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昨日宰相今日JK明日悪役令嬢 恋愛陰謀増々版  作者: 北部九州在住
乙女ゲーとSLGの間で

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51 東方騎馬民族討伐戦 その2

 二万の大軍の移動というのは、ファンタジー世界においても大仕事である。

 まず最初に物見の騎兵隊が発ち、前日に先陣と設営部隊が動きドラゴンやゴーレムが引っ張る荷車が隊列を作って出発してゆく。

 空を見上げると、ペガサスナイトやグリフォンライダー達が偵察や伝令の為に四方に飛んでゆく。

 そして、歩兵、槍兵、弓兵、騎兵がそれぞれ騎士の元に整列していた。


「騎士団集結!

 出発!!」


 街から出ること自体が政治ショーだから、見栄えのいい連中を集めて大手門から出撃させる。

 その駒に私も当然使われる事になった。


「出陣するわ!

 ついてらっしゃい!!」


「ぐぁ♪」


 巨大化したぽちの背に乗ってのパレード要員である。

 なお、ラスボス級ドラゴンであるぽちの巨大化に馬だけでなくモンスター連中が怯えて近づかなかったから、周囲を囲むのはエリオスとマリエル指揮のタリルカンド騎士団最精鋭の騎兵隊だったりする。

 というか、ぽち見て怯えないってどれだけ練度が高いんだか。話がそれた。

 のっしのっしとぽちが四つん這いでタリルカンドの大通りを歩く。

 私は背の上で立ち、世界樹の杖を持ったままドレス姿に笑顔でタリルカンド市民の歓呼の声に応えてゆく。


「あれ誰だ?」

「知らないのか?

 今、世界樹の花嫁に最も近い候補生のエリー・ヘインワーズ様だよ!」

「ヘインワーズ侯のご令嬢かよ」

「そういえば彼女ここの華姫という話があるらしいが?」

「本当だって。妾の子だからって売られた後に存在を知った侯爵に引き取られたらしいぞ」

「しかし凄いドレスにドラゴンと装備だな。

 さすがヘインワーズ家」

「タリルカンド辺境伯が末弟エリオス様の嫁にって申し出をしたらしいが本当みたいだな。

 ちなみに、今ですらエルスフィア太守代行の地位を得ているとか」


 歓声の中から聞こえる民の声はもちろん仕込みのサクラである。

 とはいえ、こっちの仕込みでないサクラもいるあたり、高度な情報戦が展開されているらしい。

 まあ見世物になる以上、エルスフィアから連れてきた騎士団と切り離されたがパレードが終われば戻れるので心配はない。

 それ以上に、私の戦場は目の前に迫っていたのである。


 書類である。




「南方に出したペガサスナイトからの報告はまだ来ておりません」

「東方に出したグリフォンライダーから報告が!

 マーヤム族の姿は見えず!!」

「東方交易路からの商隊からの聞き取り報告では、マーヤム族と思しき騎馬民族が大量の余剰品を売却したと。

 略奪に向けて身軽になったと考えられます!」

「先陣が宿営地建設の準備を始めたそうです。

 物見の騎兵隊より周囲の盗賊たちへの討伐許可を求めています」


 これらの事を聞いて、それを書類に書いてしかるべき所に送る。

 それができると軍の行動は飛躍的に良くなるのだ。

 で、私にはそれができる。

 当たり前のように志願して、書類を書き続けた。

 ノートパソコンとプリンターで。

 ありがとう。バッテリー。

 ありがとう。太陽電池。

 ありがとう。こちらの言語を解析してソフト化した皆様。

 己が生まれた科学時代の全ての文明の利器に感謝を。


「南方については再度偵察を実施します。

 その際、周辺情報を物見の騎兵隊をすり合わせるように!」

「宿営地に向けて荷馬車を出発させるわよ。

 護衛の騎士団を選抜して頂戴!」

「商隊には私名義でマーヤムが出した大量の余剰品を全て買い取るように伝えて。

 買ったもので使えるものは使います。

 使えないものはエルスフィアで処分するわ」

「転移魔法ができる魔術師を二人頂呼んで頂戴。

 今後の軍行動の詳細よ。

 蜜蝋で封しているから一つはメリアスのアリオス王子に、もう一つは王都の法院に提出して頂戴。

 開封後の受領印は私にもってくるように」


 プリンターが吐き出す紙をセリアがまとめて、それに私の署名をボールペンでさらさらと書いてゆく。

 紙の上質さと妙に角ばった文字だが、サインは私のものだから信用されるだろう。

 基本烏合の衆であるオークラム統合王国軍がまがりなりにも周囲の連中を何とかはねのけてこれたのは、広大な領地から出る兵達を諸兵科連合にできたというのがある。

 北方蛮族は弓兵が強い。

 東方騎馬民族は騎兵が強い。

 南方魔族達は身体能力が高く魔法適正が高い。

 それぞれの兵に強力なユニットを持つ彼らだが、それ以外を揃えようとは中々しなかったのである。

 だからこそ、そこそこの騎兵・そこそこの弓兵・そこそこの魔術師を確保し、歩兵と槍兵とともに編成し運用することができた統合王国軍が最期には勝利することになる。

 それが崩れたのは統合王国崩壊時。

 これら諸兵科連合の運用が内戦によって崩壊し、魔族を糾合して魔族の諸兵科連合を創りだした魔族大公サイモンと、今回の相手でタリルカンドに見切りをつけた東部諸侯が傘下に入ったマーヤム族の諸兵科連合に統合王国は崩壊させられたのである。

