馬鹿の生き様
近未来都市イーラン。そこには人間が求める、あらゆる快楽があった。酒、女、賭博。人々はそれらに魅了され、誰もがイーランに憧れた。そして、イーランに一人の馬鹿がいた。
「お! 姉さんいいケツしてるねえ」
黄色のスポーツカーを運転しながら、通り過ぎる美女に声をかける男。
彼の名はアンディ。女と酒が大好きな馬鹿である。見るだけで鬱陶しいアフロ、黒のシャツに赤の革ジャン、紺のジーパン。この世界でもっとも有名なブランドの腕時計をしている。そして黄色のスポーツカーを自慢げに走らせ、美女を見るとすぐ口説く。
イーランでアンディを知らない人はいない。アンディに話しかけられたことが無い女は一人もいないのだ。
今日もアンディは黄色のスポーツカーを走らせていた。
「ふっ……。仕事といきますか」
スポーツカーのサイドミラーを見ながら、アフロを梳く。十分という無駄な時間を後悔することなく、背筋を伸ばし、仕事場に向かう。そこは賭博場だった。
イーランにはビッチーという店がある。そこにはバイターと呼ばれる、たくさんの美女が際どい衣装を着て、お客の相手をしている。もちろん、風俗店ではない。真面目な飲み屋である。
アンディは毎日ビッチーに通い酒を飲みながら、美女たちの踊りを見ている。いや、正確に言うなら、揺れるおっぱいと尻にアンディは、目を奪われていた。そして、今日もアンディはビッチーに足を運んでいた。
「あああああああああ!! おーれーのかーねええぇぇぇぇ!!!」
「いい加減働きなよ。博打する度に大負けして、借金するんだから」
「馬鹿野郎! 博打が仕事なんだよ」
そう言ってアンディはテーブルに突っ伏す。
「それが成り立つんだったら、世の人間は汗なんてかいてないわよ」
「そんな事より、酒をくれ」
「博打でなくなったんじゃないの?」
突っ伏していたアンディは、勢い良く体を起こし、椅子に乗り両手の親指を立て、人差し指をバイターに向け、こう言った。
「俺は毎日ビッチーに通ってるんだぜ? 博打で大負けしようと、ビッチーに行くお金はある!」
「毎日楽しそうねえ」
呆れた、といった顔でバイターは酒を他のバイターに持ってくるように指示を出す。
「なあ」
椅子に座りなおしたアンディは、真剣な顔で話しかける。
「どうしたの?」
バイターはそれを気に留めることはない。なぜなら、
「おっぱい揉ませてくれ」
「いやよ」
「おいおい、そんな即答しなくてもいいじゃんかよ」
「アンディ、私と話してる時いつもおっぱいのことしか言わないじゃない。おっぱいの何がいいのよ」
「女には理解できないんだよ。おっぱい、それは男にとって、神聖不可侵なもの!」
「ご高説ありがとうございます」
そう言って、バイターは他のバイターから酒を受け取る。
「お! 来た来た」
「あんた顔だけは良いんだから、その性格をどうにかしなさいよ」
バイターの話に耳を傾けることなく、酒を受け取ると同時に口を大きく開け、水でも飲むかのように口に流し込む。
バイターはアンディから離れると、他のバイターと共にステージに上る。
「ミージックスタート!」
その声と共に軽快な音楽がビッチーに鳴り響く。
バイターは音楽に合わせ、自分の胸、尻を客に魅せつけるように踊る。それに歓喜の声、もっと見せつけろと叫ぶ声を客はあげる。アンディは酒の楽しみながら、どのバイターが可愛いか、おっぱいが大きいか、尻の曲線が美しいか、吟味していた。
アンディがビッチーを出たのは、二時間後だった。彼にはまとまった金が無いため、長居はできない。人から言わせれば、十分だと言われるが、アンディにとってビッチーで過ごした二時間はカップラーメンが出来上がるのを待つ時間に等しかった。それほどアンディは、ビッチーが好きなのである。
「さて」
程よい酔を心地良いと感じながらアンディはスポーツカーに乗る。
飲酒運転? 彼はそんなことを気にしない。なぜなら彼はアンディだからだ。
アンディはエンジン音を肌で感じながら、スポーツカーを走らせる。法定速度を守らず、二車線の道で、他の車を次々の抜いていく。
「誰も俺を止められないぜ!!」
今日も最高だ。明日こそ、大儲けできそうな気がする。その時、単純馬鹿のアンディの目に一つの光景が入った。
歩道を歩いている一人の美女。彼女のスカートが風の影響で舞い上がった。スカートの中には、勝負下着だとはっきりわかる、リボンやフリフリの付いた赤と黒のパンツがあった。
運転中であるにも関わらず、アンディは座席から身を乗り出し、大きく目を見開いていた。
おお! すばらしい。パンツを見るまでは清楚な女性だと思っていたが、あのパンツ。実に良い。ギャップだ。清楚だと思わせて、下半身は甘々。これは声をかけなければ!
そう思い、アンディはスポーツカーを止めるべく、前を見た。大きな壁が目の前にあった。
急速な浮遊感でアンディは
目を覚ました。
「うわあああああああああ!」
お、落ちてる!
アンディは直感でそれを理解した。体は平衡感覚を失い、どちらが下でどちらが上なのかわからなかった。
これ、死ぬんじゃね?
そう思った時、何かが、アンディをやさしく受け止めた。
それは軟体動物のように柔らかく、クラゲのような見た目であった。
それはアンディを受け止めた後、ゆっくりと地上に降りた。
「ようこそ」
人のような猫がそこにいた。顔は猫そのものであるが、体は人間と何ら変わらなかった。
アンディはそれに警戒心を抱き、威嚇を込めた挨拶をする。
「なにもんだ、てめえ」
アンディの態度の猫は悪い顔一つせず、笑顔で、
「このナイトワールドの支配人をしています。私、ポチと申します」
「あ? ポチ? 猫の顔して何言ってんだ」
「ははは。皆さんそうおっしゃいますよ。ですが、これが私の名前ですので、どうかご理解ください」
アンディの非礼にポチは礼を持って答えた。猫とは思えない真っ直ぐな姿勢で、斜め四十五度に頭を下げた。
うっ! 面倒だなぁ。
そう思ったアンディは、話を別のところへとやった。
「ところで、ここはどこだ?」
ポチはニッコリと笑い、
「ここはナイトワールド、死後の世界です」
「え……」
アンディはポチの言葉を理解することができなかった。だから頭の中を整理するために、ここに来るまでの出来事を思い出す。
博打で大負けし、それから……そうだ、ビッチーで酒を飲んで、その後、スポーツカーに乗って……!
