彼がくれたもの
付き合ってからまず変わったこと、それは呼び方だった。
変わらずコンビニで働いている私、そしてそこへやってくる彼。
「櫻井さ~ん!か・れきたわよ~ん」
真鍋さんの声とともに彼の声も聞こえてくる。
「あーい!レジ頼む~!」
「だから、私はあなたお抱えじゃないの。」
「あなたじゃないだろ?」
「…」
ぶつぶつ言いながらもレジをする私はやはり彼のことを好きだと再認識する。
そして私の目をじっと見ながら彼が要求する。
いつもの言い方を。そして私の笑顔を。
「…今日もご苦労様。ゆうくん。」
”ゆうくん”
それは私のような堅物から聞いてみたいと頼まれた呼び方だった。
おそらく今の私の顔は真っ赤なのだろう。
しかし私は笑顔を絶やさず言った。
ゆうくんがにやにやしながら私の積めた荷物を持って去っていく。
「今日10時上がりだな!桜の木の下で待ってっから!」
眩しい笑顔を忘れずに。
付き合ってから夜遅くなる時は送ってもらえるようになった。
待ち合わせ場所は告白された桜の木の下。
傍の公園にあるためコンビニの邪魔にならないよう電灯に照らされたその下でゆうくんは待っててくれた。
送るとうちまで一緒に行くことになり、母にもみられることとなった。
初めての時はゆうくんのほうがとても緊張していた。
「はじめまして!藍さんとお付き合いさせていただいてます、末澤優介です!」
そして勢いよくされた90度のカクカクお辞儀に私と母が驚いてしまう。
母はくすくす笑うとゆうくんに挨拶をした。
「はじめまして、藍の母です。こんな格好ですいませんね。どうぞ上がってください。」
「お、お母さん!」
「これぐらい、させてちょうだい?お母さん嬉しいんだから。」
いつも以上に嬉しそうなお母さんを見ると何も言えずにゆうくんを通してしまった。
「お、おじゃましまっす!」
緊張しているような、嬉しそうな表情をしながらゆうくんは家に入った。
「狭い部屋でごめんね。」
家族で住んでいるというのに、一軒家ではなくアパートにしかも2LDKに住んでいるところを見られてますます恥ずかしくなり謝りながら案内する。
しかしゆうくんはまるで気にしていない様子だった。
「俺んちもこんなもんだし。むしろうちよりきれー。」
「ゆうくん独り暮らしなの?」
お母さんが持ってきてくれたお茶を飲みながらゆうくんに尋ねた。
するとあの笑顔のままあっさりと返事が返ってきた。
「いや、俺親居ないんだ。施設で高校まで育って、それからこの通り大工やってる。」
つなぎをひらひらさせながら説明するゆうくんに私はまた謝った。
私は咄嗟にうつむいた。
「あ、ごめん…」
「こら~。藍、笑顔。んな顔見たくないから俺言いたくなかったんだよ。な?」
ゆうくんは口端をあげ綺麗な歯が見えるように笑う。
それに従い私も最近慣れてきた笑顔を見せる。
「悲しいと言っちゃ悲しいけど。俺も昔は前の藍みたいな眉間にしわ寄せて苦しい顔ばっかりしてたし。」
「え?」
いつも笑っているゆうくんがまさか自分のようなしわを寄せて暮らしていたなど思いもしなかった。
「何で俺こんなんだろうって。いわゆる反抗期みたいなもの?まあかなり人生をつまらなく感じてたんだよな。けど、藍を見て変わったんだよな。」
「私?」
そこでいきなり私が出てくるなど思いもよらなかった。
「まだ中学の時かな?藍の学校の文化祭に行ったことがあるんだよ。藍すっげー笑顔で俺にパンフレットくれてさ。その瞬間なんか変わったんだよな。俺何であんな顔してたんだろって。心洗われたっていうか…」
私の頭をなでながら優しく穏やかに話してくれた。
知らなかった、そのころはまだお父さんも生きていて、そんな時にゆうくんと会っていただなんて。
「だから、次コンビニで見てびっくりした。そんで、救ってやりたいって思ったんだ。」
そんな光景をお母さんも嬉しそうに眺めていた。すると当然ゆうくんがお母さんのほうを向いた。
いつもは見れないとても真剣な目でお母さんを見つめていた。
「お母さん!俺、藍を幸せにしてえんだ。一生懸命この手で、幸せにしたいんだ。いいか?」
じっと土下座しながらゆうくんは言った。
しばらく誰も声を出せなかった。しかしその姿を見ながらお母さんがゆうくんに話しかけた。
「末澤君、うちは見ての通り決して裕福な生活をしてません。けれど、藍には何不自由ない生活をしてほしいと思っているの」
私が言えることではないけれどと母は冷笑した。
「末澤君、藍を、幸せにしてあげてね。」
「お母さん…」
「藍、よかったね。」
お母さんによかったねと言われたとたんに涙が出て止まらなかった。
そして私も笑顔が多くなった。彼と一緒に。
「嬉しい時も、悲しい時も、笑うんだ。藍を想って。するとスゲー元気が出る。」
だから、私も笑うようになった。嬉しい時も、悲しい時も。
すると学校でも変わったねって言われるようになった。
人と会話することが多くなった。
たとえ辛くても、心に余裕ができるようになった。
ゆうくんにそれを報告するととても喜んでくれた。そして目いっぱい褒めてくれるのだ。
それはどんなにテストで一番を取っても感じられない暖かさがあった。
とても嬉しくて、また笑顔が増える。
そうやって生きていけると思っていた。
主人公はあいちゃんです。
※編集しました