31 舞踏会
舞踏会というのは、主役を眺め主役とコネを作るためのものだ。
では、脇役は何をするかというと、他の脇役達とのコネを繋ぐために要る訳で。
かくして、ミティアお披露目の舞踏会で脇役である私達は、脇役に徹する事で諸侯や有力者のコネを繋ごうとしていた。
「ヘインワーズのお嬢様はじまして
わたくしは……」
「お初にお目にかかります。
……在住の……」
「……の街の領主の息子……」
主役の時以上に顔繋ぎがやってくる。
主役の時は、主役である以上顔繋ぎは上から優先権が発生するが、脇役だとそんなものも無いからだ。
そして、私とミティアの間に行われているヘインワーズ侯とベルタ公の代理戦争を知っているならば、野心家連中が私を放置しておくわけも無く。
料理もダンスもできずに、笑顔の仮面を貼り付けたまま挨拶に追われる事になったのである。
「我らが全面降伏しているというのに、どうして皆様目をぎらつかせているのてしょうね?」
「それが彼の人徳というものでは?
味方も居たが、敵もまた多かった」
「貴方もですか?
ベルタ公?」
「私は、太守代行の敵にはなりたくないな。
ミティア嬢とも仲良くしてもらっているし」
今回の舞踏会の実質的ホストであるベルタ公との楽しい挨拶である。
なお、その中年腹にふさわしく、ベルタ公の主催するパーティーでは美味しい料理が出されると評判だったり。
裕福で、料理に金と手間がかけられると権勢をアピールしているのだ。
「それはどうも。
けど、花嫁争いの手は抜きませんのであしからず」
「ははは。
それは手厳しいな。
けど、友情と競争心は共存できる。
私はそう信じているよ」
「ベルタ公と義父たるヘインワーズ候の関係もですか?」
私の反撃に一瞬だけ顔を変えるが、笑顔とその笑わない目は崩さない。
こういう人だからこそ、権力闘争を勝ち残ってきた訳だ。
「見事に一本取られたな。
君が法院に出て来る時を楽しみにしているよ」
「ええ。
その時はお手柔らかに」
挨拶も終わって私は壁際に移動する。
とりあえず一息つこうと思ったら、また私に声をかけてくる輩が。
「壁際に咲く大輪の花。
お美しいですな」
そんな中での大物の登場。
こちら側の劣勢が伝えられている中、更にその先のヘインワーズ侯の全面降伏を知っている封建諸侯が接触してきたのは、主役が登場する寸前の事だった。
ちらりと胸の勲章を確認すると、私と同じ五枚葉従軍章が輝いている。
これをつけて私に接触してくるという事はと該当人物の名前を頭から引き出して、笑顔で挨拶をした。
「お褒めに預かり恐悦です。
タリルカンド辺境伯様。
ですが、主役はこれから登場みたいですわ」
礼装姿で笑う初老の武人は、周囲の視線をものともしない。
少年期から東方騎馬民族相手に一歩も引かずに戦い続けて、タリルカンドの繁栄と統合王国東方防衛の要として君臨し続けたこの人の死によって、タリルカンドと統合王国東方防衛は破綻する。そんなマジものの武神は、一目でこっちを探り当ててきた。
「わしも耄碌したものだ。
己の軒先で売られていたのに気付かずに、ヘインワーズに掻っ攫われるとは」
アマラ経由で流したタリルカンド奴隷市場出身の華姫という情報はちゃんと届いているらしい。
アマラとの友好関係からこの情報を掴むには相手側のコネと金がかなりかかるのだが、それを払ってまで私の事を探りに来たのは、エルスフィア太守代行の肩書きのおかげだろう。
「蕾の内に花を買うのは難しいものです。
こちらは、先に行われた合同討伐の後、お見苦しい所を見せないようにと苦労している次第で」
見張り台の再建と騎士団による巡回の効果はすぐに現れた。
巡回に向かう騎士団にくっつく形で、エルスフィアからタリルカンドに向かう商隊が急増したのだ。
これによって薪の価格も落ち着き、結ばれた交易協定がさらに拍車をかけた。
経済的な面ではエルスフィアは立ち直ったと見ていいだろう。
「謙遜なさるな!
