46 今は無き王国の記録 その7
夕食後に交代で休憩し睡眠を取る。
明日はここの防衛の為に近衛騎士団と法院衛視隊の選抜パーティが到着する予定。
彼らの到着を待って遺跡の攻略が行われる予定だったのだが、奥から聞こえる轟音に皆飛び起きる。
「何があった!」
アリオス王子の一声に、グラモール卿が剣を抜いて拠点の入り口を警戒する。
誰かが戦っているらしいが、音からしてかなり奥の方からだ。
私を含めて、皆がアリオス王子の顔を見る。
今回のパーティのリーダーは彼だからだ。
アリオス王子は、私とシアさんの顔を交互に見て尋ねる。
「今、戦っている相手が我々を出し抜く可能性は?」
「ないとは言い切れないわ。
閉鎖空間での音が出る理由は、戦っているから。
一方的な蹂躙じゃない事の意味は考える必要がある」
シアさんが即座に口を出し、私がそれに続く。
こういう時のタイミンクの合わせ方はバッチリだったり。
「介入した場合、ここの守りが薄くなります。
そして、戦っている相手とこっちが共闘できるかは別問題です」
こういう時、アリオス王子は選択をまず間違えない。
最悪を想定して、最善ではなく最良を選ぶのがこの人の真骨頂だ。
最悪の事態はダンジョンハザードの再発。
それを防ぐためにもここの防衛はおろそかにできない。
「グラモールとサイモン卿は入り口で警戒してくれ」
偵察を送るよりも、ここの防衛の方針を取る。
戦っている相手がこっちに逃れて助けを求めるならば、またその時に決めればいい。
そして、アリオス王子は私に向かって尋ねた。
「地上の転移魔法陣はここで開くことはできますか?」
「シアさんをお借りして、ある程度の時間をくだされば」
こっちの返事を即座に承認する。
そういう所もこの人が無能ではないと思い知らされる。
そして、全員に聞こえるように今後の方針を告げたのだった。
「お願いします。
転移魔法のゲートが繋がって、増援が到着次第遺跡の調査に入ります」
鉱山最深部というのは本来は次の鉱脈を探すための探索坑道が中心になる。
その為、四方八方に坑道が延びて文字通りの迷宮と化している。
増援到着後に突入した私達を待ち構えていたのは、そんな人が作り出した迷宮だった。
「多分ここだ。
壁が焦げて、落盤が起こってやがる。
無茶するなぁ」
先の轟音の発生現場とおぼしき場所に到着してみると、落盤が発生しており遺跡への最短距離の道が封鎖されていた。
崩れた土砂以外にも破片が見つかったので、私はそれを手に持つ。
「エリー。
それは何?」
「多分、ここで戦ったもの。
殺人人形の欠片ね」
古代魔術文明の魔道兵器にして、人を信頼できなくなった魔術師達の友であり、盾であり、矛だったもの。
権力者として頂点に君臨していた魔術師達は不死と化した結果、権力争いだけでなく世代交代の争いまで激烈になり、その過程で人を信じる事が難しくなっていたのである。
人形ならばこちらの言ったことしかしないので、命令どおりに暴虐と虐殺の果てに古代魔術文明を崩壊に導いていった。
「シアさん。
これ何時ごろの人形だと思います?」
「間違いなく末期ね。
このころだと人を殺す事に特化して、人に似せる事を放棄していたから」
さすがその時に現役だった人の言葉には重みが違う。
よく見ると、足や手らしき残骸も見つかる。
人形というよりも、私の世界のロボットと言った方が感覚的には近いのかもしれない。
「誰かがここで戦っていた。
その誰かは拠点には来ていない。
さて、その誰かはどうしてここで戦ったのでしょうね」
ヘルティニウス司祭が実に楽しそうに笑っている。
