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昨日宰相今日JK明日悪役令嬢 恋愛陰謀増々版  作者: 北部九州在住
王室法院の2番目に長い日

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95 世界樹の花嫁表敬訪問

 世界樹の花嫁候補生たるミティア・マリーゴールドが議場に入った時に、万雷の拍手が送られる。

 それは、次期王妃候補者でもあり次期有力諸侯婦人候補者でもある彼女の品定めという下心がたっぷり含まれた拍手でもあった。

 この唐突なミティアの表敬訪問を法院が受けた理由もちゃんとある。

 世界樹の花嫁は、オークラム統合王国における閣僚の一員であり、花嫁候補生も閣僚待遇として扱われる。

 だが、今回の花嫁候補生の一人である私がヘインワーズ子爵となった上でエルスフィア太守に就任する事で、実質的な決着がついてしまっている。

 その訪問は、閣僚待遇ではなく閣僚のそれを要求できなくもない。

 このあたりは、複雑怪奇な王室法院の慣例と前例と諸侯のパワーバランスによって決められるが、アリオス王子の立太子がこれに微妙な影を落としていた。

 立太子をする時に、世界樹の花嫁が閣僚待遇で表敬訪問を要求する。

 ここに蠢く権力の妖怪変化達は、アリオス王子がミティアを次期王妃に指名すると読まざるを得ない。

 次期王位継承者と王妃候補のお披露目は過去何度か前例があるのだ。

 そして、そんなお披露目だからこそ、同時刻に法院枢密会なんて開会できる訳もない訳で。

 こちらが出したヒントをちゃんと理解してくれたらしい。

 周囲の人間の入れ知恵かも知れないが。

 護衛のキルディス卿、急増貸出メイドのアマラ、ヘルティニウス司祭を従えての入場はとりあえず合格点を与えられたという所だろう。

 法院なんて貴族のたまり場だから、慣例やマナー等の裏ルールが無駄に多くあったりする。

 セリアだとそのあたりちょっと怪しいし、私付きの侍女として登録しているから突っ込まれたらまずいのだ。

 そのあたりは華姫ならばクリアできるし、それを教えてもらっているアマラならば侍女としてうってつけだろう。


「しかし、何で彼女が世界樹の花嫁に選ばれたのか?」

「聞けば、ベルタ公とも縁の薄い庶民だという話だが?」

「まだ華姫を公言しているヘインワーズ子爵の方がましなのではないか?」

「顔とかは問題なさそうだが、才はあるのか?」

「女神神殿の紐付きだろう。

 この後の神殿喜捨課税阻止に動いたという訳だ」


 拍手の中に隠れた貴族のヒソヒソ話も同じ席だからこそ聞こえる訳で。

 世界樹の花嫁争いは私のエルスフィア太守就任とこの表敬訪問を持って、明確にミティアの有利という形で見られることになるだろう。


「不満かね?

 自分があの場所に居ないことが?」


 横で囁かれた声に振り向くと、ベルタ公がおっさんじみた笑みを私に向けていた。

 卑下する笑みではなく枯れた笑みは混じっている白髪と相まって、彼が老境に入りつつあることを明確に表していた。


「別に。

 家門が守れただけでもよしとするがヘインワーズの総意ですわ」


 わざわざ法院議長である彼がこんな所に来るのは、私が持っている世界樹の花嫁の報告書が狙いなのだろう。

 懐から取り出したそれを差し出したら、思った以上の力でそれをベルタ公はつかみとった。

 さて、これを読んだ後にどんな顔を見せるかと顔色を伺っていた私を気にせず、みるみるうちに彼の顔が青ざめてゆくのが分かる。

 なるほど。

 アリオス王子もこの話を漏らしていなかったか。


「こ、これは……」

「アリオス殿下もおなじ質問をしましたわ。

 その時と同じように返事をさせていただきます」


 周囲の貴族にどうばれるか分からないので注意深く言葉を選んでの発言である。

 さすがに統合王国の重鎮、彼もそれを理解してあえてそれ以上の言葉を避けた。

 世界樹の花嫁がビッチでないと豊穣の加護が得られないという理由は、現在の世界樹の花嫁候補生二人の理由になる。

 ミティアにせよ私にせよビッチにしてもいい人材だという理由が作られるのだが、これはミティアのバックグラウンドを知っていると致命的にまずくなる。

 何しろミティアが王室の一員で正当な後継者であり、アリオス王子を含めた三人の王子達に王位継承権が無いなんて大スキャンダルが暴露されたらそれぞどうこの国が転ぶのかわからなくなるからだ。


