40 今は無き王国の記憶 その1
「鉱山都市ポトリですか?」
アリオス王子が世界樹の花嫁候補生の執務室に足を運んだ理由がその都市である。
こういう時はおおよそ厄介事になるのが分かっているのだが、もう一人の花嫁候補生はそれが分かっていないから疑問を口にする。
「で、どんな厄介事が発生したんですか?」
鉱山都市ポトリ。
北部諸侯勢力圏に属し都市の名前と同じポトリ伯が統治する、北部山脈南部の峡谷一つ丸ごと坑道が掘られている鉱山都市である。
主な鉱物資源は宝石で、そこからとれる宝石とその装飾はこの地に済むドワーフ族の貴重な資金源になっている。
そんな事を思い出していると、アリオス王子が厄介事を口にした。
「ポトリは古代魔術文明時からの鉱山都市なのだが、そのせいもあって古代魔術文明の遺跡も点在している。
で、鉱脈を掘っていた坑道の一つが、古代魔術魔術文明の遺跡の一つと繋がった。
そして、その遺跡は未発見遺跡だった。
ここまで言えば分からないかい?」
王子。王子。
ここまで言ってもこの首をかしげている花嫁候補生が私の横にいるのですが。
あ。目を逸らした。
「この不景気の中、一攫千金のチャンスが見つかってポトリは時ならぬ山師の巣窟になったと。
で、そんな連中が法を守る訳もないから、大いに揉めている。
そんな所かしら?」
ミティアに話を振られても進む訳がないから、私が引き取って話を進める。
アリオス王子の吐き出した息が軽いのは安堵の溜息だからだろう。
「半分正解だ。
古代魔術文明の遺跡は基本王室が管理する。
その為には、近衛騎士団と調査団の派遣をしないしいけないのだが、北部諸侯がごねている」
なるほど。
現状不作傾向が続いているこの国で、北部諸侯は食料供給で西部諸侯のいいなりにならざるを得ない状況だ。
だが、未発見遺跡から何か出た場合、その関係を覆す可能性があるのだ。
いい例が、私達がいるこのメリアスに生えている世界樹。
「我々とて事を穏便に進めたい。
という訳で、世界樹の花嫁にご出馬願おうかと」
国家成立の成り立ちから制限君主制国家であるオークラム統合王国は、それゆえに封建諸侯の領地内は諸侯の裁量に任されているのだった。
そこに王室みたいな強権と警戒を諸侯に与えない世界樹の花嫁という行政組織の価値がある。
で、問題が顕在化した時点で近衛騎士団なり法院衛視隊に出馬願えばいいと。
「具体的にはどのようなトラブルが?」
「発見された具体的な日時はおよそ一月前。
で、勝手に調査に行った冒険者や鉱夫の未帰還者が百人以上になったのが二週間前。
馬鹿が遺跡のトラップを踏んだらしく遺跡のガーディアンが作動。
冒険者や鉱夫たちを追い払っただけでなく、周囲のモンスターの巣や坑道まで出張って採掘作業が停滞したのが一週間前。
事態の悪化に採掘加工の中心であるドワーフ族が激怒して、鉱山に入るのを止めると宣言してポトリ伯が泣きついたのが昨日」
うわぁ。
もうこれ、手遅れじゃないだろうか?
