49 相良香織とその友人
「文化祭?」
私の疑問形の声に妹の香織がチケットをテーブルに置く。
ぽちが食べ物をくれるのかと勘違いして香織の所にやってくるので妹はぽちをなでなでしながら続きを口にする。
「そ。
私の通っている学校女子校じゃない。
で、親族用にチケットを貰ってきたの」
テーブルの上のぽちを可愛がりしながら、妹はため息をつく。
なお、うちは四人家族のはずだ。
通っている妹は除外されるから三枚でいいはずなのだが、何故か四枚有る。
「妹よ。
何で一枚多いのかお姉ちゃんに話してくれないかな?」
「お姉さま。
言わなくてもわかると思うのですか」
にっこり。
にっこり。
なお、笑顔というのは本来攻撃的な表情なのである。
「姉弟子様を連れて来いと?」
「まさかぁ。
お姉さまが勝手にそう思っているのだけでは?」
にっこり。
にっこり。
我が妹は私の妹だけあって、こういう所で腹黒い。
なお、我が妹はおねだりをする時だけ、私に敬語を使う。
「本音は?」
「お姉ちゃんのスマホに写っている衣装があるでしょ?
うちのクラス、メイド喫茶をやる事になりまして」
つまり、まじもののメイドドレスが欲しいという訳か。
という事は、チケットは姉弟子様への貢物らしい。
そういえば異世界行きは、姉弟子様の仕事の手伝いという設定だったな。
代金は払うからという訳だ。
姉弟子様クラスともなると取れる所からとっているので、後は誠意と好奇心が大事になってくる。
私を見ているだけあって、そのあたりの感覚がよく分かっていやがる。
妹はこっちの力を受け継がなかったみたいだが、ぽちが懐くあたり何かは持っていそうな気がする。
で、姉弟子様と母親は相性が良かったらしく、友達付き合いをしている仲だったりする。
「で、遠慮なくお姉ちゃんにおねだりすると」
ここまであけずけに言い切るのだから、我が妹と賞賛してやりたい。
何だかんだで妹には甘い私だったりする。
だが、甘い。
「駄目よ。
あの姉弟子様がそれで満足すると思う?」
メイド服を入手するためには、姉弟子様のコネを使わねばならず、姉弟子様を動かすために私に話をもちかけると。
実はメイドうんぬんは姉弟子様まったく関係がないのだが、黙っておいておこう。
異世界で侯爵令嬢をやっていますなんて説明できるものでもないからだ。
話はそれたが、あの姉弟子様の所業の尻拭いをし続けてきた私だからこそ分かる。
面白そうだで首突っ込んで、周囲に甚大な被害をばらまいて、本人は無傷と来るのだからこの姉弟子様はたちが悪いのだ。
その尻拭いで、頭を下げまくった私が言うのだから間違いがない。
こういう事が知れると、大体私が頭を下げるオチになるのが見える。
「悪いこと言わないから、コスプレショップのメイド服にしなさいな」
「だって、メイド服高いんだもの!」
という訳で、通販サイトから検索することしばらく。
現代消費社会というもののありがたさに涙がでる。
なお、メイド服は諭吉さん一枚ぐらいで入手できたり。
普通の学生が一日の為に買うのにはちとキツイ金額ではある。
「採算はとれるの?」
自然とそんな言葉が出る女子高生。
我ながらおかしいことこの上ないが、自然に内政スイッチが入っている私。
妹の話をメモ取りながら、統治感覚で話を進めるが妹も負けていない。
「ケーキセットで1000円コース。
材料費はみんなからカンパを集めたけど、メイド服を買うと追加のカンパが必要なのよね。
九時から三時までの6時間。
来客数は100人を想定しているから、後払いならば可能。
どうせ利益は後の打ち上げに使うだろうから、ここからメイド服の費用は回せるわ。
終わった後で売り払ってもいいし」
「そのあたり、メイド喫茶の運営と話はついているのかしら?」
私の質問にただ右手を上げた我が妹。
つまり、こいつが全権を握っているからこそのこのムチャぶりというわけだ。
姉に似て、組織掌握と運営の才能があるから姉としては嬉しいような悲しいような。
で、想定される売上10万円。
代金後払いで片付ける裏道としてのこの会話である。
腹黒さも私に似たのかも知れぬ。
「で、姉からたかろうという妹の根性が素敵よね」
「だからチケット渡したじゃないの。
別の人を誘ってもいいんだよ?」
ニヤリと妹が嫌な笑みを浮かべる。
こういう攻め所での攻撃を何処で覚えたのやら。
きっと門前の小僧よろしく私から吸収したのだろうなぁ。
「私知っているんだけどぉ。
お姉ちゃん、フォトスタンドを見ながらニヤニヤしているでしょ?」
「っ!?」
何故ばれた?
