25 騎士団訪問と市場デート
「軍団長閣下に敬礼!」
エルスフィア騎士団駐屯地は、エルスフィア城壁東の出丸みたいな形で置かれていた。
騎士団の規模が大きいことと、東方騎馬民族という敵が攻めてきた時に即座に対応できるようにという配慮だろう。
エルスフィアの街は北側は大河イスロス川があり、その川の中州に領主館が建てられている。
北から来るだろう北方蛮族はこの領主館で防ぐ事になる。
で、西には船着場があり、南には交易路につながる街道が伸びている為に商業地として栄えている。
話がそれた。
私は駐屯地をアルフレッドとフリエ女男爵を連れて駐屯地広場で騎士団の敬礼を受けていた。
つらつらと兵士達を眺めると女性兵士の姿も多い。
これも魔法があるおかげで、男性の身体的優位を魔法で補っているからだろう。
彼女たちは軽装歩兵や弓兵や魔法兵として騎士団に入っているのだろう。
装備もとりあえずは問題なさそうだ。
給料の遅延で予備物資を担保に商人たちから金を借りて、それでも手が回らずに王宮に直訴という手段をとる寸前まで追い込まれた事を考慮に入れてだが。
その後騎士団建物内にて騎士たちを集めて今後の方針を説明する。
現在、エルスフィア騎士団所属騎士は四人。それにフリエ女男爵を入れれば五人である。
フリエ女男爵は近衛騎士団を連れてきているが私は少数でやってきたので、自前の戦力がない。
だから、この地で兵を集めて自前の戦力にという事もできないわけでない。
なお、私の護衛騎士であるサイモンは当然置いてきた。
「商人達から今後の運営費を確保する事に成功しました。
まずは騎士団による街道の巡回と、近隣盗賊団の討伐を行いたいと思います」
騎士団全部を戦力として計算してはいけない。
平時は一隊が出動している時に、もう一隊は訓練に励み、一隊が休息し、最後の一つが何かあった時に備えるみたいなローテーションを組んでいる。
もちろん、前太守がやらかした給料遅滞のせいでそんな事が出来るわけも無いので、そこから作り直さないといけない。
「フリエ女男爵。
あなたが連れてきた近衛騎士団はどこまで使えるの?」
私の言葉に、フリエ女男爵を含めた騎士達に緊張が走る。
王室の最強戦力で私の監視が仕事に入っている近衛騎士団を使う事は普通は躊躇うのだが、今は治安の回復が最優先だからだ。
訓練が行き届き、騎士団の給料遅滞に巻き込まれなかったのが、この近衛騎士団なのだ。
この中で一番あてになると言ってよいだろう。
「アリオス殿下より次の指示があるまでは貴方を補佐するようにと言われております。
その範疇ならば、私と私の兵は貴方に従うでしょう」
優雅にフリエ女男爵が頭を下げる。
その姿を見て私は彼女の評価を上げて警戒する。
上級文官は街の太守や知事になれるが貴族ではない。
そこで功績を上げたり買収したりして法院に席を持つ事ではじめて貴族と認識されるのだ。
私は世界樹の花嫁候補とはいえ、上級文官職でエルスフィア太守代行に就いている。
だから、現時点ではフリエ女男爵の方が階級は高かったりする。
ここで厄介なのが軍がらみの勲章だ。
エルスフィア騎士団長は四枚葉の従軍章を持っていて、複数の騎士を束ねるという事が分かる。
フリエ女男爵がつけているのは三枚葉の従軍章で騎士格、だから彼女がここに連れてきた近衛騎士団は彼女指揮下の三百人程度と分かる。
で、私の胸には、騎士団を束ねる軍団指揮が可能な五枚葉従軍章が。
平時と非常時における指揮系統が見事なまでに乱れているというこの状況。
ついでにもう少し話をそらそう。
貴族の領地だと、貴族の爵位がそのまま命令系統に組み込まれる。
貴族が一番えらいからだ。