「思い出されましたか?」
アンディの顔をじっと見ながら、ポチはアンディに問う。
「ああ」
なんてことだ。女のパンツを見てる内に死ぬなんて……笑いものじゃねえか。それに、もうビッチーにも行けねえ。
「まあ、心の整理をしたい気持ちはわかりますが、ここも慣れれば悪くありませんよ? よろしければ、ご案内しましょうか?」
とりあえず、アンディはポチの提案に乗った。初めにこの世界のことを聞いた。
「ここナイトワールドは死後の世界。死んだ生き物のみ、来ることが出来る場所です。人間も、猫も、犬も………。また言葉も通じます。この世界は平等ですからね」
だから、こいつの言葉がわかるのか。
アンディの反応を見ながら、ポチは説明を続ける。
「死んだ生き物はまず、上から落ちてきます。アンディさんも経験されましたよね?」
その問にアンディは頷く。
「数百年前までは、そのまま地面に激突して、よく気絶していたそうです」
猫は口を上に釣り上げ、目を細めて笑う。そして言葉を続ける。
「そこで、考えたんですよ。私達の上にある、あの物体。私達はあれをフロークスと呼んでいます。フロークスは、落ちてくる死んだ生き物を受け止め、地面に下ろす役割を担っているんです。まあ、誰が考えて、誰が開発したのかは知りませんがね。」
「ちょっと待って。ここはいつからあるんだ?」
アンディの困惑した顔を見ながらポチは提案した。
「移動しましょうか。ここで長話をしても、言葉が見つかりません」
ポチはそう言って人差し指と親指で音を鳴らした。
その瞬間、視界は一瞬暗くなった。そして次の瞬間には、違う光景が目に写っていた。
喫茶店のような雰囲気を持つ場。周りの壁や、テーブルに椅子、全てのものが木でてきていた。
カウンターには髭を生やした老人がコーヒー豆を煎ている。その近くの席でミミズとモグラが仲良くコーヒーを飲んでいる。テーブル席には親子連れ、時間を持て余している他の動物が、この場の雰囲気とコーヒーの味を楽しんでいる。
「アンディさん、どうぞこちらへ」
ポチは既に席に座っていた。テーブルには二つのコーヒカップが置かれ、湯気を出している。
アンディは席に座り、
「で、俺の質問の答えは?」
「……わかりません」
「は? お前ふざけてんのか」
「いえ、ふざけてはいません。誰も知らないのです。そもそも、ここではそんな事気にする人など誰もいません。ここは、楽しむ場です」
そう言って、ポチはコーヒーを口に運ぶ。
「俺は生きてるほうが楽しかったぜ」
アンディもポチが飲むのを見て、口に入れた。
あ、味がしねえ! なんだこのコーヒーは!!
「おい、このコーヒー味はどうだ?」
アンディはポチに聞く。ポチは当然のように、
「凄く美味しいですよ」
「おう、そうか」
俺の味覚がおかしくなったのか……?
「あ、言うのを忘れていました。この世界では、おいしいとか痛いとか、そう言った感覚は感じられないのです」
「はあ? じゃあ、なんで美味しいって言ったんだ」
「そう思って飲むことが大切なのです。この世界では、何かを思って行動しないと何も楽しめません」
ポチは、そう言ってコーヒーを少しずつ飲んでいく。
「人間の言う三大欲求というものも存在しません。性行為する男女やそれを商売としている人もいますが、彼らは快楽を得ているわけではないんですよ。単にその行為を楽しんでいる。この世界で好きになった人と交わる、性行為というものに意義を見出したものが、行っているのです」
ポチの話を聞きながら、アンディは、虚空を両手で揉みながら思った。
なんて面倒な世界だ。生きている方が何倍も楽しかったぜ。ああ、またビッチーに行きてえなあ。会いたい、おっぱいに。
そんなアンディを気にも留めず、ポチはコーヒで喉を潤し、こう言った。
「そういえば、アンディさんの好きなものは何ですか? 初めて来たのです。まずは楽しまないと」
ポチは手を顔の前で組み、商売屋のような笑顔でアンディに話す。
「そうだなあ……。まずは、酒と女だな」
「いいでしょう、ご案内します」
ポチはそう言って指を鳴らした。
目を開けると、喫茶店ではなく、淫靡な雰囲気のある店に移動していた。
場の中央には舞台があり、そこで様々な種類の女が、自分の体を魅せつけるように、踊っている。その周りには様々な種類の男が目をギラギラさせながら、女の体を舐めまわすように、じっと見ている。
さらに店のあちこちに、ソファーが設置されている。そのソファーでは男女が性行為を行っている。ある女は甲高い声をあげ、ある男は獣のような眼つきで、女の淫れる過程を楽しんでいる。
「すばらしい!!」
なんだここは! 少し過激だが、ビッチーと変わらない。酒と女、それさえあれば、俺は最高にhightだぜ!!
「お気に召されたようで何よりです。それでは」
ポチが案内をする間もなく、アンディはカウンターで酒をもらうと、舞台の近くにいき、女の体を目で楽しんでいた。
「ははは。どうやら私の役目は、これまでのようですね。それでは、消え行く一瞬の間をお楽しみ下さい」
そう言ってポチは目を弓のように、口の端も弓のように釣り上げた顔のまま、姿を消した。
どのくらい時間が立っただろう。アンディはポチの言葉通り、酒の飲むことで自分が酔っていると思い込んでいた。そうしていると、次第に視界が歪み、足元も覚束なくなってきた。
そして目が覚めた時、アンディの周りには大量の裸体の女が寝ていた。
「やばい、何も思い出せない」
ああ、気分が悪い。二日酔いかよ。
「水でも飲むか」
フラフラの足で、カウンターに向かう。アンディはコップに水を注ぐことをせず、蛇口に直接口をつけ、水を流し込む。
「……ぷはぁ。生き返るぜ!」
さっきまであった、気分の悪さが嘘のように消えた。生きてたら半日くらい続くのによ。ここは本当に最高だな。さて、皆を起こしてまた盛大に暴れるぜ。
爽快な気分で、アフロを振る。その時、酒場の入り口に一人の美少女がいた。色で言えば白。霧のように消えそうな肌、顔は幼い印象を受けるが、可愛いより綺麗という言葉が似合う。身長は高くないく、全体的に細い。
「あ……」
「……」
少女は何も言わず、アンディのいる方へ歩いてくる。
おいおいおい。まさか、俺に一目惚れしちゃったのか。顔が真っ赤かじゃねえか! まったく、モテる男は辛いぜ。
そう思い、赤の革ジャンの胸ポケットから櫛を取り出し、自慢のアフロを梳く。
少女が目の前に来た所で、梳くのを止めアンディは、
「お嬢ちゃん、どうしたんだい」
自分の中で最高の顔で言った。
「あの……新しく来た人ですか?」
「おう! アンディって言うんだ。よろしくな」
「よろしくお願いします。私はノエルです。ここの近くに住んでいます。アンディさんは?」
「俺はまだ決まってねえよ。それにここじゃあ寝る必要はないんだろ?」
「そうですね。でも、私は家でゆっくりしてる方が性にあっているんです」
「それより何か飲むか?」
