100 シュレティンガーの収束
この場においてのモーフィアスからの接触。
罠である可能性が高い。
けど、何の罠であるかまでが分からない以上、虎穴に入る必要があった。
私の控室で既に勝利気分で浮かれている皆を無視して、私はアリオス王子に進言する。
もちろん、別室に連れ込んで音消しの魔法をかけて。
「アリオス王子。
モーフィアス殿は何処に?」
「あの後、控室に戻ったのだがそこから姿を消している。
既に近衛騎士団と法院衛視隊が保護に動いている」
即座に答えるあたり、アリオス王子も何かするのだろうと考えていたらしい。
どっちにしろ、彼は失脚することが既定路線になっている。
国王陛下の命を受けて、アリオス王子を失脚させようと企んだのだから。
「失脚後、メリアス魔術学園の学長についてもらおうかと」
もちろん飼い殺しというか左遷である。
だが、あの才能と人脈は残しておいて損はない。
その為にも、一つ確認する必要があった。
「陛下は?」
「何も変わらず公務をしていただくさ。
立太子後に花宮殿の人員を入れ替える。
ロベリア夫人の周囲も人員を入れ替えるつもりだ」
実質的な軟禁宣告をアリオス王子は淡々と言ってのける。
とはいえ、もっとも穏便な案に落ち着いて私もほっとする。
「私も大賢者モーフィアス殿の保護に動きます」
「私の立太子を決める法院最終議題はどうするのかい?」
この後、アリオス王子が言った立太子の可否を決める審議がある。
私はあっさりと欠席することを決める。
「欠席します。
現状で大逆転は無いでしょうし、自分の事ですよ。
自分でがんばってくださいませ」
冗談ぽくいった後に本音をぶちまける。
両方ともまったく顔が笑っていない。
「一流魔術師の捕縛が難しい事はご存知ですよね?
ならば、私が出ないといけないでしょう?」
しかも、大賢者と讃えられたこの国随一の大魔術師だ。
下手な追手を出したら返り討ちにあって、かえって被害が甚大になるのが目に見えていた。
「わかった。
そっちの方はなんとかしよう」
アリオス王子と打ち合わせが済んで部屋から出たタイミングでミティアがやってくる。
身バレした以上、敬意を払わないといけないのだが、
「ミティアでいいですよ
私も今までのようにエリー様って呼びますから」
誰かこれなんとかしてくれ。まじで。
そんな事お構いなしにミティアは私に尋ねてくる。
「あれ?
エリー様どこか行かれるんですか?」
「ちょっとね。
あなたも王女名乗った以上、法院に出てもらうからね」
「はい」
ちょうどいい。
これを理由にしよう。
「ヘルティニウス司祭はキルディス卿についてミティアの補佐をして頂戴。
アマラもそのままミティアについてあげて」
モーフィアス捕縛の密命が出ている以上ついてきた連中の動向には気をつける必要がある。
アマラがこっちの意図--ミティアの監視--にうっすらと気づいてウインクする。
さすが友達料を払っているだけあって有能である。
「シドは連絡員として動いてもらうわよ。
サイモンは外に伏せた兵の指揮をお願い。
セリアはここで待機して情報整理お願いね。
統括指揮はアリオス殿下がするから、殿下の指揮に従うように」
三人共無言で頷く。
それだけの信頼はあるからこその無言である。
そして私は、姉弟子様の方を振り向く。
私のことをよく分かっている姉弟子様は私の肩を叩いて笑顔で送り出してくれる。
だから、忘れないうちにちくりとお礼を返しておこう。
「盗聴器の件、忘れませんからね」
「忘れなさいよ。そんな些事。
気をつけて行ってらっしゃい」
「行ってきます」
ポチを肩に乗せてドアまで歩く。
そこには、アルフレッドがじっと私のことを待っていてくれていた。
顔が訴えている。
「連れて行ってくれ」
と。
だからこそ、私はそれを拒否しないといけない。
「アルフレッドはここの警備お願いね」
「……はい」
アルフレッドの顔が歪む。
彼も分かっているのだ。
自分の技量が足りない事と、今のままでは足手まといな事を。
そして、気づいていない。
私がアルフレッドの足を引っ張っていることを。
「警備も大事な仕事よ。
いつものアルフレッドだったら分かっているのになぁ」
「す、すいません」
私の皮肉に顔に出ていた事を悟りアルフレッドが謝罪する。
そんな彼に、私は笑顔を見せて耳元で囁く。
「帰ったら大事な話があるわ。
だからちゃんと仕事をしててね」
「!?」
フラグは自分から立ててゆくスタイルである。
なお、多すぎてフラグが折れないことを狙っていたり。
私は自分自身に気合を入れるためにも声をはりあげた。
「さあ、今日も大詰めよ!
