33 せいじの時間だああああ
「準備はいい?」
「はい!
エリー様!!」
私の合図にミティアが元気良く答える。
私の後ろの馬車から降りるのはアルフレッドとベルティニウス司祭の二人。
王都オークラムの王宮『花宮殿』より少し離れた所にある壮麗な建物こそ私達が目指す場所。
封建諸侯および法院貴族の楽しい遊び場、王室法院である。
さあ。
楽しいたのしい政治の時間だ。
「世界樹の花嫁候補生達か。
よろしくお願いします」
「こちらこそお手柔らかに」
法院サロンにて貴族たちの挨拶を受けながら、今回の目的である神殿喜捨への関所税課税阻止に向けた根回しを行わねばならない。
儀礼的挨拶をしながら相手の心理を探ると、ヘインワーズ候の引退は薄々知られているらしく、ミティアの方への声かかりが多い。
とりあえず、数を作る。
ヘインワーズ候を旗印にしていた法院貴族たちに連絡を取ると状況は思った以上に悪い。
「ヘインワーズ候の引退だけでなく、ミティア嬢襲撃事件の犯人がこっちではないかと法院衛視隊が探りを入れています。
おかげで南部諸侯はヘインワーズ侯を見限り、こっちの派閥はぼろぼろ。
何かできるような力は残っておらず、生き延びるだけに必死ですよ」
ミティアが挨拶攻勢をうけている間に接触したヘインワーズ候側の法院貴族の一人はこう言ってため息をつく。
そういえば、実行犯は片付けたが黒幕についてはまったく分かっていない状態だったな。あれ。
「うちは襲撃前に降伏したから難を逃れたけど、アリオス王子あたりはうちのはねっかえりの仕業と疑っている節があります」
あくまでヘインワーズ一門の人間としての会話である。
成り上がりゆえに法院貴族は才能のあるやつが多いが、それゆえに譜代的家臣団の形成ができていない。
勢力の衰えは即座に派閥離散に繋がるのだが、ヘインワーズ家もその法則に当てはまる。
今話している相手はヘインワーズ家分家の娘と結婚して婿養子に入った子爵で、元はヘインワーズ商会の大番頭だったりする。
数少ないヘインワーズ家の忠臣というやつだ。
「我々もあの時点で彼女を潰すメリットなどありませんよ。
確実にこっちに疑いがかかるのですから。
こっちは、向こう側の自作自演を疑っています」
向こう側、つまり封建諸侯の襲撃未遂という線か。
ありえない訳ではない。
私自身はあれは南部諸侯がやったのではと疑っている。
理由は、離反の為だ。
南部諸侯にはカルロス王子と、ロベリア夫人という切り札がある。
ここでゲームを降りるヘインワーズ侯と決別する必要があり、それにミティア襲撃事件は格好の口実になっていた。
「私にタリルカンド辺境伯が粉かけてきたのは知っていますか?」
「ええ。
貴方の処遇については、我々も頭を痛めていた所です。
旦那様が降伏した以上、貴方が張り合って我々一門までとばっちりが来るのは御免ですからね。
エルスフィア太守という所に押し込められたのは喜ばしいのですが……」
そこまで言って子爵の顔色が曇る。
ちらりと視線をミティアに向けてまだ彼女が話しているのを確認して重々しく口を開いた。
「我々と組んでいた南部諸侯の動きが怪しくなっています。
元々穀倉地帯を有して諸侯の中で一番裕福だった南部諸侯は、先の王位継承争いで王兄ダミアン殿下を担いだ結果徹底的に弱体化させられました。
その為、窮乏した彼らを取り込んだのがヘインワーズ侯をはじめとした法院貴族です。
ところが、法院貴族はここでゲームを降りた結果、南部諸侯は新たな相手を探さなければならなくなりました。
それがタリルカンド辺境伯が率いる東部諸侯です」
北部諸侯は人口爆発の結果、他地域から食料をもらわなければ飢えてしまうという弱点を抱え、新大陸植民地から穀物を持ってくる西部諸侯に頭が上がらない。
その西部諸侯は、ベルタ公を中心として国王パイロン三世を生み出した現王室政権の中核で、南部諸侯の不倶戴天の敵である。
南部諸侯に残っているのは、王都の政治には局外中立を保ち、新大陸に投資している西側諸侯と極東交易路で生計を立てて利害対立が発生している東部諸侯しか残っていなかったのだ。
私に声をかけたタリルカンド辺境伯は東側諸侯の重鎮。
頭が痛くなってくる。
我々と言う敵が居なくなったら今度は仲間割れときたか。