アンディはそう言ってカウンターにある酒瓶を数本取り出す。ノエルは手を横に振りながら、
「私、お酒飲まないんです。それよりここの事はひと通りわかりましたか?」
「いや、猫みたいな奴に案内してもらってたんだが、いつの間にどっか行っちまいやがった」
先にどこか行ってしまったのはアンディであるが、彼は覚えていない。なぜなら馬鹿だからだ。
「よかったら、しばらく私と一緒にいませんか? 案内しますよ?」
やっぱり。モテる男は何もしなくても、相手から来るもんだな。ノエルは美人だし断る理由はない。
「おう、よろしく頼むぜ」
最初に訪れたのはノエルの家だった。
「ここです」
「おお!」
花の家。その言葉がふさわしい家であった。全長五メートルの花が円を描きながら生え、上に行くに連れ花達は絡み合っている。また茎からも、小さい花が無数に咲いている。色とりどりの花、様々な種類の花。それに目を奪われないアンディではなかった。
花を見ている時、アンディの視界に空が入った。暗黒だった。それなのに、赤の光が地上を照らしている。死者の世界、この空を見てアンディは初めて理解した。
「なんだ……これ?」
「アンディさんこちらです」
ノエルの声で、アンディは空を見ることを止めた。ノエルに手を引かれ、アンディは花の家に入った。
茎の一部を繰り抜いた部分から入ると、 「中もすげぇな!」
家の中はまるで妖精が住んでいるかのようであった。
葉っぱのソファーに、木の椅子とテーブル、花弁で作ったソファーまであった。
「これ、全部お前が作ったのか……?」
「ここは貰い物なんです。私がここに来て間もない時に、お世話になった人がいて、その人……もうここにはいられないからって、私にこの家をくれたんですよ」
そう言いながら、ノエルはソファーに座るよう、アンディに勧める。アンディもノエルに従い、ソファーに座る。
「へえ、立派だなあ。俺が生きてた時は、コンクリートの建物が高さを競い合ってたがな」
「私も似たような所に住んでいました。あそこは味気がなくて、触ってもゴツゴツしていて、見ても色がないんです」
「そうか? 色んな色の建物が会った気がするがな」
「違いますよ、アンディさん。私は作られたものじゃなくて、自然のものが好きなんです。自然物には加工品にない、魅力があるんですよ」
「難しいことはわらんねえよ」
そう言って体をソファーに預ける。
「そういえば、ノエルは一人でここに住んでるのか?」
「あ、そうだった。待ってて下さい。私の友達を紹介しますね」
そう言って、ノエルは別の部屋から犬を一匹連れてきた。
大型犬の雌犬。犬種はゴールデンレトリヴァー。品のある歩き方でアンディの近くに来る。
「初めまして、私はキャンディー。ノエルとここに住んでるの。よかったら仲良くして」
「ああ、よろしく」
アンディ、ノエル、キャンディーは花の蜜を飲みながら語り合った。アンディは生きていた時に、経験したこと。ノエルは読んだ本、見た映画のこと。キャンディーは母と妹との思い出。
話を終えたのはいつだろう。ナイトワールドにいるため、空腹も疲労も眠気も感じない。だから、語るだけ語り尽くした。そして三人は、互いを信頼できる関係と認める仲になった。
アンディは盛大に笑っていた。ノエルも笑っていた。キャンディーだけは心配そうにノエルを見ていた。
*
私はノエル。窓から見える風景はいつも、私が望むものだった。制服を着て、友達と会話をし、学校に行って勉強をする。当たり前の事、誰もが体験する事。私はそれに憧れていた。
私が学校に行けなくなったのは、いつだろう。中学生の時、事故にあった。後ろから車に跳ねられた。それから私は、自分の足を動かせなくなった。力は入らないし、感覚もない。
もう歩けないと言われた時、私はありったけの涙を流した。もう一生涙は出ないんじゃないかってくらいに……。両親は私を慰めてくれた。両親は笑顔で私に話しかけてくれた。でも、私には両親が笑っているように見えなかった。いつもの顔じゃなかったからかもしれない。
私達が支える。なんとか学校に通えるように努力する。私はその言葉に希望を見出せなかった。足を失った私は、もう私ではないような気がした。
私は五体満足で、快活で、友達と毎日楽しく過ごしていた。でも、その私はもういない。それが悔しかった。……哀しかった。食欲もわかず、精神的ストレスは体に影響を及ぼした。私の入院が長引いたのは、これが原因かもしれない。
友達は何度も見舞いに来てくれた。学校であったことを話してくれた。一緒に遊んだ時の思い出を語り合った。嬉しかった。ともて、嬉しかった。でも、私の知らない事を話されるたびに、なぜ私はここで寝ているのだろうと思っていた。
それも長くは続かなかった。私の友達が高校受験、高校入学と人生の階段を上るにつれ、私との時間は減っていった。
ついには、見舞いに来る人は誰もいなくなった。寂しい気持ちと外への憧れから逃れるように、私は本と映像の世界に入った。
私の知らない世界。私が憧れる世界。私が過ごしていたかもしれない世界。それを本と映像は私に与えてくれた。
そうやって時間を過ごしていると、時間はあっという間に経った。
私が学生であれば、大学受験を終え、卒業式をしている頃だったろう。私はその時、学園モノの本を読んでいた。どこにでもある、普通の青春ラブストーリー。最後は卒業式に、男の子が女の子に告白するという話だ。
卒業式を見てみたい。
その本を読み終わった時、そう思った。車椅子に乗るのに一苦労し、看護師にバレないように、そっと病院を抜けだした。
外に出た時、清々しい気分になった。空気を肺に溜め、車椅子を前に進める。今日卒業する学生たちはどんな顔をしているのだろうか。そのことで頭がいっぱいになっていた。
夢中で前に進んだ。あまりにも夢中だった。だから……信号が赤だったことにも気づかなかった。
あともうちょっと、というところで私は、車のクラクションで自分が信号を無視したこと、車に引かれることを理解した。
目を覚ますと暗い世界にいた。それに、私はクラゲのような生物の上でいた。
その生物はゆっくりと、地面に近づいた。当時、私は自分が歩けないと思っていたので、乗ったままでいると触手を使って私を降ろした。
その生物は私を下ろすと、上に上っていった。
ここはどこだろう。
周りを見渡しでも何もない。もしかしたら夢を見ているのかもしれない。試しにほっぺを抓ると痛かった。
「お嬢さん」
その声は目の前から聞こえた。ポチさんがいた。彼は目を吊り上げ、口を弓のように曲げながら、
「よければ、お手をお貸ししましょうか?」
「すみません。でも、私足が不自由なんです」
その言葉を聞いたポチさんは、私の言葉を嘘であるかのような態度でこう言った。
「そんなことはないはずです。ここはナイトワールドなんですから」
「……ナイトワールド?」
「はい。説明いたしましょう。ナイトワールドについて、そしてなぜあなたがここにいるのかを」
そう言って、ポチさんは私に手を差し伸べる。私も手を差し出す。
