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昨日宰相今日JK明日悪役令嬢 恋愛陰謀増々版  作者: 北部九州在住
花嫁候補の奮闘

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37 ミノタウロスの迷宮 その1

「第一層攻略パーティが帰還しました。

 死者はおりませんが、重傷6、軽傷5。

 攻略続行不能と判断して、全パーティが撤退しています」


「わかりました。

 回復魔法をかける為にそちらに行きます。

 編成した第二陣をすぐに投入。

 第三陣の編成準備。

 彼らに第一層の『維持』を任せます。

 急いで」


「はっ」


 私の命を受けてセリアが駆けてゆく。

 主人公だと攻略キャラが使えるのだが、悪役令嬢たる私の場合はいつでも使える訳も無く。

 この程度のダンジョンは一人で攻略できるのだが、お嬢様の肩書きがそれを許さないのがもどかしい。

 かくしてモブキャラ育成をかねての出撃だったのだが、死者が出なかっただけ良かったと割り切ろう。

 迷宮攻略第一陣は前にメリアスで雇った冒険者で編成しているが、低レベル育成冒険者だったので被害続出。

 今回は敵のレベルが上がっているので最初から苦戦中である。

 アルフレッドも経験を積ませる為に送り出したのだが、彼は無事だろうか?

 頭を振って恋する乙女から指揮官に意識を切り替える。

 迷宮の入り口に到着すると、痛々しい姿の第一陣が地面に座り込んでいた。


「村の連中いい加減な事言いやがって!

 最初からミノタウロスが出てくるなんて聞いていないぞ!!」


 戻ってきたシドが悪態をつく。

 腕に巻かれた包帯から血がにじんでいるが軽傷に分類されていると見た。

 目でアルフレッドを探すが、彼も軽傷組。

 エルスフィアで装備を更新したのが功を奏したらしい。

 内心ほっとするのを隠しながら皆の状態を確認する。

 今回は全員に長期契約を匂わせ、金も低利子で貸す事までして皮防具を身に着けるように推奨していた。

 アルフレッドを例に取れば、皮の服に皮の鎧、皮の帽子に皮の盾と全部皮で固めている。

 そこそこの防御力があり、修繕にかける費用も比較的安いこれらの防具を整える事が初心者冒険者の最初の目標となる。

 その効果ははっきりと現れており、これらの防具がなかったら死者が出ていただろう。

 今回攻略している迷宮のボスはミノタウロス。

 圧倒的身体能力を持っているので、序盤に当たると損害が続出する。

 その代わり魔法抵抗が低いので魔法で潰すのがセオリーなのだが、問題は迷宮にあった。


「この遺跡かなり入り組んでやがる。

 第一層全体の把握がまだ終っていない。

 しかも、ボスが奥からやってくるようだと、被害が続出するぞ」


 シドの報告ではゴブリンだけでなく、スライムや大蝙蝠、大トカゲが出現し、死者を供養しなかったせいでゴーストやスケルトンまで沸いている。

 更に聖地として村人があまり入らなかったせいで遺跡のトラップもまだ生きているものがあるらしく、ミノタウロスの出現によって撤退を決意したそうだ。

 古代魔術文明期の遺跡で信仰の対象になっていたから村人も全体を把握していない。

 把握していた村の長老は既にミノタウロスの腹の中である。

 世界樹の花嫁ではダンジョン攻略は層での攻略なのでマップなんてある訳も無く。

 これは少し作戦を立て直すか。

 シドを含めた第一陣に回復魔法をかけながら、私は口を開いた。


「シドは休憩したら、村の長老の家を漁ってくれない?

 何か言われたら私の命令って言って。

 金銭は取っちゃ駄目。

 欲しいのは、日記や覚書。

 この遺跡がらみの事よ」


「あいにく、俺はそこまで落ちぶれちゃ居ないさ。

 ついでに村人に聞き込みをしてくる」


 確実に使える盗賊というのはそれだけで攻略の難易度が変わる。

 第二陣に入れている盗賊を見るとつくづくそう思う訳で。


「へっ。

 お優しい事で」


「黙っていろ!盗賊!!

