20 図書館勉強会
学園の授業というのは、私がこちらの世界の人間でないこともあって結構新鮮である。
その為、できる限り授業に出て多くのものを吸収したいと思っていたり。
異世界歴が長いはずなのだが、戦火で教育が断絶し断片しか伝わってなかったり、間違った教えが広がったりと色々な新発見がある。
それは実は帰ってからも同じだったりする。
私が優等生を演じていたのは決して演技ではなく、学ぶことが楽しかったからだった。
「だから、文字を覚えるより言葉を覚えた方が早いのよ。
3000語程度暗記できたら、最低限意思疎通はできるから」
「はい。
お嬢様」
さて、最も効率的な勉強は何かと問うならば、私は迷わず「人に教えること」と答えたい。
丸暗記で教えても、相手から質問が来て答えられないようでは意味が無い。
教えるためには、教えることを理解しなければならないのだ。
という訳で、放課後の学園図書館で行われているアルフレッドへの補習は私の補習にもなっていたり。
私の場合、主席魔術師なんてしていたのに知識を応用で片付けてしまった結果、基礎が欠落しているなんて欠点があるからなおさらである。
なお、図書館での自習扱いなので、魔術学園制服ではなくお嬢様系のドレスを着用していたり。
化粧まではしないが、うっすらと香水をつけておくのが乙女のたしなみ。
「ほら。
手を動かす。
書き取りは回数が勝負。
書き終わったら、お茶にしましょう」
こっちの世界ではその書く道具が恐ろしく高い。
だが、高度消費社会出身である私にとって、鉛筆とノートはこづかいで買える物だったりする。
なお、消しゴムを与えないのは、間違いを残しておくためだったり。
それを理解しているからこそ、アルフレッドは間違えても軽く舌打ちをして隣に同じ文字を書く。
彼は学者になりたかったという。
家庭の事情で冒険者から傭兵へと結局進んだが、今の彼は学ぶ事が楽しくて仕方ないらしい。
失敗に舌打ちしながらも書き取りそのものは楽しそうに続けているのだから。
そんな彼を見るのが、私も楽しい。
「……」
「ん?何か?」
「……何も」
で、そんな私達を横目でちらちら見ているのが、監視に来たらしいグラモール卿。
最初はアルフレッドの書き取りに呆れていたが、私がノートと鉛筆を出すとその機能性にほれ込んでチラ見するようになった。
今ではそれをしながらもアルフレッドの学ぶ姿勢を評価しているらしく、その視線が私の教え方にまでいっていたり。
「書きながらでいいから聞いておきなさい。
今日の授業の簡単なまとめをしてあげるわ。
今日の授業は『魔法と魔術師』よ」
メリアス魔術学園の授業のレベルは高い。
元々が国を担う人材育成と貴族達の教育の場として設定されているからだ。
そんな中に何も知らないアルフレッドがついていけるように、私が簡単な要約をしてあげる。
100点の解答を80点で理解した私の要約で、60点の解答が取れるようにとやっているが、今のアルフレッドが答えられるのは30点レベルという所か。
基礎教育の欠落はこんな感じで理解力を落とす。
「魔法そのものはこの世界の人間ならば誰でも使えるわ。
体にある魔力を遣うか、魔力が付与されたアイテムを使用するかだけどね。
じゃあ、魔術師と呼ばれる連中は何を持って魔術師と呼ばれるのか?」
アルフレッドの真向かいに座って軽く指を振る。
この時体も軽く揺らして髪と胸も揺らすのがポイント。
なお、このアピールの為にわざわざポチは机の上で丸まってもらう根回し済み。
ぽちがずり落ちてコントになんてなったらたまらないからだ。
「この国における魔術師というのは、基本的には宮廷魔術師を指すわ。
つまり、君主の助言者として振る舞い、国や領地の為に魔法を行使する。
この学園をはじめとした魔術学園はその為に作られたし、彼らを使いこなす為にも貴族側も魔法知識が求められる訳。
ここまではいい?
