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昨日宰相今日JK明日悪役令嬢 恋愛陰謀増々版  作者: 北部九州在住
王室法院の2番目に長い日

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96 王室法院定例会 第二議題

「ではこれより、関所税の課税に関する問題とその改正についての審議を行いたいと思います」


 せっかくだから、この問題を整理しておこう。

 関所税というのは読んで字のごとくの関所にかかる課税の事である。

 で、この税の徴収は関所よりも都市に入る時に徴収される事が多い。

 境目の関所が蛮族などに荒らされる事が多かったので、多くの都市は城塞都市になっていたからだ。

 かくして実質的な通行税になった関所税だが、皆の懐に直結するだけに何度も血を見る厄介な法案となっている。

 まず、領地における税金は領主が決めることになっている。

 王室直轄都市等は王室から一律に税率を通達される訳なのだが、こちらの都市とあちらの都市で税率が違えばどうなるか?

 高い所は寂れ、低い所は栄える訳で、これによる諸侯間の紛争も頻発。

 で、あまりの多くの紛争を持ち込まれた王室法院では、この税だけは全国一律税率を決めることでこの問題の解消を計ったという経緯がある。

 現在、この税が注目されているのは、近年の不作傾向で諸侯の財政が悪化しつつあるからだ。

 穀倉地帯であったはずの南部諸侯は穀物より人間を売った方が儲かる始末で南方魔族との交易に走り、西部諸侯は新大陸植民地からの穀物を転売することで窮状をしのいでいる始末。

 極東大帝国との交易路で栄えていた東部諸侯は、不作によるインフレから東方騎馬民族が略奪に走って悲鳴をあげ、経済力の最も弱かった北部諸侯はもはや悲鳴をあげる力すらなくしている始末。

