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昨日宰相今日JK明日悪役令嬢 恋愛陰謀増々版  作者: 北部九州在住
王室法院の2番目に長い日

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101 シュレティンガーの確定

「マジックミサイル!」


 まずは私が仕掛ける。

 マジックミサイル、弾数は十発。

 モーフィアスは即座に対抗手段を取る。


「マジックシールド!」


 モーフィアスの前に魔力でできた盾が浮かび上がる。

 けど、それは魔術戦の定石。


「カウンタースペル!」

「スペルキャンセル!」 


 モーフィアスのシールドそのものを消失させる腹づもりだったが、向こう側のスペルキャンセルで潰される。

 出現したマジックシールドにこちらのマジックミサイルが全て当たって高い音を闇夜に奏でる。

 双方杖を相手に向けたまま。

 馬程度に大きくなったぽちが介入しようとするが、私は手でそれを制す。

 まだ、双方とも切り札を隠している序盤戦。

 ぽちを出すのは悪手だ。


「襲わんのか?」


「襲えるのならね。

 あなた、手札隠しているでしょ?」


 魔法を発動すると当然だが魔力を消費する。

 魔力が枯渇すれば、魔法は使うことができない。

 魔術師にとっての一番致命的な隙だ。

 その為、魔術師はこの手の戦いにおいて必ず前衛を用意する。

 私のぽちのように。

 そして、まだモーフィアスはその前衛を私に見せていない。


「その年でそのような手練とは。

 どれほど、修羅場を潜ってきたのやら」


「お生憎様。

 私はこれでも花の十代ですので。

 修羅場はちょっとしか潜っておりませんのよ」


「ほほう。

 戦場でも無慈悲に生き残れるほどの力を見せるお主でちょっとか。

 最近の若者はおそろしいのぉ」


 今度はモーフィアスが動く。

 まだ、彼の前衛は姿を見せない。


「スリープ・クラウド!」


 眠りの雲。

 範囲攻撃で来たか。

 少しでも吸ったら眠りかねない。

 ならば、吹き飛ばす。


「ストロング・ウィンド!」


 自分を起点にした強風が発生し、広範囲に広がる眠りの雲を吹き飛ばす。

 この眠り雲を吸ってモーフィアスが眠ってくれたら大笑いだが、そうはうまくいかないだろう。

 晴れた眠りの雲から出てきたのは、杖に魔力を纏って槍代わりにしてに突進するモーフィアス自身。

 こいつ、近接戦もできるのか。

 近寄られたら勝てない!


「ぽち!」

「グァ!!!」


 躊躇うことなくぽちを投入。

 私とモーフィアスの間に割り込んだぽちの手がモーフィアスの杖を弾いて、ぽちの鱗を宙に舞わせる。

 先に前衛を投入した以上、ここで決めないと後々不利になりかねない。

 そして気づく。

 これだけ騒いでいるのに、大手門の兵士達はどうして誰も出てこない?


「大手門の兵士たちを味方にしようとしても無駄な事よ。

 既に全員、上での騒ぎが問題無いように認識させておる」


「……手回しの良いことで」


 向こうが待ち構えている虎の巣穴。

 準備は万端だったらしい。


「では、決めさせてもらおう。

 サイレンス!」


 広範囲の音消し呪文はそれそのものが魔術師殺しとなる。

 だから、確実にカウンターを返さないといけない。


「カウンタースペル!

 ぽち!」


 向こうのスペルキャンセルを潰さないとこっちが詰む。

 無理を承知でぽちにモーフィアスを襲わせる。

 だが、ぽちの攻撃を邪魔した者がいた。


「グァァァァァァ!!!」


 姿を消していた向こうの前衛が姿を表してポチの攻撃を防ぐ。

 その姿はぽちと同じ、いや、ぽち以上に威厳がある神々しい守護竜。

 これがモーフィアスの隠し球か。


「フィジカルエンチャント!

 クイックネス!!」


 モーフィアスが自分にかけた敏捷力強化の呪文でぽちと相手の守護竜の間をすり抜ける。

 こっちの呪文発動がカウンターを考えていたのが裏目に出た。

 次の呪文を唱えるには間に合わない。

 モーフィアスの杖を避けるために杖で受けてしまい世界樹の杖を弾き飛ばされる。

 まだ気を許していないモーフィアスは杖を向けたまま口を開く。


「ここまでのようじゃな」

「お生憎様。

 こちらもまだ切り札はございますので」


 ひらりと、一枚のカードが私のドレスから落ちる。

 タロットカード『運命の輪』正位置。

 こういう場所の意味は幸運付与。

 そしてもう一つ。


「大賢者モーフィアス様。

 幸福量保存の法則ってご存知?」


 カードに目を取られたモーフィアスの隙を突いて私は彼の間合いから離脱する。

 杖を取る素振りすら見せずに離れた事でモーフィアスは完全に後手に回る。


「幸運と不運は表裏一体。

 私に、幸運が集まったら、その集まった幸運は何処からやってくるんでしょうね?」


 私から見た『運命の輪』は正位置。

 それは、モーフィアスから見たら逆位置を意味する。

 もう一つの意味は、相手への不運付与。

 私はタロットカードを手に持つ。

 エリー・ヘインワーズの戦い方ではない。

 相良絵梨の戦い方に切り替える。


「ほざけ!