あれを見ている時はちゃんと周囲をぽちに警戒させて……はっ!
こっちの顔をうかがっていた香織の前で動揺したのは致命的な失策だった。
あきらかに、たちの悪そうな笑みを浮かべてやがる。
「カマかけただけなんだけどねぇ。
けど、間抜けは見つかったみたい。
ああ。あついあつい」
引きどころは弁えている私である。
両手をあげて妹に降参したのだった。
「チケットを拝見させてください」
「はいこれ」
「どうぞ」
で、文化祭当日。
係員にチケットを渡す、私と姉弟子様の姿が。
姉弟子様召喚のため、両親とは別行動である。
「文化祭なんて楽しみね」
「あーそーですか」
既に私の心は雨模様である。
女子校というのに、姉弟子様は完全に外行きのスーツスタイルでの出陣なのだから。
それに付き合うから、私もスーツスタイル。
既に周囲の視線が凄いことに。
「テンション低いわねー」
「この状況で何かしたら頭下げるの私なのは分かっていますね?」
世の女子に占い師なんてバレたら見物なんてできる状況ではない。
ある意味、女子高生は一番身バレしたらやばい種族である。
なお、この話の後ソッコーで姉弟子様にバレてチケットを強奪された。
トラブル確定だからこそのこのテンションの低さである。
「いらっしゃいませ。お嬢様がた。
どうですか?このメイド服!
お姉ちゃんが用意してくれたんですよ!!」
という訳で、目的地である妹のメイドカフェにお邪魔。
向こうからメイド服数着を持ってきた結果が、目の前の妹を始めとしたメイドたちである。
向こうのものだから、笑えることにボタンにエンチャントの魔法がかかっていたりする。
こっちでは気づかないだろうが、対魔法防御とダメージ耐性、加護つきのガチ護衛用メイド服である。
試しに妹がそれ系の専門店に持って行ったら、諭吉さん数枚に化けたというのは後の話。
「かわいいわね。
じゃあ、かわいいメイドさん。
ケーキセットを二つお願いしていいかしら?」
「はい。
おねぇちゃん共々ゆっくりしていってくださいね」
どう見ても、キャリアウーマンの上司とその部下にしか見えません。
本当にありがとうございましたと。
「あれ、相良さんのお姉さんでしょ。
すごくかっこいいじゃない」
「隣の人は母の知り合いで、姉がお世話になっている人。
私の尊敬する人なんだ」
カーテン越しだが、会話が丸聞こえだぞ。妹よ。
腹黒かろうが、姉と姉弟子様への感謝はしたかったのだろう。
ああ。
目の前の姉弟子様のニヤニヤがめっさ痛いのですか。
「ですって。
ご感想を一言」
「黙秘させてください」
妹のメイド喫茶を出て、文化祭を堪能していた私達に厄介事がやってきたのは昼が過ぎたぐらいの事だった。
それとなく探していた事務員に連れられてこの学校の理事長室に入ると、理事長から厄介事がやってくる。
「31人目の生徒ですか」
「最近噂になっていまして」
よくある学校七不思議の亜種である。
この学校の場合、一クラス30人で学級を作っているのだが、このようなイベントをやっていると何処からとも無く31人目がやってきて参加しているというものだ。
悪さをしているわけでもないし、普通はそのまま放置されて終わりなのだが、ここは場所が問題だった。
設立の古い女子校なのだが敷地が地脈とかぶっていて、過去にそのような悪さをした怪談が発生しているのだった。
で、昔それを解決したのがお師匠様だった。
学校側はこれを覚えていて、来客名簿を見た学校側が姉弟子様の名前を見つけて、こういう話になると。
見事な厄介事である。
「絵梨。
お願いね」
「はい」
見事な厄介事だがこういうお付き合いはこの仕事がら大量に発生しており、こっちもそれに答えるのは飯の種にもなるので無下にも出来ず。
最近はこんな仕事は私がやる事が多くなっていた。
タブレットを操作しながら、ここの仕事のデータを引っ張りだす。
最近の仕事もハイテク化でやりやすくなった。
「たしか、地脈そのものは学校付属の礼拝堂を通っていますね。
確認して問題があるようでしたら報告します」
理事長室を出て姉弟子様と共に、校舎そばの礼拝堂に。
不思議とこの手の施設、特に古いミッション系の施設は地脈にかぶるように建てられていることが多い。