そこから場所を移って、バーに行った。高級感溢れるバーでは、フランス料理やイタリヤ料理が、ところ狭しと並べられていた。他にもワインや紅茶が何十種類とあった。
開いた席でポチさんと座り、味のない料理を食べながら説明を聞いた。
自分が死んだと聞かされた時、私は泣かなかった。やっぱり、それが私の感想だった。自分が立った時におかしいと思い、ポチさんの説明を聞いて、それは確信に変わった。
「これからどのように?」
「……どうすればいいんですか?」
「さあ、お好きな様になさって下さい。ここはナイトワールド。死者だけに許された自由の世界です。あなたの好きなようにお過ごしください」
「そんなことを言われても……」
私の態度にポチさんは困ったという顔をした。そして、
「だったら、お世話係を用意します。あなたとは種類が違いますが、あなたよりは知識があるはずです。確か、名前はキャンディーと言っておられました。紹介しましょう」
そう言って、私達は移動した。
目を開けると、小さい部屋にいた。部屋には何もなく、出入口らしき穴だけがあった。
そして部屋の中央には一匹の犬がいた。
「玄関から入ってきたら?」
犬は唐突に現れた私達に驚きもせず、そう言った。
「すみません。どうやら手元が狂ったようです」
「言い訳は結構よ。要件は?」
「はい。キャンディーさん、妹は欲しくありませんか?」
その言葉を聞いて、キャンディーさんは私を見た。
「その子? あんた名前は?」
「ノエルといいます。よろしくお願いします」
「さっき来た子でして、まだ何をすればいいのかわからないようなんです」
キャンディーさんはポチの説明を聞き、
「まあ、いいわ」
「おお! ありがとうございます」
ポチはわざとらしく、頭を下げて礼を言う。
「それでは、キャンディーさんよろしくお願いします。ノエルさん、死後の余生を存分にご堪能あれ」
そう言って、ポチはどこかへ行ってしまった。
それからキャンディーさんとの生活が始まった。ナイトワールドを二人で歩き、色んな生き物と出会った。ゴリラ、ライオン、猿、チンパンジー。キャンディーさんの友達である彼らと、会話をしたり、遊んだりと毎日が充実していた。最初は味のなかった料理や飲物にも慣れ、生きていた時のように味を感じることができるようになった。
「今日も楽しかったですね」
「ええ。毎日退屈しないわ」
「次はどこに行きましょうか?」
今までできなかったこと、それを体験できていることが嬉しかった。私は、次にどんな体験をさせてくれるのだろうと、キャンディーさんに期待していた。
「そうね……。そういえば、酒場の近くに面白い家があるわ。そこに行きましょう」
キャンディーさんの提案に私は素直に頷くことができなかった。それを見てキャンディーさんは、
「大丈夫よ。大暴れするような酒飲みじゃないわ。酒場の近くに住んでるだけ。ここに来た時から高年齢で、今は家でゆっくり過ごしてるから」
「そうなんだ。だったら……」
こうして私達は、酒場に住む老人に会いに行った。
ここから、私のここでの本当の人生が始まったのかもしれない。もう会うことはない、ジニーおじさん。彼が私に教えてくれた。だから私はアンディに出会えた。
花の家を見た時、私は驚いた。本の世界が目の前にある。想像を飛び出し、現実になった。私はしばらく、花の家に目を奪われていた。目の見開きながら、見ていたのでキャンディーさんがまるで、妹を見守っているかのように私を見ていた。脳内保存を終えると、私達は花の家の中に入った。
今と何ら変わらない。葉っぱのソファーに、木の椅子とテーブル、花弁で作ったソファー。そして老人はソファーに座り、私達を待っていた。
白い髪に白い髭。顔は皺くちゃで、ソファーの背もたれに体を預けていた。まるで、西洋の老人みたいだった。
「おや、よく来たね」
「久しぶり、ジニーは元気にしてた?」
「ああ、元気さ。生きてた頃に比べると、体も融通がきいて趣味の散歩を存分に楽しめる」
「友達とかはいないの?」
「生きている時に十分作ったさ。今は自分の時間を過ごしている」
「何寂しいこと言ってんのよ。ちょうど、話し相手を連れてきたわ」
「……ノエルです。初めまして」
ジニーさんは私を見て、
「可愛らしいお嬢さんだ。紹介が遅れて申し訳ない。私はジニー。もう八十歳の老いぼれさ」
そう言って、ジニーさんは私に笑いかけてくれた。初めてあった時の印象は優しそうで、話しやすいおじいさんだった。その印象は最後まで変わることはなかった。
「どう? あなたの人生でも語ってあげたら」
キャンディーさんの提案にジニーさんは、
「語るほどの経験は送ってないさ。私は人並みの人生を全うしただけだ」
その言葉を聞いてキャンディーさんは私を鼻で指しながら、
「その人並みを過ごしていない、若き少女がいるのよ。ここにいる意味くらいわかりなさいよ」
「これはすまない。どうも、歳を取ると頭も鈍ってしまってなあ」
「そんなことよりも、話してあげたら? あなたの人並みの人生を」
「そうだな。どうぞ、座りなさい。私は準備がある」
私を木の椅子に、キャンディーは床に座ったのを見て、ジニーさんは別の部屋に行き、花のコップ二つとカウボーイの帽子のような皿を一つ持ってきた。そして近くにある花を数個摘んだ。
「何をするんですか?」
「飲み物の準備だよ」
ジニーさんは花の雄しべと雌しべのある方をコップに向け、力いっぱい花を握った。すると、花から黄色の蜜が出てきた。水を含んだ土のように、蜜はコップに落ちていく。それぞれのコップと皿に、蜜を半分ほど入れると、また別室に行ってしまった。ほどなくして、ジニーさんはお盆に乗せて、コップと皿を持ってきた。
「お飲み」
そう言って、木の机にコップを置いてくれた。コップからは湯気が上がっている。私はそっとコップを持ち口に運ぶ。
最初は蜜の香りが口と鼻を甘くさせる。そして蜜を吸うと、温かい甘さが口いっぱいに広がった。口の中でその甘さを余すところ無く味わい、舌を使って喉に通す。暖かさが喉、食道と落ちていく。ジニーさんは一口飲むと、
「それじゃあ、話すとするか」
キャンディーさんは床に座り、私は木の椅子に座って話を聞いた。
「そうなあ、どこから話したもんか……。そうだ、あれは私がまだ働き盛りだった」
そして、ジニーさんは遠い過去を語った。
「私はどうも不器用な人間で、女性を口説くのは得意ではなかった。だから交際相手がいなくて、皆から心配されたものだ。親からは、見合いの話が来てるからどうだと言われてたんだが、仕事が忙しくてそんな暇はなかった。それでも、どうしてもしてくれってもんだから、仕事の合間を縫って見合いに行ったんじゃ。美しかった。本当に綺麗だった。初めて会った時、私は婆さんに一目惚れしてしまった。あれほど美しい人は見たことがなかったからな」
どこか遠い場所を見るような目でジニーさんは自分の人生を語った。少しだけ、顔を赤く染めそれを隠すことなく、言葉を続ける。