「おい。

 アリオス殿下が世界樹の花嫁候補生後ろにいるぞ!」

「何で殿下があそこに居るんだ!?」


 ミティアの後ろから現れたアリオス王子がミティアの手を取って、議場内を案内しだすと皆のざわめきが止まらない。

 ここまで踏み込むとアリオス王子がミティア側についたとも取れるし、世界樹の花嫁はミティアで決まりだという空気が醸成される。


「……これはベルタ公の差金ですか?」


「さぁ?

 失礼させていただきますよ。

 そろそろ席に戻らなければならないので」


 この場に居た貴族全員の総意を代弁して私がベルタ公に尋ねるが、ベルタ公はただ笑顔を私に向て去ってゆく。

 アリオス王子の案内でミティアに有力諸侯が挨拶してゆくのを尻目に、ベルタ公が議長席に戻ってゆく。

 あ。

 報告書をアンセンシア大公妃に手渡したが、彼女顔色を変えやしねえ。

 知っていたか、知らなくても表情を隠したのかここからでは分からない。

 私の報告書を読みたいがためにアリオス王子を引っ張りだしたのかもしれないな。

 ベルタ公のあの驚き方は本物のようだが、この魔窟の主だから腹芸もできるしわざと驚いたふりをしているのかもしれない。

 そこまで考えて、深く息を吐き出して苦笑する。

 やめよう。

 あの手の連中の手札を探るのは大事だが、深淵を覗いて取り込まれかねない。

 登壇席を見ると、晴れ舞台とばかりにミティアがそこで笑顔を振りまいていた。


「今日、この場にお集まりの皆様の歓迎に感謝を。

 急な訪問にも関わらず、アリオス殿下やアンセンシア大公妃殿下やベルタ公をはじめ尽力して頂いた方に感謝を」


 ミティアがまずは皆への感謝を口にする。

 ここまでは台本通り。

 私はそこから先の台本にはタッチしていない。

 ヘルティニウス司祭の脚本だろうが、語るのはミティアだからだ。

 だからこそ、ミティアの真価がこの演説で問われる。


「私は、自分が何者であるかわかりません」


 え?

 ミティアは何を言っている?

