表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海色の瞳  作者: 徳次郎
21/21

最終話〜エピローグ

 僕はそっと、その包みを手にした。

 受け取る手が小さく震えているのが自分でも判った。

 瞬きをした瞬間、僕の頬に液体の雫が一筋流れるのを感じた。

 ゆかりは、僕の涙を見た為か、堪えていた何かが外れたように手を口に当てて下を向くと、激しく咽び泣いた。

「忘れないであげてね・・・・」

「忘れないよ・・・・」

 僕の胸にもたげた彼女の頭を、自分の涙を堪えながら、そっと手で撫でる事しか出来ない自分がもどかしく、ただその場に佇むしかなかった。

 綾香は生前に僕の誕生日プレゼントを用意したと言うのか・・・・

 それじゃ、彼女は、何時自分が死んでもいい準備をしていたのか・・・・

 あの寂しげな海色の瞳は、自分の命の短さを知っていたのだろうか。


「あんなに泣いたのに・・・・・涙っていくらでも出るんだね」

 顔を上げたゆかりが、少しだけ微笑んで言った。

 全てが静止するほどに真っ白な景色の中、歩き去るゆかりの後ろ姿を、僕は何時までも見つめていた。



     * * * * * * *



「皆川!」

 岡本の声で、白い景色だった校門前の通りが現実の風景に戻った。

 そこは、春の陽射しで漲っていた。

 僕はどれくらいの間、ここに佇んでいたのだろう。

 時計を見ると、昇降口を出てから何分も経ってはいなかった。

「これからみんなで半島まで走りに行くけど、お前も行かない。いわゆる卒業走りって事で」

 卒業証書の筒とアルバムを片手に、後ろから走って来た岡本が、勢い良く僕の肩を掴んで声を掛けて来た。

 地元の半島までバイクで走りに行こうと言うのだ。

「行こうぜ、ヒロト」

 坂木と正広もその後ろから自転車に乗って、声を掛けてきた。

 頬に流れた雫の跡を確かめるように、片手で拭った僕は、

「いや、今日は止めておくよ」

と、振り返りながら明るく応えた。

 もう、逃げられはしないだろう。

 今この瞬間に、ようやく決心が着いたようだ。

 あの丘の向こうの、墓石の下に静かに眠る、彼女に会いに行くという事を・・・・・・

 もしかしたら、この時、僕の心の時間が再び動き出したのかもしれない。

 綾香が僕にくれたプレゼント。それは、腕時計だった。

 ブランド物の高級なものなどではない。輸入雑貨店に売っているような、デザイン重視のものだ。

 彼女は自分の時が止まる事を知っていた。だから、その後の刻む時間を、僕に託したのかもしれない。



 両耳を貫くようなアフターバーナーの轟音に、思わず僕達が見上げた校舎の向こうには、練習を再開したブルーインパルスの機影が、春寒の大空を切り裂くように、一直線に上昇して行くのが見えた。





【エピローグ】


 西の空が真っ赤に染まっていた。

 彼方に浮かぶ雲の波も、その下に連なる街並みも、全てが茜色の光に染まり、輝いていた。

 小高い丘を越えて、更に連なる丘の上に大きな霊園がある。

 何区画にも分かれた巨大な迷路のような霊園の一角、少し傾斜したその上は、僕にとって特別な場所だ。

 僕は、初めて来たにも拘らず、この広大な霊園の中を迷う事無く辿り着く事ができた。

 その墓石は、夕日に照らされて黄金色に輝いていた。

 「藤島家之墓」・・・・・彼女は、ここへ両親よりも、祖父母よりも早く入ってしまった。

 持って来た線香の束に、ジッポライターで火を着けて香受けに置いた。

 白い煙が立ち込める中で僕はそっと両手を合わせた。

 再び想い出がフラッシュバックすると、閉じた瞼を涙がこじ開けて溢れ出てしまった。

 二度と会えないとしても、何処か自分の知らない遠くで生きていてくれる事と、この世に存在しない事は、あまりにも違いすぎる。

 その違いは、人の死を目の当りにして始めて実感するのだ。

 僕は、ポケットから学ランの第二ボタンを取り出し、石碑の壇の上に置いた。

 今日、三月二十三日は綾香の17歳の誕生日だった。

 これは、後で骨壷にこっそり入れてしまおう。


 悲しみは薄れ、やがては思い出だけが残るだろう。

 再び、この場所へ来る事があるかは判らない。

 それでも、きっと僕は、他の誰に恋をしても、この先家族をもって年老いていったとしても、藤島綾香の事は一生忘れないと思う。

 僕はこの先、彼女と同じくらい、人を好きになることができるのだろうか・・・・


 辺りが夕闇に包まれ、上空に星々が姿を現す頃、北極星の横には、彼女と一緒に見る約束をした、ほうき星の青白く透き通った光が、一筋の長い尾を引いていた。



                          海色の瞳 END



あとがき

 大人になっても忘れる事の出来ない思い出、忘れられない人はいますか?

 このお話はそんな物語です。

 最後まで読んでくださった方々、少しでも読んでくださった方々にも大変感謝いたします。未熟な作品ではありますが、ご意見・ご感想などをいただけたら幸いです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