とはいえ、この諸侯間対立はそのまま関所税が絡むだけに放置する訳には行かない。
「我々を見限った南部諸侯は、西部諸侯と対決する為に東部諸侯を味方につけようと躍起になっています。
そんな状況下で貴方にタリルカンド辺境伯が嫁にと声をかけた。
次に待っているのは……」
「私の南部諸侯への取り込みと」
サイモンが私の護衛騎士として送られてきたのは多分それだ。
私は、サイモンがロベリア夫人やカルロス王子を操っている事を知っているから警戒しているが、何も知らなかったら彼を頼ってドツボに落ちていただろう。
私と言う駒は、捨て駒にするには影響力が大きすぎるのだ。
ぶっちゃけると、手のひら返してミティアとガチ勝負するだけで、うまく立ち回れば南部諸侯と東部諸侯が味方につく。
そこまで考えて、二人してため息をつく。
そういう背景から察すると、間違いなく旗印としての王家関係者が必要になる。
世界樹の花嫁争いだけでみると足元をすくわれる。
これは次期王位継承争いでもあり、その王を担ぐ諸侯間の争いでもあるのだ。
アリオス王子の体制は磐石と思っていたのに、ここでカルロス王子が出てくるフラグがあった訳だ。
「南部諸侯の巻き返しもはじまっています。
うちは法院貴族で一番の成り上がりでしたから、腐ってもというやつです。
貴方の取り込みもその一環かと」
「私はしばらくは泳がされるわよ。
ミティアを世界樹の花嫁に仕立て上げる為のあて馬としてね。
本格的に処遇が決まるのは、早くて来年だと思うけど」
私が私の未来を語ると話していた子爵が露骨に渋い顔をする。
あ、これは本気でやばい話のやつだ。
「アルフレッド。
お花を摘みに行って来るわ。
まぁ、私とした事が!
ハンカチを忘れてしまいましたわ!!」
実に白々しい声で芝居をする私。
法院内での魔法使用は警備上の理由で原則禁止されている。
だから、やばい話をする場合は何だかの仕掛けを作る必要があった。
当然、私はハンカチを忘れていない。
「それはいけない。
私のでよろしければお貸ししますよ」
「すいません。
後で洗ってお返ししますね」
子爵からハンカチを受け取ってトイレに駆け込む。
さすがにここまでは監視がされていないだろうけど、ぽちを使って対魔術解除を行っておく。
で、ハンカチに書かれ、彼が本当に前々から伝えたい事が書かれていた。
「……大嵐で新大陸からの穀物輸送船団が全滅……
嘘でしょ……」
思わずあげた声を抑えるために私は手で口元を抑える。
ハンカチを持った手が震えてハンカチを握り締めているのに今頃になって気づいた。
船を使った交易は初期投資と維持コストが大きいが、当たればそれを払えるリターンがくる。
その為に最終的には海洋交易には陸路は勝てなくなるのだが、造船技術および航海技術の未発達のこの世界では難破遭難の可能性も低くは無かった。
商会出身で、内部に金融部門を持つヘインワーズ家の極秘情報だ。
西部諸侯がひた隠しにしてごまかしているだろうこれを突き止めるあたり、ヘインワーズ家は負けたとはいえ侮られる相手ではない。
けど、この情報で一つピースがはまった。
ゲームどおりならば穀物価格の掌握を狙ってヘインワーズ家は更なる突込みをする訳で、それは大嵐で大損害を受けた西部諸侯の逆鱗を踏んづける事になる。
ゲーム内でヘインワーズ家が信じられないほどスムーズに潰されたのは多分これだ。
で、穀物輸送船団の再建を考えると船の建造に早くて一年、船員の訓練にやっぱり一年はかかる。
再建される穀物が入ってくるのは三年後。
もちろん、穀物輸送船団が一つしかない訳が無いので途絶える事はないだろうが、穀物価格の高騰はどう足掻いても避けられない。
何よりも痛いのは、大打撃を受けた西側諸侯が再度穀物輸送船団を再建する資金を用意できるかという点。
初期投資がでかいから、その償却が済んでいない状態だと再建どころか破産一直線である。
頭を壁に押し付ける。
そうか。関所税課税の声はこのあたりから出てきたか。
そうなるとこれ、押し返すのはきついぞ。
頬を両手で軽く叩いて気を引き締める。
何事も無いようにサロンに戻ると、相変わらずミティアがサロンの花になっていた。
「どうしました?
