102 最終話 私とあなたの知らない明日
少しだけ、その後の話をしよう。
色々語りたい事があるのだが、まずはオークラム統合王国の話から。
アリオス王子の立太子によって、正式にアリオス王子が国政の場に出る事が決まった。
国王陛下は監視下の元で花宮殿にて穏やかな生活を送っている。
セドリック王子はカルロス王子と共にメリアスに赴任して仕事に励んでいる。
それと相まって、アリオス王子はグラモール卿と共に魔術学園への出席が極端に減った。
王太子の仕事がそれだけ大変であるという事の裏返しである。
「即位後の執政官の椅子に座ってみませんか?」
「既に座ったことあるので結構です」
こんなやりとりが挨拶になっているが、まあそれもお約束という事で。
彼ならば道を間違えないだろう。
「エリー様ぁ!
ここわかんないんですぅ!!」
王女という身分バレをかましたけどまだ成人していないミティアは、修行しつつ王族の一員としての心がまえを学んでいる。
なお、その修業の一環でメリアス下級書記として働き、私に助けを求めてくるので、最近は容赦なく拳骨で追い返している。
それで王族不敬罪に問わないあたり、神経太いというのかそれに気づいてないというのか。
まあ、拳骨と説教の後で仕事を手伝ってあげる私が甘いのかもしれないが。
ミティアの恋の行方はまだ始まったばかりだ。
アリオス王子も意識しだしたし、キルディス卿も身近に接しているからいい感じだったり。
誰が勝つのか楽しみだったりする。
「で、あんたどうする訳?」
「卒業まで居るさ。
その後はギルドを立て直す」
「がんばれ。
応援しているから」
シドとアマラはすっかりおしどり夫婦ぶりを見せつけている。
アマラは相変わらず高級娼婦は辞めるつもりはないが、オババに頼んで花姫修行を始めることにしている。
私の持つ世界樹の杖があるから今すぐ必要はないのだが、それでも生み出す手段があるのと無いのでは大きな違いがある。
同時に、アマラが世界樹の花嫁、いや、今は分離された世界樹の巫女につくのならば、必然的に国政への影響力が増し、それに付随して盗賊ギルド再興を目指すシドの助けになるだろう。
この二人はこんな関係でこれまでやってきたのだ。
きっとこれからもこんな関係を続けてそれに満足するに違いない。
なお、友達料だが支払額が面倒だったので、『夜の楽園』の経営権で払っている。
そこの最上階にある一番豪華な部屋だけはオババ曰く、最高級の花姫の為にアマラも使わずにとっているとか。
一体誰が使うんだろうなー(棒)
「また北部に来たら呼んで頂戴。
楽しかったわ」
最後に出てきて場をかき回したアンセンシア大公妃は、アリオス王太子に摂政位を渡してさっさと北部に引きこもってしまった。
あのまま居たら誰かが暗殺者を送っていたと言われているので、そのあたりの政治的バランスと危機対処能力が図抜けているとつくづく感心するしか無い。
なお、いつの間に知り合ったのか知らないが、姉弟子様と実に仲良くなったらしい。
分からんではない。
これ以後、北部諸侯は北方蛮族に対処するためという理由で政治の表舞台には出ずに、隠然とした影響力を行使するスタイルに戻ってゆく。
けど、あの王都の一日を知っている者がいる限り、決して北部諸侯を侮りはしないだろう。
近いうちに、姉弟子様を連れて北部諸侯領に行って、シアさんと慰労会でもしようと思う。
「貴方に女神イーノの加護があらんことを。
言ったでしょう。あなたならばできるって」
ヘルティニウス司祭は一連の騒動の結果、最年少でメリアス司祭長というという身分に大抜擢された。
アリオス王子やミティアとのコネと神殿喜捨課税阻止の功績から完全に出世コースに乗り、未来の大神官と噂されているという。
世界樹の花嫁の真相が暴露されるに及んで、神殿内過激派はその力を大幅に失う羽目になり、女神神殿は政治から少しだけ離れる事になった。
だが、本人が一番喜んだのは世界樹の加護発動によって不作が回避され、寄宿舎の子どもたちにパンとスープが週一で食べられるようになったという事。
彼が私を寄宿舎に呼んで一緒に食事をとった時、眼鏡の奥に涙が光っているのを私は見逃さなかった。
次の目的である寄宿舎の子どもたちが毎日パンとスープを食べれるようにと彼は日夜働き、私にも仕事を振ってくれる鬼畜眼鏡である。