兵たちと共に同じ食事を取り、兵たちに惜しげもなく回復魔法をかけた行為は吟遊詩人を通じて聞いておりますぞ」
さらりと流そうとした私の言葉を、タリルカンド辺境伯は更に食いつく。
挨拶程度ですら色々とやばい封建諸侯との接触はできる限り避けたいのだが、食いついた獲物を手放すほどこの老人は甘くない。
ぎろりと私がアマラを睨むとアマラは慌てて首を横に振り、ついでとばかりに出席しているシドも睨んでみると同じように首を横に振った。
つまり、盗賊ギルドが管理している吟遊詩人経由で迷宮探索の情報を掴んだ訳ではない。
参加者あたりから漏れたのだろうが、そのあたりの情報を拾う場合、そこそこ手間がかかる。
その手間暇を払っても私の情報を取りに来ましたとこの武人は私に言っているのだった。狸め。
まぁ、ただの武人が要衝タリルカンドを長きに渡って守れるはずも無い。
「その話はまた今度に。
そろそろ主役が登場しますわよ」
仕方ないので、私はグラスをとって飲み物を口にして『話は終わり』と体で伝えるのだが、この武人舞踏会を戦場か何かと勘違いしているらしい。
つまり、撤退にかかる私に容赦なく追撃を食らわせたのである。
「そうですな。
さっさと用件を済ませる事にしよう。
エリー殿。
我が息子エリオスの嫁に来ませんかな?」
「ぶっ!!!」
レディにあるまじき飲み物を口から噴出させるというお笑い芸を前座に、この舞踏会の主役が登場する。
こっちは吹いた飲み物と言葉の衝撃から立ち直っていない。
「世界樹の花嫁候補生。ミティア・マリーゴールド様」
主役の登場に皆が拍手をする中、私とその周囲はタリルカンド辺境伯の爆弾発言にざわめがずにはいられない。
で、その爆弾発言をした当人はそんな事を気にする事も無く、主役であるミティアに拍手を送っていた。
ミティアは私のあげたドレスをつけて、ロザリオに宝石で飾ったアミュレットもちゃんとつけている。
サイモンが何か悪さをしてもたぶん大丈夫なはずだ。
世界樹の花嫁候補が庶民から抜擢される場合、花の姓を名乗る事を許されて男爵と同じ扱いを受ける慣例がある。
これも、多くの世界樹の花嫁達がそのまま貴族や王室に嫁いだ名残だったりするのだが、才能ある女性達の出世の門になっている事は否定できない。
そんなどうでもいい事を考えてなんとか思考を立て直す。
今、この老人は何を言った?
エリオスの嫁?
冗談じゃない。
あれとまたガチで殺し合いなんてまっぴら……
「お父様。
こちらにいらしたので?」
いやがったー!!!
露骨に赤目に殺意がこもっているのですが。このブラコン。
絶対にさっきの聞かれてやがる。
「あの、こちらの方は?」
「おお。紹介しよう。
わしの末娘のマリエルだ。
ご挨拶なさい」
タリルカンド辺境伯に促されたドレス姿のマリエルが挨拶をする。
もちろん、先の見張り台で出会ってはいるが、こういう場で親から紹介される場合、公的なお付き合いという側面が……
「華姫は殿方相手に腰を振るとばかり思っていましたのに、剣もお振りになるのですね」
うん。
その直情的な性格は直した方がいいと思う。
このブラコンのちっぱいめ。
タリルカンド家の赤髪をおかっぱにしてスレンダーな体がドレスに着られているが、騎兵指揮官としては恐ろしく有能で王妃の癖に後に近衛騎士団団長まで勤める事になる。
ゲームにおいて、彼女が率いる騎兵隊を何処に突っ込ませるかで勝敗が決まると言っても良いぐらい。
なお、得物はレイピアだが、騎兵時には馬上弓使いになるので見た目で侮ると痛い目を見るタイプだったり。
「ええ。
色恋も色々ありまして、レイピアを払う程度には学びましたのよ」
マリエルの顔色がはっきりと変わる。
あんたの得物のレイピアを払えると言っているのだから、そりゃ顔色を変えるだろう。
私はあんたの全盛期のレイピアを避ける羽目になったんだから、まだ途上のあんたの剣ならば見切れる自信はある。
「やめとけ。マリエル。
この勝負お前の負けよ。
相手に間合いを悟らせるなと何度も言っておろうが」
マリエルの剣筋はあんたの仕込みか。
で、タリルカンド辺境伯の得物と間合いはさっぱり掴めやしねぇ。
これが武神と称えられた戦場の男か。
「お父様。
私はお兄様にはもっとふさわしい人がいると思っていますのよ」
「何が不満かね?