自分たちが他所から来たからこそその手の場所を抑えたかったのか、迫害されて中で貯められた力が地脈と繋がったのか正直わからぬが解決には関係ないので放置することにする。
「絵梨。
あれ」
「ええ。
こういうオチとは思いませんでしたが」
私達の前でメイド服だけが走っていた。
あのメイド服は私が妹に渡したものだ。
対魔法防御はそのまま退魔に変換する事ができるらしい。
で、走るメイド服というシュールなものが見えるのに回りの人間はまったく気にしておらず、そのまま礼拝堂の中へ。
「なんとなくですが、あれの正体わかっちゃいました」
「まあ、害はなさそうだからいいでしょ。
探偵の仕事は、犯人を指して種を暴くことよ」
「いつから探偵になったんです?私達は?」
そんな軽口を叩きながら、私達は礼拝堂のドアを開ける。
その中央にメイド服だけが宙に浮かんでいる。
「いらっしゃいませ。お嬢様。
ケーキセットは出せませんが、ゆっくりしてくださいね」
浮かぶメイド服を着た女の子が実体化する。
その姿は何処にでも居る少女のように見える。
「そうさせてもらうわ。
名無しの座敷童子さん」
「わかっちゃいましたか」
座敷童子。
元は東北地方に伝わり、戦後のオカルトブームから知名度が広がり、それによって希釈化された存在。
それが彼女だ。
学校の怪談と座敷童子が結びついたのは状況が類似するケースで一体化され、それが地脈に触れて実体化という所か。
悪さをするどころか、善性で出没している新しいタイプの妖怪。
退治する必要もない。
「そのメイド服。
対魔防御がかかっているの。
走るメイド服なんてホラーやっちゃ駄目よ」
「あらら。
じゃあ、あなた方が相良さんのお姉さん達ですか。
香織さんにはお世話になっています」
ぺこりと頭を下げるメイド。
妹は力は無いと思っていたが、発露していないの間違いなのかも知れぬ。
こういうものに憑かれているのだから。
「私は元々いじめられっ子として生まれたんですよ。
女子校ってそういう陰湿な所があって、ある種の生贄という形で最初は作られました。
けど、そんな私を見つけてくれたのが、香織さんでした。
彼女と一緒に居て、側で笑い合えるようになって、今度は座敷童子としての側面が強くなって」
「こうやって妖怪は作られてゆくか。
この学校、いじめとか妙に少ないと思ったけど、こういう仕組みなわけだ」
姉弟子様が納得したように手を叩く。
妖怪は人が生み出す。
だからこそ、その姿は変幻自在。
「うちの妹を誘導したのは貴方ね」
「お姉さんにお礼が言いたかったんです。
それと、最近少しお姉さんが遠くなったと嘆く香織さんのお手伝いがしたかった」
「……」
身体はともかく魂は十数年離れていた事もあって、私は家族と微妙に距離をとっていたし、とらざるをえなかったのだ。
それを妹は察して、彼女に愚痴っていたと。
で、彼女はその善性からおせっかいをと……
「原因、絵梨じゃないの」
「言わないでください……」
自爆した自覚はあるので、姉弟子様のツッコミがかなり痛い。
反省もしたのでそろそろ話を進めるとしよう。
「これからも妹をよろしくね」
「……退治しないんですか?」
彼女の言葉に私は姉弟子様を見る。
姉弟子様も私を見て笑うのみ。
「もし、卒業したいならば、私に連絡しなさい。
名前をつけてあげる」
名前は言霊。
この新しい妖怪を形作る根幹になるだろう。
それが分かったからこそ、彼女は満面の笑みを私達に向けたのだった。
「あれ?
お姉ちゃん待っていてくれたの?」
「うん。
たまには一緒に帰ろうと思ってね」
文化祭も終わり、後片付けの終わった妹が出てきたので手をふって近づく。
こうやって一緒に帰るのはどれぐらい前だっただろうか?
妹の顔が明らかに嬉しそうなのが分かる。
「でね。
みんなで記念撮影したんだ」
妹がスマホでとった写真を私にみせてくれる。
妹の隣で、あの子が楽しそうに笑っているのが見える。
近い未来、神奈に彼女がやってくるのが楽しみだ。
「何かお姉ちゃんろくでもない事考えていない?」
「ソ、ソンナコトナイデスヨー」
姉弟子様に振り回させる犠牲者が増えるなんて。
考えていませんとも。ええ。