がんばっていきましょう」
「エリー様大変です!
今日の時間の残りがあまりありません!!」
時計を見て叫ぶミティアよ。
帰ったらあんたグーで殴ること確定。
赤い月と青い月が輝き、王都は紫の夜の中で眠りについている。
数年に一度起こるという美しい奇跡の夜の中、私は衛兵に銀時計を提示して大手門城壁に上がらせてもらう。
そこから見た景色を私は忘れたことはなかった。
この大手門に隕石落下の魔法が炸裂し全壊した場所は、王都オークラムの表玄関として繁華街が広がっている。
周囲に水をたたえた池もなく、城壁は途切れる事無く王都を包んでいる。
私にとってこの地は廃墟から始まり復興に力を注ぎ、あの人を失った地なのだ。
王都における私にとっての思い出の場所はここしか思いつかなかった。
「お待ちしていました。
エリー・ヘインワーズ子爵」
待ち構えていた大賢者モーフィアスの姿を気にせず、私はそのまま景色を眺める。
紫の月明かりが王都を照らす。
街路にはまだ魔法による灯りがつけられ、繁華街あたりからはざわめきがここまで聞こえてくる。
「ここからは王都が見渡せますな。
貴方は何を見ていたのです?」
「過去を」
モーフィアスの問いかけに自然に答えてしまう。
既に戦闘は始まっている。
互いに杖は相手に向けないが、既に双方先読みと手札の出し方を必死に計算しているだろう。
「何で呼んだのかしら?」
「まあ、賭けみたいなものですな。
貴方こそ、何でこちらに?」
「失礼ね。
貴方が呼んだのでしょうに」
「法院定例会の最終議案をすっぽかして?」
急ぐ必要はなかった。
ただ、なんとなくこの場所に来なければならないと思った。
占い師なんかをやっているとこの手の勘はまれによくある事で、そういう時の勘はまず無視しない方が良い。
「何ででしょうね」
そこで会話が止まる。
お互いに何も話さないが、口火を切ったのは私からだった。
「今回の一件、なんだかの形で泥をかぶる人が必要になるわ。
貴方を支援していたヘインワーズ候は全面降伏。
アリオス殿下の立太子によって国王陛下は実権を失います。
貴方を守る盾は無い」
「周囲もしっかりと兵に囲ませて……ね。
貴方らしい」
気づかれたか。
大手門には近づけずに郊外逃亡を防ぐ名目で、フリエ女男爵指揮の近衛騎士団・サイモン指揮の法院衛視隊を伏せさているのだ。
しかし気づかれるとは。かなり離していたのだが。
ん?
こっちの動きを知っているって、メリアスの事件の記録でも読んだのか?
まあ、いい。
枕詞を言った。
次は本題だ。
「大賢者モーフィアス。
貴方には引退してもらいます。
引退後、メリアス魔術学園の地位をアリオス殿下は約束しています」
「拒否すると言ったら?」
「力づくでと言いたい所ですが、止めましょう。
力のある魔術師同士がぶつかったら、この周囲一体が灰になります」
意志のある大量破壊兵器が魔術師である。
そんな二人がガチバトルなんてやったら、周囲に洒落にならない被害が出る。
それだけは避けねばならなかった。
モーフィアスが楽しそうに笑う。
「ならばどうする?
