23 バニーバニーバニー
「エリー様。
教えて欲しいことがあるのですが?」
授業終了後の休み時間の一こま。
ミティアの一言は私に向けられたものだった。
だから何で私に聞きに来る。ミティアよ。
私達はライバルだって言っているでしょうが。
けど、このお気楽のーてんきな笑顔を見ているとほいほい釣られるのも分からないではない。
「何よ?
答えられる事ならば、考えてもいいけど」
「世界樹の地下にある迷宮の事です。
既にエリー様は一つ迷宮を攻略したとかで」
ああ。
彼女も迷宮攻略に動き出す腹か。
表通りの説明をしてあげて、あえて私の攻略方法をぶっちゃげた。
「私の場合、数で押したからあまり参考にはならないわよ」
「どうしてですか?」
「前回の攻略で雇ったのは50人ばかり。
平均雇用賃金は銀貨一枚だから銀貨50枚の出費。
世界樹の迷宮は最難関ダンジョンだからさらに賃金が跳ね上がる。
貴方にそれが出せる?」
「……」
大雑把な相場だが、銅貨10枚が最低限の一日の生活費といった所。
この最低限というのは、雨風がしのげる部屋で寝て(個室でない)三食パンだが食べられるという相場。
銀貨一枚=銅貨100枚だから、あの時の冒険者は一日の仕事で10日ばかりの生活費を稼いだという訳だ。
これで大もうけじゃねと思ったそこの貴方は甘い。
武器防具は自前前提でそれらには修理費用がかかるし、怪我などしたら治療費も上乗せされるからだ。
私みたいに後々の支持という打算込みで、帰す時にただでヒールをかける雇い主はそうは居ない。
「まあ迷宮に潜るならば、簡単な所ならばこの学校の人間を仲間にすればいいんじゃない?
よほどの事がない限り、失敗はしないと思うわよ」
私は言いながらもアリオス王子の方をちらり。
この振りはアリオス王子の仕込みなのだろう。
王子も気付いてはいるが私達の方を見向きもしないでやんの。
ミティア優遇策を取るのならば、攻略キャラで固めて一気に走破してしまうのが手っ取り早い。
彼女とキルディス卿は確定、アリオス王子とグラモール卿は私の時に参加したので、バランスを取るためにもミティアの時にも参加するだろう。
で、修行がらみで顔見知りのヘルティニウスも断りはしない。
これで五人。
攻略キャラ間の人間関係を気にしないなら、簡単なダンジョンは問題なく突破できる。
問題はモブ冒険者雇う場合で、ミティアはこの魔術学園に入る時に銀貨300枚の支度金が与えられているはずだ。
生活費やらで色々払いものがあっただろうが、ミティアが浪費家でないならばまだ200枚ほど残っているはすである。
ダンジョン攻略で宝箱でも見つけたら、入る収入は銀貨100枚ぐらいを越えていた……あ!
おそらく宝箱に仕込むつもりだ。
こっちの経済力はおよそ把握されているのだろう。
だから、エルスフィアの統治代行で金を吐き出させて、ミティアに資金的サポートをつけると。
あとは刺客を雇った馬鹿の始末という所か。
迷宮探索なのだから、どうぞ襲ってくださいと言っているようなものだ。
「はい。
ありがとうございます!」
こっちの思惑など知りもしないでミティアは頭を下げてお礼の言葉を述べた。
可愛くて素直でいい子だ。
ゲーム進行上ビッチになる事が多いなんてとても思えない。
だからこそ、裏面にはできるだけ関わらせたくないものである。
「で、愚痴を言うだけならまだしも、仕事の邪魔してほしくはないんですけどー」
棒読みでアマラが帰れと催促するがそこはにこやかに無視。
ちょっと愚痴を言いたくて、アマラのいる『夜の花園』にバイトに来ただけである。またもバニーで。
なお、手土産とばかりにアマラ用にバニーを渡したら着てやんの。
という訳で、私たち二人は仲良くバニーである。
周囲の視線がちらちらと体に行くが、にこりと微笑むと逸らすのでやんの。
おかげで、待合室で駄弁るバニー二匹(一匹頭にぽち装備)という謎光景が。
「つーか前々から思っていたけど、あんたこっちの、夜の世界の人間でしょ?
