98 王室法院枢密会 前編
「それでは、王室法院枢密会を開催します。
今回の議題は世界樹の花嫁に関し、緊急に討議しなければならない事案が発生した為です。
大賢者モーフィアス殿、メリアス太守のセドリック殿下、花嫁候補生でエルスフィア太守のエリー・ヘインワーズ子爵、現場担当のフリエ・ハドレッド女男爵に来て頂いてもらっています。
ここでの議事は秘密を守ってもらい、漏らすと罰せられることを先に申し上げておきます」
王室法院枢密会。
表に出来ない色々な事を少数の有力者だけで片付けるために作られた慣習的な組織で、その法的正当性はないのに法院定例会の議事が優先されるという法院の暗部中の暗部。
また呼ばれるとは思わなかったが、ここで時間を拘束する事を考えたからこそ私とセドリック殿下の太守就任を邪魔しなかったという訳だ。
ミティアの唐突な表敬訪問でその狙いをかわしたからいいものの、もしこっちが先に行われていたら神殿喜捨課税問題がどうなっていたか考えるだけで恐ろしい。
その議長であるベルタ公と摂政アンセンシア大公妃が片手をあげて、私達を含めた全員が宣誓の言葉を述べる。
「女神と王国に誓い、真実を語る事を誓います」
席に座ると、フリエ女男爵がその緊急案件を説明する。
彼女は現場責任者としての参加だから、本来はこの枢密会に発言する権限を持っていない。
あくまで説明だが、そこに意志を反映させるのは出来ないことではなかった。
「まず、今回の一件は世界樹都市メリアスで発生した世界樹の花嫁襲撃未遂事件及び、セドリック殿下襲撃事件の背景になる事だと先に宣言させていただきます。
更に、王都華市場で発生したエリー・ヘインワーズ子爵の事件とも関係があるので、そちらも含めてご説明させてください」
やっぱり、枢密会参加者から真相追求の声が来たか。
こっちが苦々しい顔をしているのを扇で隠してフリエ女男爵の説明を聞く。
「世界樹の花嫁襲撃事件については先に開かれた枢密会の議事録を参考にして下さい。
ここで強調しておきたいのは、魔術学園内部で行われた犯行で、メリアス盗賊ギルドがその関与に関わっていた事です。
この為、近衛騎士団及び法院衛視隊は、この一件を世界樹の花嫁争いを背景にした諸侯の確執であると結論づけました。
そして、世界樹の花嫁争いはその監督官であるアリオス殿下によって続行が決定。
メリアス太守引退の後任として、セドリック殿下がメリアス太守に就任したのは先の定例会でご存知かと」
これが第一の事件。
そしてフリエ女男爵は第二の事件の説明に移る。
「次に王都歓楽街近くの一角、通称華市場にてエリー・ヘインワーズ子爵が何者かに襲撃されました。
睡眠ガスで彼女とその護衛を眠らせようとして失敗、その後殺人人形を投入して彼女の殺害を意図。
エリー子爵と護衛は防戦しながら逃亡し、地下水道にて殺人人形の停止に成功。
この一件によって、華市場に法院衛視隊の捜査が入って、現在も捜査中です」
これが第二の事件。
この事件ですら既に事実がでっちあげられているのだが、王都有力者の下半身に直結する華市場の事件は誰も触りたがらない。
本来はここで終わるのだが、セドリック殿下の件がここで絡んでくる。
「で、第三の事件であるセドリック殿下襲撃事件です。
セドリック殿下はメリアス歓楽街にて高級娼婦アマラ・イベリスベルと共に居た所を襲われました。
捜査していた法院衛視隊からの報告によると、セドリック殿下襲撃事件と先に王都某所に発生したエリー・ヘインワーズ子爵襲撃事件の犯人が同じである可能性を示唆。
近衛騎士団はこの報告を元に世界樹の花嫁襲撃事件もこの犯人が関与していると断定し捜査を続けております。
現在、この事件はエリー子爵襲撃事件で介入した華市場一部勢力の報復という見方を強めています」
聞けば聞くほど強引な話の持っていき方だ。
とはいえ、海千山千のここの連中は、アマラが華姫でない事は察するだろう。
華姫ならばここで名前が出せるからだ。
で、安い女でもない。
「これらの一連の捜査において大賢者モーフィアス殿から、一連の事件に世界樹の花嫁の秘密が関わっていると情報提供を頂きました。
以上を持ちまして、私の発言を終わらせていただきます」
さて、ここからが正念場だ。
参加者は法院に長く席を持つ海千山千の実力者ばかり。
腹は見えず、誰が大賢者モーフィアスと繋がっているかも分からない。
一人の参加者が発言を求めた。
「フリエ女男爵にお尋ねしたい。
こちらの掴んだ情報だと、アマラ・イベリスベルはセドリック殿下の華姫になると聞いているのだが本当なのか?
