88 栄誉礼
「世界樹の花嫁候補生に敬礼!」
王都オークラムには王宮を守る近衛騎士団の他に複数の騎士団が存在する。
二重城壁内に最盛期百万もの人口が居たこの街は近衛騎士団のみで治安を維持するには広すぎるからだ。
主な所で王室法院を警護する法院衛視隊に、王都を東西南北に区切って作られた王都方位騎士団、さらにそれぞれの諸侯の屋敷には無視できない諸侯の私兵が存在している。
王都城壁外に広がるスラムに目を向けると、盗賊ギルドをはじめとする武装勢力に対抗するために周囲警備を担当する街道騎士団がいくつか存在し、これに民間の自警団が加わって王都の治安は守られている。
なお、これらの騎士団を統一指揮して軍団を編成できるのは、戦時でなければ現役執政官二人となる。
こういう所でもベルタ公とヘインワーズ侯が争っていた事もあって、ヘインワーズ派の騎士が要職から外されたり飛ばされたりしている最中だったりする。
エルスフィア騎士団でも彼らの受け入れを検討しておこう。
そんな事を考えながら、王都城壁内に広大な敷地を構える方位騎士団本部駐屯地にて、私とミティアは表敬訪問し騎士団の栄誉礼を受けている最中だった。
「エリー様すごいですね!
騎士の皆さんがずらって敬礼してくれていますよ!!」
はしゃぐな。ミティア。
その気持は分からなくはないが、栄誉礼なんだからおとなしくしておけ。
このあと儀仗隊の巡閲を行うのだから。
ちらりとキルディス卿に確認の目線を送ったら、目を逸しやがった。
これはこっちで再確認してしておく必要があるな。
「ミティアさん。
確認しておきますが、私達どうしてこんな所でこんな事をしているのかご存知ですわよね?」
さすがにドレス姿でしゃきっとさせるとどことなく漂う気品が彼女が王室の娘って気づかせてくれる。
なお、ミティアが王宮正装のドレス姿で、私が女性用軍服着用で立場を明確化していたり。
「全然わかりません。
キルディスさんに色々言われたけどよく分からなくて。
けど、エリー様の邪魔はしませんから安心してください」
私の質問にミティアはいい笑顔で言い切った。
私が殺気すらまとってキルディス卿を睨んだらこっちに顔すら向けようとしない。
隣で笑っているサイモンは後で説教。
「いいですか。
ミティアさん。
私達は、世界樹の花嫁の候補生です。
それは理解していますよね」
「はい。
私だって、それぐらいはわかります」
女ってのは便利なもので、整列する兵や騎士たちに笑顔と手を振りながら小声でお話中。
時折、長説明の時は扇子で口元を隠すのがマナー。
「どちらがなるにせよ、世界樹の花嫁はオークラム統合王国の閣僚としてこの国を支えなければなりません。
同時に、私達は必要によっては目の前の兵達に死ねと命じて、戦場に送り込まなければいけない決断をする事もあります。
だからこそ、そんな彼らを知り、彼らも私達を知ってもらう。
そのための栄誉礼です」
「なるほど。
たしかキルディスさんも似たような事を言っていたような気が……」
首をひねるミティア。
キルディス卿の失敗は、その面の話の裏面を語った事だろう。
この表敬訪問の目的は、法院で火を噴く神殿喜捨課税問題で諸侯に圧力をかける事にあったのだから。
政争の最奥にある泥沼の権力抗争をつい先ごろまでパンピーのミティアが理解できるとは思えない。
「彼らの顔を見てあげなさい。
彼らの顔を忘れないであげて。
彼らは私や貴方の為に、命を捧げる忠義の騎士達なのだから」
「はい」
私の言葉に浮かれ気味だったミティアが顔を引き締める。
まあ、私達二人が襲撃された後だから、万一を考えて王都騎士団の掌握に走ったなんてこのミティアは理解できなかろうて。
ここの護衛にはある程度の身分が必要だから、今日はアルフレッドは学園の方に行かせている。
顔が出せないことで悔しがるアルフレッドにほっとする私がいるが、それは言わない方がいいのだろう。
話がそれた。
この表敬訪問は、クーデター路線に傾きつつあるアリオス王子の意向でもあったりする。
もちろん、必死になって押しとどめたが。
信頼できる武力の確保と、それの非合法的行使には天地の差があるからだ。
その辺りを理解して事を急がないことを納得してくれたアリオス王子の才能は計り知れないものがある。
神殿喜捨課税問題等で良い方向に転がるならば非合法手段を取る必要がないからだ。
「近衛騎士団に法院衛視隊は騎士参加、方位騎士団は西と南が騎士参加、街道騎士団と自警団の参加者ありか」
「……?