なんで昼のお嬢様なんてやってんのよ?」
「趣味?」
「よし。殴らせろ。
わりとまじで」
離れていても仕込まれた事というのは忘れないものである。
特に生きる為に徹底的に仕込まれた事などは。
捕まって、売られて、調教されて、成り上がって、その果てに私の今がある。
誇るつもりは無いが、忘れるつもりも無い。
それを言ったらアマラもそうなのだが、基本高級娼婦というのはその臭いを男には悟らせないが、その手の女には確実に分かるという不思議な傾向がある。
このあたり化粧でごまかそうが、衣服でごまかそうが分かってしまう女の勘恐るべし。
「あんたぐらいの女ならば、行商人あたりから聞いてもおかしくは無いんだけどね」
「この世界過去の詮索はご法度でしょ?」
私もそうだが、アマラだって過去をほじれば私と大差ないものが出て来るわけで。
だからこそ、この業界では互いの過去を探るのはタブーとされている。
なお、こんなぶっちゃけトークをしながらもそれを見逃してくれているのは、表の顔よりも夜の顔の仁義を切っている方が大きかったり。
アマラの長期雇用に、店への挨拶、盗賊ギルドへの付け届け、ここまでして文句を言う輩はそうはいない。
だからこそ、アマラは私を夜の人間と断定したのだが。
で、愚痴も言い飽きたので扇子で口元を隠してアマラの耳元で囁く。
はたから見るとバニー二匹が殿方を物色しているように見えるが、話す内容は物騒極まりないものだったり。
「あれ、多分天性よね」
「あれが仮面だったら、私もびっくりよ」
そして二人同時にため息をつく。
アマラにはそれとなくミティアの情報収集に当たってもらっていた。
けど、探らなくても分かるような気がする。
「何人か取り込もうとしたけど、あれは無理ね。
あの笑顔を見ると己の醜さを嫌でも見せ付けられるわ」
一般庶民の家で育てられながら、天真爛漫に生きてきたミティアのまぶしさが教室内の生徒達に良い変化を与えるだろう。
主人公補正とも言うが。
だからこそ、開発陣の悪意が恐ろしい。
「けどさ、あれ男を知ったら魔性の女に化けるわよ」
「あー。
それはありえそう」
隠しルートだが、ここにサイモンルートの入り口がある。
私の時と同じく歌で魅了されてそのままやっちゃうパターンなのだが、こうなると手がつけられない。
サイモンルートだと王国そっちのけで快楽コースで、一番世界樹の花嫁の適正が高いのにそれを使う事無くミティアが去ってしまうからだ。
「この道に行くのは決められていたけどね。
元華姫にしこまれたおかげで、ここまでくる事ができた。
それもあるから、その名前には憧れがあるなぁ」
こちらが過去を明かしたから、アマラも明かすつもりらしい。
こうやって、友人はその繋がりを深めてゆく訳だ。
過去になったからだろう。
あの地獄すら妙に懐かしく感じる。
同時に、打算の頭はアマラ経由で私の経歴『ヘインワーズ候は華姫を買ってきて対抗馬に仕立て上げた』という情報が広がる事を期待している。
叩けるネタを差し出す事でヘインワーズ候引退の理由の補強と私自身の保身を図るためだ。
既に私の身柄をめぐるゲームが始まっている事が分かったので、これに対する手でもある。
友情に打算をこめて笑顔で会話する。
ああ。
女の友情よりはかないものの名前は政治なり。
「わかんないなぁ。
華姫でヘインワーズのお嬢様ならば、よりどりみどりじゃない。
何であの坊やに入れ込むの?」
「わかる?」
「わからないでか」
その言いぐさに私が笑い、アマラもつられて笑う。
適当に色っぽい仕草を晒しながら、適当にそのあたりをごまかした。
このあたりは私もアマラも打算なしだ。
女の心は手のひらのごとく表と裏が入れ替わる。
「何ででしょうね。
見た瞬間、この人って思った。
じっくり落とすんだから、邪魔したら駄目よ」
恋する乙女の顔で私が言うとアマラが引きやがった。
よろしい。
ならば反撃だ。
「あんたこそ、どうやってシドとあの関係築けたのよ。
きりきり吐きなさいな」
「そりゃ、長期戦でシドに合う女に変わっていったんだから。
あんたの恋路に口を出すほど野暮じゃないけど、彼、貴方につりあうの?