エルスフィアみたいな王家直轄地はどうなのかというと、内部の相互監視からあえて太守と騎士団長を分けている事が多い。
文官畑を極めてきた太守に軍の指揮をさせるのは無理なのは分かる訳で、平時においては太守、非常時においては騎士団長というかたちで文武を分離させていたのである。
もちろん、非常時にこれがうまくいく訳も無く、王国崩壊と周囲の蛮族侵入において指揮系統をめぐって太守と騎士団長が対立し落城した街は数知れず。
まあ話が長くなったが、エルスフィアにおいてフリエ女男爵を除いて文武とも私がトップである事が確認できたからこそ、矢継ぎ早に手を打てるのだ。
「わかりました。
フリエ女男爵と近衛騎士団は街の治安維持の仕事をお願いします。
また、騎士団から一隊を出して、フリエ女男爵を手伝うように」
「はっ」
「了解しました」
騎士団長とフリエ女男爵がほぼ同時に声を出す。
さてと、次は早急に手を打たないとやばい街道の巡回と、近隣盗賊団の討伐だ。
「騎士団長。
周辺を荒らしている盗賊団の規模は分かる?」
私の言葉に騎士団団長は渋い顔になる。
それが、現状のやばさを物語っている。
「分からないというのが正直な所です。
何しろ、最後の巡回が半年前だったので」
おもわず額に手を当てるが、給料遅滞でなんとか反乱を押しとどめただけでも感謝という所だろう。
ここは盗賊団だけでなく東方騎馬民族の略奪もあるから、盗賊団かと思ったら東方騎馬民族でしたなんてオチが。
その為にも巡回をまめにして状況を確認する必要があったのだが……
「仕方ないわね。
見張り台も再建するので、そこに兵を入れましょう。
見張り台の再建の後、巡回を始めるように」
見張り台というのは周囲を見張るだけだなく、物資を貯める倉庫があり盗賊団による襲撃からの避難所にもなる砦みたいなものである。
という事は、われわれが見張り台を放棄した後で盗賊団がそこを根城にしているなんて事もよくある訳で。
そうなると砦攻めが発生したりする。
「一週間後に訓練を兼ねた巡回を開始します。
騎士団より二隊を出し、一隊はそのまま見張り台に入れるのでそのつもりで」
騎士団を出た後にアルフレッドを連れてエルスフィアの市場をめぐる。
この街も昔来た事があったのだが、数度の略奪にあって没落した姿しか見た事無かったからこんなに賑わっているのを見ると新鮮だったり。
肩のぽちが物ほしそうに眺めているので、後で何か買ってあげよう。
「しかしここは異種族が多いですね」
魔術学園制服姿アルフレッドが市場にいる異種族の姿を見て呟く。
居るのはエルフにドワーフにリザードマンである。
北部の森林はエルフの住処だし、山地には鉱物が出るのでドワーフが住み着いている。
で、川の上流にある森との境目の湿地帯にはリザードマンが住み着いており、それぞれがここに市を立てる事で足りない食料を買って行くのだった。
「エルフは倒木や薬草や森の獣なんかをここに持ってきているわ。
ドワーフは鉱物資源ね。
あとは鍛冶場をここに構えているの。
リザードマンは川で取れた魚ぐらいしか市場に持ってこないけど、彼らは河川交通で川を上る船を引っ張るニーグルって獣を使役しているの。
河川交通は彼らの存在なしでは語れないわ」
アルフレッドに語りながら私は市場を歩く。
市場を見る時に一番分かりやすいのが食料だ。
何が食べられているか、何が好まれているかがすぐに分かる。
「肉は羊とヤギが中心ね。
これは東方騎馬民族の交易品だからここまで彼らがやってくる証拠。
猪や鹿は森の獲物だからエルフたちがここに持ってきていると。
鱒や雷魚もあるけど、これはリザードマンがもってきたものね」
