45 今は無き王国の記憶 その6
ダンジョン探索と登山は似ている。
この場合の登山はトレッキングに近い登山ではなく、数千メートルの高峰登山の方だ。
チームを組み、ベースキャンプを作り、アタッカーを送り込んでその数十倍のサポート要員を必要とするような。
そういう意味では、ダンジョン探索も探検なのだとふと思ったり思わなかったり。
「ちょっとこれ凄いんですけど!」
シアさんが私のヘルメットを奪ってヘッドライトで遊んでいるが無視無視。
今回は荷物係のセリアが居ないので、私とサイモンとアマラがリュックを背負って荷物を持っている。
中には着替えにタオル・折畳み傘・多機能ナイフ・水筒・携帯食器・調理道具・携帯食料・缶詰・ライター・シュラフ・マット・ロープなんかが入っていたり。
で、これがシアさんだけでなくアリオス王子やグラモール卿の目をひくわひくわで出発時間が遅れるはめに。
「凄い靴ですね。
洞窟内を滑らない。
私も欲しいぐらいです」
「登山靴と言うのですよ。
足のサイズが違うので差し上げられませんが」
真っ先に靴に気づいたアリオス王子とグラモール卿。
足場をある程度気にせず戦えるのは大きいだろう。
そのあたりは私も考えて、サイモン・セリア・シド・アマラ・アルフレッドあたりはサイズを調べて登山靴を買ってあげていた。
こういう所では大いに役に立つ。
「これ、水はじくわよ!」
「みんなの分もありますのでどうぞ」
大はしゃぎのシアさんに渡したのは安物の雨合羽。
坑道内は水滴などで結構濡れることが多いのだ。
なお、今回はセリアがパーティ内にいないのでドレスではなく長ズボン・長袖・軍手・ゲーターのガチ登山スタイルである。
おかげで、セリアの『お嬢様らしくない』衣装に対して小言が言いたそうだが、アリオス王子の手前我慢しているのが丸わかりである。
「じゃあ、出発しましょう」
アリオス王子の声と共に坑道に入る。
坑道のモンスターはほぼ掃討したはずだが、どこに潜んでいるかわからないので警戒は続ける。
再開した鉱山には警戒を兼ねて、各層に冒険者を3パーティ、つまり6人編成×3パーティ×4層=72人を置いている。
何かあったら彼らとともに対処すればいいだろう。
「遺跡は現在の鉱山の最深部と繋がっています。
最深部の第四層入り口に拠点を作っていますから、今日はそこまで進んで探索は明日からになるでしょう」
このあたり、ゲームだとシナリオが分かれることで難易度が処理されている。
鉱山にモンスターが出るシナリオで全四層を制圧した後で、遺跡が発見されてさらに全四層のダンジョンが出てそこからスタートできるのだが、そんな便利な事には現実はなっていない訳で。
合計で八層歩かないといけないので、しっかり装備を整えたのである。
先頭はサイモンにアマラ。グラモール卿にアリオス王子は中盤で後が私とシアさん。
二列で坑道を進むアリオス王子の声の最後が、二層まで下れるトロッコの轟音にかき消される。
上りは魔術師が使役するゴーレムが押し上げ、下りは下るに任せるので移動には怖くて使えないが、壊れない荷物を運ぶ分には楽で食料等はこれで運んでいる。
第一層は何事も無く通過。
歩いた時間はおよそ二時間ばかり。
第二層に入る前に、少し休憩を取る事に。
慣れたもので、サイモンやアマラはマットを取り出して私のマットと繋げる。
六人で座る分には十分だろう。
「靴を脱いで座ってくださいな。
食べ物を用意するので」
あ。
アリオス王子とグラモール卿とシアさんの目が点になっている。
おずおずと座った三人に、私は向こうで買った携帯食料を手渡す。
一口食べたシアさんの口からこの声が聞こえるのはある程度織り込み済み。
「おいしいじゃない!!!」
ふむ。
ハイテンションになるとエルフ耳がぴこぴこ動くのはこの頃からの癖だったのか。
アリオス王子やグラモール卿にも好評みたいだしよかった。
ただ、携帯食料の難点は飲み物が欲しくなる所で、そこまで私は考えていた。
「お茶を入れましょう。
少しお待ちを」
水筒を取り出して、お茶を入れる。
お茶の湯気を見た、三人の目の色がはっきりと変わるのが分かる。
そうだよなぁ。
皮の水袋使っている時点で、保温機能付き水筒って革命的だからなぁ。
「ね、ねえ?」
「あげませんよ。これ」
「けちー!」
お茶を飲んだシアさんの物欲しそうな視線を先に容赦なくぶった切る。
ちらとアリオス王子とグラモール卿を見たら視線をそらしやがった。
二人も欲しかったらしい。
後日談になるが、私が水筒等の登山道具一式をこの三人に送ったのは言うまでもない。
休憩後第二層に突入。
段々暑くなってくるが長袖なのは怪我防止のためである。
