42 今は無き王国の記憶 その3
「ようこそいらっしゃい……」
領主館入り口で出迎えたポトリ伯の言葉を私は容赦なく遮る。
玄関前での挨拶での非礼なんて問題外なんだが、それぐらいしないと彼はこの事態が理解できていないだろう。
「失態ですわね。伯爵」
「っ!?」
まさか最初の挨拶をすっ飛ばして糾弾が来るとは思っていなかったらしく、ポトリ伯の顔が引きつる。
ポトリ伯は20代後半のイケメンで、この町では有名なプレイボーイらしい。
雰囲気は、都会の駅前でナンパしているホストという感じだろうか。
「法院は事態を重く見ており、王室も状況について憂慮しております」
「っ!
どうせ、遺跡は冒険者達が探索し尽くすのだろう。
こっちはそれを待って、その上がりを取ればいいだけじゃないか!!」
代替わりしたばかりらしいが、見事なまでの馬鹿ぼんである。
先代夫婦が残っていたらこんな事態にはなっていなかったのだろうに。
流行病で、両方とも時を置かずに亡くなったのが彼の不幸だろう。
その後、先代への忠誠と能力のある家臣をリストラしたのは自業自得だが。
「鉱山の停止については?」
「ドワーフ族がごねているだけだろう!
君たちが来たという事は、遺跡を近衛騎士団管轄にするつもりだろうから、近く再開させるさ」
こっちが媚を売らないのがどうも気に入らないらしい。
そんな舌戦をミティアがハラハラして見ていたり。
「確認ですが、ダンジョン・ハザードの報告は上がっていますよね?」
「……何だそれは?
そんなものは俺は知らんぞ?」
あかん。
ドワーフ族のボイコットからダンジョン・ハザードまで考えが繋がらないだけでなく、その報告が届いていないという事は彼の取り巻きも彼と同じく無能だという事だ。
事、ここに至って、私はこの事態の解決にポトリ伯をはじめとした現地領主勢力を完全に無視する事を決めた。
「結構です。
私達は街の商家に滞在しますので、何かあったらご連絡を。
失礼」
ミティアの手を取って馬車に乗ってUターン。
呆然と馬車を見送って、癇癪を炸裂させる彼の姿がちらっと見えるが、こっちはそれどころではない。
あの手のタイプは自分が思い通りにならないと思ったら、気が済まないタイプだ。
「宿に戻ったら、私飛ぶわよ」
「空をですか?」
首をかしげるミティアになんとなく癒やされてしまった。
なんか複雑な気分。
転移ゲートの使用にはルールがある。
その仕組みについては完全に解明されておらず、何かあったら困るというのが理由である。
行った所にしか作れず、魔術陣をつくらないとけいないし、維持コストもバカにならないが、それによる物流の上がりを総取りできるメリットが全てを上回る。
魔術師が極めると王侯以上の生活が送れる理由はこのあたりにもある。
ポトリから転移魔法でメリアスに戻ると、その脚でアリオス王子に報告。
アリオス王子が私共々頭を抱えたのは言うまでもない。
「で、どうします?」
色々な意味を含めて私は尋ねる。
それを分かってアリオス王子は解決できる所からの解決策を口にする。
「遺跡については近衛騎士団の管轄だ。
既にポトリ周辺に人を配置しているから問題はない。
で、ダンジョン・ハザードですが、お願いできますか?」
「坑道の中に入れませんよ。怖くて。
出てくる奴を潰すのならばなんとかなりますが、手に負えなくなるのは時間の問題ですね。
一度、遺跡だけでなく坑道そのものを近衛騎士団で抑えてしまう必要があります」
まだ冒険者の死体によって増産されているだろうアンデッドが外に出てきていないのは、それ以上にお宝目当ての冒険者達が潜っているからだ。
だが、遺跡のガーディアンが坑道に出没しだした報告が上がっている以上、そのバランスが崩れかねないし崩れたら目も当てられない。
そして、この手の仕事で一番大事な現地領主勢力が絵に描いたような無能である。
「で、伯爵については?」
「その身分は法院でないと裁けません。
近衛騎士団の介入は難しいですね」
「殿下。
ご出馬をお願いしたいのですが」
で、現地勢力を粛清するのならば、それ以上の権威を持ってくるしか無い。
アリオス王子だ。
だが、諸国漫遊のご老公の印籠みたいな王子の投入には、見せ場のちゃんばらよろしくお約束が必要になる。
「出るのはいい。
で、どのように私を出すのかな?」