 それを私は、兵站と陣地戦と外交によって叩き潰した。

 だから今回もやる事は同じだ。

 戦略面での優位を固めて負けないようにする。

 で、この戦略目標は二つある。


 1)タリルカンド辺境伯の戦死阻止

 東方の要である彼が死んでしまうと、政争まっただ中の統合王国内部が壮絶に荒れる。

 だからこそ、彼が前に出て戦死するなんて事態は絶対に避けないといけなかった。


 2)マーヤム族の略奪阻止

 重要なのは、阻止であって『撃退』ですらない。

 ぶっちゃけると戦う必要すらないのだ。本来ならば。

 ただ、


「物がない!奪う!!」


という蛮族思考なだけで、ここが我々の相互理解を阻んでいる。

 物が無い理由は明らか。

 世界樹の加護機能不全に伴う統合王国の不作だ。

 この東部において穀物は西部や南部から買い付ける事で賄っている。

 だが、その南部が近年不作に見舞われ続けて、穀物価格が上昇し続けていた。

 東方騎馬民族の主要交易品は、羊と山羊。

 その肉や毛皮で穀物を買うのだが、不作で価格が追いつかなくなってくる。

 それに先に起こったタリルカンドでの薪不足が決定打となった。

 これが今回の略奪の原因である。

 だからこそ、搦め手を使う。

 交易路を行き来する商隊やジプシー達に頼んで、薪の価格が元に戻った事を交易路周辺都市に伝える。

 交易協定があるから、タリルカンドへの薪の安定供給はこっちが握っている。

 ぼったくるような事をすれば、私自らお話にいく覚悟である。

 で、更に搦め手を使う。

 北部の特産品に森林から取れる薬草ってのがある。

 これをタリルカンドおよび周辺交易都市に大量に流通させたのである。

 戦いになると厄介になるのは負傷者の扱いだ。

 その負傷者が回復する為に必要な薬を用意したというのが一つ。

 それを敵側にも流す、つまり、南部の何処を襲うか分からないより、タリルカンドに来てくれた方がこっちとすれば敵の捕捉という点で助かるのだ。

 薪と薬草という強力な武器だが、それを手にするために私はアンセンシア大公妃に直談判する事にした。

 あのエターナルビッチプリンセスは私以上の政治的化け物。

 絡め手は無しでの交渉に最後は折れて供給を約束してくれた。

 なお、その供給でかなりの利益を北部に吸い取られる事になるあたり、あの政治的化け物の恐ろしい所である。 


 3)街道の見張り台や周辺の遺跡や砦の警備強化

 ここまで裏でやって、やっと実際の戦術レベルに移る。

 とにかくマーヤム族の捕捉が大事なので、使える飛行ユニットと騎兵を大部分割いて偵察に当たらせた。

 こっちは二万、向こうは数万である。

 数で負ける以上、それを補う策が必要である。

 マーヤム族とて一枚岩ではない。

 マーヤム族という名前で呼ぶが、これはマーヤムという苗字の一族と言った方が分かりやすい。

 つまり、その下に○○族がいくつも存在してる訳で、過激派も居れば穏健派も居る。

 薪や薬草がらみの話はここに繋がってくるのだ。

 マーヤム族を、南部を荒らす族と、タリルカンドを襲う族と、帰って交易する族に分断する。

 で、タリルカンドを襲う族対策がこれである。

 タリルカンドはオークラム統合王国東部の要衝だけに、城壁をはじめ防御についてはかなり整っている。

 一撃ぐらいは撃退できるだろう。

 問題は、出撃したこっちが何時戻ってこれるかだ。

 万一の事を考えて、アリオス王子と法院に密書を送ったのは、こっちが動けなくなった時に備えての後詰の要請である。

 なお、タリルカンド辺境伯の面子を考えて、エルスフィア『周囲』に接近する東方騎馬民族撃退に伴う後詰要請という形にしていたり。

 もちろん、タリルカンドを『周囲』にいれるのだ。

 この手の裏技は黙ってする訳にはいかないので、辺境伯に承認を求めたが、笑って了承してくれた。

 向こうの面子を立てつつ、こっちが欲しい予備兵力の確保ができるならの笑顔なのだろう。

 こうして、私は出撃する前に書類に溺れ、宿営地に到着したのはその日の夜だったことを記しておこう。

 軍を動かすというのは、本当に大変なのである。

 



 飾り物の華姫とて武術は仕込まれる。

 とはいえ、本職とは別で護身術から先に出るものではないのだが。

 それを戦場経験から一流にまで高めきった所に私の救いの無い過去がある。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「踏み込みが甘い!!」


 マリエルのレイピアを私は世界樹の杖で弾く。

 レイピアの突きは必殺技だから、その間合いは絶対に悟らせてはならない。

 だが、私はこのちっぱいの間合いを熟知していた。

 私の武芸がいやでも向上したのはこのちっぱいのせいでもある。

 弾かれた瞬間に即座に下がり第二撃を狙おうとするマリエル。

 それは悪手だと教えてあげよう。


「あら?

