21 補修と忠義
ベルタ騎士団に属しミティア・マリーゴールドの盾にして剣であるキルディス・ブロイズ卿は片時もミティアの側を離れない。
授業中は護衛騎士なので教室から出ているが、休み時間や放課後、彼の視線を感じないことはない。
世界樹の花嫁候補生に選ばれた彼女の護衛騎士としての仕事を全うしているように見えるが、実はちょっと違う。
考えてみると、世界樹の花嫁候補生は統合王国閣僚候補生でもある訳で、本来ならば近衛騎士団や法院衛視隊の護衛対象である。
それが外れたのは私達以上の護衛対象(アリオス王子)がいるからである。
そして、ベルタ公とヘインワーズ候の対立を背景にそれぞれの護衛騎士はその背後の諸侯に委ねられた。
まあ、そんな成り行きでミティアの側で保護者役までやっているのがこのキルディス卿なのだ。
だからこそ、私に対する好感度は最も低い。
「本来占いというものは、それを相談する時点で実は解決策が本人の中にあるわ。
だから、占い師はその本人の解決策を導いてあげることが大事な訳」
で、アルフレッドの補習のはずだったのだが、どうしてミティアがアルフレッドの隣で姉弟子様の話を聞いているのだろう?
ついでに言うと、何で姉弟子様が図書館で講義をしているのだろう?
おかげで、本棚にもたれてこちらを伺っているキルディス卿が敵意むき出しでこっちを睨んでいるのですが。
なお、姉弟子様は魔法というものに触れているせいか、こちらの生徒は物覚えが良いと姉弟子様はノリノリで教えていたり。
「先生質問です。
じゃあ、自分で解決できるのならば占い師っていらないのではないでしょうか?」
「いい質問ね。ミティアさん。
その質問は昔からされていた事よ。
人は助けを求める人の手しか握れない。
その人が助けを必要としない、そもそも助けを求める状況なのか分からない。
そんな人を占い師は助けることができないわ」
トップクラス占い師のお言葉である。
これだけで向こうだと公演できるし、公演料でうはうはなのだがこっちの世界においては魔法なんてチートがあるから占い師の地位は低く、占いそのものへの研究も低い。
だからこそ、姉弟子様は私の私的講師としてここに居るのだが、学園講義の中に占術学があったのでアルフレッドの為に私が頭を下げたのである。
失敗があったとすれば、ミティアが私とグラモール卿の仲を勝手に誤解したのでその釈明でアルフレッドに勉強を教えていることをばらした事だろう。
アルフレッドと同じく成績が良くないというか危ないミティアは、恥も外聞もなくここにやってきたという訳だ。
頭抱えているんじゃねーよ。キルディス卿よぉ。
頭抱えたいのはこっちだってゆーの。
「占いというのは、本質的には呪いと一緒なの。
言葉を足すならば、未来を固定させる呪い。
依頼主の解決策を固定させてあげるといった方が適切かな。
だからこそ、占い師は絶対に自分の事を占わないわ。
悪い事が出たら避けられないもの」
避けられないことはないが、避けてしまったら自分の占いが外れることを意味する。
自分の才能を自分が信じられずに大成できる訳がない。
あ、いい忘れていたが、私はこの授業において当たり前のように助手扱いである。
別名、姉弟子様がやらかしたら頭を下げる係とも言う。
自分で言って悲しくなってきた。
たとえば、さっきからめっさ睨んでいるキルディス卿とかには確定で頭を下げないといけない訳で。
私との接点を警戒するキルディス卿の機嫌は急降下中という訳で。
「占いというのが未来確定の魔法であるというのはわかりました。
魔術師を目指す場合にこのスキル持ちが多いのは知りましたが、それはどうしてなのでしょうか?」
アルフレッドは本質を見抜いて姉弟子様に質問する。
一方ミティアはついていくのに精一杯という所か。
姉弟子様は、アルフレッドではなくミティアに合わせる形で言葉を選ぶ。
「簡単な話。
魔術師は権力者、王や諸侯じゃないからよ。
何をするにしても、その最終的責任は王や諸侯が負うわ。
だからこそ、意思決定だけは、絶対に占い師がやっちゃいけないの。
その場合、複数の選択肢を提示して相手に選ばせるわ。
彼ら権力者の側近たる処世術ってやつね」
たとえ意図的に選ばれた選択肢だとしても、それを自分で選んだ以上その責任は本人に課せられる。
だからこそ、側近は側近していられるのだ。
そして、意思決定までする占い師は占い師ではない。
権力者である。
「じゃあ、簡単な具体例を出しましょうか。
絵梨。
お願いね」
ほらきた。
こういう無茶ぶりをこの姉弟子様は何度もやってきたのだ。
だから、なれてしまっている自分がいやになる。
「はいはい」
私は皆の前でタロットを広げる。
せっかくなので、魔法でタロットを浮かせて演出に一工夫。
このあたり、異世界バンザイである。
「たとえば、こうやって占い師が前にいる。
じゃあ、占ってほしい?