それと、この事件とエリー子爵の事件が関係する根拠を教えていただきたい」
最初の質問にフリエ女男爵が答える。
サイモンからの情報提供によって、このあたりのつじつま合わせは完璧にしているのが素敵。
「この件については、セドリック殿下の方からお答えになるかと。
エリー子爵の事件ですが、最初は彼女を誘拐して、そのまま調教し売り払うつもりだったみたいです。
で、それがバレたので口封じのために殺人人形を投入したと」
わざとらしく一度言葉を区切って、フリエ女男爵が周囲を見渡す。
ここから私が提供した爆弾が炸裂する。
「そういう状況で調査していましたら、エリー子爵より興味深い情報提供を頂きました。
彼女の母親だった花姫の名前は、ゼラニウム・シボラと言うそうです」
「静粛に!
静粛に!!」
ベルタ公が木槌を叩くが、ある意味これは予想されていた事だ。
髪の色を除けば、エレナお姉さまと瓜二つなのだから。
父親は違えど、南部諸侯の名家シボラ伯爵家の血を引くことを明確にバラす。
周囲のざわめきを気にせずにフリエ女男爵は話を続ける。
「世界樹の花嫁の争いは、ヘインワーズ侯爵とベルタ公爵の権勢争いという側面があったことはこの場の皆様はご存知の通り。
ですが、ヘインワーズ侯爵はこの争いの激化を嫌い手を引きました。
それでおさまらないのは、ヘインワーズ侯に期待していた皆様の一部です。
そういう観点から見ていくと、この事件はまた別の側面が見えてきます」
あえてぼかしたがぶっちゃけると南部諸侯の事で、ぼかした理由はカルロス王子に繋がりかねないからだ。
先の王位継承争いから尾を引く西部諸侯と南部諸侯の確執はここにいる連中はとても良くわかっている。
世界樹の花嫁争いに見え隠れする王位継承のお家争いというわかりやすい嘘に皆が引き込まれる。
「なお、襲撃者が使ったナイフは北部諸侯領内で発見される古代魔術文明の魔法の装飾ナイフだった事を付け加えておきます。
北部諸侯が西部諸侯と仲が良いのはご存知かと。
エリー子爵と仲の良いアマラ・イベリスベルを襲撃された事で、西部諸侯の依頼を受けた北部諸侯の襲撃と判断したエリー子爵は世界樹の花嫁争いを降りる事ができなくなる。
これが狙いだとエリー子爵は仰っていました」
セドリック王子ではなく、アマラを狙った事に事件をすり替える。
これがこの事件を一本の嘘に繋げてみせる。
「うちじゃないわよ」
「分かっています。
それならば、私達が鉱山都市ポトリに居た時に仕掛けていたでしょうに」
アンセンシア大公妃の不規則発言に私があえて返したのは、私とアンセンシア大公妃の関係を皆に分からせるためだ。
北部諸侯を疑っては居ない。
北部諸侯を装った誰かの仕業だと。
「この事件の後、エリー子爵は自ら女神神殿の聖女になるという噂を流して、事態の沈静化を図りました。
女神神殿の聖女認定は、次期大神官とも目される地位であるのは皆様ご存しかと思います」
フリエ女男爵の説明は、襲撃犯に対するメッセージであるかのように皆を誤認させる。
世界樹の花嫁でなく、女神神殿大神官としてオークラム統合王国閣僚席に就きますという意思表示でもある。
「ふむ。
たしか女神神殿は俗世の全てを捨てる決まりだったと思うが……」
その矛盾に、大賢者モーフィアスが食いついた。
かかった。
なお、実際は子爵位をもらってエルスフィア太守についているから、大賢者モーフィアスの指摘は正しい。
「そのぐらい、状況は切迫していました。
このままだと、エリー子爵が世界樹の花嫁に決まってしまいかねないぐらいに」
「「「!?」」」
フリエ女男爵の一言が一同の耳に刺さる。
血筋、実力、怨恨。
その全てが、私を世界樹の花嫁に押し上げようと仕組まれていたと皆が感じてしまう程度に。
だからこそ、皆は次の質問に行き着いてしまう。
『何でアリオス王子は、世界樹の花嫁にミティアを選んだのか?』
を。
「これらの件を鑑みても、今回の世界樹の花嫁争いは不審な点が多すぎる。
何が起こっているのか、徹底的な調査を求めたいがいかがか?」
その声が参加者から出るのはある意味当然だろう。
けど、それ最大級の地雷って分かっている?