アリオス王子は権威の象徴であって、彼自身が裁くような形にしてはならない。
諸侯の恨みを買うからだ。
だから、アリオス王子という権威を使って、ポトリ伯を粛清する別の人間が必要になる。
ちょうど良い事に、そんな人物のあてに私は心当たりがあった。
「エルスフィアで私の監視をさせているフリエ女男爵を使っても?」
「彼女の仕事を害さない限りは」
こういう時に政治的に動ける華姫というのは重宝されるのだ。
人扱いされなくて、その所有者の権威と意志が反映されるという点において。
フリエ女男爵然り、私然り。
封建諸侯は中央の介入を極端に嫌う傾向がある。
遺跡の管理のために派遣されるだろう近衛騎士は王室と繋がっているからだ。
だが、諸侯として処分を出すのならば、王室法院で裁かないといけないので、王室法院に席を持つ誰かが弾劾する必要がある。
そんな関係から、諸侯と近衛騎士団の仲は良い訳がなかった。
つまり、現行犯でポトリ伯をひっかける為には、フリエ女男爵の弾劾を待って法院衛視隊に拘束させなけねばならなかった。
そっちは、サイモンがいるので彼を使うことにする。
嫌だなぁ。
使いたくないのに彼に借りばかり溜まっていって。
「ただい……なにこれ?」
エルスフィアからフリエ女男爵を引っ張ってきてポトリに帰ってきた私の目に入ってきたのは、信じたくない光景だった。
商家の屋敷をポトリ伯の兵がずらりと囲んでいるのだから。
戻ってきた事を知ったアルフレッドが事の顛末を私に教えてくれたが、その斜め下ぶりにもう何を言っていいのか分からない。
「あの後ポトリ伯がここにやってきて、お二人へのパーティへの招待をしていたのですが、キルディス卿が拒絶。
頭にきたらしい伯爵が兵を連れて再度招待をという所で、お嬢様が帰ってきた次第で」
なお、フリエ女男爵は私と違ってこの馬鹿騒ぎを一言で切って捨てていた。
「私は法院に席を許され近衛騎士団に属するアリオス殿下の華、フリエ・ハドレッド女男爵です!
世界樹の花嫁候補生エリー・ヘインワーズ太守代行の要請に従ってこの地にやってきて居ます。
世界樹の花嫁に対して兵で囲む理由をお教え頂きたい!!」
商家を取り囲んだポトリ伯の兵達は、フリエ女男爵の一喝で蜘蛛の子を散らすように去る。
これがアリオス王子が掌握している近衛騎士団の力か。
一喝したフリエ女男爵が苦笑してみせる。
「よくある事ですよ。
これぐらい」
と。
その笑顔から、本当にこんな事は日常茶飯事なのだと悟らざるを得ない。
「この地に居る法院衛視隊に繋ぎを取ります。
そう遠くないうちに、近衛騎士団もこの地にやってくるでしょう。
あとはポトリ伯の処遇で一波乱あるかないかという所ですか」
こっちがフリエ女男爵を連れてきた事を察したサイモンが法院衛視隊として私に進言し、私は首をただ縦にふることでそれを了承した。
これが王室直轄地だったら首をすけ替えておしまいなのだが、諸侯領地だとそんな強権はふるえない。
一族、親族に大手諸侯の血が入っているからだ。
だからこそ、大手諸侯の『権益』である次期ポトリ伯は北部諸侯の手によって委ねられるのだろう。
「北部諸侯の取りまとめ役って、アンセンシア大公家だったかしら?」
私の呟きにフリエ女男爵が反応する。
こういう時、設定資料集の知識はありがたい。
「そうですよ。
北部要衝の城砦都市ファルタークを統治するアンセンシア大公家の血がポトリにも入っています。
あそこの血はエルフやドワーフとも混ざっているから、今頃空いた椅子をめぐって楽しい宴会が開かれているでしょうね」
北部は山岳地帯や森林地帯が広がり、山岳地帯のドワーフや森林地帯のエルフとの居住地争いで人間にとってはあまり住みやすい土地ではなかったりする。
そんなエルフやドワーフとの生存競争に勝ち、血を混じらせて来たのが北方蛮族と呼ばれる連中の正体である。
基本的に食料が足りないから南下して略奪を繰り返した彼らにオークラム統合王国は東方騎馬民族とは別の意味で手を焼き続け、長い戦いの果てにある程度の境界線を策定する事に成功する。
その境界線の中心に位置しオークラム北方防衛の要となったのが城砦都市ファルタークで、アンセンシア大公家は北方守護の命を受けた分家王族とエルフの姫によって作られた家なのだ。
で、ここで気づいたことは無いだろうか?