世界樹の花嫁候補でエルスフィア太守代行様」
「つりあうわよ」
それだけは確信が持てるから、にっこりと微笑んで言い切った。
あの人が英雄になった一部始終を知っているから。
そして、あの人を英雄にしたくない私の醜い打算をアマラに隠す為に私はあえて話を変えた。
「で、ミティアが刺客に襲われたって知ってる?」
「それまじ?」
「アリオス殿下から直接聞かされたわ。
その前に全面降伏していなかったら、うちが主犯にでっちあげられるとこだったと」
アマラの驚きは半分以上嘘だろう。
盗賊ギルドともあろうものが、世界樹の花嫁候補が襲われたなんてニュースを知らない訳が無いが、知らない事にしておかないとまずい事は世の中一杯ある訳で。
私のエルスフィア太守代行就任まで掴んでいて、それを知らない訳がない。
今回の目的は、私がアリオス王子経由でそれを知ったという事をアマラ経由で盗賊ギルドに知らせる事にあった。
「大賢者モーフィアスの管理する遺跡に賊が入った件は知ってる?
その遺跡には私の召喚ゲートがあるのよ。
ヘインワーズ候が降伏した現在、大賢者モーフィアスを守る政治的盾は近く消失するわ」
事態の深刻さにアマラの顔色が悪くなる。
とはいえ、色っぽさを演出するための薄暗い部屋ならばわからない程度だが。
「やばいじゃない」
「まあね。
多分そこで止まると思うけど」
私の断言にアマラが首をかしげる。
ぴこっとうさ耳を揺らす高等テクニックを使いおってからに。
彼女は夜のトップではあるが、昼の暗部までは知らない。
「どうして?」
「首の皮一枚残しておくことで、こっちの動きをコントロールできるからよ。
私がエルスフィア太守代行につく話はしたでしょ。
こっちがアメで遺跡がらみはムチ。
あんまり派手に暴れるなって事よ」
足を組みなおして男たちにおしげもなく太ももの網タイツを晒す。
適当に男の視線を集めながら、やばい話はこそこそ続けられてゆく。
「さっさと潰す可能性は無いの?」
「ないわよ。
ここで私を潰したらミティアの当て馬が消えちゃって、『何で彼女が世界樹の花嫁なのか?』って声が一気に上がっちゃうわ。
この筋書きを書いたやつは、これだけ凄いライバルを努力と周囲の人の協力という人望によって勝利した世界樹の花嫁を欲している訳」
なお、その筋書きを書いたのは私である。
言うつもりはないが。
「うわぁ……えげつなー」
あまりの話についていけなくなったアマラが扇子で己の顔を仰ぐ。
あとはこっちの方針を伝えて、彼女の選択を待つことにしよう。
「およその筋書きはこうよ。
私がエルスフィア太守代行で学園を休みがちになる間に、ミティアが迷宮を突破して財宝を得る。
途中賊としてミティアを襲う馬鹿を潰した後、ヘインワーズ候の引退が正式発表されるわ。
その後で大賢者モーフィアスの引きずりおろしが始まるはずよ。
で、どうする?」
「おあいにくさま。
夜の女は買われた間は身も心も買主の物って忘れた訳じゃないでしょ。
あなたの金が続く限りは、お友達で居てあげるわよ」
ああ。
アマラと知り合えた事に神に感謝しよう。
この後の台詞を聞かなかった事にする事も忘れない。
「あとは、いろいろやばくなったら、ここで働けるようにしてあげる。
元侯爵令嬢の零落って売れると思わない?」
「あら、トップ取るけどいいの?」
「受けてあげるわ。
負けるつもりは無いけど」
そこで二人してくすりと笑う。
ここで終わるのならば、アマラと友情が結べたイイハナシダッタノニナー。
「で、さ。
あれ、どうにかしてよ。
マジで商売あがったりなんだけど」
「無理」
バニー二人の視線の先には、なんでかついてきてバニー姿で男にちやほやされる姉弟子様の姿が。
上客のほとんどが姉弟子様に魅了されて、私は商売あがったりの店主に頭を下げる羽目になる。