着替えは持ってきているので、そのあたりも抜かりはない。
坑道の修理作業で鉱夫が一番投入されているのが実はここで、鉱脈が近くにあるせいでここの保管庫には兵士が常駐して掘り出された宝石を見張っている。
「そういえば、ここはどんな宝石が出るんだっけ?」
先頭を行くアマラの言葉に返事をしたのはシアさんだった。
精霊魔法で風と水の精霊を使って周囲を冷やしているので汗すらかいていないのはさすが。
なお、その恩恵は私にもきていて汗が出ていないので大助かりである。
「第一層では水晶や琥珀、この第二層では魔石が取れるわ」
「魔石?」
疑問形で返事をしたアマラに私が補足する為に口を開く。
この魔石こそが、この宝石鉱山の主要産出物なのだ。
「この世界、マナっていうのが漂っているけど人の目には見えないわ。
で、そんなマナが地中で集まって結晶化したものを魔石って言うの。
魔法を使っている人には魔石は便利な道具で、しかも使ったらマナが放出して還っちゃうから常に需要はあり続ける。
古代魔術文明ではこの魔石が財産の象徴にもなっていたそうよ。
どうもこのあたりは霊脈がらみで魔石ができやすくて、それもあって多くの魔術師が研究施設を作っていたとか。
これから行く遺跡もそんな一つでしょうね」
なお、この魔石を王都に輸出し換金したら、その金で西部諸侯より穀物を買う。
西部諸侯より買った穀物を北部諸侯にある程度の利をつけて売ることでポトリの経済は回っている。
その為、この地が北部諸侯から離れるとぼったくり価格で西部諸侯から買わないといけないので、ポトリは北部諸侯は手放せない町なのだ。
「坑道を掘って採掘したら、今度は坑道を埋めるのよ。
マナの結晶化は土の中で起こるのは分かっているから、埋めて数年放置してまた掘るの繰り返し。
だからここでは落盤が日常茶飯事なのよ」
遠くから聞こえる振動と悲鳴にシアさんが淡々と説明する。
なお、この手の鉱夫の多くは奴隷を使っているので、命は限りなく安い。
ドワーフ族はこの手の安い仕事に投入するにはもったいないからだ。
「じゃあ、第三層は何が有るの?」
アマラの疑問にシアさんがにっこり。
あ、これ自慢したい系の笑みだ。
「見たら分かるわよ。
見たらね」
第一層と同じぐらいの時間をかけて第二層を走破。
休憩を挟んで第三層に入ると鉱夫の多くがドワーフ族に変わる。
空気が暑いのは、ここで製錬しているのだろう。
「ここでやっていたんだ。
ミスリル」
「ここまで侵入できる盗賊はそうは居ないわ」
ミスリル。
ファンタジーにお馴染みの金属だが、その製錬は銀に魔石を混ぜることによって作られる。
エンチャント効率が良くなり、その武器防具一式を揃えると城が買えるほどの金額になる。
なお、シアさんの武器防具一式はミスリルで作られていたり。
金属を精霊が嫌うという設定の為、精霊使いの最高級防具がこれである。
もちろん、そんなもの見せてうろつくと盗んでくれと言っているようなものなので、インナーとして使っていたり。
ミスリル糸のボディストッキングなんてのを装備しているのは、世界広しといえどもこのおっぱいエルフしか居ない。
この時間では。
知って作らせた馬鹿が一人居たからだ。私のことだが。
なお、これで対物エンチャントをフルでかけると、ボウガンの直撃を無傷で弾くことができる。
話がそれた。
表向きは皮装備にて自慢しているシアさんの話を適当に聞きながら、周囲をさり気なく確認。
再開されたばかりでミスリルそのものの製錬は再開されていないが、銀鉱脈があるのだろう。銀の精錬は始められていた。
「北部産の銀貨の産地もここなのよ」
えへんと胸を張るシアさん。
この世界で使われる通貨は金貨・銀貨・銅貨だが、発行主が国以外にもある。
重さで純度を調べて、王室発行の銀貨を基準に純度によって取引レートを決めているのだ。
だから、銀行や両替商が力を持つ訳で、そんな商人の系譜にヘインワーズ家が居る。
「正確には、銀貨の元になるインゴットをここで作っているの」
シアさんの説明に私が補足を入れる。
ここでインゴットを作り、諸侯に納品する。
納品されたインゴットで諸侯は銀貨を作り、それで支払い等を行う訳だ。
「けど、これだけ大規模に採掘・精錬なんてしていたら鉱害もひどいものになると思うんだけど?」
私はふと気になった事を呟く。
ちょうど学校で公害の授業をやったからこその言葉なのだが、さすがファンタジー。
我々の世界とは解決方法が違う。
「問題ないわよ。
土や水の汚れは私の精霊魔法で浄化するし。
その代金として私宛のインゴットはほぼ無料なのよ」
まほうのちからってすげー。
ん?