 お嬢様の温情が無ければ、貴様らも縛り首だったのを忘れるな!!!」


 セリアが叱りつけた盗賊はエルスフィアの街道で暴れていた盗賊である。

 幹部連中は縛り首になったが、下っ端連中を放逐して再度悪さをされるのも困る訳で、捨て駒として持ってきたのである。

 盗賊の他にもエルスフィア騎士団所属でエルスフィア騎士団内部で商人から多額の金を借りていた連中たちをここに入れていた。

 彼らに合法的に金を回すのと、忠誠心テストを兼ねてだ。

 私は第二陣の連中に向けて口を開いた。


「第二陣の諸君。

 貴方達の任務は、第一層の『偵察』と『制圧』です。

 それ以上の事は求めません。

 ミノタウロス出現による第一陣の苦戦振りは分かっていると思うから、無理はしないように」


 訓示をたれて第二陣を送り出す。

 それを横で眺めていた護衛騎士サイモンが声を出した。


「お嬢様。

 気になったのですが、あの盗賊たちに知り合いでも居ましたか?」


 目ざといな。

 とはいえ、隠すことでもないので私はあっさりとその過去をばらす。


「ああ。

 気づかれちゃったわね。

 私が奴隷市場出身ってのは話したっけ?

 私を売ったのがあいつら」


「……」


 この時間だと、先の話である。

 彼らとて私の事を知らないだろう。

 過去にできたからこそ、私はやっとそれを語る事ができる。


「清々しいぐらいの最高の下種でね。

 そりゃ恨みもしたわ。

 けど、感謝も最近はするようになってね」


 やった事は許さないし忘れないが、彼らが私を捕まえなかったら私は広い大平原のど真ん中で骸を晒していただろう。

 そのくせ高く売れる事を見抜いて私を必要以上に汚さなかった。

 だからこそ、最高の下種なのである。

 そして、彼らはこの時間軸において私を捕まえていない。


「だからチャンスをあげたつもり。

 向こうがちゃんと働いてくれるならば、こっちからは何もするつもりは無いわ。

 けど、あまり期待できそうもないなぁ……」


 わざとらしくため息をつく。

 たらした蜘蛛の糸だが、切れるのがなんとなく分かってしまったからだ。

 わざわざ第一陣の損害を教えたのに、ついに彼らは装備の更新を申し出なかった。

 予備の皮装備を馬車に持ってきたというのに。


「あいつら、お嬢様の支度金を飲む打つ買うに使い切ってしまっていましたからね。

 エルスフィア騎士団の連中も借金が残っていた連中で、それを支払いに当ててしまっている。

 草原では出会わないミノタウロスに初見だとあの世で後悔するでしょうな。

 ある程度こうなる事は分かっていたのでは?」


 私が占い師で未来視ができるのはサイモンも知っているからの物言いに私は苦笑する。

 世の中は善意だけではうまくいかないが、善意を信じなければやっていけないこの理不尽さ。


「外れてほしかったんだけどね」


 数時間後。

 外れて欲しかった結果は最悪の目で現れる。


「第一層攻略パーティ第二陣が帰還しました。

 死亡四。重傷八。行方不明三。帰還者全員が軽傷です」


 セリアの淡々とした声に私は深く深くため息をついたのだった。

 行方不明というのは、ミノタウロスに襲われて逃げ出した盗賊たちの事らしい。

 死体は迷宮内に残してきたらしいので、『回収』しないといけない。

 がちがちの初心者より、舐めた玄人の方が損害が大きいのだからどうしようもない。


「死亡の四って事は、盗賊が逃げたのとあわせて数が合わないわね」


「盗賊たちが逃げる際に他の連中に押し付けたそうです。

 その結果不意打ちに近い形になって戦線が壊乱したと」


 うん。

 清々しいぐらいに下種だった。

 セリアの報告に私は笑う事しかできない。


「第三陣で『回収』をさせます。

 死体だけじゃなく行方不明者も『回収』するように。

 中で野垂死にしてゴーストやゾンビやスケルトンになったら目も当てられないわ。

 回収後に第一陣と第二陣の志願者で第四陣を編成。

 夜に投入する連中第五陣以降にも情報を与えるように。

 昼夜問わず攻め続けるわよ」


 今回用意した人員はおよそ100人。

 全四層からなる迷宮攻略は、初日から総力戦の様相を見せ始めていた。




 迷宮攻略というのは本来数日ぶっ通しで行われる。

 日帰りで最深部まで行けるのならばともかく、大迷宮ともなると迷宮内宿泊が必須となるからだ。

 で、そんな時に今回のボスみたいに迷宮最深部から出張ってくるのは鬱陶しい事この上ない。

 ゲーム内では、攻略キャラの最小編成で第一層で待ち構えていれば撃破可能だったが、それができない以上数で押すしかなかったのである。

 