エリー様何かおっしゃいました?」
「なんでもないわよ。ミティア」
ミティアの理解できない事を私はつぶやいてミティアに感付かれるが、それが意味する所までミティアはわからない。
そうだろうなぁ。
この式典参加が法院の勢力と密接に絡んでいるなんて説明は理解しろというのが無理だろうからなぁ。
方位騎士団はその方角の諸侯がそれぞれ兵と騎士を派遣している諸侯の手先である。
また、街道騎士団と自警団は商業活動と密接につながっているから、必然的に法院貴族とのつながりが深い。
近衛騎士団と法院衛視隊は言うまでもないだろう。
要するに、また襲撃みたいなものが発生した場合はこれらが黒幕になり、またこれらのどれかに逃げ込まないといけないのだ。
北部と東部は騎士ではなく従士参加で、今回の政争で当事者ではないという事をアピールしているのだろう。
実際諸侯間の対立は西部諸侯と南部諸侯に集約されかかっているが、神殿喜捨課税問題では手を組んで課税側で動いている。
気になったのは、ヘインワーズの降伏で諸侯の草刈り場扱いだった法院貴族が騎士参加をさせている点。
商人たちの生死を決めかねない神殿喜捨課税問題で、私が重要なプレイヤーであると認識して私に対して手を差し伸べるというアピールだろう。
今回の各騎士団からの参加者を取りまとめた指揮官が私達の前に現れる。
「オークラム統合王国の君主の息子の一人で近衛騎士団に属し王家の盾にして剣、セドリック・オークラムと申します。
ご案内します。どうぞ」
なるほど。
アリオス王子の差金だろう。
王家の次男坊を引っ張りだしたのは、メリアス太守就任前の顔見世か。
舞踏会で会った時と違ってさばさばした容姿にさっぱりとした顔つきは、手に職がなければ生きていけない貧乏貴族の三男坊あたりを想像させる。
実際にアマラとの関係を知っているだけに、歓楽街で身崩れしない程度には遊んでいるのだろう。
とはいえ、彼に才能がないわけでもなく、アリオス王子の弟は兄を超えるのは剣と定めたのだろう。
縁故とはいえ近衛騎士になっているという事は、それなりの武力は持っていたと見るべきか。
それゆえに、兄亡き後の内乱で決定的に遅れをとる羽目になった。
「ありがとう。
では行きましょうか」
騎士たちの整列の前をセドリック王子に先導されて私とミティアは歩く。
こういう時には、胸元に輝く五枚葉従軍章がものを言う。
それが何を意味するか私に敬礼する騎士達は知り抜いているのだ。
そのあたりの機微はミティアにはわからない。
ある意味、新大陸に逃れたのは正解だろう。
「恨みますよ。
表舞台に引っ張られた事を」
私にのみ聞こえる声で、セドリック王子がぼやく。
彼の後ろ姿しか見えないが、口調からするに恨み事ではなく、純粋なぼやきらしい。
そのあたりからも彼の性格が透けて見える。
「お披露目ですから。
がんばってくださいませ。
次期メリアス太守殿」
「そうやって、兄上を立太子に追い込んだのですか?」
まだ学生身分という事でアリオス王子は正式な後継者ではなかったりする。
この立太子の申請を王室が法院に提出し、法院の承認を経て正式に王位継承者となる。
ゲームにおけるセドリック王子とカルロス王子の内乱は、セドリック王子の立太子をカルロス王子を担いだ連中によって否決された所から始まっている。
クーデターを思いとどまらせた代わりに、正式に立太子の申請を出すことをアリオス王子は決めていた。
そうなると公務が一気に増えて学校との両立は難しくなるが、ある意味私を引きずり込んだ代償として彼も表に出るという事なのだろう。
「側近なし、手駒なしで、有力都市太守ねぇ。
条件があるけど飲めるかい?」
笑顔を崩さずに騎士や兵に応えつつ裏話をするのは権力者の必須スキルである。
セドリック王子の砕けた口調はこっちが素なのだろう。
そのあたりを習得しているあたり、彼もまた馬鹿ではない。
「聞くだけならば」
私が軽口が返すと、セドリック王子はとんでもない爆弾を投げつけてきた。
聞いた途端に顔色が変わりかかったが、必死に己を制御して笑顔を作り続ける。
「カルロスを俺の下につけたい。
できるか?」
「!?」
何もよりにもよってその爆弾を引き取るかこいつ。
カルロスが今どれぼと火遊びをしているのか知っているだろうに。
こっちの思惑を知ってか、背中しか見えないがニヤリと意地悪そうな声でセドリック王子が続きを話す。
「あれには叱る身内が必要だ。
イタズラが過ぎて叱られてもそれが愛でないと、ひねくれるからな。
あんたらの迷惑はさせんよ」
いや、その迷惑裏で諸侯が糸引っ張ってって言えないから、よりにもよってミティアが食いついた。
ここで余計な口を出すなと目で訴えたが、それがわかるミティアではない。
「素敵ですね。
兄弟仲良くって良い事じゃないですか」
誰かこいつに政治を教えろ。まじで。
ガチ殺気でキルディス卿はすでに隠れて見えなくなっていた。
サイモンが笑うのをこらえている所がまた腹が立つ。
ミティアよ。
あんた、下級書記としてメリアスで働くんだろうが!
「大丈夫ですよ。
何かあったら、エリー様にお願いしますから」
「……私、次期エルスフィア太守ですので、他都市の内政干渉にあたる行為は禁止されているのですが?」
つめたく言い放ったが、このミティアには通じない。
政治がわからないからこそ、容赦なく情で訴えてくる。
「あら?
エリー様とはお友達で、共に学ぶ学友ですのよ。
どこにないせいなんとかがあるので?」
にっこりと。
よしわかった。
キルディス卿は見つけたらぶん殴る。ぐーで。
そんな女同士のやりとりがおかしいらしく、セドリック王子の後ろ姿は肩を震わせて笑っているのを見て、腹は立つが悪い輩ではないと判断。
腹黒王子や野心ありお子様王子と比べたらはるかに付き合いやすいしね。
なお、この栄誉礼は王都でそこそこ話題になったらしい。
追記
「なんでミティアに政治を教えなかったのよ!」
「教えられる訳ないだろうが!
たった数ヶ月で貴方がどこまで味方かわからなかったというのに!」
という罵り合いに立会いのアリオス王子が笑い転げたとか。