とはいえ、これらの獲物だけではこの街の食を満たす事はできない。
それを満たしてくれるものが市場の中央に袋詰めで売られていた。
「小麦と豆。
この街から下流に向けて開拓が進められて、この街に集積されて王都に運ばれるわ。
この二つと交換ができるからこの街は成り立っていられるのよ。
そして、米。
南部穀倉地帯の産物だけど、値段が上がっているわね。
ここ最近の不作ならば仕方ないか」
娼婦だったころの私は、計算ができた事で市場にいく事を許されていた。
市場を歩くのは私の楽しみでもあったのだ。
ここは私が昔居た場所に近い事もあって、私が好きだった市場によく似ている。
「それでも、不作傾向が続くからここでも相場は上がっているわね。
これが払えなくなってくると、略奪に走るって訳」
彼らだって好き好んで略奪をする訳ではない。
生きる為の妥協ができるのならば、わざわざ命の危険を冒してまで略奪をする必要が無い訳だ。
「せっかくだから問題。
アルフレッド。
私が触れてないもので必需のものは何かな?」
いい勉強だと私はアルフレッドに話を振る。
アルフレッドも東方開拓地の生まれ。
私の話で触れていない生活必需品をぽんと言ってのけた。
「塩と水ですね。
塩は遠くから持ってくるからえらく高くなるし、水は移動する東方騎馬民族には必需品だ。
だから水入りの水瓶が売られていて、エリーお嬢様がもっていらしたあの透明な袋も水入り袋だから高く売れた訳」
「正解。
よく分かっているじゃない」
そういえばこの内地では塩や香辛料は高値で取引されるの忘れていたな。
塩は王都から船で運ばれるから、このあたりでの塩の価格はエルスフィアが起点になるはずだ。
向こうに戻った時に袋で買っておこう。
王都で買った物と言い逃れができるから、良い小遣い稼ぎになりそうだ。
「そこの貴族のお姉さん。
お花はいらないかい?」
歩いていたら、エルフの女の子から花を勧められる。
歓楽街だと花売りはそのまま売春につながるのだが、こういう乾燥地が近い場所だと花には別の意味が付随する。
花を飾れる、いや飾り続ける財力があるという証明になるのだ。
エルフだから私が太守代行である事を知らないらしい。
とはいえ、着ているドレスや飾りから貴族様とあたりをつけたと見るか。
「エルフの花ね。
何の加護がかかっているのかしら?」
「さすがお嬢様。
よくご存知で。
幸運の加護をかけておいたよ」
森の民であるエルフはそれゆえに植物などを育てるのがうまい。
彼らが育てるエルフの花は簡単な加護をつけて売る、スタータス上昇アイテムだったりする。
だから、世界樹の花嫁ではドーピングのために主人公のドレスが花まみれになるなんて事もしばしば。
「どうしようかしら……」
「一輪ください」
「まいどあり」
何ですと!?
こっちが返事をする前にアルフレッドが大銅貨を渡して白いエルフの花を一輪手につまむ。
女の子に花なんて渡したこと無いんだろう。顔が真っ赤だ。
「ど、どうぞ。
お嬢様」
「ひゃいっ!
ありがとうございまひゅ」
かみかみである。
私も緊張していたらしく、エルフの女の子が生暖かそうに私たちを見ているのが妙に腹立たしい。
アルフレッドからエルフの花を受け取って、自分の髪に飾る。
「に、似合うかな?
これ」
「はい。
よく似合っているとおもいます……」
「そ、そう。
あ、ありがとう……」
やばい。
いろいろてんぱってしまうし、心臓ばくばくだし何かあついし、何言っているか分からなくなるし。
後のことはなんかよく覚えていないが、大した事はなかったはずだ。うん。
なお、買ったこの花は枯れる前に押し花して大切に保存したのは言うまでもない。