 マジックミサイル!」


 離れた私にモーフィアスがマジックミサイルを放ち、即座に私はタロットカードを放つ。

 『隠者』の正位置。

 この場での意味は姿隠し。

 消えた私の居た場所をマジックミサイルが通り過ぎる。

 更にタロットカードを連続で放つ。

 『吊るし人』の正位置をモーフィアスの守護竜に、『戦車』の正位置をぽちに。


「そこか!

 スリープ・クラウド!」


 タロットカードで位置がバレたのでモーフィアスが範囲魔法としてスリープ・クラウドを放ち、こっちも姿を表してその呪文に対処する。


「ストロング・ウィンド!」


 自分を起点にした強風が発生し、広範囲に広がる眠りの雲を吹き飛ばす。

 その攻防においてこちらの意図した場所で決着がつこうとしていた。


「何!

 何故こちらの守護竜が負けるのだ!!」


 モーフィアスの声と共に、モーフィアスの守護竜が目を閉じて倒れこむ。

 ぽちは空に逃げて無事だ。

 『吊るし人』の正位置に拘束の意味を付与してモーフィアスの守護竜を拘束し、ポチに『戦車』の正位置でフィジカルエンチャントをかけた。

 そして、モーフィアスの守護竜の方にストロング・ウィンドを向けて、モーフィアスの魔力が篭った最高位の眠りの雲を味あわせた。


「まだだ!

 まだ負けたとは認めんぞ!!」


 即座に次の呪文を放とうとするモーフィアス。

 ただ、私は指を下に向ける。


「!!!!!」


 床に落ちているのは、ストロング・ウィンドでコントロールして吹き飛ばしたタロットカード。

 カードはカードにリンクして物語を紡ぐ。

 それがタロットカードを使った、『魔法陣』となる。

 落ちているのは四枚。

 それが、線をつなぐ先に私が立っている。


「最後の勝負よ!

 来なさい!

 『女司祭長』正位置!!」 


 『運命の輪』正位置、『隠者』正位置、『吊るし人』正位置、『戦車』正位置、『女司祭長』正位置の物語が完成する。


『運命の輪』正位置 良い方向への変化

『隠者』正位置 問題解決が困難

『吊るし人』正位置 犠牲

『戦車』正位置 勝利

『女司祭長』正位置 私の暗喩


『問題解決が困難だけど、私の犠牲で良い方向に変わり、いずれ解決するでしょう』


という物語をこの世界に現出させる。

 出できた女司祭長はなぜかお師匠様によく似ている気がした。

 そして、光があふれる。




「ねぇ?

 あなたは何がしたかったの?」



 

 光の中、お師匠様によく似た声の幻想が聞こえる。

 だが、次に聞こえた男の声は誰なのだろう?

 ひどく懐かしい声。


「ああ。

 俺は彼女を愛していた?

 彼女の力になりたかった?

 違うな」


 誰だっただろう?

 確実に聞いたことがある声なのに思い出せない。

 懐かしい声なのに。


「約束を果たしたかった……これも違う。

 そうだ。

 彼女を助けたかったんだ。

 乾ききって、未来に絶望していた彼女を……」


「おつかれさま。

 そして、おかえりなさい……」


 光が消える。

 対魔最強のカウンター陣で魔法を封じたモーフィアスの姿がぼやける。

 こんな効果は魔法陣に付与していない!

 倒れるモーフィアスを慌てて抱きかかえると、端から欠片のようなものがこぼれ落ちて消えてゆく。

 モーフィアスの姿が消える。

 そして私の中で何かが変わってゆく。

 それが何なのか分からない。


「……何!?

 何が起こっているの!!」


「法院定例会最終議題が可決成立したのでしょう。

 アリオス王子が王太子として立った。

 オークラム統合王国でもう内戦は発生しない」


「!!!」


「未来は改変された。

 だから、アカシック・レコードが辻褄を合わせるために改竄をはじめているのですよ」


「あ、あなた。

 どうしてそんな事を知っているの?」


 何かが私の中から溢れてゆく。

 そして私の中で何かが変わってゆく。

 その恐怖に耐えようとしたらモーフィアスから手を掴まれる。

 その姿は老人ではなく、若者になっていた。


「この時のために、徹底的に仕掛けを施したんです。

 あなたみたいなヘマはしませんよ」


 何を言っているのだろう。

 覚えがあるはずなのに。

 涙が出て来るのに、それが言葉に出来ない。

 どうして!?

