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昨日宰相今日JK明日悪役令嬢 恋愛陰謀増々版  作者: 北部九州在住
二人の世界樹の花嫁候補

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32 エリーとマリエルの最初の殺し合い

 パトリで暮らし始めた私たちは結局、己の持つ才で生計を立てるしかなかった。

 つまり、アルフたち男衆は傭兵として各地を転戦し、私達女は娼婦として近隣から客をとるという。


「エリー様。

 畑の開墾終わりました。

 春で種付けが間に合ったのが助かりましたよ」


「エルスフィアから言いつけどおり、山羊を買ってきましたよ。

 家畜小屋で飼育しましょう」


「朽ちてましたが炭焼き小屋がありました。

 炭を焼いてエルスフィアに持って行きましょう」


「エリー様ぁ。

 薬草採り終わりましたぁ」


 最低限の知識があった事も幸いし、開発は順調に進んだ。

 私を始めとした女達が腰を振ることで得た安全で、男達は畑を耕し、炭を焼き、薬草を売る事でなんとか生計を立てようとしたのである。

 それはある程度成功した。

 そして、その成功が、更なる変化をこの辺境にもたらすことになる。


「お願いです!

 私達を娼婦として働かせてください!!」


 食えなくなった娘が身売りをするならとここに駆け込むようになったのである。

 知識を得ている娼婦と貧困からの身売りの売春では奉仕も料金も格段に違う。

 そして、華姫という高級娼婦達が集まっていたら、必然的にそういう場所とみなされるのだ。

 人手の足りない私達は彼女たちを受け入れた。


「ここが華姫の砦かい?

 流れの娼婦さ。

 よかったら休ませてくれないか?

 金は払うし、客をとったら上前はねていいからさ」


 流れの娼婦達もこの辺境に来るようになった。

 彼女たちは常に迫害されていたから、彼女たちが休める場所としてこの地は認識されていたのである。

 街で迫害されていた彼女達もこの地に流れてきた。

 私が領主である以上、蔑まれる事はあれど、迫害されることは無いからだ。


「エリー様。

 病気なんですが、見ていただけませんか?」


 領地を得てしばらくすると、何時の間にか医者として見られている私が居た。

 こんな仕事をしていると必然的に出産と堕胎には詳しくなる。

 そして、蛮族から得た薬草知識と、現代知識から衛生概念と医療知識はこの辺境において貴重な医者として認識されたのである。

 それは、この程度の知識すらこの辺境にはなかった事を意味する。

 更に、砦の中にあった高価な魔術書で学んで細々と修行して回復魔法が使えるようになった瞬間、世界が一変する。

 医療行為と薬学知識と魔法医療。

 それぞれの専門家は居たし、それぞれに高度な知識を有していた。

 だが、程度ながらもこれらを複合させて見たのは、この辺境においては私しかいなかったのである。

 このパトリに住む住人はおよそ百人ほど。

 そのうち女が七十人ほど居て、そのほとんどが娼婦である。

 彼女たちは、男の上で腰を振る以外に、医者である私の手伝いをする事で手に職をつけていったのである。




 こうして、娼婦達の楽園、華姫の砦の名前は近隣に名を轟かせることになった。

 城に残された財宝を大切に使いながら周辺の村々と何とか折り合いをつけ、溶け込もうとした時あれはやってきた。

 こちらに向かう街道を騎兵が向かってくる。

 兵は百数十だろうか。

 このあたりの山賊にしてはえらく装備が良い。

 掲げられた旗を見ると、タリルカンド家。

 先の東部騎馬民族の猛攻で滅んだ家だが、どうしてあんなに士気が維持できているのだろう?