お嬢様?」
戻るとアルフレッドから声をかけられる。
まだ顔に出ていたか。いかんいかん。
「何でもないわよ。
ベルティニウス司祭を呼んできてちょうだいな」
「はい。
お嬢様」
アルフレッドがベルティニウス司祭を呼んでくる。
まずは空気をかき乱す事から始めるか。
「お呼びでしょうか?
エリーお嬢様」
「お呼びも何も、貴方が私にさせたい事の確認をしたいのよ。
で、私は何をすればいい訳?」
ぴくりと、周囲の貴族の耳が動いた。
そりゃ聞こえる為にやっているのだから。
あくまで、私は何も知らないお嬢様として振舞い、黒幕はベルティニウス司祭(とその背後に居る神殿)という訳だ。
銀時計が揺れているが、そこはそれ、政治というやつでして。
「ああ。
すいません。お嬢様。
お嬢様にお願いしたいのは、神殿喜捨に関所税を課税する事を阻止して欲しいのです」
はっきりと、私の周囲は時間が止まった。
うん。
期待していたけど、ここまでドストレートに地雷を踏み抜いてくれてありがとう。ベルティニウス司祭。
あと、その笑顔悪巧みしているみたいだから控えて。
「神殿喜捨の関所税課税阻止ねぇ……
まぁ、こんなのがあるし、世界樹の花嫁候補だから法院の貴族に訴える事はできるわよ。
けど、話を聞いてくれるのかしら?」
で、首を傾げながら馬鹿殿よろしく銀時計をぶらぶら。
政治の真髄は三文芝居と心得よ。
それでも、利権が絡むだけに観客である貴族はいやでも私達に視線が集まる。
「大丈夫ですよ。
エリーお嬢様には『花嫁請願』という伝家の宝刀があります。
貴方の話は国王陛下ですら無碍にはできません」
周囲の貴族から血の気が引く音が聞こえる。
ここまで神殿が本気で神殿喜捨課税を阻止してくるとは思っていなかっただろう。
同時に、私の新たなスポンサーが女神神殿だと勝手に勘違いしてくれると楽しいのだが。
「だって。
ミティア聞いてた?」
ここでミティアに話を振るが、当然ミティアに答えられる訳がない。
「え!?
何か言いました?
エリー様」
手を腰に当ててわざとらしくため息をついて、私はミティアをたしなめる。
それは、私が潰されても、ミティアは既に洗脳済みだと貴族連中が思わずにはいられないこの三文芝居の核心。
「しっかりしなさいよね!
私と貴方のどっちかが世界樹の花嫁になっても、ベルティニウス司祭から託された神殿喜捨の関所税課税阻止は花嫁請願で通すって話!
まぁ、私が花嫁になるから忘れてもいいわよ」
「私だって負けませんから!
ちゃんと、ベルティニウス司祭から託された事はします!!」
最後は女の子のかわいいじゃれあいにてこの三文芝居は終了。
なお、周囲の貴族の顔は青白くなっていたそうな。