選択肢は示される。
運命が固定される」
私はあえて皆に見せつけるように三枚のカードを宙に浮かせる。
『死神』『塔』『悪魔』。
出てくると大体ろくでもない意味を持つカードだ。
運命固定の弊害を出すならば、これらのカードを見せるのがてっとりばやい。
「おい」
不意に声がかかる。
キルディス卿からだ。
あの説明を外から聞いて、そのまま占わせるとは思っていないだろうが、役目的にはやむなく口を出したと言った所か。
その介入を受けて、私はわざとらしくカードを机に伏せさせる。
「あら、占ってあげないの?」
「保護者がいるのに呪いなんて危ないことをするとお思いで?」
「はいはい。
今日はここまでしにしましょうか。
占いについて、もっと詳しい話が聞きたかったら私か絵梨の所に来なさい」
こうして中途半端な形に終わった補修だが、珍しい事にキルディス卿が残っていたりする。
いつもならば、ミティアについて出てしまう所なのだが?
ミティアは図書室から出ようとして、キルディス卿に声をかけた。
「それじゃあ、先に行っていますね」
「ああ。アリオス殿下によろしく言ってくれ。
私も後から行く」
なるほど。
アリオス王子のところに行くのならば護衛は不要か。
で、ミティアが去り、彼女の姿が見えなくなるまでキルディス卿は一言も発しようとしなかった。
「最初に言っておく。
馴れ馴れしくミティアに近づくな」
で、彼の最初の一言はお約束の警告である。
わかりやすすぎるが、この挑発に姉弟子様が先に口を挟む。
「あら、向こうが寄ってきたじゃないの。
その監督責任はどうなっているのかしら?」
「くっ……」
口に詰まるキルディス卿。
まあ、あのミティアの行動を阻害するのがどれだけ大変かはゲームをやっていた私が一番知っていたり。
ゲームキャラクタースレでは『キルディス卿の胃と髪の毛を心配するスレ』なんてのもあったり。
何しろ王族であるミティアを守らないといけないのと、世界樹の花嫁として彼女の成長を期待しないといけない立場にいるのだ。
なお、こっちとしても警戒している彼とはやりにくい相手だったり。
こっちは相手の手札を知っている。
それを知らないふりをしてゲームをしないといけない。
そして、その手札を知らないふりを見ぬかれないために、言葉とかに気をつけないといけないからだ。
「姉弟子様。
キルディス卿ご無礼を。
ですが、こちらも困っている事は理解していただけたらと」
姉弟子様をたしなめて、私が頭を下げてこの話を打ち切る。
警戒しているのはこっちもだったりする。
何しろゲームが始まったばかりなのでうかつに動けない。
ミティアをアリオス王子の所に預けての警告はこんな背景があるからこそだ。
「一応アリオス王子から説明は受けているが、それでも信用できないからこそこうして時間を作った」
キルディス卿の物言いにアルフレッドが立ち上がろうとして、やはり私に手で制される。
彼の気持ちが痛いほどわかるからだ。
「前から聞きたかったのだけどいいかしら?
