26 置いていった過去との再会 その1
「私に客?
誰?」
エルスフィア滞在三日目。
起きたばかりの寝ぼけ眼の私は、メイドのセリアからの報告に顔をしかめる。
エルスフィア太守代行は罰ゲームというかペナルティみたいなもので厄介事という認識なのだが、それに絡んでくるなよと心の中で悪態をつく。
そんな内心を知らないセリアは、来客予定者の名前を口にしたのだった。
「はい。
タリルカンド辺境伯がお会いになりたいと、先触れの使者を。
到着は、昼ごろになるそうです」
タリルカンド辺境伯。
このあたりで一番大きな封建諸侯であり、私にとっては忘れる事のできない名前でもあった。
なぜならば、『ロード・オブ・ザ・キング』における主人公がこのタリルカンド家なのだから。
オークラム統合王国が崩壊し、乱世となったタリルカンド辺境伯は北からの蛮族侵入と盗賊団撃退を狙う為に、エルスフィアに兵を進める所から物語は始まる。
なお、エルスフィアの南に伸びる街道の終点がタリルカンドであり、東への交易路の要衝として昔も今も栄えている街だ。
「会わないわけにはいかないわね。
準備をしてちょうだい」
「そういうと思って既に準備を始めています」
このあたりセリアは有能だと感じてしまう。
私の監視も兼ねているから無能はつけないかと頭を軽く振って、私はベッドから起き上がった。
先触れを出すという事は複数の護衛をつけているという事で、それにあわせてこちらも見栄えを良くしないといけない。
エルスフィア騎士団長に準備を命じ、フリエ女男爵と近衛騎士団にも参加を求める。
はったりも大事でこのあたり仲良くしましょうと手を握りながら足を踏む、封建諸侯と王家直轄領太守の関係が分かってもらえれると嬉しい。
「タリルカンドの使者隊を確認!
数はおよそ300!」
隊規模を挨拶に送り込むとかさすが封建諸侯。
こっちは前太守引継ぎからまだ全体の把握すら終っていないというのに、機先を制された形になってしまう。
街道管理がらみで何か言われたら譲歩せざるを得ない失点に歯噛みしながらも、ドレスを着て相手を待ち受ける。
タリルカンドの使者隊はそれから一時間もせずにエルスフィアに到着した。
ぎりぎりこちらの準備が間に合ったのは、向こうがこっちの手の内を読んだからに他ならない。
「やりますねぇ。あっち。
全員騎馬と来ましたか」
騎士礼装のサイモンが騎士らしくない口笛を吹いてセリアに睨まれる。
置いていったのだが、三日目にはしっかりとここについて挨拶するあたり有能すぎて鬱陶しい。
とはいえ、能力はあるのだから使い所に困る。まじで。
見ると、セリアとアルフレッドも三百騎の騎兵の隊列に度肝を抜かれている。
東方騎馬民族とガチで戦う必要から、東方辺境の諸侯は多かれ少なかれ騎馬隊を組織しているが、その騎馬隊の多くは元東方騎馬民族だったりする。
一方、私と同じくドレス姿の姉弟子様がぽちをのけて私の耳元で囁く。
「これ、あっちのヤの字と同じ?」
「そうですよ。
今、えばっている王侯も元は山賊のなれの果て」
このあたり即座に本質を見ぬけるから姉弟子様は凄いのだ。
同時に、この訪問が政治的だけでなく、貴族的見栄まで含んだ厄介事になるだろうと悟っておでこに手を当てて嘆きたくなる。
見事にその予感は的中した。
「タリルカンド街の君主の息子の一人でタリルカンド騎士団に属する者、エリオス・タリルカンド騎士と申します。
父、シャリオ・タリルカンド辺境伯の書状を持ってまいりました」
「エルスフィアを一時的に預かる者で世界樹の花嫁候補、エリー・ヘインワーズ太守代行です。
どうぞよしなに」
挨拶の後、笑顔の仮面を張り付かせながら私は世界に呪いを吐き捨てたくなる事をぐっと堪える。
過去に戻っているから、この人がいるのは当たり前だよなぁ。
エリオス・タリルカンド。
『ロード・オブ・ザ・キング』の主人公で再興したオークラム統合王国の王座に座ったお方。
辺境伯というのは、辺境にて異民族対策を任せられた為に広大な領地と大きな権限が与えられるので、任せられる人間は有力家門から選ばれるのが常である。
で、反乱等を起こさせない為に王家はそこに定期的に血を入れることで彼らを有力な封建諸侯に仕立てあげた経緯を持つ。
だが、この方についてはそれで収まらない因縁があったりするから困る訳で。
実は彼の本当の父親は、世界樹の花嫁の主人公であるミティアと同じ国王の兄だったダミアン殿下だったりするのだ。
そこに嫁いでいたのが、タリルカンド辺境伯のいとこ。
ダミアン殿下が不可解な形で歴史に消えた結果、彼女はタリルカンドに戻ってきたのだが、その時にはこの方をお腹に宿していたという訳だ。