「見合いの時、お互い緊張して何も言えんかった。婆さんも緊張してずっと下を向いていなあ。お互いの親も緊張して話をしないわしらに困ってな。とりあえず、二人にしようということになった。池が見ながら二人で歩いて、会話もなくて……何を話そうか必死に考えて、さあ言おうと思った時、婆さんが石を踏んでしまってよろけてしまった。わしはとっさに支えた。その時体が密着してな、婆さんはすみませんと耳まで真っ赤にして恥ずかしそうにわしに礼を言った。わしもそれで恥ずかしくなって、急いで離れようとした。それが悪かった。いや、その御蔭でわしらは結婚できたのかもしれん。お互いの足を踏んで、二人してバランスを崩しそのまま池に落ちてしまった。その事がおかしくておかしくて、池の中で二人で笑いあった」
私も誰かとこんなことができたのだろうか。想像できない。この話も私にとって本で読んで、映像で見た話のようなもの。中学の時の友達はこんなことをしているのだろうか……。
ジニーさんの話を聞きながら、ふとそんなことを思っていた。
「それからわしらは、仲を深めていった。見合いをしてから一年後、わしらは結婚した。お互いの両親は驚いていたもんだ。見合いの時は話さなかった二人が、いきなり仲良くなって結婚までするんだからな。
二人で安いアパートを借りて、わしは外で働いて、婆さんはパートをしながら家事をしてくれたもんだ。結婚してから家に帰ると、ご飯がある。しかも極上の料理がな。家に帰るのが、楽しみで仕方がなかった。いつも腹を空にして、家に帰り、婆さんの作った料理を残らず平らげた。そんなわしを見て、婆さんは嬉しそうだった。またそんな婆さんを見て、わしももっと食べるようになった。
休日は二人で旅行に行ったりもした。自然のあるところ、技術が発展しているところ、どれも忘れがたい思い出でじゃ。
それから息子が生まれ、孫も生まれ、時間はあっという間に過ぎていった。わしは仕事を辞め、婆さんと余生を過ごしていた。お互い体を気遣い、長生きをしようなどと言ってたんだが、わしが先に倒れてしまっての。
婆さんは看病してくれた。新婚の時から変わらない、優しい婆さんだった。いつもニコニコと笑っていて、だから死ぬ前にわしは婆さんに聞いてみたんだ。
『お前は幸せか? 俺みたいな不器用な、嫁を置いて先に逝ってしまう奴と結婚して何か不満はなかったのか?』
ベッドに横になりながら、婆さんに言った。そして婆さんはわしに言った。いつもの笑顔で。
『私はあなたと出会った時から笑いました。そして今も笑っています。そんな心配しなくても、私は今も幸せですよ』
それを聞いて、わしは涙が出た。そうか、そうか。わしは一人の女を幸せにできたんだな、と人生で一番の達成感を味わった。
それから直ぐのことだ。気づいたらここにいたんじゃ。どうだい、わしの人並みの人生を聞いた感想は」
ジニーさんは私達の顔を見ることなく、じっと天井を見ていた。たぶん、ジニーさんの目には涙があったのだと思う。
「私はジニーさんのように素敵な人と出会えませんでした。人生経験もありません。だから大した感想は言えませんが、私もそうだったらとジニーさんを羨ましく思います」
「はははは」
ジニーさんは口を大きく上げて、笑った。足を床に何度も叩きつけ、腹を抱えていた。なにかおかしなことをいったのだろうかと、キャンディーさんを見た。キャンディーさんもわけがわからないという表情を私に見せた。
しばらくして、落ち着きを取り戻したジニーさんは目に浮かんだ涙を指で拭いながら、
「お嬢ちゃん、諦めたらダメじゃよ。死んではいるが、ここでも出会いはある。わしと君がそうだろう。だから待ちなさい。きっと素敵な人が現れるはずさ」
「はい。……ありがとうございます」
それから私達は毎日のようにジニーさんの家を訪れるようになった。
ジニーさんは、私達に色々なことを教えてくれた。人類は昔猿のような見た目だったこと。電気を発明した人、飛行機を発明した人、車を発明した人。私とキャンディーさんは目を大きく見開きながらジニーさんの話を聞いていた。
そして今日も、私達はジニーさんの家に訪れていた。
「わしが子供の頃、通貨というものがあってな。親指くらいのコインと数枚の紙を使って、商品を買ってたんだよ。お嬢ちゃんの頃は、電子マネーだったのかい?」
「はい。ICカードというもので買っていました。他にも、家の鍵や学生証としても使っていました」
「おお! そこまで進んでいるのか。理想の世界が、現実になったんだな」
ジニーさんは、子供のように驚いていた。私はそれが嬉しくて、自分の見た数少ない話をする。
「それでですね……」
話そうと、言葉を続けた時ジニーさんの様子がいきなりおかしくなった。自分の手をじっと見ながら、何かを悟ったような顔をしていた。
この時の私はわからなかったけど、今思うとジニーさんはこの後どうなるか、自分でわかっていたのだと思う。
「どうしたんですか?」
そう言おうとした時、キャンディーさんはジニーさんに駆け寄り、
「大丈夫なの?」
私に背を向けていて、顔は見えなかったけど、とても真剣な声だった。
「……もう終わるらしい」
ジニーさんはそう言った。
何が?
事情を知らない私には理解ができなかった。キャンディーさんはわかっていた。だから哀しそうな表情をしながら、
「どうする?」
ジニーさんに問う。
「少し、一人にしてもらえんだろうか」
「そうね。何かあったら言ってね」
「え……」
未だ現状を理解できないでいた私にキャンディーさんが、
「ジニーが気分が優れないらしいから、今日は帰りましょう」
「すまないねお嬢さん」
「いえ、長居して申し訳ありませんでした」
納得しない気持ちを押し殺し、私はジニーさんの家を出た。
帰り道、私はキャンディーさんにジニーさんの事を聞いた。
「ジニーさんどうしたんですか?」
キャンディーさんは私の方を見ず、
「気分が優れなかったのよ」
キャンディーさんは本当のことを言ってくれなかった。まだ、信頼されていない。私はそう思わずにいられなかった。
それから数週間後、私達は再びジニーさんの家に訪れた。戸締まりという概念はこの世界になく、開け放たれた扉から花の家に入った。
「ジニーさんいないですね」
「そうみたいね」
ここで待とうと、ソファーに座ると、ざらついたものが手に触れた。
「ん? なにこれ……」
よく見ると、それは黒い砂だった。
「キャンディーさん、こんなところに砂がありますよ。それも黒。珍しいでね」
私は何も知らずに、無邪気に砂を両手で持って眺めていた。
「ノエル、それはジニーよ」
「……何を言ってるんですか?」
「いい、ノエル。ここは死後の世界で、私達はもう死ぬことはない。だけど、永遠の存在でもないのよ。私達には限られた時間しかないの。……ジニーはその時間を全て使い果たしたのよ」