彼の進む道にも女神イーノの加護があらん事を。
「信頼できないが、仕事においては信用できる」
「当たり前です。
私を誰だと思っているのですか?」
ベルタ公後継者としてグラモール卿がアリオス王子と共に王都での仕事につくことが多くなったので、再編途中のメリアス騎士団に入ってきたのはサイモンだったりする。
サイモンは一連の働きと危険性が認められて、近衛騎士団から男爵に叙爵された後にメリアス騎士団団長の地位についている。
もう少し経ったら伯爵にしてロベリア夫人と結婚してシボラ伯爵家を継ぐ事まで内定している。
そこから、南部諸侯の旗頭になるかどうかは彼次第だろう。
乱世の奸雄だった男は治世の能臣でもあった訳だ。
そんな彼を使うことになったメリアス太守のセドリック王子だが、今のところはうまく統治していると言っていいだろう。
サイモンという鬼札に、ここで修行中のミティア経由で引っ張られる私という切り札まであるのだ。
メリアスの混乱は急速に沈静化しつつある。
そして、ミティアと同じく修行兼監視のカルロス王子だが、メリアス魔術学園に入学していろいろ学ぶことにしたらしい。
セドリック王子は太守についてからアマラとの関係をすっぱりと切った。
それも漬け込む隙を与えないという事で周囲から賞賛されている。
諸侯もこの二人の王子に嫁をと動いているが、二人共王位継承と女性問題が絡んだ今回の一件でこりて積極的に動こうとしないのが唯一の問題という所だろうか。
サイモンの野心がおさまるかどうかは神のみぞ知るだが、そのときにはセドリック王子とカルロス王子がその剣を向けることになるだろう。
「婚約おめでとう。
エレナお姉さま」
「ありがとう。
エリー。
次はあなたの番ね」
「ご冗談を。
私は一人で気楽にやってゆくつもりですよ」
「へー。
一人ねぇ……」
エレナ義姉様とキルディス卿との婚約式当日の話である。
実質的な結婚式みたいなものだが、そこはそれ貴族のイベントというやつで。
持っていたブーケを投げること無く、私に渡してくれる。
それに私だけでなく、参列していた法院議長のベルタ公とヘインワーズ王立銀行総裁も苦笑するしかない。
ベルタ公もグラモール卿が近くベルタの名前を名乗るようになったら引退する事を示唆しており、オークラム統合王国の国政は世代交代が起こりつつある。
世界樹の加護で穀倉地帯である南部諸侯の回復と新大陸交易の価格下落で西部諸侯が打撃を受けているが、その西部諸侯を我が義父は財政支援をした事でベルタ公と手打ちを済ませるあたり見事としか言い様がない。
アリオス王子の摂政就任の背後でベルタ公が法院内をまとめ、ヘインワーズ王立銀行総裁が財政支援によって諸侯の動きを封じてゆく。
ゆるやかに、けど確実に中央集権は進みつつあった。
「ご婚約おめでとうございます」
「おめでとうこざいます」
招待客の中に入っていたタリルカンド辺境伯の代理であるエリオスとマリエルが私達に挨拶をする。
私が提案した城塞都市建設計画が始まっており、完成後にはアリオス王子が最後の爆弾である太守予定者であるエリオスの身分保障を行って彼を王室の一員に迎えることが内定していた。
唯一の心配事が解消される見通しとなったタリルカンド辺境伯も息子に後を任せて引退を決意している。
それを一番喜んだのが、兄妹関係が解消されるちっぱい……じゃなかったマリエルで、今、私にガン垂れているのは、私が持つブーケ目当てなのは間違いがない。
「これ、いる?」
「え?
そんなエレナ様から頂いたものを、受け取るなんて!
どうしても!
どうしてもとおっしゃるならば、失礼を承知で受け……むがむが……」
頭が我が世の春を満喫しているマリエルの口を塞いだのはエリオスである。
なんだかんだで仲がいいからな。この二人。
「失礼した。
妹にはよく注意させておくので」
「妹?
妻ではないのですか?」
私の意地悪に顔が真っ赤になる二人。
やる事はやっているわけだ。こいつら。
躊躇うこと無く、ブーケをマリエルの手に渡す。
「お幸せに。
お二人さん」
立ち去る私の後を花嫁姿のエレナ義姉様が追いかける。
で、地味に爆弾を投げつけやがった。
「だって、エリーはアルフレッドと結婚するんでしょ?」
「ぶっ!!!!!」
な、な、何を言っているのだ。
この人は?