こういう状況でその笑顔はやめて欲しい。この鬼畜眼鏡め。
「こっちを出し抜こうとしたか。
そんな馬鹿居るか?」
「居ないと思うわよ。
私が居るのに」
キルディス卿が厳し目の視線をシアさんに向けて尋ねるが、シアさんがあっさりと否定する。
それが分からぬ馬鹿が……いた。
「ポトリ伯」
「ああ」
わたしの呟きに皆納得する。
彼は未だ姿を消しているが、この坑道の情報を一番持っている可能性がある訳で。
墓穴と気付かずに、逆転ホームランを打とうとして頑張っているのだとしたら。
「おそらくたちの悪い冒険者を雇ったみたいね。
才能があって、それでいて用済みになったら消すのを躊躇わないクズみたいな冒険者を」
「どっちかといえば傭兵に近いでしょうな。
二重取りの傭兵の方が説得力があります」
ポトリ伯自身にここまで潜れる才能があるとは思えない。
彼が身を隠した時に財産を持って隠れたのは察しがついているのでそれで冒険者を雇ったと私の推理を披露したら、サイモンに修正させられる。
このあたりは冷徹かつシビアな物の見方だ。
「おそらく、最初から遺跡の横取りを企んでいた諸侯が居て、その諸侯に雇われて冒険者としてポトリ伯に近づいた。
で、ポトリ伯の暴走にかこつけてここに入ったという所でしょうな」
「その根拠は?」
サイモンの説明にアリオス王子が口を挟む。
サイモンはそれに王子自身を指さして答える。
「我々がその証拠です。
殿下が遺跡を攻略する事を宣伝していながら先駆けに出る輩がいる。
つまり、殿下相手に喧嘩ができる輩がバックに居る。
多分、高位の魔術師だ。
迷宮脱出後に北部諸侯と近衛騎士団と法院衛視隊を出し抜く必要がある。
転移魔法を使える超一級魔術師が居る。
それを雇えて、殿下に喧嘩が売れる輩。
お嬢様と殿下はご存知かと」
「……」
「……」
サイモンの説明を聞き終えて、無言で互いを見つめる私とアリオス王子。
目がこれでもかと言うほどに語っている。
私の心の声を見えるようにしてあげよう。
(……居たわね。カルロス王子が……)
そして二人してため息をつく。
まだ推測の域でギリギリ火遊びで済むレベルだ。
問題は、先行したポトリ伯を処分した後で何を得たかで変わる。
で、その黒幕の一人がこうして探偵よろしく推理を披露しているのは何の冗談かと。
ん?
待てよ。
もしかして、この騒動にサイモンとカルロス王子は関与していないのか?
おかしい。
何かがずれている。
けど、ここで答え合わせをするほど私は愚かではない。
「迂回して進むしか無いですね」
アリオス王子の声に疲労感が漂う。
こちらの不利を悟りながらも、手を確実に進めて手を抜かないあたりは賞賛したくなる。
「たしかこっちに通風口用の横穴があったはず。
そこから入れるか試しましょう」
世界樹の杖に灯した灯りの魔法で照らされたマップを確認した私が通風口のある場所を指さす。
さて、こっちは遅れを取り戻すことができるのか。
通風口から聞こえる向こうの戦闘音に私は口を閉ざしてため息をついた。
「奥から二体!
近接タイプの殺人人形!!」
「前衛は今戦っている殺人人形を排除!
後衛は警戒しつつ待機!」
「私も」
「あんたはおとなしく地面に伏せてなさい!
マジックミサイル!!
シアさんボウガン隙間ぬって撃つの止めて!」
「私が間違いするなんてありえないわよ」
遺跡に近づくにつれて殺人人形との交戦が増える。
殺人人形は盾持ちで刀や槍を持つ近接タイプと、ボウガン持ちで遠距離から支援する遠距離タイプ。
そしてもう一つ、
「転移魔法来た!