という事はマナ汚染をシアさんが一身に集める訳で。
彼女に集まった負のマナをどう処理しているのだろう?
私の言いたいことがわかったらしいシアさんがウインクを一つ。
出てきた言葉はある意味納得できるものだった。
「負のマナを正のマナに上書きするの。
正確には生、生きる喜びや感謝にね」
あっ(察し)。
「という訳で、グラモール卿かサイモン卿。
拠点についたら私とエッチしない?」
なるほど。
性の喜びともかけるか。このエターナルビッチ。
お後がよろしいようで。
何事もなく更に二時間ぐらいかけて本日の目的地に到着。
なお、シアさんはその日二人に振られた事を記しておこう。
「ねぇ。
聞きたいのだけど、アルフレッドの何処が気に入ったの?」
拠点到着後の夕食準備中の一こま。
拠点と言っても、坑道を広くくりぬいた部屋でドアもないのだが、休むには十分に役に立つ。
先に到着した私達がマットを敷いて横になれるようにした後、食事の準備をする事になったのだが、本人が居ないからと容赦なく突っ込んでくるシアさんに私はかき回していた鍋をこぼしそうになる。
アマラは私の顔を見て漏らしてないと手を横に振る。
「気づいてないと思っているの?
分かるわよ。それぐらい」
まあ、わからんではないか。
シアさんだし。
彼女の場合、大概の事はこれで諦めがつくのが素敵である。
「真面目な話をするけど、良かったらアルフレッドこみでうちに来ない?
上の椅子は空けておくわよ」
そういえば、アルフレッドの才能を認めたのも彼女が一番早かったな。
アマラが興味津々でこっちを見ている。
お忍びの貴族だろうとは当たりをつけているが、正体は知らないらしい。
ならば、知ってもらって一緒に地獄に落ちてもらおう。
「大公妃殿下のお誘いは嬉しいのですが、若輩者には荷が重過ぎるのでご容赦を」
「え!?
大公妃殿下!?
これが!?」
これ扱い。声に出すなよ。アマラ。
これ扱いには全力で賛成するけど。
かき混ぜていた鍋の中身は固形燃料で暖めていたお湯。
これにインスタント味噌汁を入れ、かき混ぜたら金属製のお玉をアマラに手渡す。
で、リュックから缶詰と多機能ナイフを取り出して、缶詰を開けるとシアさんの目がらんらんと輝いていらっしゃる。
すでに味噌汁の香ばしい香りが漂い始めているから、缶詰の中身であるみかんとあわせて彼女の食欲は刺激されまくっているだろう。
拠点ができているからこその火の使用であり、食欲を刺激するにおいである。
モンスターが跋扈するダンジョンだと、この二つは自分を襲ってくれと同義語になりかねない。
なお、今でも警戒の為にサイモンとグラモール卿が拠点の前後を警戒している。
「控えおろう。
北部諸侯の血脈の祖であらせられるアンセンシア大公妃殿下にあらせられるぞ」
「ははー。
これまでの無礼ひらにご容赦を」
私の大仰しい言い回しに、わざとらしくアマラが平伏してみせる。
もちろん冗談で、それをシアさんも分かっているから苦笑するばかり。
「ミティアちゃんには内緒ね。
正体は気づいた人にしか教えないの」
にっこりと大公妃の笑みで返事をするが、その視線は干し肉をあぶっている串に行っているのが丸分かり。
その秘密は日本人の魂の一つである醤油を干し肉にかけている事だ。
ふふふ。
この夕食で寝室以外でアへ顔を晒すがいいわと邪な考えをしていた所でふと思い出す。
「そうだ。
この人華姫が裸で逃げ出すほどの色狂いだから、シド取られないようにしなさいよ」
「既にモーションかけられているから安心して。」
「今回貴方が連れてきた人たち、みんな美味しそうだから全員に声かけていたり。
アマラやエリーの目があって、みんなに断られたけどね」
はやっ。
この人、色に関しては本当に早いからたちが悪い。
あっけらかんと言ってのけたシアさんの暴露にアマラがため息をつく。
「エリーもそうなんだけど、本当にこの人そんなに凄いの?」
「北部にできた魔族の巣に単身捕まったふりをして嬲られ続けた結果、魔族全員が腹上死して魔族を討伐したなんて武勇伝持っている人よ。
これ」
「うわぁ……」
これ呼ばわりなのだが、本人自慢の武勇伝なのでシアさんは無駄にでかい胸を揺らして自慢していたり。