 そこで夢から覚め、むくりと起き上がった。

 今のは多分予知夢だ。


「ねぇ。

 ちょっと起きてちょうだいな。

 今日はお代いらないから早く城から出ていってくれないかな」


 私は裸の男を起こす。

 アルフは傭兵を率いて近隣の村の護衛の仕事についてる。

 だから、この城に戦力はほとんど居ない。


「どうしたんだ。いったい。

 まあ、何か見えたんだろうが」


 散々腰をふって疲れ果てて寝ていた近くの村の村長の息子に急いで服を着せる。

 備え付けていた緊急用の紐を引っ張って、あわててタロットカードを手にガウンを羽織って彼を地下の隠し通路に案内する。


「タリルカンドの旗が見えたけど、このあたりにそんな連中居たかしら?」


 私の呟きに村長の息子はぽんと手を叩いた。

 どうやら心当たりがあるらしい。


「それは末弟エリオス様の隊だな。

 こっちに盗賊討伐に出ていて難を逃れたとか。

 盗賊討伐そのものは成功に終わったらしいが、今や彼らは宿無しだからなぁ」


 懐かしい名前を聞いた。

 『ザ・ロード・オブ・キング』の物語が始まったのだろう。

 あられもない女たちに急き立てられて、客として入っていた男たちが隠し通路に集められる。


「申し訳ないが、今日からしばらく店じまいよ。

 客には迷惑かけられないから、お代は全額お返しします。

 こちらの通路でお逃げくださいませ」


 慌てて男たちが隠し通路の中に消えていったのに対して、村長の息子はいまだ留まったまま。

 はやく行ってと急き立てようとしたら、彼の口が開いた。


「よかったら、エリーも一緒に来ないか?」


 そう言ってくれる好意は凄く嬉しかった。

 だが、私は首を横に振った。


「ここの全員村に入れるのは無理でしょ。

 ならば、守らないと。

 私たちの家なんだから」


 収穫が安定しない辺境で、百人単位で人が増えてやっていける村はまずない。

 私達が何とかやっていけるのは、財宝よりもアルフ達傭兵という力と私達女の身体という地域貢献によって、食料を各地の村から少しずつ分けてもらっているというのが大きい。

 だからこそ、この砦が無くなると私達は野垂れ死にするしか無くなる。

 移動するには私達はもう増えすぎていた。


「生きてくれよ。

 生きて村まで辿りついたならば、なんとかしてやるから」


 そう言って彼も隠し通路の中に消える。

 それを見送って、隠し通路の扉を閉じる。

 石に火炎魔法をかけて焼き、水瓶に落として湯を作り、汗と汚れを洗い流す。

 洗い流した髪と体は風魔法で小さな竜巻を起こして乾かした。

 見張り台の私の私室に行き、伯爵に持ってきてもらった服を取り出す。

 華姫は高級娼婦である。

 だから、貴族や豪商達が集まる宴の席に顔が出せる衣装や装飾品を当たり前だが持っていた。

 国が滅び、辺境なんかで娼婦をする以上、使うことなんてないと思っていた物たちだ。

 胸元が開いたドレスに身を包み、高価な飾りを身につける。

 手に持つのはこの砦にあった魔術師の杖。

 簡単な魔法だけど、辺境では無視できない戦力の証。

 扉を開けて砦の外に出る。

 女達だけでなく、残った男達すら私の方を見て、その姿に驚く。


「あれ誰だ?」

「あんないい女居たか?」

「何言ってるのよ!

 あれ、エリー様じゃないの!!」

「ああいう服を着ると、あの人が貴族の娘だってわかるんだよなぁ……」

「何だそれ?」

「知らなかったのか?

 あの人、ここの家の出身で、家が滅んでから娼婦に身を落としたんだよ」


 そういう噂はこの辺境に広まりきっている。

 この事態に対処できる武力を用意できるのは私しか居ない。

 彼女達の驚きなんか気にせずに、私は矢継ぎ早に指示を飛ばす。


「みんな準備をして!

 弓が使える娘は弓を持って!

 使えない娘は槍を持って城壁に立ってて!

 門は絶対に開けない事!!」


「「はい!姉さん!!」」


 娘達の返事に思わず苦笑する。

 気づけは私は姉さんとして皆を率いるようになっていた。

 占いのせい?

 それとも学があったせい?

 華姫として高値で売られたせい?

 どれも違うな。


「あねさん!

 きました!!

 騎馬隊を先頭にやってきます!!!」


 違うな。

 たしかアルフが言ったんだっけ。

 えっと……


「エリーが人を惹きつける理由?

 簡単さ。

 俺に言ったじゃないか。

 人が嫌う事を率先してしろ。

 何か志願をするのならば、一番最初に手をあげろ。

 エリーがそれを実践しているから皆がついてゆくんだろ」


 そうだった。

 己がしている事をアルフに言ったのか。

 苦笑しながら、私はぽちを肩に乗せる。


「何者かしら?

 ここはこんな身なりの女の住処でね。

 ご利用ならば、まずは鎧を脱いでいただけないかしら」


 声を出す前に魅了の魔法を全開で周囲にかける。

 華姫で魔法適正者が覚えることを許される唯一の魔法がこの魅了である。

 それは仕事に使えるというのもあるが、こういう場面での攻撃補助において強力な力を発揮する。

 私はその魔法が周囲の華姫より数段高く、魔術師になれるほどの適正があったのだ。

 この異世界に飛ばされた時に陵辱調教されて売られなかったら、魔術師として生きていただろう。

 城門の上で貴族用ドレス姿のまま私は隊列に向かって語りかける。

 さっと確認して攻城兵器のたぐいは存在しない。


「我らはタリルカンド騎士団に属している者だ。

 故郷が東方騎馬民族に蹂躙され、その再興の為の拠点を探している。

 この城を我らに明け渡してもらいたい」


 兜の中から聞こえる声は女のものだった。

 女騎士か。


「なれば、私達はどこに行けばよいと言うので?

