな事を問いかけてきた。
「俺、お嬢様のお役に立てているんでしょうか?」
「立っているけど、どうしてそんな事を聞くの?」
手ぬぐいで汗を拭くアルフレッドに、水筒に入れたスポーツドリンクを渡す。
なお、セリアの所に行ってこれをもってきたのは、ぽちだったりする。
「ほら、ポトリの時も俺お嬢様から外れて仕事していたじゃないですか。
お役に立てているのか不安で、こうして練習していてもサイモンさん達の背中に追いつけていないと感じてしまう訳で……」
淡々と話す所がまた深い葛藤を表していたり。
私はアルフレッドが側に居るだけで満足なのだが、アルフレッドはその答えに納得はしないだろう。
そういえば、昔アルフレッドが新人傭兵を訓練していた時の事を思い出して思わず苦笑する。
「何がおかしいのですか?お嬢様?」
「ごめんなさい。
昔、私も同じ事を思ったことがあるのよ。
それを思い出してね」
未来のアルフレッドの言葉が過去のアルフレッドに届く。
けど、過去から未来へアルフレッドを歩かせてはいけない。
アルフレッドを英雄なんかにしてなるものか。
それだけは阻止すると内心呟きながら、矛盾を自覚しつつも私はその言葉を口にする。
「まず最初に、『やらない事』を決める事」
「やらない事?」
首をかしげるアルフレッドに私は続きを口にする。
初心者育成においてこれを知るのと知らないのでは大きく違ってくるのだ。
「最終的には、全部できるのが望ましいけどね。
それを最初から目指していたら時間がいくらあっても足りないわ。
たとえばこの国において立身出世に必要な知識をおおまかに戦闘・内政・魔法と三つに分けましょう。
この内一つを『やらない』と決めるの」
「どうしてですか?」
話を聞くためかアルフレッドも座って私と同じ視線になる。
まだ息は荒いし、汗の匂いもここまで届くがそれを不快と感じない私は彼の質問に答えてやることにした。
「全部を均一に学ぶのと一つを突き詰めるのだと、一つを突き詰めた方が成長が早いわ。
とはいえ、その一つがものになるかなんて学び始めたばかりでは分からないから保険はかけておく。
だから、三つの内一つ『やらない』と決めるわけ」
このあたり『ロード・オブ・ザ・キング』はうまく作っていた。
成長のパラメーターを1:1:1で振るのと、3:0:0で振るのでは戦力化は3:0:0の方が速いのだ。
パラメータがある一定数値に達してクラスチェンジができるようになり、一次職より二次職、二次職より三次職という形で強くなるので一次職を極めるより、二次職に転職した方が戦力化は速いのだ。
とはいえ、限界までその職を極めると転職時にボーナスがつくために、私はこっちの方が好きだったりする。
「もちろん、この学び方だと学んでいない事ができないからそこを突かれるとどうしようもないわ。
だから、その弱い所を補完する為にそこが得意な人と組むという訳」
一人で何でもできる必要はない。
複数で欠点を補えるのが組織というものである。
「ですが、戦闘にせよ、内政にせよ、魔法にせよ、お嬢様は何でも一人でこなしてしまうように見受けられますが?」
アルフレッドの的確すぎる質問に、私は笑うことしかできない。
寂しそうな笑みを作って、そうなってしまった者の欠点をアルフレッドに教えてあげた。
「そうね。
私は全部できるわね。
だから、組めないのよ。
効率が落ちるから」
私は立ち上がってスカートについた土をはたく。
そろそろ戻らないとセリアあたりが心配するだろう。
「さてと、そろそろ帰るわ。
訓練がんばってね」
背を向けて手を振る。
私の顔は見えないから、アルフレッドは返事をしてまた訓練を再開する。
そう。
何も考えないのならば、できるのだ。
今、この瞬間ですら、東方騎馬民族を私一人で撃退する事ぐらいは。
翌日。
進軍をする東部諸侯軍の斥候が戻ってきた。
ある程度待ち望んでた報告である。
「レテ族と名乗っており、交渉を求めています」
この手の民族に対しての交渉は基本部族単位となる。
大部族の場合、部族盟約にて部族の統制を図るが、遊牧民である彼らにそれを求めるのは酷というもの。
何しろ移動しているから、盟約の順守という監視がどうしてもなおざりになるからだ。