 私と同じ疑問を持った貴族たちはミティアの次の言葉を待つ。


「私は、世界樹の花嫁候補生ミティア・マリーゴールドとしてこの場所に立ち皆様に話しかけています。

 けど、マリーゴールドの姓も、世界樹の花嫁候補生も与えられたものです。

 ですから、ただのミティアとしてこの場にて話をしたいと思っています」


 ヘルティニウス司祭の顔を見るが、こっちの視線に気づいて肩をすくめやがった。

 これは、ミティアに好きに動いていいと言ったか、台本を忘れたのでアドリブでしゃべっているか、多分後者と見た。


「私はただのミティアであった時、幸せな人生を送れたと思っています。

 女神様のお導きでこのような場所に立っていますが、その幸せな人生を送れたのはここにいる皆様が尽力している。

 それをメリアス魔法学園で学びました」


 うわ。

 地味に無垢なる善性で私を含めた貴族達の心を攻めてきやがった。

 政争だの権力闘争だの腹に一物抱えている連中にはこの手のやつが実は結構効くのだ。

 それで屈服しないあたり腹に一物抱えているとも言うのだが。


「世界樹の花嫁候補生として、アリオス殿下やエリー様と学び、色々な事を知りました。

 いずれそれは花開いて、実をつけて、種となって残していきたいと思っています」


 ミティアは微笑む。

 この笑顔どこかで見たなと思ったら、ゲームのエンディングでの一枚絵だった。


「私は信じています。

 今日よりも明日がきっと良くなることを。

 人は話しあえば分かり合えることを。

 だって、私はアリオス殿下やエリー様を側で見てきました。

 あの方達がこの国を支える。

 どうして、それで絶望しないといけないのでしょうか?」


 ぱちぱちぱち……

 最初は少数だったのに拍手は集まって音の大河となり、議場を包む。

 私も拍手をしていた。

 政治センスが無い事を逆手に取って、ここまで堂々と演説してみせたその度胸に。

 世界樹の花嫁という大役であるにもかかわらず、厄介事を全部私とアリオス王子にぶん投げて見せた政治センスのなさに。

 私は既にアリオス王子に取り込まれていると見られているから、これで諸侯は否応なくアリオス王子の動向に注意を払わざるを得ない。


「このような形で皆様のお時間を割いてしまって申し訳なく思っています。

 聞けば、この後大事なことを決めなければならないとの事。

 私はこの場に席を持っていないので、ただ信じるのみです。

 アリオス殿下やエリー様、この場にいる皆様が明日がきっと良くなる決断をする事を。

 ありがとうございました」


 拍手は鳴り止まない。

 まあ、時間稼ぎが目的だからそれは果たしてくれた訳で、及第点は与えていいだろう。

 戻ったら説教の一つでもかましてやりたい所だが、副産物もあったからなしにしてあげよう。

 この後のアリオス王子立太子の絶妙なアシストだったからだ。

 一礼してミティアが壇上を降りようとする時にハプニングが起こった。

 よろけてふらついたミティアを側に居たアリオス王子が受け止めたのだった。

 これもイベント一枚絵で見たな。

 場所は違っていたが。


「あ、ありがとうこざいます」

「いや。

 こちらこそ」


 ふむふむ。

 双方顔を赤めて離れる二人。

 元のイベントではこれでお互い異性として意識をするんだよな。

 ミティアの恋の行く末に幸あれ。

 この国が崩壊しない程度に祈ってあげよう。


「静粛に。

 議員の皆様がお集まりになっているので、この場を借りて第二議題の審議に入りたいと思います」


 ベルタ公の強引な議事運営に首をひねる連中もいるが、アリオス王子とミティアがそのまま傍聴席に移ってご観覧する事でその違和感も消えた。

 枢密会は必然的に後回しとなる。

 休憩の宣言はないので審議がそのまま続くが、それは議長が木槌を叩いてからだ。

 そのわずかの間は審議時間なのに休憩として扱われる。

 私の側にヘルティニウス司祭がやってきて愚痴る。


「見事に思惑を外されましたよ」


「あれに、腹芸なんて出来るわけないじゃない。

 仕込まなかったキルディス卿は後で殴るわ」


「ご一緒させてください」


「あらまぁ、司祭様ともあろうお方が」


 軽口を言い合って真顔に戻る。

 ミティアに任された以上、この仕事はきっちりと成功させてやる。

 頬を軽く叩いて、ヘルティニウス司祭に尋ねた。


「で、買収合戦はどうなっているの?」


 セドリック王子の一件では、南部諸侯と東部諸侯離反というどんでん返しを食らいかねなかったから私も声を落として念を押す。

 眼鏡をかけなおしてヘルティニウス司祭もそれに答えたが、その答えに不安の色があるのを隠し切れない。