 お断りします」


「言うと思った。

 我ら相手に、戦うというのか?」


 タリルカンド騎士団はかつてオークラム統合王国東部最強の名を欲しいままにした最精鋭部隊の一つだった。

 それが故郷滅亡にも負けず、士気も錬度も高い。

 主人公のエリオスの人望だろう。

 戦えばまずこっちが負ける。

 覚えたばかりの落下制御の呪文をかけて城門の上から身を投げる。

 スカートが広がって中が丸見えになるが、それも計算のうち。


「貴様魔術師か。

 何でこんな所で身を落としている?」


「あいにくモグリでして。

 お相手願いましょう。

 私が勝てば、お引取り願いたい。

 私が負けるならば、この城すべて差し上げましょう」


 周囲から悲鳴と歓声があがる。

 騎士団の連中は勝った気で居るし、娘たちは負けた時を考えたのだろう。

 こちらの計算どおりだ。


「何か装備をつけるがいい。

 丸腰の女を討ったとあれば、功績どころか恥にすらならぬ」


「ご安心を。

 こちらが勝ちますので」


 先頭の女騎士が馬から下りてレイピアを抜く。

 まずは相手を馬から下ろした。

 次はあのレイピアを避けねばならぬ。

 タロットカードを構えて、私は運命を紡いだ。


「言うたな。

 タリルカンドの街の君主の娘の一人でタリルカンド騎士団に属する者、マリエル・タリルカンド騎士。

 参る!」


 レイピアを抜いて、その突きを私に向けて放つ。

 それは予測できた事。


「!?

 何処に消えた!?」


 『隠者』のカードによって姿が消える。

 ドレスのスカートがレイピアに貫かれるが、そこには私は居ない。


「ちょっと痛いけど、我慢してよね!

 お嬢様!!!」


「きゃっ!

 このトカゲ火を……しまった!!!」


 姿を見せた時には私は既に女騎士の前。

 『力』のカードで身体機能をバンプした上で、しゃがんで勢いをつけた私のアッパーカットコースの突き手は女騎士を宙に浮かせる事に成功した。

 魔法はイメージである。

 そのイメージにタロットをはめる事で、なんとか実用化の所までこきづけたのだった。

 もちろん反動もあり、使った札の逆位置の意味が私に付与される。

 『露出』に『弱体化』は確定。

 今日一日は裸生活だろう。


「くっ……私の負けだ」

「騎士道を守る方で安心しました。

 ご無礼を謝罪いたします」 


 砦の上から聞こえる娘たちの歓声と、兵士達のざわめきが心地良い。

 レイピアで貫かれたドレスは派手に破れているから使い物にはならないが、砦一つを守れたのならば安いものだ。

 このままではこのちっぱいはまたやってくるのだろうから、彼女に未来を教える事で未来を誘導しよう。

 彼女の手を取って起き上がる時に耳元で囁く。


「北の要衝、ファルタークで兵を集めていますわ。

 何かを成すのならば、それに相応しい武功を。

 エルスフィアからかつては王都まで船が通っておりました。

 船を手に入れて王都跡から北にあがる事をお勧めしますわ」


「……貴様ただの娼婦ではないな」

「……たしかに安い女ではありませんわ。

 そこから先はお代をいただきましょう」


 立ち上がった女騎士が手を振ると兵士達が帰ってゆく。

 それを見て砦の娘達が歓声をあげる。


「名前を聞かせていただこう」


 最後まで残った女騎士が馬に乗り、私は穴の開いたスカートをたくし上げて貴族令嬢らしく挨拶をする。

 悔しそうな顔を隠そうともしないが、こっちははったりが成功したのでばれないうちにさっさと帰れと心の中で祈っていたりするのだが。

 タリルカンド最後の華姫の称号は、彼女にも私にも意味が無いだろうから言わないでおこう。


「エリー。

 ただの娼婦ですわ」


「その名、覚えておこう。

 さらばだ」




「へー。

 絵梨とマリエルの間にそんな関係があったんだ」

「そうなんですよ。

 水樹姉様。

 で、その後帰ってきたアルフがエリオス陛下と傭兵契約交わしちゃって、そりゃ顔合わせるのがつらかったのなんの。

 あの時の居心地の悪さから印象最悪でしたし、良く路線対立でガチの殺し合いに発展する事もしばしば……」

「ちなみに、一番最悪の殺し合いって何だったの?」

「私が後宮に入った後、マリエル王妃の子供達が皆お乳の出ない私の胸を吸って……」



「お乳出ないけど、お子様達に胸を吸われてごめんね♪」

「よし。

 表出ろ」


 史上最低の理由による王妃兼近衛騎士団団長と側室兼宰相兼宮廷主席魔術師のガチ死合は、周囲の必死の説得と国王陛下の夜の説教によって歴史の闇に葬られる事になった。

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