28 置いていった過去との再開 その3
翌日。
駐留する兵士とここから外れた見張り台に向かう兵士と分かれて、私達は次の見張り台に向かう。
代わりに商隊がついてきているので全体の移動速度は低下している。
まあ、一日かけて歩ける距離ではあるので若干の遅れは問題がないのだが。
「エリー様。
タリルカンド騎士団の物見からの報告です。
敵の盗賊団の拠点を発見。
タリルカンドとエルスフィアの中間に位置する街道から外れた見張り台を拠点にしており、敵戦力の規模は100人ぐらいと」
わざわざこっちにやってきたエリオスからの報告に、私は安堵の息をついた。
さすが騎兵の偵察隊なだけあって、足が速い。
隠れる場所が残り二つしか無かったからというのもあるが、これでおおよその方針は固まった。
逃げられるかもというのもあったが、この時点で逃げないという事は東方騎馬民族ではない。
まだ一日あると踏んで、荷造りに忙しいと見た。
確実に潰す。
「次の見張り台に到着後に敵討伐の編成を行います。
タリルカンド騎士団は先行して見張り台を確保してください。
敵の篭る見張り台は朝駆けで潰します」
要するに、次の見張り台到着後に街道から外れて一気に敵の砦を叩こうというのだ。
だから見張り台到着後は宿泊ではなく休憩にして夜通しで歩いて一気に叩く作戦に、エリオスが感心する顔をした。
「堅実のように見えて、なかなか危ない橋を渡りますね」
翌日の街道中間部の見張り台到着の後の攻撃が最初の方針だっただけに、急の方針変更に何か言うかと思ったがこちらの積極方針に賛成みたいだ。
まあ、逃がすと進撃方向からタリルカンド側に逃げるのが目に見えているからというのもあるのだろうが。
「そうでもないですよ。
タリルカンド騎士団が居るからこその博打です」
騎兵の圧倒的移動力があるのが最大の理由である。
街道沿いの見張り台に送る兵力300を分離させると私が使える兵力は歩兵300に騎兵300。
歩兵の荷物を騎兵に少し乗せて、ぽちに飛んで往復するだけで、到着予定は大幅に繰り上がる。
竜をはじめとした大型魔獣は直接戦力にする事が多かったが、移動にこそ彼らの真価が発揮されると主張したのは私が最初である。
「わかりました。
面倒な事はさっさと片付けてしまいましょう。
先に見張り台で待っています」
そう言って、エリオスは馬を翻して隊列の先頭に戻ってゆく。
ふと見ると、アルフレッドの顔が緊張で真っ青になっている。
「もしかして、初陣?」
「はい。
こんな大規模なものは初めてで……」
人は最初から達人になった訳ではない。
後に傭兵将軍と呼ばれた彼も初陣はきっとこんなのだったんだろう。
それが何だか嬉しい。
「大丈夫。
死なないならば私が治してあげるわ」
笑顔を見せた後で真顔に戻って、私は呪いをかける。
先の未来を否定する呪いを。
英雄アルフレッドなんていらない。
ただ、貴方に生きていて欲しい。
それだけの、だからこそ切実な呪いを。
「だから絶対に死なない事。
ちゃんと帰ってくる事。
それができるならば、あとは私がなんとかするわ」
「きゅきゅ」
ぽちが鳴き声で自己主張する。
ああ。そうね。
私とぽちが揃えば無敵なのだから。
「わかりました。
エリーお嬢様のご命令ならば」
彼を死なせたくない代わりに、彼の栄光への道を私は塞ごうとしている。
それが良いことなのか私は今でもその答えを出していない。
次の見張り台に着いてからの休憩の後、敵盗賊討伐部隊は深夜に出陣する。
エリオス率いるタリルカンド騎士団の騎兵は馬で出発。
私が率いる歩兵隊はぽちの手に捕まれた馬車によっての移動である。
歩いて半日以上の距離など飛べば十数分で着いてしまうのが大きい。
先に派遣した物見がちょうど良い丘を見つけているので、その影を集結地に選ぶ。
このあたり雲ひとつ無い月明かりの夜間飛行のおかげで、地面に激突もせず兵士達をつぎつぎと下ろして準備をさせてゆく。
深夜から月が隠れて暗くなるまでに往復した回数は20回ちょっと。
運べた兵は200人で残りは徒歩で歩いて後詰という形にする。
エリオス達の騎兵隊も合流して最後の休憩を取っている。
「お嬢様。
何やっているんです?」
「見張り台を眺めているの。
見る?」
丘の上から頭だけ出していた私は双眼鏡をアルフレッドに渡す。
双眼鏡によって見張り台が見える事にアルフレッドが驚きの声を上げようとしてその口を自ら塞ぐ。
見張り台の塔には見張りが暇そうに立っているところまで見えていた。
「これだけ騒いでいるのに気づかないか。
こっちはありがたい限りだけど」
アルフレッドから双眼鏡を借りて同じく驚いているサイモンが私の呟きに答える。
離れた丘で隠れているとはいえ、暖を取るために火の使用を許可している。
注意して見るならば、丘向こうが少し明るくなっているはずなのだ。
「朝には逃げ出すつもりでしょうから、彼らとて真剣に見張るつもりはないでしょうな。
それよりお嬢様気づいていますか?」
私に双眼鏡を返しながら、サイモンは周囲を軽く確認する。
後ろに控えていたセリアを手招きして、音消しの呪文をかける。
「ここまで的確にこちらの動きがもれている。
内通者ね」
サイモンとセリアが同時に頷いて、私はため息をついた。
こちらの巡回の決定は準備の為に一週間の余裕があった。
その間に情報が漏れるのはある意味仕方の無い事である。