一体!!」
「ミティアお嬢様には指一本も触れさせん!!」
キルディス卿が叫びながら短距離テレポートで背後を襲ってくる暗殺タイプの殺人人形を一刀の元に切り捨てる。
これが一番たちが悪いので、後衛も気が抜けない。
遺跡内部に入ると、戦闘の激化と同時に先行者の戦闘の後が生々しく残っている。
「一体何体いるのよ!これは!!」
アマラが叫び声ながら投げナイフを遠距離タイプの殺人人形に投げ、ボウガンの弦を切って無力化する。
既に、十五体は倒しているし、先行者もおなじくらい倒しているのだからそろそろ底が見えてもいいと思うのだが。
先行者は影も形も見えない。
「背後に警戒!
誰かこっちに来る!!」
私とシアさんが即座に警戒するが、こつこつとした杖の音が私の警戒感を解除する。
姿を表した白髪の老人にアリオス王子が声をかける。
「大賢者モーフィアス殿。
どうしてこちらへ」
「お父上からの要請でしてな。
まあ、生きた遺跡と聞いていてもたっても居られずに飛んできた次第。
お父上をだしに使わせて頂きました」
そのあたりをいけしゃーしゃーと言ってのけるあたり、モーフィアスと国王陛下とアリオス王子の関係が透けて見える。
そんな事ばっかりやっているから、失脚するんだよと心のなかで呟くが気づかれていないだろう。多分。
とはいえ、彼が出たことでヘインワーズ家の支援がらみで情報は横流ししてもらえるから悪くはない。
そんな再会の後なのだが、殺人人形数体を倒したのけど、裏ボスのドールマスターの姿はついに見つからなかった。
先行者が先に倒したと結論づけて、遺跡の中心に私達はたどり着く。
「で、ここがこの遺跡の中核なのですが……」
「ミティア見るな!」
「!?」
ミティアが見る前に、キルディス卿が塞いでそれを見せない。
見た誰もが声を出さない。
いや、出せない。
『ドールマスターの人形工房』のその中枢では、人だったものが人形に変えられる途中だったのだから。
特にグロテスクなのが人体の解体過程が整然と並べられ、部位ごとに組み立てられて人形に変えられる過程を人形が行っていた事だろう。
主無き今も、与えられた命令に従って、人形が人形を作り続けている。
あ、あの衣装ポトリ伯のだ。
えらく殺人人形出るなと思っていたが、こういう理由だったか。
彼をたきつけた冒険者も一緒に人形になったか去ったかは知らないが、遺跡は荒らされた痕がなかった事から考えて、人形になった可能性が高い。
私のいた世界における機械化と方向が同じだが、それを別の文明が別の技術によって行うとこうなるという醜悪さを見せ付けられると吐き気を催すが、それが私はまだ人の道を踏み外していないと知らせてくれる。
モーフィアスがいつの間にか見つけたらしいドールマスターの日記を手にとって、ぱらぱらと皆に説明していた。
「元々この技術は重犯罪人の処刑技術として開発されたものじゃ。
で、古代魔術文明末期の魔術師達の人間不信の波に乗って、兵器として一気に花開く。
だが、この殺人人形達が古代魔術文明崩壊の引き金を引いたと書いておる」
「……マナ汚染ですか?」
アリオス王子が恐る恐る声を出し、大賢者モーフィアスは大仰に頷く。
その手はドールマスターの日記をめくることを止めない。
「そうじゃ。
魔法はマナを媒介して術者の思いを現実化させる技術じゃ。
古代魔術文明末期、文明圏で高度に使用されていた魔法は人々の負の感情によるマナ汚染によって、一気に崩壊に向かう。
『大崩壊』の元凶をこのような形で知ることになろうとはのぉ……」
権力者でありシステム管理者でもあった魔術師達の権力争いが負の感情によるマナ汚染を発生させ、その浄化が追いつかずにシステム内に感染が拡大。
その飽和状況下にて、汚染されたマナによる負の感情を命令と勘違いした人形達の一斉蜂起。
人形達によって真っ先に殺されたのが、システム管理者だった魔術師達で、システム修復が不能になって……