「第一層攻略パーティ第三陣が帰還しました。

 重傷二。軽傷四。

 死体を全回収して、全パーティ撤退しています。

 行方不明者はまだ見つかっておりません」


「ご苦労様。セリア。

 第四陣を投入するわ。

 任務は、第一層の『偵察』と『制圧』。

 今夜中に第一層を制圧するわよ。

 それとキャンプの準備をして頂戴。

 第二陣の軽傷者を中心に見張りを決めておいて。

 盗賊の死体は明日埋葬しましょう。

 騎士団の死体は神殿に送って蘇生呪文をかけるように」


 上の仕事とは責任を取る事と準備をする事でほぼ占められる。

 迷宮の中に入る必要はないが、迷宮外の仕事は全部やってくるのが上というものなのだ。


「お嬢。

 ちょっといいか?」


 セリアが離れるのを見計らって、シドが声をかける。

 シドはどうもセリアが苦手らしい。


「とりあえず、漁ってきたが目ぼしい物はなし。

 村人に話を聞いたが、この遺跡は出入り口はここだけらしい。

 軽く周囲を見たが隠し出口みたいなものは見つからなかった」


 さすが攻略キャラ。

 こちらの意図を汲み取って、ちゃんと命令外のことまでしてくれるのだから。


「十分よ。

 貴方は明日から迷宮に戻ってもらうわ」


「了解。

 ……お嬢。

 これはお節介だが、ギルドに手配書を回したらどうだ?」


 サイモン経由で私の話を聞いたなこいつ。

 盗賊ギルドに行方不明者の任務不履行を報告すれば、盗賊たちはギルドから追われる身になる。

 ギルドの影響力をはじめ色々と例外もあるが、彼らが盗賊として生きてゆくには十二分過ぎるペナルティを私は首を横に振ることで意思を示した。


「逃げただけましって所よ。

 こっちに、戻ってくるならばそれ以上の追求はしない。

 色々不義理はあるけど、自分の命は大事でしょ」


「お嬢がそう言うならば仕方ないか。

 だが、覚えていてくれ。

 あんたをはめた下種だけが盗賊じゃないって事を」


 そういう事を真顔で言えるのが攻略キャラなんだろうなぁ。

 ゲームの中ならばときめいたりもしたのだけど。

 だから私は、笑ってこんな言葉をシドに返してあげたのだった。


「覚えておいてあげるわ」




「第一層攻略パーティ第四陣が帰還しました。

 重傷一。軽傷三。

 一パーティーが『維持』の為中に残り、三パーティのみの帰還となっています」


 生物系モンスターは24時間戦い続けられる訳が無い。

 ゴーストやスケルトンみたいな24時間戦える連中も要るが、それを除いてもこうやって手薄になる時間というのが必ず出てくる。

 ミノタウロスも奥に帰ったらしい今が、第一層制圧のチャンスだった。

 現在までの損害が累計で、死亡四、行方不明三、重傷17人。

 軽傷者はヒール等で回復して前線復帰できるが、重傷だと回復させてもどこかに無理が出るので戦力外という事にしている。

 ゲームでは遠慮なくヒール連打で回復させていたが、現実だとそうもいかないという例の一つである。

 用意した100人近くの内、既に二割が戦力外にさせられている現状は良いはずがない。

 軍隊が作戦行動が行えなくなる損害の目安は三割と言われている。

 だからこそ、私は勝負をかける事にした。 

 

「第五陣を投入します。

 一パーティはサイモンにうちの連中を率いらせて『維持』。

 残りは『探索』と『回収』と『維持』で、残っている連中も撤退させて。

 第一層を制圧するわよ」


 一つの層に投入できるパーティの数は四つで24人。

 こちらが用意した人員が100人程度だから、大雑把に全員一回は迷宮に入った計算になる。

 隠し通路がなければ、第一層と第二層を繋ぐ階段で決戦予定。

 ボスがわざわざこっちにやってくるのだから、それを待ち構えられる場所でボコるのが目的である。

 そして、その戦場確保の為にはどうしても第一層を完全に制圧しないといけない。


「シド。

 貴方にも出てもらうわ。

 今回の探索で第一層を『探索』してちょうだいな。

 行方不明者は見つけたら助ける事。

 いいわね」


「了解だ。お嬢」


 不承不承ながらもシドは命令に従ってくれる。

 他のパーティーだが、エルスフィア騎士団の連中は貸すという形で皮装備を押し付ける。

 これ以上の重傷者を出したくないからだ。

  