私は何も言えなかった。ずっと楽しいこの場所にいられると思ってた。ずっとここにいたいって思ってた。ジニーさんやキャンディーさんと、ずっと一緒にいれると思ってた。その希望を黒く塗りつぶされたような、心にすっぽりと穴が開いてしまった感覚に襲われた。
「ノエル……?」
「どうして、言ってくれなかったんですか?」
「言ったら、ジニーから離れないでしょ。一人になる時間が必要だったのよ」
「そんな……」
体から力が抜け、ソファーに体を預けた。頭の整理ができなくて、ただただ、ジニーさんが、ナイトワールドから消えたことが哀しかった。
それからどのくらい時間が流れただろう。私は未だに動けなかった。希望を壊され、無気力になっていたのかもしれない。
そんな私をキャンディーさんは見放すことなく、ずっとそばに居てくれた。
「私……このまま消えてしまうんですかね」
その言葉にキャンディーさんは、
「まだ大丈夫……はず。個人で寿命は違うけど、あなたはまだ来たばかりだから消えることはないわ」
「じゃあ、キャンディーさんは?」
「私? さあ? とりあえず、今のところは大丈夫よ」
キャンディーさんは自分のことに興味が無いのか、そっぽを向いていた。
「いいんですか? 私に付き添っていて」
「別に、他に行くところがないだけよ」
続く言葉はなかった。どんよりと重たい沈黙が、花の家を内部から侵食していく。
このまま、私は死ぬんだろう。体に力は入らず、指一本動かすのが精一杯だった。
動かない体をただ、じっと眺めているとキャンディーさんが言った。
「私ね、妹がいたの」
キャンディーさんの友達と話している時に聞いた話だ。確か、一つ下の妹だったはず。
「いつも私にべったりで、私に甘えて本当に困った妹だった」
何も言わない私を気にもとめず、キャンディーさんは語る。
「最初は仕方ない、私は姉だからと思って世話をしてたんだけど、次第に鬱陶しくなって相手をしなくなったの」
ああ、小説の姉妹設定でよくある。
「そしたら、『おねえちゃん、私の事嫌いなの? 最近相手してくれない』って言われてね。あの頃は可怪しかったのかもしれない。その言葉を私に対する非難だと受け取ってしまった。私は激怒し、妹に言ったわ。『いつもいつも、おねえちゃん! おねえちゃん! 鬱陶しいのよ』初めて妹に怒ったわ。そしたら妹は泣き出して、どこかにいってしまったの。
私は追いかけず、そのまま放置した。いずれ戻ってくるだろうと思ってね。だけど、なかなか妹は戻ってこなかった。心配になった私はお母さんに言って、一緒に探したわ。何度も、何度も、妹の名前を呼んだ。日が沈む事になっても見つからず、疲れて休んでいた時、車が急停止することが聞こえた」
だからか……。
「気になって見に行くと、一匹の子犬が倒れていたの。妹が死んでたの」
どうして私にこんなにも優しいのか……。
「私は最低の姉よね。たった一人の妹を守れなかった。勝手に怒って、走って行く妹を追いかけもせず、死んだ妹を見ても泣きもしなかった」
キャンディーさんは私を……。
「後悔しているわ。それは今だって変わらない。だからあんたを見捨てたりしない。このままでいさせたりしない」
「私は、妹さんの代わりですか?」
感情のない声で言った。キャンディーさんはそれに動じることなく、私に言った。
「違うわ」
「じゃあ、なんですか?」
「友達よ。普通の、当たり前の生活にある
友達」
「じゃあ、どうして……私に妹さんの話をしたんですか?」
「後悔したくないのよ。もっとこうすればよかった、あの時ああすればよかった。そんな後悔は生きていた時に十分したわ。あなたもあるでしょう?」
ないわけがなかった。もっと後ろに気を配っていれば、私は高校生になれていた。病院で幾度と無くそれを思った。
感情がマグマのようにグツグツに煮えくり返る。思い返せば、思い返すほど私の中にあるマグマは大きさを増し、体を内側から焼いていく。体に力が入り、手は白くなるほど握っていた。
それをキャンディーさんは見ていた。察したんだろう。私がどれだけ後悔しているのかを。
「だから、消える前に後悔しないように今を楽しみましょうよ」
「……うん」
あんな思いはしたくない。キャンディーさんの言葉で私は気づいた。ゆっくりと体を起こす。もう、体を焼くマグマはない。力の入らなかった体は軽かった。
私達の日常は始まった。キャンディーさんの友達と遊んだ。新しいことも始めた。みんなで酒場に行った。女の人に群がる男の人が怖かったけど、みんながいたから楽しかった。それに初めてお酒も飲んだ。苦くて、鼻が痛くなった。だけど、みんなが美味しそうに飲むから私は、きっと美味しいものだと思って飲んでいたらいつの間にか酔っていた。後から聞いた話だけれど、酔った私はみんなを見てずっと笑っていたらしい。何となく恥ずかしくなってそれから、私はお酒を飲むのを辞めた。だけど、みんなでよく酒場に行くようになった。それが当たり前になって間もない時、私は恋をした。
ある日、私は暇を持て余していた。キャンディーさんは寝ていて、話し相手もいなかった。
酒場に行けば誰かいるかもしれない。
そう思って私はキャンディーさんを起こさないようにそっと家を出た。
酒場に近づくに連れ、活気づいた声が大きくなった。あんまり激しかったら帰ろう。そう思って、酒場に入った。
男と女の黄色い声が酒場の中で反響していた。みんな、酒を手に持って舞台を中心に騒いでいる。普段は、エッチな行為が行われているソファーもがら空きだった。
そんなに盛り上がってどうしたんだろう。
舞台の方を見たけど、色々な種類の生き物がいて、なかなか見えなかった。私は一生懸命つま先立ちをし、少しでも見えるように努力した。
すると、女に揉みくちゃにされている人がいた。彼は鼻の下を伸ばし笑っていた。その笑顔は世の中の穢れを知らない、無邪気な子供のようで、太陽のように眩しかった。
「あ」
女に押し倒されて、見えなくなった。一時すると、顔にたくさんのキスマークを付けて出てきた。そしてまた見えなくなって、また出てくる。
それを何度も繰り返していた。私は彼の顔が見えるたびに、心臓の音が大きくなっているような感覚だった。顔は熱湯を浴びせられたかのように熱く、その熱は体中に広がっていった。心臓の音がドンドンと、体の内側で一定のリズムを刻む。
「もっと騒ごうぜ!!」
「いえええええええええ」
彼が一声で場はこれまでと比較できないほどの盛り上がりを見せる。みんなが舞台に乗り、場の秩序は完全な崩壊を遂げた。
「ああ……」
落胆の声が無意識の内に漏れた。体はまだ熱く、少しだけ汗を掻いていた。
もう、彼の顔を見れそうもない。そう思い、ナイトワールドの風を心地よいものと感じながら、花の家に戻った。
家に戻っても鼓動と熱は治まらなかった。少しでも落ち着こうと、お湯と混ぜて蜜を飲んだ。蜜の甘みは彼の笑顔に、お湯の熱は彼を見た時の鼓動に、ずっと彼の事が頭から離れなかった。もう一度彼を見たい。その気持は時間とともに増幅していった。
「どうしたの?」
「あ、起こしちゃいましたか」