タリルカンド辺境伯はそのやばさに気づき、彼女を側室として迎える事でこの方をタリルカンド家門にしたてあげたという訳。
何も無ければ彼は三男坊として歴史に名を残す事無く終わっただろう。
「……どうなさいましたか?」
「いえ。
何でもありませんわ。
こちらの盾も紹介しましょう。
サイモン卿。
ご挨拶を」
「はっ。
法院衛視隊に属しエリーお嬢様の盾にして剣、サイモン・カーシー騎士と申します」
彼も法院衛視隊から魔族大公にまで成り上がり、エリオスの宿敵の一人となった男。
互いに手を握る時にガン飛ばしていたのを私は見逃さなかった。
ここでこういう出会をするとは。
「……」
さっきから、敵視の視線が痛いのですが。
エリオスの隣に控えている従士さんよぉ。
彼女もこっちが敵視の視線に気づいたのに気づいて、表向きの挨拶をする。
「タリルカンドの街の君主の娘の一人でタリルカンド騎士団に属する者、マリエル・タリルカンド従士と申します。
どうぞよしなに」
マリエルは敵意を隠そうともせずに、優雅に挨拶をする。
ところで、マリエル嬢よ。
あんたその距離、愛用のレイピアの間合いだよな。
言わないけど。言えないけど。
おほほほほ。
お互い口を隠して笑うけど、マリエルはレイピアが無いのにこちらを突く予備動作の姿勢を崩さないし、こっちもそれをかわすために体を少し浮かせる姿勢になる。
最終的にはエリオスの王妃となって国を支えるのだが、まっすぐブラコン一直線なこいつとはそりが合わず、何度かガチの殺し合いをする事に。
で、そんな腐れ縁の果てに私が側室でエリオスの寝床に行くと当たり前のように居やがるし。
実に気に食わないし、腹立たしいが、彼女とぶつかっている時はアルフレッドの事を忘れる事ができた。
今だから思う。
あれは彼女なりのやさしさだったのだろう。
二度と味わいたくないが。
「書状についての返答を頂きたいのですが?」
「では、書状を確認させていただきます。
少しお待ちを」
エリオスがマリエルと私のガンの飛ばしあいに気づいて、あえて無作法を晒して取り繕う。
短く切られた赤髪は実は染められていて、髪の根元を見るとアリオス王子と同じ金色。
体つきはしっかりしており、馬に乗っている為無駄な筋肉もなくバランスが取れている。
水色の瞳に知性的な顔から現れる顔つきはアリオス王子とよく似ている。
太守執務室で書状を受け取った私は読みながら、思いが過去に戻るのを止められない。
ゲームスタート時、未曾有の東方騎馬民族の進入に追われていたタリルカンドは万一を避ける為に、エリオスをエルスフィアに逃がしたのだった。
そしてその万一は実現し、タリルカンドは陥落。
タリルカンド辺境伯家は辛うじて逃れた妹のマリエル以外は全員命を落とし、エリオスがタリルカンド辺境伯家再興の為に立ち上がるという貴種流離譚の流れで物語はスタートするのだった。
「……確認しました。
返書を用意しますので、しばしお待ちを」
「こちらの方へ」
セリアとサイモンが二人を隣の貴賓室に案内し、入れ替わりに別の扉から、姉弟子様が入ってくる。
太守代行つき占い師として紹介しているから、フェイスベールとヴェールをつけているが本職だから様になっている。
「で、向こうの用件は何だって?」
姉弟子様の言葉に、私は書状を書く手を止めて嘆いた。
ついでに後頭部に両手を当てて椅子にもたれかかる。
「エルスフィアとタリルカンドの街道に設置してある見張り台に盗賊団がいるそうです。
共同討伐と見張り台管理の移管の提案でした」
見張り台の管理はこちらの管轄である。
それを共同討伐の上で管理を移管したら、既成事実としてその見張り台あたりまでタリルカンドの領土になってしまう。
向こうもあわよくばという感じだろうが、エルスフィアまで抑えないと見張り台管理は手間だけがかかってしまう。
近所のご挨拶からすれば随分穏健なものだろう。
「こっちの巡回再開と共同討伐の受諾。
見張り台管理はこっちが責任を持つと返事をする予定です。
向こうからすれば、お手並み拝見と言ったところでしょうか」
椅子にもたれかかった頭を持ち上げて、私は羽ペンで返事をしたためる。
だから、視線にちらと入った姉弟子様のいやな笑みに気づくのが遅れてしまう。
「で、あの子あんたのあれなの?」
あ。文字間違えた。
斜線で修正してと。
音消しの魔法だけでなく結界まで張って、ここには誰もこさせないようにしたあとで、私は姉弟子様の質問に答えた。
「……ええ。
アルフレッドが戦死してから、あの方が心の支えでした」
返事を書いていた手が止まる。
うれしいはずなのだが、ぽちがハンカチを差し出しているのでやっと私が泣いている事に気づいた。