 ヘインワーズ家を始めとした商人層がこの不景気で力をつけて法院貴族を形成し、南部諸侯を乗っ取りかかったのだがヘインワーズ侯爵の失脚と共に挫折。

 とどめが、西部諸侯の新大陸穀物輸送船団の全滅と、東方騎馬民族の大規模侵攻である。

 諸侯が膨らみきった借金を返済するために税率を上げようと目論んだのがこの関所税である。

 既に数度値上げされて商人たちは不満を募らせていたが、女神神殿向けの荷物である『神殿喜捨』は課税対象から外されており、これに目をつけて脱税する商人たちが急増。

 その為に、この神殿喜捨を課税しようというのが今回の骨子だったりする。

 こういう背景から、当事者の女神神殿と法院貴族達は反対に周り、とりかく借金で首が回らない北部諸侯は賛成に動いていたのだった。

 ここに、今度は諸侯間のパワーバランスが絡んでくる。

 大陸をまたぐ交易路で潤っていた東部諸侯と新大陸穀物交易で富を増やす西部諸侯との対立である。

 これに世界樹の花嫁争いと王位継承争いが絡んでしまい、昨日の敵は今日の友、昨日の友は今日の敵とばかり、誰が味方で誰が敵なのか分からない状況。

 これが、始まるまでの各諸侯の動きである。


「現在の不作傾向によって諸侯の財政は悪化の一途をたどっています。

 商人に今年度収入だけでなく来年度収入まで担保に入れている諸侯もおり、王室直轄都市においてすら財政の窮乏の問題が顕在化してはや久しいものになっているのです。

 これらの改善の為に関所税を過去数度にわたって値上げをしていますが、商人たちは神殿喜捨を抜け道としている現状があります。

 この抜け穴を塞ぐことが今回の改正の目的となっております」


 まずは提案した賛成派貴族が演説をぶつ。

 その後で反対派の演説が始まった。


「現在の穀物価格の上昇に関所税が加われば、都市部庶民ですら穀物が買えなくなってしまいます。

 既に辺境部では、穀物そのものが無くなりつつあり、暴動や流民の増加に拍車をかける事は明白。

 神殿喜捨そのものは抜け道ではありますが、これが閉ざされると辺境部が深刻な打撃を受けるため、再考をお願いしたい」


 賛成反対の演説が出揃っての質疑となる。

 裏工作はしているが、この質疑もバカにならないので出来る限り穴を埋めてゆく。

 その穴埋めはヘルティニウス司祭が精力的にやっていた。

 彼の下準備があったからこそ、それを私が使って十全に動くことができる。

 私が手をあげる。

 この場所に立つ為に色々なことをした。

 この場所で発言する為に色々なことをした。


「エリー子爵」


 ベルタ公が私の名前を呼ぶ。

 破局からこの国を救う一歩。

 私の過去との決別。

 何も知らずに連れてこられ、運命に翻弄されたあの時の女子高生の私ではない。

 運命に逆らい、運命を変える力を持った私だ。

 一度目を閉じて、ゆっくりと瞳を開けて、議場の人々を眺め、笑顔を作る。

 穏やかに、ゆっくりと、わかりやすい声を意識して、私はその運命を変える呪文を口にした。


「今から行うのは、課税をしなくても諸侯の資金繰りが何とかなる提案です。

 正式な提案は再度法院での決議を求める所存ですが、課税が見送りになったあかつきには次のような提案をさせていただきたいと思っています」


 最初に立ち位置を明示する。

 分かっているが様式美は大事で、課税反対派としての意見であると宣言した事で、この先の提案が課税見送りの代わりになるというロジックができあがる。


「まず、諸侯の財政問題ですが、女神神殿やヘインワーズ家を中心に出資した銀行の設立を考えております。

 ここから一括で貸し付けることで債務の整理を行い、資金繰りの安定的確保と諸侯の財務再建をお手伝いする予定です。

 また、この提案は内々ですがアリオス王子の内諾を得ており、王室財務からも資金を融資させて戴く予定になっております」


 こちらの爆弾発言に諸侯がざわめき、法院貴族がその可能性に嗅覚が刺激されて眼の色を変える。

 なお、アリオス王子には一言も話していないが、傍聴席のアリオス王子はこちらの笑顔に気づいてただ片手をあげて微笑んだ。

 よし。事後承諾げっと。

 何をしようとしているのかと言えば、国立銀行の設立である。

 金貨の発行等は王室が担っていたが、資金の貸し借りは商人達の独壇場だった。

 だが、国立銀行が最後の貸し手になるのならば、諸侯間の財政問題はそのまま王権の強化につながる。

 借金が返せない諸侯の領地を王室が差し押さえられるからだ。

 こっちの狙いとそちらのメリットを即座に理解したのだろう。だからこそこの王子は怖いのだ。


「そして、この銀行の第一融資案件は、新大陸穀物輸送船団の再建資金。

 第二融資案件は、東方騎馬民族の襲撃で被害を受けた東部開拓地の復興資金。

 資金は銀行が出し、それを西部諸侯と東部諸侯に貸し出す事で運用益で資金を回収します」


 国立銀行とリースの概念はマジでチートである。

 西部諸侯と東部諸侯のリスクが今までより格段に低下するからだ。

 西部諸侯と東部諸侯の顔色が明らかに明るくなり、外された南部諸侯の顔色が悪いが、銀行融資という魅力が南部諸侯を縛っている。

 彼等とて好き好んで領民を奴隷として南方魔族領に売り払ったりしない。

 食い扶持があるならば、資金の借り換えができるならば、このような手で財政をまわさなくて済むのだ。


「更に、その運用益の一部を使って街道の整備、港の整備、商隊への馬車の貸与、見張り台の再建等を王室直轄地で行い、流民を雇用して職を与えて治安の再建を図ります。

 また、女神神殿主導で王国東北部に開拓地を開発し、ここに流民を吸収させる事も考えています」


 魔法のように解決手段が次々と出て来る。

 後は、ただ一つのものを諸侯たちに見せつければいい。

 この魔法の最後にして最大の仕掛け。



 信用である。



「諸侯の皆様におかれましては、そのような資金がどこにあるのかと疑問に思われる方もいらっしゃるでしょう。

 ですから、まずはヘインワーズ家の覚悟をお見せしましょう」


 私の台詞に合わせて、ヘルティニウス司祭がジュラルミンケースを持ってくる。

 そして私のいる登壇台にあがって、そのケースの中身を晒してみせた。

 散々買収に使っていたあれである。


「おお!」

「こ、これは……」

「ヘインワーズ家は本気だ……」


 諸侯を唸らせた金のインゴットの輝きに拍手が広がってゆく。

 最初の音からさざ波のように広がってゆき、それが議場内に轟くばかりの拍手になるのはミティアの演説よりも早かった。

 なお、傍聴席を見るとアリオス王子は苦笑気味で拍手をし、ミティアはよく分かっていないが拍手をしているのが丸わかりである。

 商人に頭を下げるより、盟主である国王の下僕に頭を下げる方がプライドが保てるからだ。

 そのぶん取立ては商人より厳しくなるが、低下している王権ならばどうとでも逃れられると考えているのが丸分かりである。

 甘い。

 あの王子がそんな玉か。

 そんな事を内心考えているのを皆は知らず、私の爆弾発言に対する懐疑の声が東部諸侯の貴族から上がる。


「エリー子爵の言葉には大いに関心があるのですが、膨大な資金と王室からの信用を担える人物はいらっしゃるのか?

 それが居なければ、この案は机上の空論になりかねないが?」


 大勢は決したが、まだ万全ではない。

 どこにも空気が読めない懐疑主義者というのは存在するからだ。

 この意見が東部諸侯の総意とは受け取れない。

 私はタリルカンド辺境伯の方を眺めるが彼は目をつぶって動こうともしない。


「ええ。

 王室の信用厚く、財政に詳しく、野に下ったばかりの人物が一人。

 彼を推挙したいと思っております」


 何を言わんとするか分かってアリオス王子が苦笑する。

 後ろにいるベルタ公とアンセンシア大公妃も似たような顔で笑っているのだろうが、これを止める流れではない。

 そんな人物がつい最近失脚したばかりだよ。


「銀行総裁に我が義父こと、リラック・ヘインワーズを推挙致しますわ」


「静粛に!