寝ていたキャンディーさんはいつの間にか起きていた。木の椅子に座る私の所に来て、
「勝手に起きただけよ。それより、何かあったの? 元気ないわよ」
「ジニーさんが私に言った言葉を覚えてますか?」
「諦めたらダメって事?」
「はい。私はこの世界で初めて、好きって思える人と出会いました。生まれて初めて、恋をしました」
キャンディーさんはとても驚いた。目を大きく開け、口は開いたままで、少しだけ可笑しかった。一瞬の間をおいてキャンディーさんは、
「良かったじゃない! 誰なの?」
キャンディーさんは自分の事のように喜んでくれた。私はそれが嬉しかった。だから口も自然と動いた。
「初めて見た人でした。多分、ここに来てそんなに時間は経ってないと思います。だから名前は知りません」
「道のりは長そうね」
「そうですね。頑張ってみます」
そう言って立ち上がろうとした時、体に違和感を感じた。体から何かが抜けるような感覚が、心臓からつま先に移動している。つま先に着くとその感覚は外へ出て行ったように消えてしまう。
「どうかしたの?」
キャンディーさんは私の異変に素早く気づいた。
「体がおかしいんです。何かが抜けるような感覚がするんです」
それを聞いたキャンディーさんの顔はジニーさんと最後の別れをした時と、同じ顔をしていた。だから、私はわたしに起きた異変を理解した。
「あのね、それは……」
消える。その言葉をキャンディーさんは言えなかった。まだ私が気づいていないと思っていたと思う。だから、
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。もう落ち込んだりしません」
キャンディーさんは私が言った言葉で理解したと思う。キャンディーさんはとても心配そうな顔をしていた。
その後も何度も酒場に言った。彼は疲れを感じなかったのか、休まずにずっと酒を飲んで男と女と一緒に楽しそうな時間を送っていた。
私はそれを少し離れた所でそっと見ていた。彼の顔を少しでも見たくて、彼の笑顔が見たくて。次第に彼の事をもって知りたいと思うようになった。でもいつも私の手の届かない所にいて、なんだか寂しかった。その間も何かが抜けるような感覚は続いていた。まだいつ消えるかわからなかった。それに不安を感じていたけれど、彼を見ていると、それを忘れることができた。
今日は彼に近づけるだろうか。そう思いながら、私は酒場に向かった。着いた時酒場は静まり返っていた。電気はついていたけれど、男の声も女の声も聞こえなかった。まるで、彼を見てきた今までが夢の様な気がした。不安を胸に酒場を覗くと、みんな床に倒れるように寝ていた。裸で寝ている生き物もいれば、酒を持ったまま寝ている生き物もいた。
「あ」
カウンターの近くに彼がいた。周りには女が彼を囲むように寝ていた。私は他の生き物を起こさないように、そっと彼の元へ向かった。
遠くから見ていた顔が今は手が届く距離にいる。そう思うと、鼓動が強くなり早さを増す。腰を下ろし彼の顔をまじまじと見た。
きれいな顔。透明な水のように、無邪気な子供のような人。
そう思い、頬から顎にかけて布を撫でるように触る。鼓動はさらに高まった。触れた手からは彼の温もりを感じ、そこから温もりが、私の体に流れ込んでくる感じがした。
そのことを楽しんでいると、彼の手が私の手首を掴んだ。痛くはなかった。でも、驚いて声をあげてしまった。
起きちゃう!
そう思い、咄嗟に口を塞いだ。彼を見ると、まだ寝ていた。無意識に私の手を掴んだと思った。それと周りを見渡し、誰も起きてないことを確認してから、私はさらに熱くなった体を冷ますために外に出た。
「ふう」
体内を換気するように、深呼吸をした。何度かすると、体の熱は少しだけ落ち着いた。
もう、今日は帰ろう。そう思った時、酒場から物音がした。
誰か起きたのかも。もしかしたら、彼が起きたのかもしれない。
さっき冷めたばかりの熱がまた体を犯す。それを体で感じながら、酒場に入った。
彼と話している時、彼を家に誘う時、私の顔は真っ赤だったと思う。彼は気づくことなく、会ったばかりの私に友達のように話してくれた。私は彼と時間を共有できるのが嬉しかった。その頃、私は消えるまでの時間をしっかりと理解していた。
*
ノエルとキャンディーとずいぶんと長いこと話をした。ノエルは時々、言葉を詰まらせたり、俺の顔をじっと見ていた。どうかしたのか? と聞いたら何でもないと言っていたので俺は気にしなかった。
「ごめんなさい。ちょっとだけ席を外します」
話をしているとノエルが胸のあたりを抑えながら、気分が悪そうにそう言った。キャンディーが心配してノエルを寝室かどこかの部屋に連れて行った。
長話をして疲れたんだろう。ここは死後の世界なんだから、病気なんてないんだから、ちょっと寝たらすぐ良くなるだろう。
「ちょっといい」
戻ってきたキャンディーが俺に言った。
「お疲れ。ノエルはどんな感じだ?」
「いいから、ちょっと外に来て」
怖い顔をしてキャンディーは俺を外に連れ出した。
俺何かしたか? それとも……いや、さすがに無理だ。俺は人間じゃないと抱けない。あ、酔えばいい。酒場じゃあ酔って色んな女とヤったからな。仕方ない。付き合ってやろう。
「何考えてんのよ」
「ああ、何でもない。それじゃあ、酒場でも行くか」
「どうして?」
「え……」
「え?」
お互い固まる。そして俺は、
「違うのか……? じゃあ、どうして外に連れ出したんだよ」
「ノエルについてよ。あんたには話さなきゃと思って」
「どうして」
「いいから黙って聞きなさい」
「お、おう」
ノエルが俺に惚れていること、そしてノエルには時間がないこと。俺はそれを知った。
だからノエルは俺のことを見ていたのか。そんな事にも気づけないとは、イケメン失格だな。でも、なんで消えるんだ?
それがわからなくて、俺はキャンディーに質問した。
「わからないわ。ポチにも聞いたけど、あいつはこの世界の事とか知らない。ただ、この世界に来た人に説明をしてるだけ」
「そっか。色んなもんがあるけど、色んなもんが見えない世界だな」
「だから、ナイトワールドなんでしょ。現実と一緒だったら意味が無いでしょうし。まあ、そんなことはどうでもいいわ。アンディ、あなたはノエルのことどう思ってるの?」
「そうだな。……それはノエルに言ってやるよ」
そう言って立ち上がる。それに対してキャンディーは、
「傷つけたら、ただじゃおかないわよ」
低い声で俺に忠告する。
「心配すんな。あ、邪魔すんなよ。男女の大事な話だからよ」
キャンディーから反応はない。櫛でアフロを整えノエルの所に向かった。
「よ! 体は大丈夫か?」
話をしていた部屋の隣に、大きな花があった。ノエルはそこで横になっていた。
「アンディさん、すみません心配をかけて」
「ああ、気にするな。それより隣いいか?」
「あ……え!」
ノエルは耳まで真っ赤にして動揺している。
可愛いじゃんかよ!!!!