このあたりが彼らが国家になりきれなかった原因でもある。
部族を束ねる大部族との交渉だと統合王国がらみになりかねないが、ただの部族で国家が出るにはなんだかなぁという訳で。
こういういざこざを解消するために作られたのが辺境伯なのだ。
辺境伯以下勢ぞろいした本陣にて、ターバンをつけ東方騎馬民族独特の衣装をまとったレテ族の使者は東方騎馬民族式の礼をとる。
「辺境伯においてはご機嫌麗しく。
我がレテ族は戦いではなく、交易を求めております」
このあたり戦いと交易が両立するのが東方騎馬民族というものだったりする。
交易が無理ならば戦って奪うという蛮族思考である。
そのあたりを良く知っているタリルカンド辺境伯は大仰に頷いて、使者に言葉を投げる。
「戦いより交易の方が我らとしても嬉しい。
それで、レテ族は何を出し、我らに何を求めるのか?」
こういう言い回しは伝統みたいなもので形式ばっているが、同時に東部におけるタリルカンド辺境伯の地位を表してもいる。
南部諸侯にもこのようなまとめ役がいたら話が違っただろうになんて私の内心を知らずに、使者はこう告げてきた。
「我らが出すのは羊肉と毛皮と乳製品。
我らが求めているのは薪です」
荒地と高地が多い東部最辺境は寒暖差が激しく、暖をとる薪の高騰がそのまま凍死者まで出る事に繋がる。
レテ族の遊牧地域は東部辺境に近かった事もあって、薪の価格が元に戻ったのを知って、略奪ではなく交易に切り替えたのだろう。
「エルスフィア太守代行はこの提案をどう思う?」
タリルカンド辺境伯が私に話を振る。
薪の安定供給を握っているのは私だからだ。
レテ族が出してきた羊肉と毛皮と乳製品は北部でも売れるものだ。
「問題ないと思います」
私の答えにタリルカンド辺境伯も頷く。
「交易に応じよう。
取引はいつものようにタリルカンドの市場にて行う。
先導の為にこちらから一隊を出すがよろしいか?」
「辺境伯の名はこちらにも轟いております。
その名に誓って頂ければ」
レテ族はマーヤム族とは違う一族である。
マーヤム族という大氏族が略奪に走ったので、そのお零れをもらおうとくっついてきたというのが真相だろう。
とはいえ、レテ族だけでも数百を越える騎馬民族である。
蹴散らして余計な損害を受ける必要もあるまい。
「よかろう。
我が名に誓おう」
「ではこちらも、取引の成立をレテ族の名誉に誓わせて頂きます」
タリルカンド辺境伯と使者がほぼ同時に剣をかざして誓い、交渉が成立する。
ここでは交渉も戦いなのだ。
まずは小魚が釣れた。
少しずつ小魚を引き剥がして、大魚を丸裸にする。
狩りはその後に行われる。
次の魚は夕方になろうかという時間にかかってきた。
使者がこっちにやって来るが、その背後に騎馬民族の集団がずらりと控えている。
こっちももちろん戦闘態勢である。
「ハシ族を名乗っており、交渉を求めています」
大氏族の一つで、彼らが主導して略奪をした事も何度かある統合王国にとっての因縁有る敵の一つである。
近年はマーヤム族に押されてはいるが、数千の騎馬の群れというのは見ている分には大迫力である。
あの突撃を食らうと考えたらまた別の感想が湧くのだが。
「辺境伯においてはご機嫌麗しく。
我がハシ族は戦いではなく、交易を求めております」
レテ族と同じようにターバンをつけ東方騎馬民族独特の衣装をまとっているが、服の色やターバンの結び方等で氏族を見分ける事ができる。
こういう緊迫する交渉が東部のスタイルである。
交渉決裂=即開戦というのもザラなのだ。
「戦いより交易の方が我らとしても嬉しい。
それで、ハシ族は何を出し、我らに何を求めるのか?」
「我らが出すのはハシ族そのもの。
我らが求めているのは薪を含めた生活物資の全てです」
聞くとマーヤム族の勢力拡大によって従属的立場におかれていたハシ族だが、数度と彼らと戦っておりその風下に立つのは決して快くは思っていなかったらしい。
で、こちらの迎撃という肉盾扱いされてブチ切れたが、既に一族を養う物資はマーヤム族に取られて彼らのいうがままに動くしか無かったと。
略奪に走る南部方面ではなく我々を迎撃するここに置かれたので、ダメ元で寝返りを打診したらしい。
このあたりの思考も実に蛮族チックである。
「辺境伯。
どうします?