 この杖を見て下がるの?

 マジックミサイル!」


「っ!!」


 魔術師相手に遠距離戦は悪手だ。

 本来魔術師は遠距離攻撃にこそ力を発揮する。

 とはいえ、こっちが放ったマジックミサイルを更に下がって叩き落とすあたりは一流の剣士という所か。


「何やってんだ?」

「マリエル様と世界樹の花嫁候補生が訓練名目で決闘しているぞ!」

「マリエル様に賭けるぞ!」

「俺は世界樹の花嫁候補生だ!!」


 まあ、陣中での娯楽に飢えている連中に格好の話題になるのはある意味当然のこと。

 それを考慮に入れてこっちの武威アピールをしておこうというのが今の決闘である。

 宿営地というのは当然ながら娯楽が少ないので、こういう事も主君の務めなのだ。

 なお、ちっぱいはエリオスの事を口に出したら簡単に釣れました。ちょろい。


「それだけの体運び……貴様戦場を潜ってきたな!」

「お教えすると思いまして?

 秘密は良い女の条件ですのよ」


 華姫の護衛術は貴族や豪商に買われる状況から、裸の時の武術に力を入れている。

 つまり、脱げば脱ぐほど力を発揮する。

 更に、踊り(ストリップ)系列から視線制御を護身術に取り入れている。

 要するに、体を使った視線制御と状況誘導こそが、華姫の護身術の肝なのだ。

 私はマリエルの間合いから十二分に離れた事を確認して、杖を持ったままわざとらしく髪を束ねて離す。

 綺麗に広がる髪に周囲が見とれるのを意識しながら、裾のボタンを外し兵達に晒した白い手を振ってあげる。


「……何をしているっ!」

「見ての通りで、さすがに胸当ては外せませんし。

 うらやましいですわ」


 マリエルの顔から表情が消える。

 激昂した証拠だ。


「吠え面かかせてあげます」

「どうぞ。

 できるものならば」


 申し訳ないがマリエルよ。

 今後の軍統制の為にかませ犬になってくれ。

 そのぶんエリオスとのイベント用意するから。

 心で謝りながら、実はちょっとした高揚感に包まれていたり。


 私、今、めっちゃ悪役令嬢しているっ!!!


 ……ラスボスって言わないで。自分でも分かっているから。


「……」

「……」


 意識を集中させろ。

 周囲の視線を掌握しろ。

 入る戯言を聞き分けろ。

 マリエルの動きが分からなくても、分かる兵や騎士がこの周囲には集まっている。

 そこから、彼女の手を、動きを想定しろ。


「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「アースシールド!!」


 こちらが追いきれない速さでレイピアをぶん投げたマリエルより、大地を隆起された私の呪文の方が早かった。

 大地の壁が見事に貫かれたが私には届かないって殺す気だったな。今の。

 まぁ、お抱え魔術師や僧侶がいるから、致命傷にはならんと分かってはいるが。


「そこまで!

 マリエルよ修練が足りんぞ!!

 離れた時点でその技が見抜かれた事に気づけ!!!」


「申し訳ございませぬ……」


 周囲に轟く大声で試合を止めたのはタリルカンド辺境伯。

 こっちの思惑を分かった上で、マリエルの訓練になると踏んでここまで手を出さなかったと見える。

 食えないご老人だ。


「実に見事!

 これで貴殿を侮る輩は居なくなるでしょうな。

 これでもマリエルはうちの若手の中では有望株でしてな」


 さらりとマリエルを持ち上げてフォローするあたり、この武人が武功だけでない所を示している。

 ちらと見るとエリオスがすっとマリエルのフォローに走っていたり。

 長い付き合いだから、あのちっぱいの扱いにはなれている。

 だから、あのちっぱいがあんたにドはまりしてんだよと突っ込みたい。突っ込みたいが我慢。

 統合王国軍は必然的に諸侯・諸都市連合軍になる以上、この手の気配りはとても大事である。


「また、機会がありましたらご指導よろしくおねがいします」


 エリオスのフォローの結果、冷静になったマリエルが突き刺さったレイピアを抜き取って騎士の礼で試合終了を告げる。

 ならば、こちらは令嬢としてスカートをつまんでご挨拶してあげよう。


「ダンスのお相手ならば喜んで」




「お疲れ様でした。お嬢様。

 とてもかっこよかったですよ」


 あれ?

 観戦していたアルフレッドに褒められたが、これ普通逆じゃね?

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