テンションが上がるのを感じ、ノエルが答える前に横に座る。
「あ、アンディさん……!」
動揺の声をあげるが気にしない。ノエルは恥ずかしそうに俯く。
「さっきキャンディーから聞いたんだが、お前時間がないらしいな」
「え?」
驚きに顔を上げるが、また俯いてしまった。顔は見えない。でも、話をしてくれるだろう。そう思い会話を続ける。
「消えちまうんだろ? 死後の世界だってんのに不便だよな」
「どうしてキャンディーさんが……」
震えた声が帰ってくる。
「まあ、あれだ。お前が俺の事惚れてるって気づいてたらしい。だから、消える前に俺に何かして欲しいらしい。だからそれに答えるために、ちょっと頑張ろうと思ってな」
「そんなの……私は望んでいません。ただ、こうしていられるだけで幸せなんです」
また、ノエルの声は震えていた。だからその答えが嘘だということもわかった。
「憧れはないのか? ジニーって奴に言ったんだろ」
「……でも、時間がないじゃないですか。私そんなに長くないですから」
「わかんねえだろ、やってみなきゃよ。話してみろよ」
「ジニーさんのようになりたい。普通の人生をアンディさんと一緒に過ごしたい。私はアンディさんに出会って初めて恋をしたんです。その初めての人とずっと、いたいんです」
顔を手で覆い隠しながら、ノエルは泣きながら言った。その答えは俺にとって十分だった。だから俺はこいつの、ノエルに答える。
「わかった。ちょっと待っとけ。用事を済ましてくる」
「嫌です。一緒にいて下さい」
「直ぐ戻って来るって。心配すんな」
そう言い、俺はノエルと別れた。
出るときに、キャンディーが律儀にも外に待っていた。
「おい、ノエルのこと頼むわ」
「放置?」
「預けるだけだ。直ぐに取り戻しに来るぜ、お義姉さん」
「誰がお義姉さんよ。……ノエルの為に何かするのね。酒と女を貪る男の行動とは思えないわね」
「泣いてる女に何もしない男はいねえよ」
「泣き止んだら別の女に行くのね」
「ったく、心配症だな。安心しろよ。腰を据えたらそこから動かねえよ」
「ふふ。その言葉忘れないでよ」
嬉しそうな声が帰ってきた。キャンディーは返答した後家に入った。
それを見届けると、俺は自分が落ちた場所へ全力で走った。
「はあ、はあ、はあ」
き、キツイぞ。しかし着いてからが本番だ。なんとかポチに会わねえと。
大きく空気を吸い込み、
「ポチィィィィィィィ!! 出てこい!」
叫ぶ。息が切れるまで何度も何度も叫んだ。だが、全く現れない。
「糞が!」
現れないポチに怒りを感じ、地面を蹴る。
「おやおや、地面を蹴るなんて子供みたいですよ」
後ろから求めていた声が聞こえた。振り返るとポチがいる。ポチはまた目を細め、口の端を釣り上げていた。
「てめえ、いるならいるって言いやがれ」
「今ついたものでして」
「言い訳はいい。お前に聞きたいことがある」
「どのような質問ですか?」
「あの空の上に行きたい。その許可とそのための道具をお前に用意してもらいたい」
「ええ、構いません。どのようなものを?」
「いいのか?」
「どうしてですか? 私は支配人ですが、この世界でどうしようが私は構いません。ただ、ここに来る生物たちに義務を果たしているだけですから」
「そうかなら……」
*
外で大きな音がした。何か大きな物体が落ちてきたような音だ。
「どうしたんですかね?」
キャンディーさんに聞く。
「ちょっと様子を見てくるわ」
そう言って外へ出て行った。しばらくして、アンディと一緒に戻ってきた。
「アンディ!」
彼にまた会えた。もう時間はない。あと数時間、それが私に残された時間だった。
「ちょっと動かすぞ:
そう言ってアンディは私を抱え上げる。
「え、え!」
顔が一瞬で赤くなったのがわかった。アンディは、私が動揺していることを無視して外に連れ出す。
「……何これ?」
巨大な飛び台があった。スキージャンプのように長く、高層ビルよりも高かった。
「ポチ!」
アンディさんが叫ぶと、巨大な飛び台が消え、目の前に黄色のスポーツカーがあった。側部にはロケットのようなものが二つずつ付いている。
「ご苦労さまです。用意は整っております」
ポチの言葉にアンディは、
「おう、ありがとよ」
短く礼を言う。アンディは私を助手席に乗せ、アンディは運転席に乗る。
「よし! 行くぜ」
エンジンを掛けようとした時、私は叫んだ。
「待って!!!」
アンディは驚き私の方を見る。
「どうしたんだよ」
「それは私のセリフです。いったい何をするんですか。まずは説明をして下さい」
「そっか、悪い。俺たち上から落ちてきたよな?」
覚えているか、そう言ったニュアンスで言ってきた。
「覚えています」
「それでよ、この空を目指せば戻れるんじゃねえかって思うんだ」
「でも、死んでますよ?」
「もしかしたら、来世ってもんがあるかもしれねえじゃねえか。ここで消えたら無だぜ」
私はポチさんを見る。ポチさんも私を見て、
「私も知りません。そもそも前例がありませんから。消えたら無になるのかも知りません。確かめようがありませんからね」
「じゃあ、キャンディーさんも一緒に」
私の声を聞いてギャンディーさんは、
「私はいいわ。ここに残って、ここでできた友達と楽しくやるわ」
「でも!」
「ノエル、私の事はいいの。これからはあなた達二人の人生なのよ。忘れろなんて言わないわ。だから私のことは思い出として、あなたの心の中にいさせて」
「そんな……」
「やめるか?」
私の様子を見て、アンディさんが言う。
どうすればいいかわからなかった。だから何も答えることができなくて、アンディさんとキャンディーさんの顔を何度も見ていた。そんな私を見てキャンディーさんは、
「ノエル」
キャンディーさんは私を見ていた。私もキャンディーさんを見る。言葉ではなく、目でキャンディーさんが語る。
行きなさい。アンディと一緒に幸せを掴みなさい。そう語っている。私は本当に行かないんですか? それに対して、何度も言うわ。二人で幸せになりなさい。私、もう何も語らなかった。静かに頷いた。
「お願いします」
「もういいのか」
「はい」
アンディさんはアクセルを踏む。車は加速し、飛び台へと近づいていく。最後にキャンディーさんとポチを見る。
ポチさんはいつの間にか消えていた。キャンディーさんは笑っていた。その笑顔を忘れないようにしっかりと見る。車はドンドン加速し、キャンディーさんは小さくなっていく。顔が見えず点にしか見えない。
「そろそろ上るぞ」
アンディさんが言葉で振り返ると、飛び台が目の前にあった。私はキャンディーさんを見るのをやめ、正面を向く。
「私達、来世で逢えるでしょうか?」
「会えるさ」
肯定してくれた。だから希望が持てる。車は角度を得る。前を見ると空だ。アンディさんが車に取り付けられたボタンを押す。すると、側面にある物が火を吹いた。車はさらに加速し、一気に飛び台からジャンプした。そして暗黒の空へ突き進んだ。
ある一人の馬鹿な男がいる。そいつは黄色のスポーツカーのサイドミラーで鬱陶しいアフロを丁寧に整えていた。そして10分ほど経って、納得のいく髪型になったのだろう。よしと納得の声を上げ目の前を歩いている女子を見る。色で言えば白。霧のように消えそうな肌、顔は幼い印象を受けるが、可愛いより綺麗という言葉が似合う。身長は高くないく、全体的に細い。そんな女子だった。彼は女子に声をかける。
「お嬢さん、待ってくれ」
その声で女子は振り向く。女子は彼の顔を見て驚いた顔をしたかと思えば、次の瞬間にはまるで、長い間会えなかった恋人にでも会う顔になっていた。
「よかったら俺と食事でもしねえか?」
彼も初対面とは思えない態度で女子を誘う。
「はい。よろこんで」
女子は男の誘いを受ける。まだ知り合って数分しか経ってないのに男と女子は腕を組む。
「さあ、幸せになろう」
「はい。二人で」
こうして、二人は幸せの道を歩みましたとさ。