不老に等しいエルフのお姫様が『興した』家。
つまり、そのお姫様ことアンセンシア大公妃はまだ現役バリバリだったりする。
更にトリビア。
オークラム統合王国において、領地名と爵位には重大な関係がある。
爵位で領地名を名乗れるという事は、その領地開拓からの特権、つまり諸侯の証なのだ。
私が名乗っているヘインワーズ家は、シボラの街を『買った』為にシボラ侯爵とは名乗れず、家名であるヘインワーズを名乗っていたり。
これで私が爵位をもらって建設許可が出たパトリが発展した場合、私は独立し諸侯としてパトリの名前を使える権利を有する。
城つき領地持ちで爵位となると伯爵だから、初代パトリ伯爵という訳。
では、北方守護の命を受けたファルタークの場合はどうか?
アンセンシア大公妃が生んだ子孫が代々ファルターク公爵を名乗り、表立ってはこちらが全てを差配する。
だが、王室の一員となって北方守護の功労者、おまけにファルターク公爵家の血脈の祖であるアンセンシア大公妃を無視できる訳が無く、北部諸侯の事を指す時はファルターク公爵家でなく、アンセンシア大公家と呼ぶ慣例が続いている。
彼女が王都でぶいぶい言わせて居たら、暗殺者を送り込まれて今頃は土に返っていただろう。
だが、オークラム統合王国の成立から崩壊までずっと見ていた彼女は老獪極まる政治力で王国北部から動かず、ついに戦火から街を守り通したのである。
彼女の政治力の凄さは、たった二つの事例で事足りよう。
オークラム統合王国内戦時に、王国を見限って北方蛮族の通行を許しファルタークを略奪から守った。
流浪の騎士団に過ぎなかったエリオスを受け入れて、オークラム復興軍を結成して復興後の地位を確保した。
蛇足だが、エリオスの攻略キャラの一人であり最初の側室でもある為、ちっぱい……じゃなかったマリエルが彼女を罵倒するときは『あのおっぱいエルフ』と憎しみをこめて罵る。
え?私?
彼女と仲良しでしたが何か?
側室同士だし、おっぱい的な意味でも。ええ。
と言うわけで盛大に話がそれたがそろそろ元に戻そう。
で、サイモンとフリエ女男爵の情報によると、ポトリ伯はこの顛末を聞いて逃亡し領主館はもぬけの殻。
先代に忠誠を誓った家臣たちはこの顛末を予想して、北方諸侯と繋ぎを取っていたのでポトリ周辺の宿場には自薦他薦の次期ポトリ伯を狙う者が一杯。
とどめに、かなり前から彼らがこの状況を想定していたらしく、勝利の決め手としてあの遺跡を攻略する事を考えており、集まって屍を晒し続けている冒険者達の依頼主になっていたり。
どこから突っ込めばいいのやら。この状況。
「近衛騎士団が到着しましたが、領主不在で着任ができません」
淡々と告げるフリエ女男爵の報告に頭を抱える私に、ミティアは意味が分かっていないので首をかしげるばかり。
王室の直轄組織である近衛騎士団が諸侯領に介入する場合、領主の許可を必要とする。
で、その領主が居ない場合の介入は王室が法院で叩かれる格好の材料になってしまう。
「どうしろって言うのよ!
誰でもいいから、北部諸侯の誰かにポトリ伯の椅子を与えなさいよ!!
……ごめん。苛立っていた」
さすがの斜め上加減にこっちも怒鳴ってしまい、周囲の視線に慌てて気持ちを落ち着けて謝罪する。
ぶっちゃけるとアルフレッドに醜態晒したくないから強引に落ち着かせたというのが本音だったり。
なんというか、びっくりしたアルフレッドの顔が心配に変わっているあたりで怒りがみるみる消火したり。大いに反省。
話を戻そう。
表立って介入した場合、諸侯の土地を王室が簒奪したと取られて、王室への敵意と警戒を向けられてしまう。
世界樹の花嫁という諸侯を警戒させない立場で直接動くのは導火線に火をつけかねないのだ。
じゃあ、法院衛視隊の場合はというと秘密警察的側面から介入は可能ではあるが、それゆえに後付でもいいから法院の承認が絶対に必要になる。
で、宝石鉱山を抱え、未発見遺跡が出てきたポトリは諸侯から見て美味しすぎる餌である。
それを手中に入れる格好のチャンスであり、その権益を死守する為に北部諸侯は必死にその承認を出させないように働いているはずだ。
つまり、ポトリの統治回復は、北部諸侯の誰かがポトリ伯を継ぐことが決まって、それを北部諸侯が法院に報告(『先代ポトリ伯が引退しその後継として新ポトリ伯が継いだ』)しないと元に戻らない。
諸侯の領地における絶対権限はこのぐらい強力なのだ。
「お嬢様。よろしいでしょうか?