問題なのはその情報が誰から漏れたのかで、それによってこの問題の深刻さが変わる。
「まあ、逃げてくれても構わないから今回情報封鎖かけなかったけど、それでも残るのだからあいつらよほど頭悪いわね」
「そんなものでしょうな。
街道沿いから外れているから、ここは外れるなんて思っていたのかもしれません」
「人は見たい現実しか目に入りませんからね」
私のぼやきにサイモンとセリアの双方から突込みが入る。
実は、未来の因縁からサイモンの内通を密かに疑っていたのである。
とはいえ、カルロス王子と南部諸侯を操らんと企む彼は、私の失敗で身分がやばくなる位置に居る。
この時点で私の足を引っ張る必要は無いはすだ。
とりあえずは使い潰す。
私の内心を苦笑で隠しながら、話は核心に入ってゆく。
「で、誰が怪しいと思うの?」
「やってきた商隊が怪しいと。
タイミング的に足を引っ張りにきた感じがして。
盗賊の取引相手じゃないかと疑っています」
「私はエルスフィア騎士団内部が怪しいと思いますね。
借金で商人から金を借りていた連中から彼らの良心に咎めない程度に情報を集めるだけでも、組み合わせれば凡その姿は見えますから」
二人の言葉でおよその答えは見えた。
おそらく両方とも正しいのだろう。
その理由はおそらく……
「薪ね」
はなから蚊帳の外だが聞いていたアルフレッドだけでなく、セリアやサイモンも首を傾げるので私は更に言葉を続ける。
一度丘から見張り台を眺めて彼らが道化でしかない事を見据えた上で、何も知らないアルフレッドに勉強代わりに質問を投げつける事にした。
「タリルカンドでは薪が高くなっている。
それはどうして?」
「それは、エルスフィアから薪が入ってこないからですよ。
お嬢様」
「じゃあ、どうしてエルスフィアの薪はタリルカンドに入ってこないの?」
「それは、途中の街道に盗賊が出て……あ!?」
アルフレッドだけでなく、サイモンとセリアも驚愕の顔をしたので私は微笑んで答えをばらす。
この手の仕掛けって時代劇でもよくやっていたなぁ。
「そういう事。
商人の自作自演よ。
適当な流れ者を雇って盗賊に仕立て上げて、街道で暴れさせる。
それによって薪が高騰したらそれを一番に卸して一気に利益をあげる。
そんな所じゃない?」
たぶん、足を引っ張りにきたというのも間違いではないだろう。
捕まってしかけがばれたら商人もただでは済まないからだ。
だが、彼らがぎりぎりまで粘る事とこっちの足の速さが計算外だったという所だろうか。
「で、どうします?」
サイモンの顔に凄みが出る。
こちらを踊らせた商人に対して怒りが出ているのだろう。
見ると、アルフレッドとセリアも似たような顔になっているが、私は手を振ってそれを打ち消そうとした。
「何もしないわよ。
盗賊をつぶして、それでおしまい。
何か問題でも?」
「ですが!」
食い下がろうとするアルフレッドに、私はそもそもの根本的原因を淡々と伝える事にする。
私もこれが無かったら、腸が煮えくり返っている所だったのだから。
「そもそも、エルスフィアは前太守が汚職で騎士団の給料遅滞まで発生しているのよ。
商人達が、『前太守の賄賂捻出の資金を作ろうとした』なんて言って見なさいな。
法院が出張る大騒動に発展するわ。
そうなったら確定でエルスフィアに張り付くので、世界樹の花嫁レースから脱落になるけどいい?」
「う……」
「あげくに、『前太守の指示で賄賂資金捻出の為にやりました』なんて言われて見なさいな。
タリルカンドとの間に大問題に発展するわよ。
エルスフィアに近衛騎士団が居るのを忘れてる訳じゃないでしょうね」
世の中綺麗事だけでは渡っていかない。
下手に綺麗にするとかえってろくでもない目にあう事は多々存在するのだ。
そういうものとうまく折り合いをつけるのも政治というものだったりする。
「だから、ここまでは前太守の置き土産という事で我慢しましょう。
そこから先については容赦しないけどね」
私の笑みに何かを感じたのか、アルフレッドが一歩下がる。
失礼な。
魔法を解いたのは、こっちにエリオスとマリエルがやってくるのが見えたからだ。
つまり、向こうの準備が整ったらしい。
「それじゃあ、始めるわよ。
アルフレッドはサイモンに預けるから、しっかりサイモンを見て勉強して頂戴。
この丘の裏を仮本陣にするので、セリアはそっちをお願い。
エリオス殿の騎兵隊は基本そちらにお任せしますが、やつらが逃げないように後方を遮断してください。
じゃあ、始めましょうか」
「あれ?お嬢様はどうするので?」
アルフレッドの声に世界樹の杖を持って、巨大化したぽちの肩に乗る。
朝日に照らされるぽちの姿は見張り台からでもはっきり見えた事だろう。
「あとよろしくね♪」
ずしんずしんと大地を響かせながら威圧するように私を乗せたぽちは見張り台に向かって歩いてゆく。
はっきりと見張り台で動きがあったのを確認して、私はただ一言だけぽちに向かって開戦の言葉を告げた。
「やっちゃえ。
ぽち」
ぽちの口から放たれたファイヤーブレスは一撃で見張り台の城門を破壊する。
その一撃で盗賊たちの戦意は折れた。
我先にと逃げ出そうとするが、その先にはエリオス率いるタリルカンド騎士団が先回りをしている。
更に、私の背後の丘からエルスフィア騎士団の将兵が現れた事で篭城も不可能と悟った彼らは、たいした交戦もする事無く降伏したのである。