「そこまで分かっているのならば、私達いらないんじゃないですか?」
ミティアの質問にアリオス王子はかるく首を横に振った。
彼自身私と同じように思っているのだろう。
「何事も手順というのがあってね。
近衛騎士団なり、法院衛視隊を直で投入すると、諸侯が警戒するのですよ。
『うちも何かあった時同じように介入されるのでは?』ってね」
このあたりが封建諸侯のやっかいな所である。
彼らは利益になることですら中央の介入というのを嫌う傾向がある。
まあ、地元では文句言われない諸侯だからこそ、領民たちに自分たちがその上にへこへこしているなんて見せられないというのもある訳で。
そういう事もあって、中央の介入は基本、『手が足りず、遅すぎる』事が多々ある。
「現地に行って、介入の口実だけ作ってこいと?」
「必要でしたら、現地調査の権限も与えましょうか?」
なお、この鉱山都市ポトリの迷宮は『世界樹の花嫁』における隠しダンジョンだったりする。
無駄に広く、敵も強くてヤリコミユーザー向けに作られているというか、元がSLGだった事もあってそのSLGをここに押し込めたというか。
つまり、ガチなのだ。このダンジョンシナリオだけは。
その分報酬のアイテムとかは良い物が出るのだが、乙女ゲーのシナリオとは一切関与していないから出たアイテムでダンジョン攻略が楽になるメリットぐらいしかない。
で、それならば男に抱かれ続けて素の補正を上げた方が男は落としやすいという訳で、ユーザーからはあまり良い評判は聞こえなかったりする。
乙女ゲー以外の所でこのゲームをやったユーザーからは大絶賛されたのだが、そこは悲しき乙女ゲーという事で少数に留まっている事を付け加えておこう。
「求められているのならば応じますよ。
それが私達世界樹の花嫁というものですので」
私の承諾によって、この迷宮攻略は始まる。
「で、何でここにいるのかしら?
ミティアさん?」
「世界樹の花嫁候補生だからに決まっているじゃないですか」
開幕から頭が痛い。
お願いだからミティアよ。
私達はライバルなのだという事に気づけ。
少なくとも仲良く馬車に揺られてポトリを目指すという事はしてはいけないという事に気づいて。まじで。
「エリー様はポトリまでどうやって行くんですか?」
あの時の質問にうかつに答えた私を呪いたい。
まったく警戒していなかったら、素で答えてしまったのだ。
「私は後で大量に人員を送り込むから、先にぽちで飛んで後から転移ゲートを開けるつもり」
「じゃあ、一緒に行きましょう!」
で、ミティアは地味に押しが強い。
どうも私達がライバルであるという事を忘れてクラス仲良くというものを狙っていたらしく、馬車を仕立てての旅はやキルディス卿、ヘルティニウス司祭を連れた賑やかなものに。
もちろん、アマラとシド、アルフレッドも一緒で、サイモンとセリアをはじめとした護衛とメイドも連れるから見事なまでの大名行列が。
馬車六台、騎兵つきという大所帯に膨れ上がったのである。
なお、最初ミティアはぽちに乗りたがっていたらしく、それを必死に押し留めた妥協策がこれである。
キルディス卿の視線がめっさ痛いのですが、こっちも被害者である。
「やっぱりこうやって旅をするのって楽しいですね。
私、こういう旅に憧れていたんですよ」
「最近は街道の治安も悪くなっているからねぇ。
これだけの大所帯だと盗賊に狙われるかもね」
ミティアのうきうき気分に対して、こっちは既にげんなり気味。
街から基本出ていないミティアは、この旅というのをある種気楽に考えているのが丸わかりである。
はやくも出発時点で、こちらの隊列について行こうとする商隊や旅人達のおかげてスケジュールが狂っていたり。
彼らからの感謝はありがたいがポトリまでの旅が長くなり、その分ポトリの事態が悪化するという事を意味するからせめて馬車旅のスケジュールだけは狂ってほしくはない。
ポトリまで馬車で五日。
仕方がないので先手を打つことにした。
「シド。
この近くに廃砦や遺跡ってあったかしら?」
「二日目に泊まる宿場街の近くに、冒険者達が探し尽くした遺跡がある。
統合王国初期の遺跡で、王室の管理外だからよくそこが盗賊なりモンスターの巣になって、定期的に討伐隊が送られているはずだ」
シドを呼んで情報収集。
襲われる前に叩くことにする。
「最後に討伐隊が送られたのは?」
「半年前。