「元々は西部諸侯に北部諸侯と法院貴族達を固め、東部諸侯も日和見をしているので票読みではこちらが勝ちます。

 ですが、先のセドリック殿下の件で南部諸侯と東部諸侯が離反しかねない事が分かっています。

 崩せなかったらかなり僅差になるかと。」


 本来なら神殿喜捨に課税して金を得たい西部諸侯と、その言いなりの北部諸侯が主導したのが神殿喜捨課税だった。

 それを色々と裏取引や買収でなんとか彼らを抑えこんだはずだったのだ。

 ここまでしても土壇場でひっくり返るのが政治というものだ。

 西部諸侯と南部諸侯が手を組んだら必然的に北部諸侯もそちらにつき、東部諸侯もその尻馬に乗るなんて悪夢も可能性としてあるから困る。

 その可能性を潰す時間は限られている。


「東部諸侯の重鎮たるタリルカンド辺境伯が旗幟を鮮明にしていません。

 彼を落とせたら確実に勝てるのですが」


 議事が始まっている以上、ヘルティニウス司祭の接触はこれが最後になる。

 あいにく手札がない訳ではない。

 エリオスとの結婚だ。

 ちっぱい妹相手に死闘が待っているが、あれの性格は知っているから折り合いがつけられない訳ではない。

 それを口に出そうとして手で口を抑えた。


「どうしました?」


「ミティアよ。

 こっちを見て手を振っているわ」


 仕事が終わったからのーてんきに手をふって私を応援しているのだろう。

 気分が楽になって、さっきのミティアの演説が思わず口からこぼれた。


「今日よりも明日がきっと良くなるか。

 軽々しく言っちゃって。もぉ」


 こっちのあきれ声にヘルティニウス司祭はとってもいい笑顔で言い切ってくれた。

 そういえば、ヘルティニウス司祭も鬼畜眼鏡だったのを忘れていた。

 私の周りはチートばかりなり。


「でも、できるでしょう。

 あなたならば」


 できる。

 その力も地位も手段も得た。

 ならば、それを使えばいい。


「以前、貴方が口にした神殿の流民対策、東部を中心に新たな開拓地を作るやつを餌にするわ。

 場所はタリルカンドとエルスフィアの間」


 利益誘導でタリルカンド辺境伯を買収しにかかる。

 もちろん、それで落ちるタリルカンド辺境伯ではないから、それを餌に本題を切り出す。


「開拓地の防衛の為に北東部の草原地帯に城塞都市を作るわ。

 資金は私持ち、その都市の太守にエリオス殿を押すと伝えて頂戴」


 元々東部辺境部は人が住めない場所ではない。

 東方騎馬民族の侵入と略奪が激しかったから放棄された開拓地や都市が多数存在していた。

 それらは、『ザ・ロード・オブ・キング』においても復興させる事で収入を得られるようになっていたり。

 そんな都市の一つをエリオスにやると言っているのだった。

 建設許可はアリオス王子からもらえるし、タリルカンド辺境伯家においてエリオスの存在がお家争いにならないようにわざわざ分家を作るチャンスを与えば、向こうは賛成しないにしても反対に回らないだろう。

 資金繰りについては頭が痛くなるが、代替手段で出しうる最大限の手札を私は切ることにした。

 東部諸侯が動かないならば、北部諸侯も動かないはずだ。

 西部諸侯と南部諸侯の連立はできない事もないが、散々敵対していた同士なので感情的に齟齬が出る。

 その状況で少ないけど法院貴族を固めている私がちゃんと案を推進すれば西部諸侯は南部諸侯に頭を下げる必要がなくなる。


「わかりました。

 吉報をお待ちください」


 一礼して去ろうとするヘルティニウス司祭を私は肩を叩いて呼び止めた。

 こういう時はダメ押しをしておくのが政治の鉄則だ。

  

「待ってちょうだい。

 貴方ウティナ伯爵家の出身だったわよね。

 あそこは、縁者が何人か法院に席を持っているはず。

 アリオス殿下に保証させるから、寝返らせなさい」


 南部諸侯が切り崩されるのを見たら西部諸侯は手を組む価値は無いと判断するだろう。

 ヘルティニウス司祭は鬼畜眼鏡の視線で私を睨む。

 彼と出身家のウティナ伯爵家の仲はあまり良くはない。

 だが、僅差になりかねない法案の山場で遠慮もへったくれもない。

 だからこそ、ヘルティニウス司祭に魔法の言葉をかける。


「すべての子供たちに、パンとスープを。

 約束したでしょう」


「ええ。

 だからこそ、勝って下さい。

 わかりました。

 彼らにも接触します」


 ヘルティニウス司祭がすっと去ってゆく。

 さぁ。

 私の戦場が幕を開ける。

 ベルタ公が木槌を叩いて、その戦場の名前を告げた。



「ではこれより、関所税の課税に関する問題とその改正についての審議を行いたいと思います」

4/13 加筆修正

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