手は止めないように」
「は、はい」
慌てて書き出すアルフレッドの姿を見て私は笑みをこぼす。
なお、使う側の貴族面からグラモール卿が何か言いたそうな顔をしているが無視無視。
「私の姉弟子様の専攻である占い師をはじめ、薬を使う薬師や呪い師、学者や女神神殿の司祭等、魔法やそれに類する知識の総合的な職業を総称して魔術師は作られている。
だから、宮廷魔術師といえども得意不得意がある訳」
グラモール卿のこめかみがぴくぴくしているが無視無視。
このあたりは暴論に近いからだが、何も知らないアルフレッドに細かい成り立ちなんて必要もあるまい。
「魔術師を名乗る場合、必然的に統合王国もしくは諸侯の裏づけがつくわ。
その為、魔術師は必然的に政治権力と密着する事になる。
だからこそ、王家や諸侯は魔術師の連帯を恐れた。
魔術師にギルドみたいなものが無いのはそれが理由よ」
このあたり設定資料集からの受け売りだったりする。
こういう知識の応用で私はこの世界を乗り切ってきた。
あまり偉そうにいえないのは内緒。
なお、古代魔術文明が栄えた当時、魔術師は権力者であったが結局滅んで権力者の座から叩き落された。
その理由は簡単なもので、後継者育成にしくじったからだ。
この世界その気になれば不老不死は結構簡単にできる。
事実、『ロード・オブ・キング』では、人間辞めて魔術を極めたネクロマンサーやリッチ、昼間のデメリットを代償に強大な魔力を誇るヴァンパイヤ等のクラスがあったりする。
で、そのあたりに来ると後継者の育成が不要になるし、後継者が先代を倒す事が頻発。
なまじ力があったがゆえの魔術師達の同士討ちの結果、古代魔術文明は崩壊を迎え、生き残った魔術師達は隠者として世に隠れるようになった。
「古代魔術文明の崩壊後に周囲の異民族が乱入して戦乱の時代を迎えるわ。
この戦乱期に古代魔術文明の遺産の保護とその再興を掲げた対異民族同盟がオークラム統合王国の元になるのよ。
それを主導していたのは、諸侯や自治都市に雇われた魔術師達。
彼らは偉大な先達から切り離された結果、自分達だけでは力を維持する事は難しいと痛感していた。
だから、オークラム統合王国が設立した時、各魔術師達が知識や遺産を持ち合わせてその維持発展をする場所を作った。
それが魔術学園」
魔術師達が徹底的に権力から排された場所に居るのはこんな理由がある。
現権力者である諸侯とて魔法が使える者もいるが、魔術師を名乗れるほどの化け物ではないし化け物を飼いたくもない。
アルフレッドが書き取りの手を止めて私に質問をする。
疑問があるならたずねるというのは学ぶ姿勢の第一歩。実にいい。
「という事は、魔術学園がギルドみたいな組織と考えていいのですか?」
「少し違うんだな。これが。
オークラム統合王国の国政において、魔術系で内閣に入っているのは世界樹の花嫁と女神神殿の大司祭のみ。
宮廷魔術師というのはあくまで、君主の側近扱いで直接的権力を握っているわけじゃない。
魔術学園だって、王国や諸侯へ魔術師を輩出しているのに間接的にしか権力への影響力を行使できない。
ギルドみたいな直接的な影響力がないのよ」
「それももうすぐ変わる事になる。
我が師匠である大賢者モーフィアス様が懸命に奔走していたからな」
ふいに横から声がかけられる。
どうも声が聞こえてがまんできなくなった魔術師が口を挟んできたという感じか。
グラモール卿を見ると、お手並み拝見みたいな顔をしやがって。
なお、それが大賢者モーフィアス失脚の引き金になった所がまだ分かっていないあたり、この魔術師君は甘い。
「横からの口出しについては気にしないけど、大賢者モーフィアスがどう奔走したのかアルフレッドに分かるように説明よろしく」
「……む」
勢いよく口を開こうとして、私の出した注文で詰まる魔術師君。
知らない人間に物事を分かりやすく伝えるというのは思った以上に難しいのだ。
「魔術師が統合王国や諸侯で働く場合、下級書記からのスタートとなる。
女神神殿の場合、司祭には下級文官が与えられるのに対して、魔術師側には不満があったからこれの改善を求めていたのだ」
「けど、諸侯の側近たる魔術師にもなろうお方が下級書記すらとれないのが問題な訳で」
「その書記のスタートである下級書記が文官の推薦によって行われているのが問題なのだ」
彼の言いたい事はわからない訳ではない。
要するに、魔術師が出世を目指す場合、官僚である文官に媚びへつらう必要があるからだ。
対して女神神殿は司祭には下級文官資格が付与されている。
アルフレッドが答えを口にする。
「つまり、出世するならば魔術師より女神神殿の方が楽?」
「そういう事だ。
それを改善しようとお師匠様は奔走なさっていたのだ」
で、失脚したと。
魔術師君気づいてる?
