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眠れぬ夜をありがとう  作者: konatsu


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THANKS 2 HWプラン始動

テレビの中は、朝からやけに明るかった。


ワイドショーのスタジオは、いつも通り白い照明に包まれ、

出演者たちは笑顔を貼りつけている。


だがテロップだけが異常だった。


【本日0時0分1秒より HWプラン発令】


司会者が爽やかな声で言う。


「さあ皆さん、ついに始まります。

世界国家連合WCTによる国家改善計画――HeartWarming、通称HWプランです」


隣のコメンテーターが頷く。


政府認定、ありがとう解説アドバイザー。


まるで天気予報士のように、感謝を語る専門家だった。


「大事なのは、“正しいありがとう”です」


スタジオに拍手が起こる。


その拍手の軽さが、逆に不気味だった。


コメンテーターはカメラ目線で続ける。


「本日、真夜中0時0分1秒から、全国民のブレスレットが正式に記録を開始します」


画面にアニメーションが流れる。


手首の輪。

小さな黒い点。

静かに光る。


「ルールは単純です」


テロップが並ぶ。


HWプラン・本日からの規則


・13歳以上の全国民はブレスレットを装着

・毎日0時までに、他者から“ありがとう”を一度受け取ること

・認定されるのはその日最初のありがとうのみ

・2度目以降は無効

・対面のみ有効(録音・通信は不可)

・途中経過は表示されない

・結果は0時に記録される


司会者が笑顔で言った。


「つまり今日も、誰かに感謝されて眠りにつきましょう、ということですね!」


スタジオが明るく笑う。


だがその言葉の裏には、処刑がある。


コメンテーターが声を落とす。


「そして重要なのは対象範囲です」


画面が切り替わる。


【出入国全面禁止】


「HWプランは日本国民だけではありません。

本日、日本に滞在しているすべての人間が対象です」


スタジオが一瞬だけ静まる。


「海外渡航者も、留学生も、観光客も。

服役中の犯罪者も例外ではありません」


司会者が言う。


「刑務所の面会時間は24時間化されるそうですね」


「はい。社会から隔離されていても、“ありがとう”を受け取る機会を保証するためです」


その言い方が、優しさの仮面を被った制度だった。


コメンテーターはさらに付け加える。


「なお、適応外は――天皇陛下のみ」


一瞬、画面の空気が変わる。


「それ以外のすべての人間が対象です」


司会者が明るく締める。


「公平ですね!」


誰も笑わなかった。


コメンテーターは続ける。


「また、不正行為は即時処理となります」


テロップが赤くなる。


【隠匿・偽装・逃亡=死亡認定】


「隠れたり、ありがとうの偽装交換を行った者は、生存不適合者として

0時を待たず死亡認定処理が実行されます」


司会者が小さく息を呑む。


それでも番組は止まらない。


「そして、ろうあ者の方については――」


コメンテーターが丁寧に説明する。


「HWプラン非該当ではありません。存在は認められています。

視覚コマンドによる“ありがとう”がブレスレットに認識されれば成立します」


つまり手話も感謝も監視される。


「ただし結果がわかるのは0時以降。

本人には途中では分かりません」


司会者が苦笑する。


「不安ですね……」


「特に著名人はそうでしょう」


コメンテーターは言った。


「芸能人は一日に何百、何千のありがとうを受け取ります。

しかし認定されるのは“毎日違う人からの最初の一回”だけ」


「多くの感謝が、本物かどうか分からない。

むしろ不安になるでしょう」


司会者が尋ねる。


「なぜ一回しか認定しないんですか?」


コメンテーターは穏やかに微笑んだ。


「それは――人々が何度もありがとうを交わすためです」


「一回目かどうか分からない。

だから繰り返す。

交流が増える。信頼が高まる」


「それがWORLD UNIFIED AI SYSTEMの予測です」


スタジオの照明は明るいままだった。


朝の番組は、希望を語るふりをして。


世界最大の恐怖を、日常に溶かしていく。


そして今日。


日本の百日間が始まる。                                                                         コメンテーターは、少しだけ声を柔らかくした。