あまりに不毛で救いの無い滅亡の原因に思わず声が漏れる。
「かわいそうに。
人が信じられないから人形を作ったのに、最後はその人形にも裏切られたのね」
人としての感傷はあるが、権力者としてはまた話は別だ。
この工房はしゃれでなく爆弾になりかねない。
命令以下死を恐れずに、一糸乱れずに進撃できる軍隊。
しかも、北部諸侯の頂点にアンセンシア大公妃なんてチートの下に有能な諸侯がそろっている。
下種な考えだが、北部で溢れている人間を全部人形化してしまえば、北部最大の弱点でもあった人口問題と食料問題が一気に解決するのだ。
私が思いついているのだ。
確実にアリオス王子やアンセンシア大公妃や大賢者モーフィアスも感づいている。
「この問題の処理は、世界樹の花嫁の仕事だったわね。
北部諸侯は世界樹の花嫁の裁定に従うわ」
まずはアンセンシア大公妃がカードを切った。
あきらかにこっちを試している。
人道的問題さえ見なかった事にすれば、北部の問題が解決しかねない禁断の果実に彼女は手をつけなかったのだ。
それを踏まえて、今度はアリオス王子がカードを切る。
「この問題を振ったのは私だ。
どのような決定をしたとしても私が責任を取ろう」
さあ。退路はなくなくったぞ。
どうやってこの問題を穏便にかつ政治的利益を配分しようかと考えていたら、ミティアが即座に口を開く。
「燃やしましょう。
この工房を」
「え?」
思わず変な声が出る私。
いやその結論には賛同したいのですが、これだけのお宝目の前にしてそれに手をつけないなんてあんた何者って主人公だったな。そういえば。
「私は信じています。
今日よりも明日がきっと良くなるって。
ここにこれだけの人が集まっているんですよ。
私は、ここのみんなを信じていますから」
「……」
「……」
「……あははははははははははははっ!!!
最高よっ!貴方っ!!あはははははは……」
唖然とした私達の沈黙を破って大爆笑をしたのはシアさんことアンセンシア大公妃だった。
あ。これは採算度外視でいい流れかな。
「じゃあ、燃やして何も見なかった方向で」
「えー。
何か利権回しなさいよー」
私のまとめに即座に口を挟んで主張するアンセンシア大公妃殿下。
イイハナシダナーで終わらせてよ。お願い。
それを堂々とこの場で口にできるのは貴方しかいないけど、冒険者設定は何処に言った?シアさんよ。
しかし、ちゃらんぽらんなシアさんの目は笑っていない。
このあたりはこの人上に立つ人の責務を果たしているんだよなぁ。
なお、これだげ晒してもミティアはまったく気づいてない模様。
大物である。
主人公である。
「近衛騎士団の管理下でのこの遺跡の調査ですが、わしが率先して行いたいと思う。
それに、北部諸侯の監査を受け入れる形ではどうじゃ?」
さすが宮廷魔術師たる大賢者モーフィアス。
シアさんに分前を渡して味方につけた上で、誰もがおおよそ納得できる案を提示してきやがった。
遺跡の情報は大賢者モーフィアスから聞けばいい訳で、ヘインワーズ家も反対はしないだろう。
遺跡の制圧はアリオス王子の宣伝となり、近衛騎士団はほくほく。
法院衛視隊が割を食うが、行方不明扱いになったポトリ伯を使って、北部諸侯への介入のカードをちらつかせてアンセンシア大公妃へ牽制すると。
「仕方ないわね。
それで手をうつわよ」
「私も異存はありません」
アンセンシア大公妃とアリオス王子が大賢者モーフィアスの提案に乗ったことで、方針が固まった。
では、この部屋だけ燃やしてしまう事にしよう。
「やっちゃえ。ぽち」
「がう!」
「えーっ!!
シアさんって、お姫様だったんですかぁぁぁぁっ!!!!!」
見かねたグラモール卿の暴露によってやっとミティアがシアさんの正体を知る。
けど、知識なしの彼女にわかりやすく説明した結果が『お姫様』発言な訳で。
天然でシアさんを味方につけてしまった事を追記しておこう。
さすが主人公。