「第六陣には私が出ます。

 そのためにも、みんながんばってちょうだい!」


 大将出陣の前の露払いという意義に出陣パーティーの士気は高い。

 軽傷者も回復・休養しているので予備兵力まだ豊富にはあるが、奥で疲弊して決戦をするよりもわざわざ敵が出てくれるのだから出迎える方が楽ができる。

 さっさとけりをつけてしまおう。




 待つ時間というのは思った以上に長い。

 ましてや、新兵に近いアルフレッドなんかはその待ち時間の使い方を知らない。

 押し付け師匠のサイモンが出陣しているので私のテントの警備を彼がしているのだが、テント越しに聞こえる風切り音。

 せっかくなので覗いてみる事にした。


「あ。

 お嬢様すいません!

 音がうるさかったですか?」


「いいわよ。

 その訓練で流れた汗の分だけ、戦場での血が減るんだからそれに文句をつけるつもりもないわ。

 続けて頂戴」


 ぽちを肩に乗せたまま、アルフレッドの素振りを眺める。

 もう昔だが、こんな言葉のない時間も私は好きだった。


「そういえばさ、アルフレッドはこの仕事終わったら何になるつもりなの?」


 なんとなく語りかけた言葉は昔と同じ質問。

 その答えは昔と違っていた。


「お嬢様に雇われて魔術学園に身を置かせてもらっていますが、学ぶって楽しい事ですよね。

 お嬢様が卒業なさるまでいろいろなものを学んで、それから考えようかと思っています」


 アルフは学者になりたかったと言っていたっけ。

 国が荒れて傭兵として生きて、ついにその夢は叶う事無く戦場の露と消えた。

 アルフレッドには、そんな未来を選んで欲しくはない。


「幼馴染。

 ナタリーだっけ?

 彼女は探さないの?」


 アルフレッドがあえて触れなかったナタリーの件を私は口に出す。

 アルフレッドは少し戸惑いながらもそれを口にした。


「探そうかと思います。

 けど、今の俺には力がありませんから」


 目標と己の限界をちゃんと見極めている。

 そのあたり、アルフレッドが傭兵として出世した理由なのかもしれない。 


「いろいろ考えなさい。

 私は寛大だから、雇った以上は卒業まで面倒をみてあげるわよ」


「ありがとうごさいます。お嬢様」


 かりそめの平和。

 数年後には崩壊する平和。

 その時、傭兵でないアルフレッドはその戦乱を生きてゆけるのだろうか?


「そっか」


「?

 ……どうしました?お嬢様?」


「なんでもないわ。

 じゃあ、がんばって。

 適当に休みなさいよね」


 素振りを止めたアルフレッドの疑問の視線に手を振りながらテントに戻る。

 凄く簡単な事を忘れていた。

 オークラム統合王国を崩壊させなければいい。

 そして、私はそれができる場所の近くにいる。

 いろいろ詰んでいるし、やらないといけない事は無駄に沢山あるが、まだ手遅れではないし、足掻ける時間はあるのだ。


「きゅ?」


 肩に乗せていたぽちをおろして私は絨毯の上で横になる。

 第五陣帰還までの短い間だが、少し横になって休ませてもらおう。



「失礼します。

 第一層攻略パーティ第五陣が帰還しました。

 第一層制圧成功。

 軽傷三。

 行方不明者はまだ見つかっておりません。

 『維持』の二つはそのまま残り、『探索』と『回収』のパーティが帰還しています」


 さあ。

 出陣しよう。

 やりたい事ができた。

 変えたい運命が見えた。

 ならば、前に進むしかない。


「ご苦労様。セリア。

 第六陣を送ります。

 第六陣は私が直接指揮します。

 セリア。アルフレッド。

 ついてきてくれるわよね」


「もちろんです。お嬢様」

「はい。お嬢様」


 セリアもアルフレッドも、私の決意に即答で答えてくれたのだった。

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