↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

タイタンの幼女

掲載日:2026/10/26

「フレデリカ! お前のような『ぺったんこ属性』とは破談だ、破談! 婚約破棄だ!」


 第一王子レナードは、巨大なゴーレムの足元で点検作業をしていたフレデリカに向かって、堂々とそう宣言した。


 フレデリカは、きょとんと王子を見上げた。


「酷いわ、レナード。私の一体何が不満なの?」


「いや、だってお前、五歳児じゃん。俺は二十五だぞ? 今でも二十歳差なのに、お前が二十歳になったら俺は四十歳近いんだぞ。話も合わないし、そもそも無理があるだろ!」


「愛があれば年の差なんて、という言葉もあるわ」


「その愛がないんだよ!」


 レナードは即答した。


「俺はもっとボンキュッボンの、成熟した女性と結婚する! 見ろ、この魅力的な男爵令嬢を!」


 王子の背後で、胸元を強調したドレス姿の令嬢が優雅に微笑んだ。


 フレデリカは彼女と自分の胸元を見比べた。


 そして、ふるふると拳を握りしめた。


「……そう。私を捨てるのね」


「そうだ。達者でな!」


 レナードは勝ち誇った顔で踵を返した。


「私を捨てたら、ゴーレムのガルちゃんとヘカちゃんが暴れちゃうんだから!」


「はいはい。百年前から伝わる、あの物騒な言い伝えだろ? そんなもの、ただの迷信だ。だいたい、お前のキンキン声にはもううんざりしていたんだ!」


 レナードは振り返りもしなかった。


 その背中は、やがて格納庫の出口に消えた。


 フレデリカはしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて顔を上げた。


「……絶対に復讐してやる」


 小さな拳を握りしめ、五歳の少女は不敵に笑った。


「王都は燃えているか、なのよ!」


 ◇


 フレデリカ・フォン・アーデルハイト。


 彼女は辺境伯家の次女であり、家伝の巨大ゴーレムを管理する一族の人間だった。


 彼女の仕事は、王都の城壁修繕のために貸し出されている二体の超巨大ゴーレム、『ガルガンチュア』と『ヘカトンケイル』の管理である。


 山のような巨体を持つ二体は、かつて王国を恐怖に陥れた伝説の魔物だった。


 その力は凄まじく、ひとたび暴れれば城壁どころか王都そのものを消し飛ばしかねない。


 だからこそ、百年前に辺境伯家と王家の間で契約が結ばれた。


 辺境伯家の娘が王族に嫁ぎ、定期的に隷属の呪術を施すことで、ゴーレムを王国に従わせる。


 それが、百年にわたって続いてきた取り決めだった。


 そして現在、ゴーレムの管理を任されているのがフレデリカである。


 本来なら、この役目は彼女の姉が担うはずだった。


 ところが一年前、フレデリカがわがままを言って家族を困らせたため、罰として屋敷にひとり残された。


 家族は王家主催の舞踏会へ出掛け、その帰り道、橋の崩落事故に巻き込まれて全員が命を落とした。


 その結果、辺境伯家の跡取りとなったフレデリカに、姉が担うはずだった婚姻の義務まで回ってきたのである。


 幼い彼女には、あまりにも重い責任だった。


 それでもフレデリカは、毎日ゴーレムの世話を続けてきた。


 ガルガンチュアとヘカトンケイルは、ただの石像ではない。


 彼らは意思を持つ魔物であり、命令を受けている間は従順だが、隷属の呪術が切れれば本来の性質を取り戻す。


 しかも、ひとたび敵と認識したものを排除しようとすると、膨大な魔力を使い果たすまで止まらない。


 暴走したゴーレムを再び従わせるには、術者が直接その額に触れ、再呪縛の術式を刻まなければならなかった。


 もちろん、暴走中の巨人に近づくのは不可能。圧倒的な力で拘束するか、大暴走の末のエネルギー切れで沈黙を待つしかない。


 だからこそ、フレデリカは毎日の点検を欠かさなかった。


 だが、その隷属の呪術も、あと二年で完全に効力を失う。


 再呪縛を行うための契約者は、王族の配偶者でなければならない。


 つまり、レナードとの婚約が破棄された今、フレデリカにはもうゴーレムを管理する義務も、権限もない。


「……まあ、言い伝えが本当なら、だけどね」


 フレデリカは小さくつぶやいた。


 王国は、五歳児でも制御出来るゴーレムに、辺境伯家の血が必要なのか、言い伝えの真偽を疑う声が出始めていた。


 彼女が家族を失ったことも、幼い身で一族の責任を背負っていることも、王族にとっては些細な問題だったのだろう。

 それどころか、最後には胸の大きさを理由に捨てられた。


「本当に私、帰るんだからね」


 フレデリカは頬を膨らませた。

 もちろん、返事をする者はいない。