「もちろん、すべての人が同じ条件ではありません」


画面に新しいテロップが出る。


【例外規定:医療認定者】


「ろうあ者の方、そして医師により“認定された病人”は、HWプランの基準を満たさなくても死亡認定はされません」


司会者が頷く。


「つまり、“ありがとう”を受け取れない状況の方は保護されると」


「はい。あくまでこれは処罰ではなく、社会の再構築ですから」


その言葉が、妙に優しい。


優しさの形をした監視。


コメンテーターは続ける。


「また、HWプランは固定された法律ではありません」


スタジオの空気が少し変わる。


「世界国家連合――WCT(World Coalition Treaty)が、日々の状況を観測しながら改正を行います」


司会者が笑う。


「アップデートされるんですね!」


「ええ。人類の未来のために」


未来。


その言葉が、いちばん怖かった。


テレビは明るいままだった。


だが、画面の外の世界は――


まだ静かだった。


雪町カスミは、テレビを消した。


部屋の中に、急に音がなくなる。


自分の呼吸だけが残る。


手首のブレスレットは沈黙していた。


途中経過は表示されない。


結果は0時。


それがこの国の新しい常識。


カスミは臨時教師だった。


期限付き。


百日間だけ。


夢だった教壇が、国家実験と同じ時間で始まる。


玄関で靴を履きながら、母が言った。


「大丈夫よ。ありがとうって言えばいいだけ」


カスミは笑えなかった。


それでも――


「……ありがとう」


母は少し嬉しそうに頷いた。


それが、今日最初の“ありがとう”だった。


カスミは気づかないふりをして家を出た。


電車の中。


いつもと変わらない朝。


吊り広告。学生のスマホ。会社員のため息。


多少の「ありがとう」は聞こえた。


席を譲って、


「ありがとうございます」


荷物を避けて、


「すみません、ありがとう」


普段と同じ。


普段と同じだと、自分に言い聞かせた。


なのに。


なぜだろう。


見るものすべてが気になった。


誰の手首にも輪がある。


白い輪。


命の輪。


ありがとうの輪。


カスミは気分が悪くなってきた。


世界が“言葉”を数え始めた。


それだけで、空気が腐っていく。


駅を降りる。


春の風。


桜の匂い。


いつもと何も違わない。


そう思った瞬間だった。


ドンッ。


誰かが肩をぶつけてきた。


「……っ!」


カスミはバランスを崩し、転んだ。


膝が擦れて血がにじむ。


痛みより先に、恥ずかしさが来た。


「大丈夫かい!」


飛んできたのは、汚れた帽子をかぶったホームレスの老人だった。


老人は慌ててポケットを探り、


なけなしのタオルを差し出した。


「ほら、これを」


カスミは反射的に受け取った。


「……ありがとうございます」


老人は一瞬、目を細めた。


そして。


にやにやと笑った。


「ありがとう」


カスミは固まる。


老人は嬉しそうに続けた。


「おかげで私は今日は死亡認定クリアだ」


カスミの背中が凍った。


そのとき。


さっきぶつかってきた男が戻ってきた。


老人と目を合わせる。


「うまくいったな」


「次は逆に頼むよ」


軽い声。


取引。


仕組まれた転倒。


仕組まれたありがとう。しかし、不正認定には及ばなかったようだ。このあたりの基準が曖昧なのかもしれない。


カスミは息ができなかった。


老人のタオルが手の中で重い。


ありがとうが、罠になっている。


カスミは立ち上がり、走った。


走りながら涙が溢れる。


今までと違う。


時間が違う。


社会が違う。


もう戻れない。


そして、もう一つの恐怖が胸を刺した。


――私は、母にありがとうを使ってしまった。


もし、あのおじさんが“私のありがとう”を今日の一回目として信じたままなら。


あの老人は。


0時に。


死ぬ。


でも今さら戻って説明すれば、不正行為。


死亡認定。


助けようとすれば、自分が死ぬ。


臨時教師としての初日。


遅刻すれば夢も終わる。


涙は止まった。


代わりに、冷たい覚悟が残った。


強くなければ、生き残れない。


カスミは中学校の正門の前に立った。


春の光の中で、


門だけが黒く見えた。


この門をくぐれば。


新たな試練が待っている。


生徒を救うには、


まず自分が生存しなければならない。


やってみせる。


このような機会を与えてくれて本当に――


ありがとう。


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