君の発言、女神神殿の既得権益を盛大に侵しているって事を。
改革は既得権益を打破することで成功する訳がない。
既得権益をすり替えることで成功するのだ。
なお、ついでだが世界樹の花嫁は、トップが花嫁という女性の為出世も女性が強かったりするのだがここでは外しておく。
「じゃあ、貴方に質問。
にも関わらず、どうして貴方は魔術師を目指す訳?
女神神殿に鞍替えもできたでしょうに?」
私の質問に魔術師君は苦々しく、かつ誇りを持って理由を口にする。
それは、自分の未来と才能を信用しているからこそ。
「女神神殿の場合、現世権力と密着しすぎて魔法そのものの管理が疎かになってしまう。
もともとの管轄だった世界樹の花嫁を独立された彼らに魔法研究の維持・管理を行う力も必要もない。
魔術師だけなんだ!
古代魔術文明の遺産を維持管理運営し、古代魔術文明を復興させうる力を持つことができるのが!!」
そこで彼は拳を握りしめて薄暗い天井を見上げる。
本に陽の光は禁物だが、魔法による明かりでこの部屋は満たされている。
「古代魔術文明が機能していれば、俺の村は飢饉と病魔で滅ぶ事はなかった……」
「……」
あ。
アルフレッドにとってもこの話は地雷だったか。
近年の世界樹の花嫁による不作傾向は、いろいろな所にその歪みを作っている。
世界樹の加護がまっとうに機能していたならば、彼もアルフレッドもこの場所にはいなかっただろう。
「もしかして、お前もか?」
「この時代、どこも似たようなものです。
もっとも、俺の村は騎馬民族の襲撃に耐え切れずでしたが」
気づいたら、同じ傷を持つ者同士いつのまにか仲良くなっていた。
魔術師は職業的に天才だが孤独なキャラになる事は多い。
才能から周囲が劣っているように見え、どうしても自分の過去が傷として周囲と壁を作るから攻略がけっこうめんどかったり。
だからこそ、天真爛漫で平気で壁に突っ込んでくるミティアみたいなのが珍しいのだ。
おおむね、彼の立ち位置が現在の世界樹の花嫁争いの無党派層を代表しているとみていいだろう。
こういう場合の返しは簡単だ。
ふさわしい実力を見せ付けてやればいい。
昔、弟子相手にやった事を思い出しながら、少し笑みを浮かべて彼が持っている本のタイトルを確認する。
「上級魔術概論。
こんな本まであるのね。
魔法については?」
「貴族のお嬢様には理解できないだろうけどな」
アルフレッドとは仲良くなったが、私とは別という所だろう。
そっちの方が悪役令嬢としてヘイトを稼ぐのでありがたい。
「上級魔術使用についてはいつくか解決策があるけど、あなたの年じゃあそれは解決できないのよね」
「……何が言いたい?」
喧嘩売っているのかこらと目で言っているので、売っているのよ当たり前じゃないと微笑で返してあげよう。
なお、相手を怒らせるのは交渉の初歩である。
「上級魔術の呪文は詠唱が長くなるから、儀式などでそれを省く必要が出る。
その為に魔力溜まりこと霊脈を抑えて恒久的魔方陣を展開して維持する事でやっと省略できる。
つまり、金がかかるって事よ」
「もう一つある。
使い魔システムで使い魔から魔力を融通する事だ。
大型魔獣等はひと以上の魔力を持っているから、奴等と使い魔契約をする事で使う事が可能になる」
うん。
こっちの思惑に乗ってくれてありがとう。
だから、チェックメイトよ。
「そうね。
たとえばこんな風に」
「きゅ♪」
「…………」
見事に顔が固まってやがる。
