THANKS 4 死亡認定
午前0時を過ぎた街は、静かだった。
騒ぎはない。
悲鳴もない。
パトカーのサイレンすら聞こえない。
ただ、空気だけが変わっていた。
世界が「一日目」を終えた。
そして――
生存認定されなかった者が、確かに存在した。
テレビの速報は赤いままだった。
【死亡認定者数:25万3568名】
カスミは画面を見つめたまま動けなかった。
母が背後で呟く。
「……こんなに……?」
カスミは答えられない。
そのときだった。
画面が切り替わる。
現場中継。
日本のどこかの住宅街。
街灯の下に、黒い服の集団が立っている。
警察ではない。
救急でもない。
白衣でもない。
胸に刻まれた文字。
WCT監督官
HWプラン執行部
その中央に、無人の端末が置かれていた。
小さなスピーカーから、機械音声が流れる。
《対象者:未認定》
《生存不適合》
《死亡認定処理を開始します》
淡々と。
まるでゴミ収集の案内のように。
カメラが寄る。
対象者は、アパートの一室にいた。
若い男だった。
二十代。
床に座り込み、手首を抱えている。
黒い石は沈黙したままだ。
男の唇が震える。
「……誰も……言ってくれなかった……」
誰も、ありがとうを。
いや。
言えなかったのかもしれない。
言われなかったのかもしれない。
その違いは、もう意味を持たない。
監督官がドア越しに告げる。
「抵抗しないでください」
声は優しい。
優しいまま処理する。
男は叫ぶ。
「待ってくれ!明日なら!明日なら――」
監督官は首を振らない。
感情がない。
ただ端末を見ている。
《午前0時00分01秒》
《未認定確定》
《処理》
男の黒い石が、一瞬だけ赤く点滅した。
それが合図だった。
部屋の照明が落ちる。
映像が一瞬乱れる。
次に映ったとき。
男は動いていなかった。
倒れているのではない。
終わっている。
死ではなく、認定。
カメラマンが息を呑む音が入る。
現場にいた誰も泣かない。
泣く暇がない。
なぜなら。
その場にいる全員が、黒い石をつけているからだ。
監督官も。
カメラマンも。
視聴者も。
《本日の処理件数はまだ残っています》
機械音声が続ける。
《順次執行します》
テレビのスタジオに戻る。
ワイドショーの司会者が青ざめている。
昨日まで笑顔だった顔が崩れている。
コメンテーターが絞り出すように言う。
「……これは、抑止ではありません」
誰も返事をしない。
司会者が震える声で言う。
「礼節を重んじる日本で……なぜ……」
その問いに答えるものはいない。
ありがとうは文化だった。
だからこそ。
ありがとうは武器になった。
カスミは立ち上がり、窓を開けた。
夜の街。
静かだ。
誰も叫ばない。
ただ、黒い石だけがそこにある。
生き残った者の手首に。
そして、失った者の手首に。
母が背後で言った。
「カスミ」
「……なに」
母の声は優しい。
「明日も言うよ」
カスミは振り返る。
「ありがとうって」
母は微笑んだ。
制度に奪わせないように。
命に変えさせないように。
その言葉を。
カスミは唇を噛みしめた。
この世界で、ありがとうを信じ続けることは、
いちばん難しい。
それでも。
やっと携帯電話の環境が回復した。
カスミにSNS。付き合っている恋人から。
カスミ、お母さんがいるから大丈夫だよね。
明日、いや今日、僕の出番が必要?
大丈夫だよ。あなたは今、ものすごく大変だから本当に必要になったら連絡する。
あなたは大丈夫よね。守られているから。
だから怖いんだよね。油断が危ない。予想以上の数字が出た。
ごめん、仕事だ。また連絡する。
お母さんにも連絡が入っていた。
本日、カスミの父と14歳の弟が来るらしい。
素晴らしい家族に感謝です。
「……ありがとう」




