儚いものとは
幸せとはなぜ突然に崩れていくものなのか。
お母さんの体が焼かれているのをぼんやりと眺めながら考えていた。
死に目は誰も見ていない。
私がいつものように学校とバイトに行ってヘロヘロになって、けれどゆうくんと桜の木の下で待ち合わせをしてバカみたいな話をしながら帰っていたのだ。
玄関のドアを開け私が「ただいま」と言う。
いつもだったらお母さんが返事をしてくれるのだ。
しかし返事がない。おかしいと思いながら寝室へ向かう。
するとお母さんは普通に布団の中に入っていた。
なんだ寝ていたのかと思うがどこかおかしい。
お母さんのそばへ寄りお母さんをゆする。しかし反応がない。
それどころか体が冷たい。
「おかあ、さん…?」
そっと心臓に手を当てる。しかしその心臓は動いていなかった。
それからはあまり覚えていない。
ゆうくんが電話をして救急車を呼んでいたいように思う。
病院へ向かうと、脳出血だと言われた。
それから急いで親族に連絡を取って、あわただしく葬式が行われることになったのであった。
大切な、私のたった一人の家族はこうしていなくなってしまったのだった。
骨になったお母さんをうちへ連れてきた。
ふう、と一つため息をつくとゆうくんのほうを向く。
葬式も何もかも一緒に手伝ってくれていたのだ。
お礼を言わなければ。
「ありがとう。すごく助かった。お母さんもゆうくん大好きだったから…きっと喜んでると思う。」
やっと大きな仕事が終わったかのように笑顔でゆうくんに話しかける。
しかしそこにはしかめっ面の顔をしたゆうくんが経っていた。
「藍、どうして泣かねえんだ?」
「え?」
突然の言葉に首をかしげる。
「ずっとずっと、藍泣いてない。俺は、すげえ悲しい。すげえ苦しい。けど俺泣けねえよ。藍が俺以上に苦しいのに、泣けない。」
「ゆうくん…」
「お母さんに言われてたんだ。私がもうすぐ死ぬけどその時藍は絶対悲しむ。けど絶対泣かないと思うって。お父さんの時もそうだったらしいな。けどそんなことしてたらいつまでたっても立ち直れないから藍を泣かせてあげてって。ほかにもいろいろ約束があったけど、まずこれが第一歩。」
知らなかった。そんな話を二人がしていたなんて。
確かにお父さんの時もそれどころではなかった。
これからどうしたらいいのか、お母さんと一緒に暮らしていくためにはどうしたらいいのか必死に考えているうちに涙は消えてしまった。
ゆうくんが私をぎゅっと抱きしめた。
「こういう時は、泣いていいんだ。お母さんの分も、お父さんの分も。それから考えればいい。悲しみは声に出して叫んでいいんだ。それで笑顔になればいいんだ。」
ふと目を瞑るとお母さんとお父さんの笑顔が浮かんでくる。
そしてたくさんの思い出がよみがえってきた。
「…っ…」
頬を温かいものが落ちていく。
ゆうくんがそれを促すように私の背中をさするものだからその粒は徐々に大きくなっていった。
「かな、しいよおっ、なで、なんで、私だけひっく、こんなっおか、あさ、っ」
「そうだな。なんでだろうな。」
散々今まで思っていた愚痴を泣きながら吐いた。
そしてゆうくんは何度も何度も相槌を打ってくれた。
それから私の生活は少しずつ変わり始めた。
まずゆうくんが一緒に暮らすこととなったのだった。
今までの努力を試したいということもあり大学は通い続けることにした。
ゆうくんとの生活は正直今までとあまり変わらなかったが、私がお弁当を作ってあげたりとそれなりに家族みたいなことをしていた。
そしてもう一つ。
そのころから何かぼんやりと違う景色が見えることが多くなったのだ。
勉強をしているときにふと何か別の庭のようなものが見えたり、テレビを見ているときにヨーロッパ建築の町が見えたり。
ゆうくんに話すととても心配したため病院に行った。
しかし視力も異常はないし、なにか眼帯に傷ができたわけでもなかった。
一応CTを取ってもらったが異常はなかった。
ただたまにぼんやりと風景が見えただけだったため、私はもう心配いらないとゆうくんを宥めた。
原因不明な現象に苛まれながら私の生活は続いていった。
「ごめん!」
バイトの帰り、いつもより遅くなった私をゆうくんは桜の木の下で待っていてくれた。
何か本を読んでいたのか私の声に気づくと本を閉じ私のほうを向いた。
「何の本を読んでいたの?」
「んーこれか?お母さんと約束していたその2を実践したいと思ってんだけどそれについての本」
にやりと悪戯を仕掛けるような笑顔を向けながら説明してくれた本を見ると題名は『結婚するための10か条』
「なっなんでっ!!!」
「えっひどっ!藍は俺と結婚したくねえの?!」
「そんなこと一言も言ってないけど!」
まさかこれがお母さんと交わしていた約束の中に入っていたとは思いもよらなかったのだ。
真っ赤になっているとゆうくんは真剣な顔で私のほうを向いた。
「言っておくけど、お母さんが言ったからってだけじゃねえぞ。俺も、藍と結婚したいと思ってるんだからな」
手をぎゅっと握られる。その手はまだ寒さの残る季節を感じさせた。
嬉しい。
私も、あなたと結婚したい。
そう口にしようとした瞬間、頭の奥底でまたあの景色が流れた。
【だめ あ… たは、 の 】
「え?」
「藍?!」
途端に頭が痛くなった。
ゆうくんが私を支えてくれる。痛みは一瞬だったが、それどころではない。
景色だけでない、次は声まで聞こえるようになってしまった。
なんなのか、どうして、こんな変な症状が出るようになったのか。
私は茫然と立ち尽くすしかなかった。
久々の更新です。
いよいよプロローグ脱出と言ったところでしょうか