ヘインワーズ一門で、エルスフィアの太守代行をつとめる、世界樹の花嫁候補だぞ。
この方は」
うわ。
並べられると超優良物件ぽいじゃないか。私は。
この後地雷になるのだけど。
というか、本人前にぶっちゃけるな。お願いだから。
「タリルカンド辺境伯にそう言ってもらえるのは嬉しいのですが、私が嫁ぐと色々と煩い方もいる訳で」
知っているはずなのだが、封建諸侯と法院貴族の対立の話を振ってお断りしようとしたら、それが罠だったらしい。
信じられない言葉を彼は吐いていかれましたよ。
「うむ。
それは知っているが、それらの雑音はわしが払ってやろう。
いかがか?」
そこまで踏み込むか。
タリルカンドとエルスフィアの一体化というメリットがあるとはいえ、エルスフィアに固執するタリルカンドではない。
何しろタリルカンドは交易路の要衝なのだから。
ならば、王室からも睨まれかねない私を掻っ攫う事にどんな理由があるのか?
王室?
エリオスとミティアは同じ父親である王兄ダミアン殿下だ。
歴史に消えた彼の父親は何をして歴史に葬られたのか?
にも関わらず、ミティアとエリオスはどうして王室の一員として歴史に登場するのか?
逃げるようにタリルカンド辺境伯とマリエルの前から去って、人少ない物陰でため息をついた。
「おや。
こんな所で殿方と待ち合わせかな?」
声がしたと思って振り向いたら、品のある中年男性と若々しい奥方がいらっしゃった。
挨拶をと思ってその顔を思い出し、慌てて臣下の礼を取る。
「エルスフィアを一時的に預かる者で世界樹の花嫁候補、エリー・ヘインワーズ太守代行と申します。陛下」
国王バイロン三世。
護衛の近衛騎士やお付の侍女も居ないあたり、お忍びでここに来たみたいだ。
となれば、その隣の若々しい奥方は北部諸侯特有のエルフ耳から王妃グロリアーナ様だろう。
お忍びとはいえ、ここまでミティアに肩入れするとはこちらもびっくりである。
多分、諸侯はこの国王夫妻のお忍び訪問に感づいている。
こっちの考えなど知らずに、国王陛下は人の良さそうな笑みを浮かべたまま私に話しかける。
「硬くなるな。
息子の妃になるかもしれぬそなたをただ見に来ただけなのでな」
「あら。
でしたら、私の娘になるかもしれないのね?」
こっちが華姫出身というのは分かっているはずなのだが、それを踏まえて妃に迎えるかもなんて発言は、普通危なくてできない。
周囲を警戒するが、まだ、護衛が入ってくる様子もないみたいだ。
「お戯れを。
まだまだ未熟な者ゆえ、殿下の気をひけずに苦労している次第で」
この人に実権はないと言われている。
現在の統合王国の政務は法院が肩代わりしているからだ。
その結果、諸侯の力が強くなり過ぎて、我がヘインワーズ家は粛清されたのだが。
しかし、この人は立場からミティアの事は知っているはずなのだが、そのあたりはどうなのだろうか?
「その殿下というのはアリオスかな?
カルロスかな?」
時が凍る。
息が止まる。
ぽちだけでなく周囲を確認して誰も居ないのを確かめる。
なんという危ない質問を投げてくるんだ!この人は!!
「……」
こういう時は愛想笑いを作って答えない。
答えることそのものが間違いである質問というのは確かに存在するのだ。
陛下は何を考えている?
そして、陛下は何ができる?