 モーフィアスが自分の杖を私に押し付ける。

 もう彼の姿がほとんど分からない。




「ありがとう。

 あなたの支えがなかったら俺はこうしてここにいなかった。

 こんなじじいの事は忘れて、若い男を捕まえるんですな。

 我が師よ」




 その声と共に世界が改変された。



 



「きゅきゅ。

 きゅー」


 ぽちの声で目を覚ます。

 あれ?

 私何でここにいるんだっけ?

 そうだ。

 たしか、法院定例会でアリオス王子の立太子が決まって、それを邪魔していた国王陛下と大賢者モーフィアスを排除する流れだった。

 で、モーフィアスの一門が暴発する事を抑えるために、王都各地に兵を配置して秘密裏に戒厳令を敷いていたのだった。

 モーフィアスの逃亡を考えて、彼の捕縛の為にここで待機していたのよね。たしか。

 あれ?

 何でタロットカード散らばっているのかしら?

 タロットカードを片付けながら不意に私が持つ杖に視線が行く。

 あれ?あれ?

 私の杖、こんなのだったかしら?

 うん。

 私の杖よね。

 世界樹の種を組み込んでいる世界樹の杖……!!!

 私の馬鹿!

 何で気付かなかった!!

 この杖があれば、世界樹の加護を豊穣に固定できるじゃないか。

 種を壊さないように魔力を補充してやれば、この杖は永続的に使える。

 この杖があれば、もう世界樹の蕾で陵辱されずに済むじゃないか!


「お嬢様?

 どうなさいました?」


 ぽちの声に不審がったのか、ライオットシールドを持ったアルフレッドがこっちに上がってくる。

 私は起き上がって、手を振って無事をアピールする。


「ごめんなさい。

 ちょっと眠たくなっちゃって」


 私の声にアルフレッドも安堵の声をだす。

 空を見上げると、もう朝が近づいているのが分かる。


「アリオス殿下から伝言です。

 法院にて、立太子が正式に承認されたとの事。

 モーフィアス殿は法院でおとなしく拘束され、引退に同意したそうです」


「そっか」


 終わった。

 アリオス王子の立太子とこの世界樹の杖があれば当座の危機は回避できる。

 少なくとも、この国は内戦の果てに崩壊するという未来は起きないだろう。

 感慨深くため息を吐いた私は、そのままアルフレッドに告げる。


「私ね。

 あなたの事が、好きでした」


 過去形で。

 私の恋は未来において終わっていた。

 それを認めたくなかっただけ。

 もうアルフレッドが英雄になることもない。

 だから、ちゃんと恋を終わらせよう。




「俺はお嬢様の事が好きですよ」




 息が詰まる。

 一夜の過ちとして笑ってくれると思ったのに、こんなに言われると心が痛い。

 少し語気を強めて、私は拒絶する。


「色々やったし、色々やられてきたわ。

 だから、忘れて……!」


 続きが言えなかったのは、アルフレッドに抱きしめられたから。

 優しく背中をさすられて、私は泣きそうになるのをこらえる。


「忘れません」


 涙がこぼれるのが止められない。

 泣き声で私は必死にこの恋を否定する。


「ダメよ。

 お嬢様と冒険者の恋なんて、身分違いだわ」


「貴方に追いつきます。

 貴方に並びます。

 それで駄目ですか?」


 どうしよう。

 どうしよう?

 どうしよう!?

 アルフレッドから離れなれない。

 このまま抱きしめてもらいたい思いが身体から溢れてくる。

 万一、私と一緒にいて、またアルフレッドに死なれたら、私は今度こそ立ち直れない!


「死にません」


 何かが壊れる音がした。

 大声で恥もなく泣きながらアルフレッドにしがみつく。

 アルフレッドは、ただ私を抱きしめてくれる。

 それが気持ちよかった。


 どれぐらい経っただろう。

 空がすっかり明るくなっている。

 こんなに泣いたのは何時ぐらいだっだろうか?

 色々と醜態を見せてしまったと今更ながら恥ずかしくなり、アルフレッドから離れる。


「あ、ありがとう。

 アルフレッド」


「どういたしまして。

 で、返事をお聞きしたいのですか?」


 え?

 何のと言おうとして、アルフレッドの返事が彼の告白の返事であると気づいて一気に顔が真っ赤になる。

 そんな私の姿を見てアルフレッドが笑う。


「今だったら、どんな返事でも受け入れます。

 だって、お嬢様すごくいい笑顔ですよ」


 真顔で言いおってからに。

 答えが一つしか無いのが分かっているくせに。

 朝日が登ってくる。

 今日が昨日に移り、明日が今日に変わり、明日は誰にもわからない。

 けど、もう私は一人じゃない。


「覚悟しなさい。

 その言葉、後悔させてあげるわ」


 そう言って、返事の代わりに私はアルフレッドに抱きついてキスをした。

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