それ、自慢じゃないと思う。
私が言うのもなんなのだが。
「『くっ。殺せ!』と言いながら、相手を煽ると相手が燃えるのよ。
で、元気がなくなってきたら、今度はやさしく『がんばれ。がんばれ』とやさしく応援して搾り取るの。
10日しか持たなかったから、この技は封印しているんだけどね♪」
なお、北部諸侯の街に大規模娼館ができない理由の一つにあげられており、政治問題化した事もある。
娼婦というのは、弱者の最低限の生活保障ができる職でもあるからだ。
で、それをシアさん一人が荒らした結果、北部から大規模に女性奴隷が発生するという事態が発生しかかったのだ。
娼館ができて娼婦が働くと男が集まる訳で、その男目当てにこれがふらふらとやってきてパクリと男達を貪ってしまう。
で、想定以下の客しか来ないから娼館を閉ざすという事が何度この北部で行われてきたことか。
その為、ついたあだ名は『ハーロットキラーのシアちゃん』(自称)。
才能はあった北部諸侯がシアさんに嘆願し、彼女もそれを受け入れて今の冒険者スタイルでの男漁りの旅に至る。
最近は北部境界部の流民開拓村に足を運んで、見ず知らずの男達を兄弟にするのを趣味にしているらしい。
これが流民対策としてまた絶妙に機能しているからこの人のたちの悪さたるや。
話がそれた。
「で、その時の魔族に上級魔族が居たらしくてね。
元気だったから、つい孕んじゃったのよね。
生んで知り合いに預けていたけど、今はエリーちゃんの護衛騎士をやっているのよ。
よろしくしてあげて頂戴♪」
「「なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」
さすがに声を合わせて突っ込む私とアマラ。
思わず警戒していたアリオス王子・グラモール卿・サイモンがこっちにやってくるが、私とアマラはそれどころではない。
シアさんのご子息に因縁ありまくりなのだ。
「あら?
すでに関係持っているとか?」
「持っていません!
彼、南部諸侯のお目付け役だからどう扱えばいいか困っているんですよ」
私の突っ込みに、アマラがこくこくと首を縦に振る。
どうやら自分の話題だったらしいと察したサイモンは苦笑するばかり。
アリオス王子とグラモール卿が戻ってゆくあたり、この二人知っていたな。
このあたり設定資料集にもなかったが、考えてみればドライアドと上級魔族のハイブリッドだから魔族大公にまで成り上がれるだけの納得できるポテンシャルである。
しかし、サイモンと私の因縁を彼女は知っていたはずなのだが、それでも仲は悪くなかった。
彼女が大人だったのだろう。いまさら知った事だが。
「ふっ……まだまだ息子も甘いわね。
いつか第二第三の息子があなた達を堕としに」
「せんでいいから」
豊穣神の見本みたいな生き方をしているシアさんだけあって、その根幹の思考はそのあたりが反映されている。
要するに、ほぼ永遠の寿命と若さを武器に産めよ増やせよ地に満ちよを文字通り行っているのだ。
その代償に、一族や家といった繋がりをそれほど意識しない。
千人死んだら二千人産めばいいのだ。
「何か楽しそうな声が……げっ」
「『げっ』とは何よ。『げっ』とは」
遅れて到着したミティアのパーティにいて先行していたシドが思わず本音を漏らして、シアさんに突っ込まれる。
青田刈り大好きなシアさんだが、己の才能を自覚した連中はシアさんのやばさが分かるので離れる傾向がある。
ここに集まった男達がシアさんのモーションに引っかからない理由がこれだ。
「いやさ、誘われるのは男として嬉しいのだが、もうちっと時と場合を考えたらと」
「失礼ね。
時も場所も選ばずフルタイムオッケーだからみんなに粉かけているのに」
これである。
ここまで来るとある種清々しいものがあるが突っ込まないでおこう。
「わぁ!
美味しそうな匂いですね」
やって来たミティア達も味噌汁や醤油の匂いに引きつけられる。
ご飯に、味噌汁に、串焼き醤油漬け、デザートのみかんの缶詰の威力を思い知るがいいわ。
案の上、シアさんがドはまりしたのはいいのだが、そっとおかわりを要求するアリオス王子はちょっとかわいかった。