 静粛に!!」


 ベルタ公が木槌を叩くが諸侯のざわめきは収まらない。

 なお、これらの提案は神殿喜捨課税の代替策として提示されている。

 だから、課税したらこの提案そのものがぶっ飛ぶわけで。 

 貴族達のざわめきが収まった後に決議が始まる。

 大勢は決したはずだ。

 後はそれが確実に履行されるかどうかだ。

 

「では、関所税の課税に関する問題とその改正について決議を取りたいと思います」


 ベルタ公が木槌を叩く。

 次の木槌で賛否どちらかを決めるのだが、その前に南部諸侯の数人が立ち上がり議場を後にする。

 彼らに共通するのは、ウティナ伯爵家の縁者という事。

 退席して欠席するという意思表示でヘルティニウス司祭はちゃんと仕事をしてくれた訳だ。

 実質的な裏切りである欠席を、よりにもよって南部諸侯の一部から出したのを見てタリルカンド辺境伯も立ち上がり議場を後にして、それに東部諸侯も続く。

 これで残るは数が減った南部諸侯と西部諸侯と北部諸侯だ。

 ここで議長席にいたアンセンシア大公妃が私に声をかけた。


「ねぇ。ヘインワーズ子爵。

 その融資案件だけど、北部も受けることはできるのかしら?」


 堂々とした寝返りである。

 これができる権力と血縁と実力があるからこそ、彼女は北部諸侯に君臨し続けているのだ。

 私は彼女の寝返りに手土産を口にする。


「既に鉱山都市ポトリのダンジョンハザードの一件の復興を、第三融資案件として候補に入れております」


「それを第三融資案件にしてくれたら、北部諸侯はきっと喜ぶでしょうね」


 具体的な示唆ではないが、それだからこそ北部諸侯はアンセンシア大公妃の言葉を聞き漏らさなかった。

 この瞬間に勝負は決した。

 ベルタ公が木槌を叩く。


「では、関所税の課税に関する問題とその改正について起立をお願いします」


 立ち上がったのは、南部諸侯の一部のみ。

 西部諸侯と北部諸侯、法院貴族は誰も立ち上がらず、南部諸侯の一部も土壇場で反対に回った。

 完勝である。


「過半数に達しなかった為に、関所税の課税に関する問題とその改正は否決されました」


 こうして、オークラム統合王国を揺るがしていた神殿喜捨課税問題は、王室法院にて否決されるという結果に終わった。

 同時に、王室銀行の設立と諸侯への融資という形で諸侯の財政問題は改善に向かう事になる。





「凄いです!エリー様!!

 かっこよかったです!!!」


 神殿喜捨課税否決の後、休憩となったとたんに傍聴席からミティアが飛び込んできた。

 というか、抱きつくな。

 ぽちが潰れる。


「できれば、そういう隠し玉は私にも知らせて欲しかったのだが」


 ミティアに抱きつかれたままアリオス王子の苦笑の声が聞こえてくる。

 ミティアを引き剥がして、アリオス王子に苦笑を返してあげる。


「申し訳ございません。

 何処に耳があるか分からないのと、事を急ごうとするお方がいらっしゃったので」


「謝罪しよう。

 これしか道が無いと思っていた。

 けど、こんな魔法があるとは思いもしなかったよ」


 ちなみに、信用確保の為にアリオス王子と我が義父のヘインワーズ侯はこの国立銀行設立でど修羅場を見る羽目になるのだが、言わぬが花だろう。

 何しろ一難去ったのにもう一難やってくるのだから。


「で、枢密会の方はどうする?」


 私の控室に戻ってアリオス王子が私に尋ねる。

 この後の予定は、世界樹の花嫁の件で枢密会が開かれる事になっている。

 それが終わった後に、緊急上程されたアリオス王子立太子の承認が第三議題として待っている。

 アリオス王子の言葉に私が言葉を選んで答える。


「ベルタ公には報告書を渡しました。

 その上で、話をあわせて……」


 私の言葉が途中で途切れたのは、本来喜びの顔を見せてもいいヘルティニウス司祭がサイモンを伴って厳しい顔でこっちにやってきたからだ。

 あ、厄介事がきたと内心思いながら、二人の言葉を待つ。

 口を開いたのはサイモンだった。


「やられました。

 世界樹の花嫁の報告書の内容が漏れています。

 貴族達が騒ぎ出し、大賢者モーフィアスを召喚すると」


 多分漏らしたのは大賢者モーフィアス自身だろう。

 やっと彼を引きずり出した。

 勝負は枢密会で決めると意気込んでいた時、神妙な顔の姉弟子様がやってきた。


「絵梨。

 お師匠様の遺品を使った杖でこの後を占おうとしたのよ。

 そしたら、こんなのが出てきたわ」


 あまりに衝撃的だった一言。

 まちがいなくお師匠様のダイイング・メッセージなのだろう。

 けど、これは何を意味するのか?

 紙を覗き込んだミティアやサイモンやアリオス王子が首をひねった日本語で書かれた文章には、ただ一言だけ書かれていた。


「モーフィアスって誰?」

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