彼ら」
私の質問に辺境伯は質問をそのまま投げ返す。
顔が笑っている当たり、私の試験も兼ねていると見た。
「世界樹の花嫁候補生にお任せしよう」
「では、雇いましょう。
とはいえ、背後から襲われても腹が立つので、タリルカンド方面に移動するレテ族と共に相互監視させて、この場から去ってもらうと」
なお、この会話は使者の前での話だったりする。
蛮族ゆえに、彼らは隠れての裏交渉を極端に嫌う。
悪口でも堂々と言えというのが彼らのスタイルなのだ。
「双方仲良く裏切るかもしれんぞ?」
「それは無いでしょう。
ハシ族がここで裏切って勝っても、東方騎馬民族内部の主導権を取れるわけではなく、マーヤム族の手柄にされてしまいます。
ハシ族がでかい顔をするのはマーヤム族が負けた後でしょう」
なお、こういう事を言われても使者は笑顔である。
内心、そのとおりだと思っているからたちが悪いが、今回叩くのはハシ族ではなくマーヤム族だ。
ハシ族を離脱させられたら、今回の略奪に来た東方騎馬民族の約一割を戦わずに無力化できる。
それは寡兵なこちらにとって大きな魅力なのだ。
タリルカンド辺境伯もそれを理解していたからこの取引に応じることにした。
「交易に応じよう。
ハシ族を雇い、タリルカンドとその周辺の警護をお願いしたい。
先に取引に応じたレテ族と共にタリルカンドに向かってもらいたいがよろしいか?」
「辺境伯の名はこちらにも轟いております。
その名に誓って頂ければ」
朝に繰り返された光景。
外交というのはそういう積み重ねによって成り立っている。
タリルカンド辺境伯とハシ族の使者が剣をかざして共に誓う。
「よかろう。
我が名に誓おう」
「ではこちらも、取引の成立をハシ族の名誉で誓わせて頂きます」
「このような事はどれぐらい続ければいいのかな?」
「マーヤム族本隊と接敵するまでは。
そこから先は交渉不要でしょう」
向こうは数万、こっちは二万である。
その数万をできるかぎり解体して、マーヤム族だけを潰さないとこっちの被害が大きすぎるのだ。
合戦という賭けが始まる前だからこそ、この手の裏切りには価値がある。
勝ち馬に乗ろうと擦り寄る連中には、所詮それだけの価値しかないのだ。
「それでも正直きついな。
南部諸侯が動けていれば話は別なのだが……」
南部諸侯の弱体化と混迷は不作に原因があるのだが、代替わりにも問題があった。
南部諸侯はシボラ家が辺境伯を名乗っていたのだが王兄ダミアン殿下の派閥だったので、バイロン三世の即位後に徹底的に弱体化させられた。
シボラ家も爵位を落とされ伯爵になったが、娘を差し出したことでお家復興になんとかこぎつけたのだ。
弱体化を主導したのがベルタ公で、その後で美味しい汁を吸おうとしたのが我が義父ことヘインワーズ候。
因果応報というか何というか。
オークラム統合王国は、アンセンシア大公妃やタリルカンド辺境伯を見て分かる通り、王権が固まっていないので地方領主のボスみたいな旗頭がどうしても必要になる。
南方魔族領と接していながら、この旗頭が未だ出ていない時点で既にこの国が歪んでいるというのがわかろうというもの。
なお、ヘインワーズ家が南部諸侯の旗頭にならなかった理由は2つ。
乗っ取ったヘインワーズ家に従う南部諸侯がいるかどうか分からなかったのと、諸侯の旗頭より王都でも宰相位を狙っていたからだ。
「仕方ないですね。
南部諸侯を動かしましょう」
私の結論にタリルカンド辺境伯の白眉がぴくりと動く。
それができるならば、とっくにやっていると言わんばかりの顔なので、ドヤ顔で言ってあげることにしよう。
「小娘ですが、世界樹の花嫁候補生の端くれ。
流れては居ませんが、一応南部諸侯の血を引いていることになっているので。
陰謀蠢く王都から援軍を引っ張って来ましょうとも」