貴方にとってミティアって何?
仕事?義務?それともそれ以外の何か?」
このあたりの段階を踏まないと彼の内心を探るのができないのがもどかしい。
およそ背景は知っているが、それを語らせないとこっちも使えないのだ。
「前から不思議でしょうがなかったのよね。
世界樹の花嫁って要職を一介の市井の女の子が抜擢される。
あげくに、アリオス殿下から釘を刺されるし、どう考えても裏があるじゃない?」
「それを言うつもりはない」
キルディス卿は私の要求をはねのける。
まぁ、分からないではないので、少しレートを上げてみよう。
「ヘインワーズ家が全面降伏した事はアリオス王子からお聞きになりましたか?
それを知らない貴方ではないでしょう?」
「……」
キルディス卿が押し黙る。
なお、寡黙が売りのように言われるが実はただ口下手なだけだったりするのは公式設定資料から。
彼のイベントは、ミティアと話すところからはじまって彼の語彙が増えてゆくのが楽しい。
だから、
「……忠義だ」
この言葉を聞くのに少し時間がかかったが、彼は頭が悪い訳ではない。
彼はベルタ公に見出されたからこそ、ベルタ公への忠義を第一に考える。
身分の低い母と一夜の関係だった父ベルタ公。
庶子として扱われ、その庇護下で彼は父の愛を知らずに、育ててくれた忠義と勘違いしている。
このあたりは、長子であるグラモール卿と絡んで中々味がある物語が展開されるのだ。
騎士になりたかった次期大貴族のグラモール卿。
庶子ゆえにお家の為にと刷り込まれたキルディス卿。
そんな彼にとって、降伏しているとはいえ、私の背後にあるヘインワーズ候は敵でしかない。
このあたりの優先順位は、まずはベルタ公、次にグラモール卿、そしてミティアとアリオス王子という所か。
今の段階では、ここまでだろう。
「いいわ。
あなたは、貴方の忠義でミティアを守りなさい。
こっちは勝負である以上、手を抜かないけど汚いこともするつもりはないわ」
「お前の言葉が信じられたとして、お前以外の誰かが手をだす可能性は?」
激高して立ち上がろうとしたアルフレッドを再度手で制す。
それは彼からすれば当たり前の懸念である。
「正直わからないわ。
けど、手を出したならばアリオス殿下に報告するわ。
それでいい?」
その言葉を聞いて、キルディス卿が一礼して図書室から出てゆく。
ぽちが私の所に戻ってきて頭の上で三回私を叩く。
つまり、三人ほど私達を見張っていた訳だ。
おそらくはアリオス王子指揮下の近衛騎士団が。
その気配が消えてから、姉弟子様が軽く口笛を吹いた。
「難物ね」
「それが彼の仕事でしょうから」
だからこそ、攻略キャラなのだと続けようとする前に、姉弟子様が口を挟む。
「そういえばさ、絵梨は護衛騎士……だっけ?
キルディス卿みたいな人は居ないの?」
「居る必要ありますか?」
ヘインワーズ侯から何人かひも付きの騎士を紹介してもらったが、どれもお断りしたのである。
ぶっちゃけると、私の監視しかしないから。
で、余程の事が無い限り、私は負けないから。
我ながら思う。
既にこの時にフラグを立てていたと。
図書館を出ようとした私達に待っていた一人の騎士が頭を下げて自己紹介をする。
「はじめまして。
法院衛視隊に属し王国の盾にして剣、サイモン・カーシー騎士と申します。
ロベリア夫人の推薦により、エリー様の護衛騎士に志願して参りました。
よろしくお願い申し上げます」
そうきたか。
私が薄く笑うと、その顔を見たアルフレッドが一歩下がった。
実に失礼な。