ざまぁみろ。
才能に自負があるからこそ、ぽちの擬態は見破れるだろう。
そこから導き出される結論で自滅しろ。
「あんた。
名前は何て言うんだ?」
立ち上がったアルフレッドを手で制す。
この世界において、格下が先に格上に挨拶をするという不文律があったりする。
貴族と分かっていてなお己を格上と定義しているのが、この図書館の設立者である大賢者モーフィアスの教え、
「魔術を学ぶものに身分の上下はなし」
にしたがっているに過ぎないからだ。
その為か、魔術師志望というのはどうしてもこのような場所では少なくなる。
私も魔術師のはしくれ。
それは尊重しよう。
「師無き魔術師、エリー・ヘインワーズよ。
では失礼。
アルフレッド。
行くわよ」
「あ。
お嬢様少しお待ちを……」
軽く手を振り道具や本を片付けようとするアルフレッドをおいて私は図書館を出てゆく。
後で聞いた話だとちゃんと彼と仲良くなれたらしい。
わざと私の好感度を下げて、アルフレッドに友人を作らせる作戦は見事成功した訳だ。
『わがまま娘に苦労する従者』という形で、アルフレッドに敵意が向けられることは少なくなっただろう。
大賢者モーフィアスが研究資金目的でヘインワーズ候と現在つるんでいるが、ヘインワーズ候の反乱とその粛清の後大賢者モーフィアスの名前は歴史の舞台から消える。
おそらく失脚したか粛清されたかなのだろうが、その微妙な空気を残された魔術師達は読めていなかった。
不作と物価高騰による怨嗟が王家に振り向けられる前に、王家は新たな生贄を必要とした訳で、その生贄が魔術師だったという訳だ。
かくして魔術師狩りが各地で発生し焚書坑儒ならぬ焚書坑魔によって多くの知識や技術が歴史に消え、その後の戦乱と復興に長い長い時間をかける事になる。
開発陣、絶対に何か恨みがあるだろう。これ……
「で、ご感想は?
グラモール卿」
一部始終を見ていただろうグラモール卿に私は何気なしに質問を振る。
ヘインワーズ候の降伏があったとはいえ、向こう側にとって私が最大級の警戒対象であるというのは変わっていないからだ。
「ずいぶん教え方になれているのですな。
まるで教師のような講義でしたよ」
「努力の賜物です」
まあ、宮廷主席魔術師やってましたからなんてこの場で言える訳も無く。
グラモール卿は私の手をとって実に白々しくこんな事を言ってのけたのである。
「貴方は敵に回したくないな。
これからも友好的に付き合えたらと」
騎士ぶっているが、根はちゃんと大貴族としての教育が身についているのがグラモール卿である。
洒落っ気がある提案に、私も振り払うこと無く曖昧な返事を返してあげる。
「あら。
私はか弱い乙女ですのよ」
「そうでした」
壁に耳あり障子に目あり、異世界に魔法あり。
物語に主人公ありっと。
「あれ?
エリー様にグラモール卿。
図書館で何やっているんですか?」
現れたのはキルディス卿を連れたミティア。
本を持っている所を見れば、彼女も勉強のためにという所か。
やばいことは口走っていない。よかった。
「これ見て、何をしていると思う?」
「……」
「……」
自分で言って何だが、現在の私はグラモール卿とお話中。
なお、私の手はグラモール卿の手に。
ミティアは何を考えているのか知らないが、顔を赤めてぽんと手を叩く。
「お、お幸せに!」
まてやこら。
なお、この誤解は地味に周囲に広がって、解くのに結構時間がかかった。