私の狼狽ぶりに首をかしげるエレナ義姉様。
「だって、朝まで腰振っててうるさいってセリアが」
セリアの給料下げてやる。
とりあえず、このリア充どもめと呪詛をかけようとしてやめる。
特大ブーメランになって返ってくることが分かっているからだ。
だって……
起き上がり目を開ける。
隣に寝ているアルフレッドを起こさないように、裸の上にガウンを羽織って水差しを手に持つ。
神奈のビルの部屋の一室。
カーテンをあけると光が部屋に入り、朝日が日本の町並みを照らす。
私が起きたのを感じたぽちがとことこと寄ってくる。
「おはよう。ぽち。
ご飯ね」
「がう♪」
トカゲ用の合成食料を美味しそうに食べるぽちはしっぽを揺らして食事を堪能する。
そんなぽちを指で撫でながら、蛇口を捻って水をヤカンに入れてコンロでお湯を沸かす。
ヤカンがお湯が沸いたことを知らせる蒸気の汽笛がキッチンに小さく響く。
その音でアルフレッドが起き上がる。
「おはようございます。
お嬢様」
「そのお嬢様って呼び方やめない?」
「俺にとっては、お嬢様はお嬢様ですよ。
並ぶまではちゃんと弁えますので」
なお、弁えているアルフレッドは、夜だとがんがん攻めたりするのだが。
それが気持ち……げふんげふん。
「ふぁ……おはよ。
絵梨。
ちょっとうるさいのだけど」
「おはようございます。姉弟子様。
やっと私の気持ちが分かっていただけて嬉しい限りです」
神奈のビルはこういう風に私や姉弟子様に使われていたり。
もちろん姉弟子様も裸ガウンだ。
姉弟子様には、向こうで見せ金に使った金のインゴット購入代金の肩代わりがあるから、しばらくタダ働き確定なのがつらい。
それを良いことにここ最近は男遊びがひどく、姉弟子様は男を取っ替え引っ替えだからたちが悪い。
ついでに、姉弟子様も花姫修行をしており、オババ曰く、
「師匠を見ているかのようだ」
との事。
師匠も師匠ならば弟子も弟子だと、姉弟子様と二人で大爆笑したのは内緒。
なお、調教師としてサイモンが参加しており、アマラの花姫修行にも関与しているとか。
つまり、私とアマラと姉弟子様はサイモンの竿姉妹という駄目な関係が成立するのだが、まあいいか。
どうせ三人ともだからで済ませる話だし。
「コーヒーと薬草茶どっちにします?」
「私、薬草茶」
「俺はコーヒーを」
二人のリクエストの飲み物をいれて、三人でトーストとサラダとスープの朝食を食べる。
薬草茶を飲みながら、姉弟子様が私に話を振ってくる。
「たしか今日だっけ?
アルフレッドのお披露目」
そうなのだ。
日本語を覚えさせて、日本にやってきてもらったアルフレッドを両親に紹介するのだ。
なお、両親には根回し済みで、父の春雄さん曰く、
「お前に娘はやらん!」
とアルフレッドをぶん殴るのを楽しみにしているとは母親たる京子さん経由の情報である。
で、その後で二人して酒が飲みたいらしいので、大吟醸を持たせることに。
こう言うお約束って大事だと私は思っている。
「がんばってきなさいな。
次期神奈の後継者様」
そうなのだ。
このただ働きの結果、こっちの人たちにも顔が売れてしまい、姉弟子様の跡継ぎの地位が確定してしまったのである。
なお、世界樹の杖を使って豊穣の加護を祈り、エルスフィア太守までやっているという激務ぶり。
宰相時代より修羅場っていると思う。マジで。
だからストレス発散のためにアルフレッドの上で腰を振るのは悪くない。
……多分。
「あああああああああああああああああああああああ!!!!!
ちょっと、絵梨!
誰よ!そのイケメン!!!」
家に帰る途中で友人に発見される。
できれば町中で大声をあげないで欲しい。綾乃よ。
けど、綾乃は指さして固まっているし。
「紹介するわね。
私の護衛のアルフレッド・カラカルさん」
「ドウモヨロシクオネガイシマス」
アルフレッドの片言の日本語にお辞儀をしながら、綾乃が素早く私を引っ張る。
地味に引っ張る手に力が入っているな。綾乃よ。
「あれ、絵梨の彼氏?」
「そ ん な こ と な い わ よ (棒)」
「おけ。
爆発しやがれ」
「それを言うのかしら?
綾乃さんや。
あれから彼氏の進展……」
「分かった!
この話はおしまい!!」
真っ赤で話をぶった切るあたり、まだピュアなお付き合いをしていると見た。
綾乃よ。
がんば。
顔に出ていたらしくぐりぐり攻撃をもらうが、その顔は二人共笑っていたのを付け加えておく。
「ここが私の家よ」
「ここですか」
家の前でしゃべると窓から見ていた香織が私達を見つける。
その顔がなんか小憎たらしいが許して上げよう。
今の私は心が寛大なのだ。
「おかーさーん!
おねーちゃんが彼氏連れて帰ってきた!!」
「香織!
早く玄関開けて!
まだ支度整ってないから、居間に通してあげて」
妹の声が家に響く。
ぽちがポケットから這い出て玄関に先に入ろうとする。
香織に遊んでもらうのだろう。
私はこれから起こることをアルフレッドに告げる。
「『娘はお前にやらん!』とお父さんが殴ると思うから、おとなしく殴られてね」
「善処しますよ。
お嬢様」
物語はめでたしめでたしで終わるけど、私達はこれからも生きてゆく。
そして、未来は白紙だからこそ恐れと不安と希望があるのだ。
私はアルフレッドを手をぎゅっと握るとアルフレッドは手を握り返してくる。
さあ。
私の知らない新しい物語を始めよう。
次の物語もきっとハッピーエンドで終わると信じている。
そして、私もアルフレッドも知らない物語が始まる。
『昨日宰相今日JK明日悪役令嬢』
--おわり--