お嬢様にお客様がいらっしゃっていますが?」
「このめんどくさい時に誰よ!」
考えがまとまらないのにまた厄介事がやってきたので悲鳴をあげる私に、セリアは淡々とその名前を告げる。
その名前が偽名である事を知っていた私は、慌ててその客人に会うために部屋を飛び出していったのは仕方がないだろう。
「はじめまして。
冒険者を募集しているとかで、応募しましたシアと申します」
その見事なまでのおっぱいエルフを前にして、こっちでは初対面だというのを忘れてドスのきいた声で本題に入る。
「こんな所で何をなさっていらっしゃるので?
ア ン セ ン シ ア 大 公 妃 殿 下 ?」
「……」
彼女はエルフである。
老いない生涯現役である。
だからこそ、エルフの長寿よろしく子孫たちに後を任せてふらふらして、冒険者ごっこをするのが大好きだったりする。
なお、来客予定もないのだが、セリアのあの口調からすると暗示でもかけられたかな?
「あ、あはは。
誰と勘違いしているか知りませんが、私は冒険者のシア」
「こっちで冒険者の募集は出していませんし、何処の冒険者がドワーフオーダーメイドのミスリルボウガンシールドなんて持っているのよ!!!
あげくに、その盾の裏側にアンセンシア大公家の紋章彫っているんでしょうに!!!」
「……」
すっと空気が下る。
笑顔のままだが、明らかに空気が変わる。
こんな諸国漫遊記ごっこを楽しんでいる彼女は、北部諸侯随一の政治家であり、生涯現役の名に相応しい武人でもあった。
なお、胸が出っ張って弓が撃てないという理由から彼女はボウガンを使っており、ちっぱい騎射使いのマリエルの弓を全部そのボウガンで叩き落とした逸話を持っていたり。
そして、長寿による修行と経験によって彼女もまた頂点の精霊使いとして歴史に名を刻まれているのだ。
「へぇ。
ヘインワーズの華姫って、中々面白い娘ね」
同じ声のトーンなのに、こっちの額に汗が浮き出る。
精霊使いゆえにオーラなどを見れるので、こちらが華姫というのは即座に看破したのだろう。
その気配に当てられてぽちがトカゲ姿ですすっと壁に張り付いたのもアンセンシア大公妃は見逃さない。
「あら、かわいい守護竜をお持ちなのですね。
危害は与えませんから、安心して頂戴」
にっこりと彼女がぽちに笑顔を向けると、そのままぽちは壁から動かない。
いや、動けないという所だろうか。
見ると、彼女の顔にも一筋の汗が落ちた。
互いに化け物であると認識し、互いが互いの胸にナイフを押し付けている必殺の間合いをぶち壊してくれたのは、我らが主人公だった。
「エリー様ぁ。
お客様ですか?
はじめまして!
世界樹の花嫁候補生のミティア・マリーゴールドと申します。
よろしくお願いします!!!」
「……」
「……」
元気いっぱいのミティアの声に自称シアさんが私を手招きする。
何が言いたいか分かっていたので、私も警戒なしにつつっと彼女に近づいてひそひそ話スタート。
(あの娘なんで動けるのよ?
貴方とお話したいから、ちょっと館の精霊に金縛りを全員にかけるよう命じたのに)
(何でそんな所で、精霊魔法無駄遣いするんですか。
あれは私以上に特異ですよ。あしからず)
そりゃ、主人公補正持ちなんだから。ミティアは。
たしか、サイモン対策にアミュレットあげたから、それで弾いたのだろうが言わないでおこう。
こっちのひそひそ話なんて理解せずに何も分かっていないミティアは、ただまぶたをパチパチとする事でこの状況に返事をした。
「冒険者募集の張り紙みてやって来ました!
弓使いのシアと申します。
よろしくね♪」
あ。
一応、それ続けるつもりなんですか……
シアさん登場!
彼女のために書き直しが発生したと言っても過言ではないこの濃いキャラの暴れぶりを堪能あれ。