わしが自棄になって派手な魔法を使うかもしれんぞ」
「大賢者の名のつく貴方らしくもない。
魔術師同士の戦いで大規模魔法なんて自滅行為でしょうに」
魔術戦。つまり呪文の撃ちあいは呪文詠唱が絡むから、詠唱の短い呪文連打で圧殺するのが基本となる。
逆に、ぽちみたいな盾がいる場合一撃必殺の大技が狙える訳で、センスが問われる戦いでもある。
大火力で王都に被害が及ぶのを避けなければならない以上、手は限られてくるのど同時にセンス、長い経験と先読みが大事になってくる。
「考えてみればおかしな事ばかり。
なんで逃げなかったんです?」
私があえて核心に触れる。
己の仕掛けがバレるのを楽しみにしている犯罪者のような笑みをモーフィアスは浮かべるが、私の言葉を止めにはこない。
「逃げる必要がなかった。
つまり、貴方は既に目的を達している。
この場は詰まる所、幕を引くための儀式といった所でしょうか」
ただ静かにモーフィアスは拍手をする。
彼の目的は何だったのだろうか?
考えられることはいくつかあるが、私を世界樹の花嫁にもっていこうとしたあたりこの国の事を考えていたのだろうとは思う。
豊穣の加護が得られるのならば、とりあえずの危機は回避できるからだ。
アリオス・セドリック・カルロスの三王子についても決定的な手を出さずに、王位後継者レースを納得の行く所に落としこんでいる。
今頃開かれている、法院のアリオス王子立太子が通れば、内乱の目はほぼ無くなる。
わざとらしく拍手をしていたモーフィアスの手が止まり、私を賞賛する。
「すばらしいな。
これで私は安心して引退できる訳だ」
そして、闘志が膨れ上がる。
開幕の鐘がなるのもあとすこし。
「やはり、やり合う訳ですか。
やめませんか?」
「弟子が師を超えてこそ、師は引退できるもの。
王都に被害を与えないよう戦うという条件でわざわざ有利をくれてやったのだ。
それぐらいのわしを超えねば、この国の宮廷魔術師にはなれぬぞ」
「なる気無いんですけどね」
やる気はないといいながらも相手の闘志に合わせてこちらも臨戦態勢を取らないと万一に対応できない。
こっちも闘志を高めながら、モーフィアスを眺める。
えらく若々しい闘志を感じるが、この国の魔術の頂点を極めるバケモノだからそれぐらいはありなのだろう。
「それは困ったな。
では、こういうのはどうだろうか?」
実にうさんぐさく、それでいてケレン味をたっぷり加えて私に一礼するモーフィアス。
この手の諧謔、私は大好きだったりする。
「今宵は月夜が綺麗だ。
踊っていたたけますかな?
お嬢様」
戦う必要はまったくない。
既に勝ちが確定しているからこそのおまけ。
だからこそ、純粋に興味が無かったと言えば嘘になる。
『ザ・ロード・オブ・キング』において最強になってしまった私の実力は、『世界樹の花嫁』における最強の魔術師だっただろうモーフィアスの実力に届くのかという興味については。
そして、モーフィアスは見事にそこを突いてきた。
何だ。
要するにこいつは、ただこの場で私と戦いたいだけなんだと。
自分が負けて引退する理由を欲しているだけなのだと。
自然に笑みが溢れる。
舞台上で役者が私の名を呼んでいるのに出ないのは失礼だろう。
たとえ、それが茶番劇だろうが与えられた役はちゃんとこなすべきだ。
お嬢様らしくスカートを摘んで優雅に返礼してみせる。
「死んでも良いぐらいの栄誉ですわ。
喜んでお相手願います」
かくして、終幕の舞台の上に私は上がる。
ゲームですら見れなかった、超高位魔術師同士の条件付きガチバトルという舞台の上に。