「どの顔あわせてあの人の顔を見ればいいんでしょうね。
あの人の手を振りほどいたのは私なのに。
あの人より、故郷やアルフをとった私はあの人に何を言えばいいんでしょうね」
「何も言わなきゃいいじゃない」
ああ。
忘れていた。
私は魔術師。
姉弟子様は占い師だ。
誰かに縛られてはいけない。
それは縛られた誰かに占いを歪められてしまうから。
人を愛してはいけない。
その人の未来が見えて、その未来に介入しない事を誓えるならば。
それをやってのけているからこそ、姉弟子様は占い師で、それができなかった私は魔術師になってしまったのだと今はっきりと痛感した。
そんな私を、この人はこの人なりに慰めてくれているその暖かさが私にはうれしかった。
「ずるい人ですね。
水樹姉さまは」
ぽちからハンカチをとって涙をぬぐう。
顔が元に戻るまで時間がかかるが仕方ない。
そんな私の頭を、姉弟子様は優しく撫でてくれる。
「あら、女はずるいぐらいがちょうどいいの。
そのずるさを許容してくれるのが、いい男ってもの。
弄んで上げなさいな。
いい男にしてあげたうえで」
この人がいて良かった。
私は今ほどこの人のありがたさを感じずにはいられなかった。
私の泣き笑いと返書に時間がかかり、それを不振がられたエリオスに言い訳するのに少し苦労したが、向こうからの小手調べはこうして終わった。
「どうしたんですか。
エリーお嬢様?」
エリオス率いるタリルカンドの使者が帰った後、私はアルフレッドに呼び止められた。
涙も消えているし泣いて心の整理もついた私は、とびきりの笑顔でアルフレッドに向けて笑ってみせる。
「なんでもないわ」
「いらっしゃいませ。
何かお探しでしょうか?」
「初心者だけど、近くの山にハイキングに行く事になって。
その道具一式を買いに来たの」
私にとっては久しぶりの出陣だが、異世界往還ができるのを利用して今回の巡回は日本の道具を使って楽をしようと企む。
という訳で、一旦帰った私が放課後に足を運んだのはアウトドアショップ。
ブームがあった事で、キャンプがらみのものは充実している。
「まずは靴を選びましょうか」
店員に進められるがままに、ハイキングシューズを購入。
ダンジョン探索もそうだが、タリルカンドの兵と共にする盗賊討伐も見据えての準備である。
この手の装備は向こうよりこっちの方が圧倒的に良い。
「寝袋と大き目のバスタオル。
これは毛布の代わりになります。
水筒は一リットルでいいですか?
携帯食糧に携帯トイレに緊急治療キット……飯盒ですか?ありますよ」
必要なものを買いながらハイキング用バックパックに詰めて実際に背負ってみる。
重さはそのまま疲労に直結するから、持てる重さより軽めで荷物を作るのがアウトドアののこつである。
「双眼鏡はある?」
「本格的なものではない小さくて軽い奴をお勧めしますよ。
倍率は8倍です」
遠見の魔法があるがMPを消費するのもめんどくさい。
道具で代用できるならば省いてしまおう。
「服も用意できる?」
「山だと気温差がありますし、霧で濡れる事もありますからね。
耐寒防水の登山服がありますよ。
ポケットも多いので、着てみて好きなものをお選びください」
着替えている時にぽちがポケットに入る。
どうやら気に入ったらしい。
軍手を買い、ゴム手袋を買い、登山用靴下を買う。
釣り糸と釣り針だけを買うのは、釣竿は向こうの木の枝で十分だからだ。
そして、店員が意外そうな顔をしたのが私がサバイバル用の多機能ナイフを手に持った時だった。
「昔見た戦争映画でこういうのが大活躍した覚えがあったのよね」
「草を払ったり、料理に使えたり便利ですからね。
けど、街中で持ち歩かないように」
「分かっています」
あらかた必要なものを揃えてレジへ。
支払いはもちろん……
「カードでお願いします」
信用保証無制限のブラックカード。
権力者と繋がる預言者の富と栄誉はこんな形で現れる。
帰りにスーパーで砂糖と塩と胡椒を探すが、上白糖や精製塩ばっか仕方がないのでザラメと岩塩ブロックと胡椒の実をぽちっておく。
市場に流す前に商人に売りつけよう。
なお、こうして用意されたフル装備だが、セリアの、
「お嬢様にふさわしい衣装ではございません」
の一言にて着る事はできず、ついでに自分で持つはずのバックパックも取られてセリアが背負う事になった。
冒険者あがりの彼女は即座にその有効性に気づいて、すっかりバックパックを気に入ってしまったのでそのままあげる事になる。
ついでだが、靴と軍手はOKだった。
セリアのお嬢様像がどうなっているのか少し気になる今日この頃……




