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ひとつのち ふたつのち

作者:

   ひとつのち ふたつのち

             


 大地がありました。


 南北に長く東西に広い

 広大な大地でした。


 山がありました。


 天に向かい聳える

 大地を隔てる山でした。


 川がありました。


 高い山の頂から

 北と南に流れる川でした。


 ふたつの国がありました。


 高い山に隔てられ

 北の地にひとつ

 南の地にひとつありました。




 私はふたつの国の血を受けました。


 灰色の大地に白い肌の北の血と

 紅い大地に黒い髪の南の血。

 私は母の肌と父の髪を受け継ぎました。


 山に隔てられても同じ大地

 源を同じくする川の恵みに与る

 ふたつの国は兄弟のような間なのだと

 父は私に言いました。



 穏やかなふたつの国。


 南の国の北の端に暮らし

 時に山を越え北の国を訪れる

 それが私の家の普通でした。




 けれどもある日

 普通は普通でなくなりました。


 ふたつの国に諍いが起こりました。


 互いの地に持たぬものを

 互いに求めたことが

 始まりだったのだと聞いています。


 国を隔てる山はそれぞれに閉ざされ

 ふたつの国はいつしか

 互いを憎む悲しい関係となりました。




 ひとつの悲しみは

 更なる悲しみを呼びました。


 故郷を絶たれ 

 周囲の冷たい眼差しに絶望した母は

 病を得た末に紅い大地に眠り


 母との別れを嘆いた父もまた

 私のことを心にかけながら

 母の横に眠りました。


 

 私はひとり

 紅い大地に残されました。


 幾つの月日が過ぎようと

 ふたつの国の関わりは変らず

 母の姿に似た私は

 紅い大地に自分の居所を

 見出すことが出来なくなっていました。


 友はいつしか私から離れ

 心を寄せていた少女は

 姿すら見ることがかなわなくなりました。


 熱い南の陽に照らされながら

 父の残した土地を守り墓を守ることが

 私のこの地でのなすことでした。




 私の土地は紅い大地の北にあり

 川の恵みを一番最初に受ける地でした。


 乾いた青い空の下の川岸は

 たくさんの緑に彩られ

 風が草達を鳴らす音と水音を

 ひとりいつも聞いていました。


 川の水は大地の血なのだと

 紅い大地に古くから暮らす民は

 言い伝えていると

 いつか父から聞いたことがあります。


 山より出でるこの川は

 灰色の北の大地にも

 紅い南の大地にも流れています。


 ふたつの流れを抱く大地は

 まるで私の身体のようです。


 ふたつの流れを辿れば

 ひとつの源へと行き着き

 ひとつの源を逆さに辿れば

 ふたつの国に行き着くのです。


 私の身体はふたつの国の血を

 ひとつの流れにしています。



 ふたつの血をこの身体に流す私は

 ひとつの地にこだわる必要は

 ないのではないかと思いました。


 私のいまひとつの源

 北の地にある国に

 私の居所はあるのではと思いました。


 そして 

 私は父の残した土地を

 求める人に売ると 

 南の地に別れを告げ

 北の地へと向かいました。




 北の大地は灰色でした。


 高い山に隔てられた北の大地は

 南の紅い大地と 

 似ていて違っていました。


 紅い南の大地は熱く

 灰色の北の大地は凍えていました。


 どちらの大地も乾いていました。


 天の恵みの雨は少なく

 山より流れ出でる川の水が

 同じく命の源でありました。



 この川の流れ

 恵みの水が

 新たな不幸を生むなど

 どうして思ったでしょう?




 私が北の地に辿り着き

 そこに住いを得てからも

 ふたつの国の関わりは

 変わることはありませんでした。


 そして

 この灰色の大地の国でも

 私は

 私の居所を見つけられませんでした。


 北の地において

 父の与えた私の黒髪は

 南の血を受ける証でありました。


 母の国であり

 私のいまひとつの源である北の国で

 私に声をかけるものは

 一人もありませんでした。


 北の凍える夜の寒さは

 私の心を更に凍てつかせ

 日々なすべきこともないこの国で

 ただ時だけが過ぎていきました。


 私の居所は 

 いったいどこに求めればよいのか 

 求めることすら虚しいことなのか

 私には分からなくなっていました。




 私が無為の日々を送るなか

 ふたつの国の関わりは

 次第に悪化をしていきました。


 いくつもの諍いの重なりは

 いつしか戦争へと変っていました。


 けれど

 私にはどうでもよいことでした。


 いずれの国にも

 私はどんな感情も

 持たなくなっていたのです。



 街をそぞろに歩いていた時のことです。


 北の人々の言葉の中に

 私の売った南の紅い土地の話が

 出ていることが耳に留まりました。


 北の国は

 浅はかな者から買い得た

 南の地に流れる川を堰き止め

 紅い大地が

 川の恵みを受けられぬようにしたのだと

 人々は話していました。



 私はいったい何をしたのでしょう?


 私は何故父の残した土地を

 売ってしまったのか

 問いと答えと言い訳とが

 私の頭の中で

 繰り返し生まれては消えました。



 眼を閉じても眠れぬ日が続きました。



 なすことのない北の国で

 なすことを捨てた南の国を想う

 自分の身勝手さと愚かさに

 私の涙はとめどなく流れました。




 そしていま

 私は手に銃を握り

 南の国へ

 紅い大地へ戻ってきています。


 北の国の兵となり

 南の国へ送られているのです。



 大地は変らずに紅い色をしていました。


 水の流れなくなった河床はひび割れ 

 かつてその岸を彩っていた

 草達の骸が風に吹かれ

 かさかさと鳴らされていました。



 両親の墓は破壊されていました。


 紅い乾いた砂の上に

 崩れた墓石の欠片が

 埋もれるように落ちていました。


 バラバラになった父と母の墓石を

 せめてひとつに寄せようと思いました。



 乾いた音が三回

 乾いた青い空に響きました。

 胸に熱く激しい痛みを感じました。


 砂埃にまみれた制服の上に

 赤黒い染みが

 どんどんと広がっていきます。


 染みは服の上では収まりきらず

 紅い大地の上にも

 赤い染みを広げていきます。


 手に取っていた墓石が落ち

 私も紅い大地の上に崩れました。


 ひとりだった私を助ける者はいません。


 熱い南の陽に照らされながら

 私は紅い大地の上に転がりました。

 

 靄のかかる眼に

 銃を手にした数人の姿が映りました。


 私を取り囲むと

 一人が私の肩を足で蹴り

 仰向きにさせました。


 一人は女性のようでした。


 その顔は

 かつて私が心を寄せた少女に

 似ているように思いました。


 私がまもなく動かなくなることを知ると

 唾を私に吐きかけて

 彼らは去っていきました。



 何も感じませんでした。

 何も考えられませんでした。


 ひとり紅い大地の上に転がり

 青い空を見上げていました。


 もう見えはしませんが

 私から流れ出る赤い血は

 乾いた大地に

 滲みこんでいくのでしょう。


 

 私は眼を閉じました。

 少ない風に吹かれ

 砂が動く音がしました。





 大地がありました。


 そこにはふたつの国がありました。


 私の身体はいつの日か


 この地の砂となり


 大地とひとつになるのでしょう。


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