最近盗賊の襲撃がこの近くで報告されている」
これは黒だな。
向こうがアクションを起こす前に叩くことにしよう。
「偵察おねがい。
先に叩くわ」
「アマラは連れて行っても?」
「好きにしなさい」
「了解」
そんなやりとりをミティアがじっと見て一言。
「か、かっこいいです!!」
殴りたい。この笑顔。
なお、語ることもなく遺跡に巣食っていた盗賊たちおよそ30人弱は、サイモンと護衛従士たち、キルディス卿、シドとアマラ、ヘルティニウス司祭によって容赦なく討伐された。
死亡数人で残りは皆降伏したので、宿場街の牢獄は一杯になり法院衛視隊を呼んで処理させる事に。
「食うに困ってですか。
裁かないといけないのですが、やりきれないですね」
宿場町の宿屋の一室。
文官資格が有るために簡易裁判が行えるヘルティニウス司祭がため息をつく。
なお、銀時計持ちの上級文官資格を持つ私が裁判を行った場合、控訴が法院で行われるから実質高裁扱いになったりするので私が関与を避けたのだ。
「ミティアさんも落ち込んでいましたよ。
何か助けたいと私に訴えたのですが、現状を説明したらがっくりと項垂れて」
うむうむ。
世の中はキレイ事で回るわけではないが、キレイ事無くては夢も理想もない。
彼女も現実を知っただけよしとしよう。
「で、盗賊たちの処分はどうなっているの?」
「残っている連中で再犯者は法院衛視隊に引き渡して処分。
初犯についてはこっちで穏便に片付けたい所なんですが……」
こういう所で日本という国のありがたさが分かる。
法院衛視隊に引き渡して処分というのは、象徴である私達に犯罪者の首を切らせないという事に他ならない。
さらに厄介なのが残っている初犯の連中である。
「……奴隷として売り払ってその代金を被害者への保証に使うのが普通なのですが、その需要の担い手であるポトリが騒動の最中ですからね。
買い叩かれかねません」
魔法というもので男女の差がある程度埋められるこの世界でも性別による差というものは存在する。
たとえば盗賊に参加している女性は斬首するよりも奴隷市場で売り払えるから、斬首はしない。
その代わり、容姿のいい人は娼婦に、容姿の悪い人は魔物向け繁殖用家畜としての未来が待っているのでどっちがいいかは難しい所だ。
で、男性の場合は労働力として鉱夫や水夫として使い捨てられる。
そんな彼らも救済策が無いわけではなく、自分が売られた価格の倍を支払う事で開放されるという取り決めが有るのだが、男女ともその取り決めで開放されるのは一割にも満たない。
「仕方ないわね。
ポトリの件さっさと片付けるわよ」
事務的やりとりの後、ヘルティニウス司祭と入れ違いで今度はサイモンが入ってくる。
彼にはポトリで発見された遺跡の件を調べてもらっていた。
「古代魔術文明時代からあの地は鉱山都市として名を知られていました。
出てきた遺跡の多くはその鉱山跡が多いのですが、坑道を利用した実験施設や姿を隠した魔術師の研究施設も見つかっているそうです」
このあたりは設定資料集ににも書かれていた事だ。
それ以外の情報が出るかと思っていたので内心がっくりしたり。
「で、サイモンは見つかったこれはどっちだと思っているの?」
私は知っている。
古代魔術文明末期に名を轟かせた大魔術師の研究施設がこれだと。
だが、私の内心を知らないサイモンは断片から正解に近づいてゆく。
「ガーディアンの存在を考えると鉱山とも思えない。
妙に攻撃的な所を見ると、研究施設の可能性が高い。
だとしたら、早く沈静化しないと厄介なことになりますよ」
「どうして?」
お。
これは設定資料にはない知識だ。
こういうのを待ち望んていたのだが、私は顔には出さずにサイモンに続きを促す。
「研究施設の場合、部外者の排除が主目的になるのですが、何処まで排除するかというのが曖昧なんです」
つまりこういう事だ。
研究施設のガーディアンが起動して施設内の敵を排除する。
で、当然のことながら進入路まで敵を掃討するのだが、その判断基準が分からない。
本来ならば研究施設の魔術師がそのあたりをコントロールするのだが……あ!!!!!
やばい。
ここのボス、その研究施設の魔術師で不死の王になっているガチ魔術師じゃねーか!
既に、ガーディアンが動いているという事は、その不死の王にバレている可能性が高い。
あれと戦うのか?
たしか、数周回って殴り勝たないとやばいレベルのやつなんだが。