いい機会だ。
ここで炸裂させてしまおう。
私が発言を求め、許可されて立ち上がる。
「この一件については、大賢者モーフィアス様が調査を行っており、アリオス殿下を始め王家要人にその報告書が渡っております。
詳しい話をお聞きになりたいのでしたら、モーフィアス様にお尋ねになればよろしいかと」
ざわめく会議室内に私は爆弾を炸裂させた。
一呼吸置いて、ゆっくりとそれを言葉に出す。
「その調査報告書ですが、皆も読む時間が必要でしょう。
ベルタ公にお渡ししているので、少し休憩して皆様にそれを読んでもらう時間をいただけないでしょうか?」
こういう言い方で好奇心を殺せる人間は少ない。
議長であるベルタ公は木槌を叩いては休憩を決めたのだった。
「ただいま。
どうなっているの?」
「おかえりなさいませ。
お嬢様」
控えに戻った私の目に入るのは、警備をしていたアルフレッドだった。
彼はここでは役立たずだからこそ、この部屋にしかいる事ができない。
けど、こうして私にその真面目な顔を見せてくれる。
それが、地味に嬉しい。
「あ、エリー様おかえりなさい!
どうですか?」
侍女姿のアマラを連れて、ドレス姿のミティアが入ってくる。
こういう場所でこういう姿を見るとやっぱり王族だなぁと感心してしまう。
「似合っているわよ。
がんばりなさい」
「はい!」
サイモンとセリアはセドリック殿下の部屋でカルロス王子を守らせている。
事態をひっくり返しかねないのは、このミティアがらみしか考えられない。
それとなくアマラにウインクすると、彼女もウインクで返事をする。
このあたりアマラは信頼できるし頼もしい。
元気な笑顔を見せているミティアに手を振って、私は真顔ってシドとヘルティニウス司祭を呼ぶ。
二人はこの間もずっと動いていたのだ。
緊急上程されたアリオス王子の立太子承認についての根回しに。
「で、法院のお偉方は買収できたかしら?」
私が意地悪そうな顔をするとシドが同じような顔で吐き捨てた。
暇だったらしく、手はぽち相手に遊んでいる。
「ここに来るまで尊大だった野郎が、あのケースの中を見たら眼の色変えやがった。
ああはなりたくないね」
まあ、シドぐらいの気概があるならばそれもいいが、普通の人間は札束ビンタならぬ金塊で殴られたら転ぶのだよ。
ましてや、尻に火がついている連中は特に。
「神殿喜捨課税問題よりは楽ですよ。
だからこそ、相手は枢密会で勝負を決めるつもりです」
ヘルティニウス司祭の忠告に私は頷く。
大賢者モーフィアスが出てくるこの後が、多分本当の決戦になる。
そんな気がした。
「絵梨。
がんばっていってらっしゃい」
姉弟子様が私に抱きついて可愛がりをする。
これをする時は機嫌がいい時かつ、何かろくなことを考えていない時だから少し警戒するが悪い結果になった事はないので気にしないことにしよう。
「大丈夫です。
みんながついていますから」
窓を見ると、日は傾きかかっている。
今日はきっと長い一日になるだろう。
そんな事を思いながら、舞台は次の幕を開ける。