「こんな所におられましたか。陛下」
助け舟は不意に現れた。
周囲警戒をしていたのにそれを悟らせずにこの場に入ってきたのは大賢者モーフィアス。
彼の姿を見て陛下は楽しそうに微笑む。
「すまないな。我が友よ。
少しお主が肩入れしている世界樹の花嫁候補を見てみたくなってな」
「陛下もお人が悪い。
護衛の者が青ざめていましたぞ」
「ですが楽しかったですわ。
モーフィアス殿。
陛下におねがいしたのは、私ですのよ」
グロリアーナ王妃がフォローを入れるが、互いに敬意を払いつつも、深い所まで手を入れられる関係。
それが、国王バイロン三世と大賢者モーフィアスの仲なのだろう。
それを見せつけてくれる、いや、見せられたという事か。
多分、この一幕はそれが狙いなのだろう。
陛下の狙いか、モーフィアスの狙いなのか知らないが。
「悪かった。悪かった。
近衛には私から一言入れておくさ。
さて、そろそろ出ようか。
お忍びだから静かに去るとしよう。エリー・ヘインワーズ。
この国の為に尽くしてくれることを期待してるよ」
「いずれ王宮でお会いしましょう。
世界樹の花嫁候補生さん」
「陛下のきまぐれに付き合って頂きありがとうこざいます。
では」
その言葉を私に投げかけて、国王陛下夫妻は大賢者モーフィアスを連れてこの場を去ってゆく。
私は陛下が部屋を出るまで臣下の礼をとってその姿を見送った。
多分、国王夫妻は私に会いに来た。
それが恐ろしくて、分かってしまう自分がいやだった。
「大丈夫ですか?
お嬢様?」
「大丈夫。
ちょっと歴史に酔っただけよ」
控えていたアルフレッドが声をかける。
彼はあの場に入ることすらできなかったが、その声に心が落ち着くのがわかる。
王室の暗部。
ゲーム設定にも書かれていない深遠が私の前に広がっている事を知らせるつもりも無く、私は空元気を振り絞る。
書かれていないがゆえに、こちらのズルができないのが怖いなんてアルフレッドに言える訳もなく。
「音楽が鳴り始めましたね。
そろそろ戻らないと」
わかっている。
だが、今は戻る気がおきない。
一曲はさぼらせてもらおう。
「そういえば、あなたは踊る相手は見つけたの?」
適当に時間を稼ごうとふった私の言葉に礼服姿のアルフレッドは恥ずかしそうに返事をする。
顔が赤くなっているのか護衛するふりで私に顔を見せようとしない。
「護衛ですから。
それに、俺はダンスは苦手なんですよ」
その時私に電流が走る。
これ、チャンスじゃね?
いつの間にか柱に張り付いているぽちに合図を送って、こっそりと音消しと姿消しの魔法をかける。
ドラゴンの結界だから破るのにはさぞ骨が折れるだろう。
「だめね。
私の護衛なんだから、ダンスぐらい覚えておきなさいな」
「申し訳ございません。お嬢様。
いろいろ学びたい事があって、礼法はついつい後回しに……」
彼は生きる為に傭兵をやっていたのだが、学ぶ事は決して嫌いではなかった。
私との寝物語も楽しそうに聞いていたし、使えそうな知識はしっかりと吸収していったのである。
そんな彼は、私の護衛としてメリアス魔術学園に身を置いている。
学ぼうと思えば学べるこの環境は、彼にとって望んでも得られなかったものなのだろう。
少しだけ、うれしくて心が軽くなった。
「しょうがないわね。
ダンスは私が教えてあげるわ」
「え!?」
心臓の鼓動が聞こえないように、自然体を装いながら私はアルフレッドをダンスを誘う。
こっちを見るが彼も慌ててるし、顔は真っ赤だ。
その彼に私は白い手袋をつけた手を差し出した。
「レディがダンスに誘ったのですから、踊るか断るかしたらどうなの?」
お嬢様のわがままと考えたアルフレッドは恥ずかしさをため息と共に吐き出して私の手をとった。
その顔がまぶしくて私も自然な笑顔になる。
「足踏んでも知りませんよ」
「安心なさい。
ちゃんとリードしてあげるから覚えるのよ」
たった一曲。
月明かりの下で、誰も見られることもない一組のあまりうまくないダンスをぽちと月だけが見ていた。