 格納庫にいるのは、ガルガンチュアとヘカトンケイルだけだった。


「……じゃあね、ガルちゃん。ヘカちゃん」


 彼女は二体の巨人を見上げ、ぺこりと頭を下げた。


 その日、フレデリカは辺境伯領へ帰る馬車に乗り込んだ。


 レナードは何もわかっていない。

 あの二体の、本当の恐ろしさも。

 そして何より、彼らが誰の命令を聞いていたのかも。


 ◇


 婚約破棄から十日後。


 フレデリカは辺境伯領を母方の伯父に譲り、家伝のゴーレム『タイタン』を連れて隣国へ亡命した。


 実は、家族を失った半年後、隣国から内密の打診があったのだ。


 ――ゴーレムごと亡命し、第四王子の妻にならないかと。

 第四王子のエノクは、今年で四歳。

 フレデリカよりひとつ年下で、弟みたいに可愛い。


 もちろん、彼女にとっては恋愛というより、保護者同士の契約に近い話だった。


 だが、今となっては渡りに船である。

 どうせレナードに捨てられた身だ。

 隣国で新しい生活を始めたところで、誰に責められることもないだろう。


「タイタン、今日からよろしくね!」


 フレデリカが手を振ると、彼女の背後に立つ巨人が、重々しく片手を上げた。


 その巨体はガルガンチュアたちほどではないが、それでも普通の城壁を軽々とまたげる大きさだ。



 ――フレデリカはタイタンを使って魔獣を退治し、竜を討伐し、崩れた城壁を修復した。


 彼女の仕事ぶりは隣国で瞬く間に評判となった。

 気がつけば、五歳の少女は隣国を支える実力者のひとりになっていた。


 そして、婚約破棄から二年が経った。


 ◇


 祖国では、地響きのような爆音と悲鳴が鳴り響いていた。


 王宮の隣にそびえ立つのは、二体の巨大な石の巨人。

 ガルガンチュアとヘカトンケイルである。


 その額から赤い光が走り、王宮の尖塔を薙ぎ払った。


 石造りの建物が、まるでバターのように溶けて切り裂かれる。

 城壁が崩れ、街路が砕け、逃げ惑う人々の悲鳴が王都を埋め尽くした。


「な、なんだこれは! 誰か、ゴーレムを止めろ!」


 レナードは王宮の窓から叫んだ。


 だが、返事をする者はいない。

 どうやってあの巨体を止めろと言うのだろう……。


 百年間、王国を守るために使われてきた二体の巨人は、もはや王国を守る理由を持たなかった。


 ガルガンチュアが腕を振り下ろす。

 王宮の一角が崩れ落ちた。


 ヘカトンケイルが赤い光線で城壁を焼き切った。


「フレデリカだ! フレデリカを呼べ!」


 誰かが叫んだ。

 だが、彼女はもういない。

 王国が自ら追い出したのだから。


 七日七晩にわたって、二体の巨人は暴れ続けた。


 そして、ついに魔力を使い果たし、王都を焦土に変えたところで沈黙した。

 王宮は崩れ、城壁は砕け、かつて栄華を誇った王都は見る影もなくなっていた。


 ◇


「そりゃそうよね」


 遠く離れた隣国で、七歳になったフレデリカは優雅にお茶を飲んでいた。

 隣では六歳のエノクが、焼き菓子を両手で持って頬張っている。


「だって、気がついたら故郷から遠く離れた見知らぬ土地にいたんだもの。ガルちゃんもヘカちゃんも、びっくりしたでしょうね」


 フレデリカは楽しそうに笑った。


 隷属の呪術が切れた巨人たちは、最後に受けた命令と、百年間に蓄積した敵意をもとに暴れたのだろう。

 その結果が、あの惨状である。


「今なら、再呪縛もできなくはないんだけどねえ」


 フレデリカは紅茶のカップを傾けた。

 魔力を使い果たして沈黙している今こそ、再呪縛を施す絶好の機会ではある。


 ただし、額に触れるまで近づかなければならない。


 再起動まで、あと三日。


 つまり、残された時間は短い。


「でも、危ないからやめておきましょう。私、まだ七歳だもの」


 彼女はあっさりと結論を出した。


「三日後には、また動き出すでしょうね。今度は誰を敵だと思うのかしら?」


 フレデリカは、にっこりと微笑んだ。


「まあ、再呪縛する人がいないんだから、また魔力が切れるまで暴れるしかないわよね」


 エノクが首をかしげた。


「フレデリカお姉ちゃん、悪いことをしたの?」


「いいえ、エノク。私はただ、お仕事を辞めただけよ」


 フレデリカは彼の口元についた菓子くずを拭ってやった。


「契約がなくなったんだもの。仕方ないでしょう?」


 そう言って、彼女は再び紅茶を口に運んだ。

 遠い祖国の空には、まだ黒い煙が立ち上っていることだろう。

 けれど、フレデリカにはもう関係のない話だった。


 彼女は今日も、隣国で平和に暮らしている。

 遠くの空が赤く染まるのを眺めながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。