1.現れたのは
作者にとって2作目となる此方のお話を、これからのんびり投稿していければと思います!
更新頻度は、かなりまちまちです。書けたら投稿していこうと思うので、気長にお待ちいただけると幸いです!
幼いころの記憶は、酷く曖昧だ。
唯一覚えているのは、私へ触れる黒い影のこと。
その影は恐ろしくなく、むしろ生きてきた中で一番温かくて、私を壊れ物を扱うように触れてくれた。
影は私の首へ触れて何かを囁くと、満足そうに微笑んで消えてしまった。
(――あぁ、どうして、今になってそんなことを思い出すのかしら…)
今の私を、大事に扱う人なんていないのに。
(そんなに優しく触れてくるなら、)
私のことが大切なら、
(早く、ここから連れ去って――……)
***
ここクリーヴィス王国の王宮では今宵、王立学園の卒業パーティーが行われている最中であった。
各々がこれからの門出を鼓舞し合う中、喧騒を突き破るような声が会場に響き渡る。
「聖女ルシア!!!今夜こそ言い逃れさせんぞっ!!」
一体何事かと、誰もが声のしたほうへ視線を向けると、そこにはこの国の王子であるエドガーとその腕にしがみつくピンク髪の少女。
そしてそんな二人を美しいほどの赤い瞳で静かに見据えている、ルシアと呼ばれた少女がいた。
「いったい何のことでしょうか、エドガー殿下」
ルシアは目の前の二人から視線を逸らすことなく、不可解そうに赤い双眸を細めた。
「とぼけるのも大概にしろ!!お前の悪事はすべて、このミラベル・パークス子爵令嬢と大神殿に勤めている聖女見習い達から聞いている!」
「エドガーさまぁ、わたし、怖かったですぅ…」
そう言って、ミラベルと呼ばれた少女はエドガーに肩を預け、もたれかかるようにしている。
それを見たルシアは小さくため息をつくと、呆れたように口を開いた。
「エドガー殿下、残念ながら私には何一つとして心当たりがございません」
「はっ!己の罪を自覚すらしていなかったとはな。いいだろう、今からお前の悪事を教えてやる!!まず――」
(はぁ、面倒くさいことこの上ない…)
エドガーの言葉を少し聞き流しながら横へ視線を向けると、そこには、目を潤ませながらも口元に笑みを浮かべたミラベルがいた。
(全く、ミラベルの演技は相変わらずね。昔から何も変わらない)
その演技に、何度ルシアが巻き込まれたことか。
「―お前は聖女見習の頃から己の仕事を他の者に押し付け、それを自らの手柄にしたり…」
(仕事を押し付けていたのは私ではなくミラベルですよ、殿下)
「さらには、彼女の教材を破り捨て――」
(聖女に、そんな時間も余力もありません)
次々に出てくる冤罪の数々に、ルシアは呆れを通り越し笑ってしまいそうだった。
学園に通いながらも聖女の役目をこなしてたルシアに、そんなくだらないことをする時間などなかったのに。
そもそも、聖女の役目で学園にもなかなか行けていなかったと言うのに。
いったい、彼はルシアの何を見ていたのだろうか。
(今更それを考えたところで、どうにもならないのだけれど…)
「――以上のことから、お前は聖女に相応しくない!…っおい!聞いているのか、ルシア!!」
「えぇ、すべて聞いていましてよ」
そう言い、赤い瞳で真っ直ぐ見つめたことで、エドガーが僅かにたじろいだ。
ルシアはそんなエドガーに向けて、淡々とした声色で言葉を紡いでいく。
「つまり殿下は、私と婚約破棄をし聖女をミラベルにしたいのでしょう?別に私に決定権はありませんのでお好きにどうぞ。ただし、ミラベルが聖女になり、もし仮に聖女の任から離れたいとなった時、私には二度と任せないという誓約書を書いてくださいませ」
「む、無論そのつもりだ…!ミラベル、それで構わないな」
「はい。…私、精一杯頑張りますぅ」
「おいっ、用意していたものを持ってこい!」
「しょ、承知しました…!」
ルシアが一つも反論しなかったことにエドガーは驚きながらも、何処か慌てた様子で近くにいた侍従に声をかけた。
「一一最後までつまらない女だな」
小さく呟かれたその言葉が、不思議とルシアの胸に響いた。
「お待たせ致しました」
そして暫くして戻ってきた侍従の手には、何枚かの書類らしきものがあった。
「ルシア、この書類にサインしろ」
「はい」
手渡された書類にざっと目を通すと、そこにはエドガーとの婚約を破棄するものと、聖女の任をミラベルへ託すといった内容が書かれていた。
無論、後者の方には先程ルシアが告げたことについても記されていた。
「殿下、念の為お聞きしますが、婚約破棄を陛下達はご存知なのですか?」
「勿論だ」
「……」
それを聞いたルシアは各書類に自身の名を綴った後、近くにいたウェイターから果物ナイフを借りると左手の親指にその刃を押し当てた。
その行為に周囲は勿論、目の前にいるエドガーとミランダも目を瞠った。
「きゃあぁ…!!」
「お、お前っ、一体なにをしているんだっ!!??」
「血印ですよ、殿下。この婚約破棄を確実なものにして、貴方達の婚約を邪魔しないようにしているのです」
そう言い、ルシアは自身の署名の横に親指を押し付ける。
じわっと血が滲んだことを確認したルシアは、指に治癒魔法をかけた後、ナイフを浄化してエドガーへと渡す。
「さあ、殿下も血印を」
「…くそっ!」
渋々といった様子でエドガーはナイフを受け取り、同じように血を各書類へと滲ませる。
これで、婚約破棄など(この)事実は簡単に反故にできなくなった。
「でっ、でんかぁ…、早くその傷を見せてくださいぃ…。痛々しいですからぁ…」
「あ、あぁ、ありがとう。ミランダは優しいな」
目の前で繰り広げられる茶番を他所に、ルシアはどうやってこの場から去るかを考え始めていた。
(この二人のことだもの。きっと私を真っ直ぐ神殿まで帰すとは思わない)
どうしようかと模索していた時だった。
「では、その娘は俺が貰って行っても問題はないな」
突然、地を這うような声が会場に響き渡った。
「な、何者だ!!!」
エドガーが震えた声でそう叫ぶと同時に、足元に禍々しい魔力を帯びた陣が浮かび上がる。
誰もが恐怖で動けなくなる中、ルシアは顔色を変えることなくその光景を見ていた。
(一一何かしら、この胸の高鳴りは…)
トクトクと、今まで感じたことのない高揚を感じると同時に、陣から現れた者の姿が徐々に鮮明になっていく。
そこに現れた青年は、サラサラとした黒髪に、恐ろしい程美しい金色の瞳を持っていた。
(一一綺麗な瞳)
金色の瞳は、何もかもを見透かしてしまいそうだ。
ルシアが食い入るように見つめていると、思わず青年と目が合ってしまう。
すると彼は、ふと、口元に笑みを浮かべた。
「……っ!!」
その瞬間、ドクンっ、と先程よりも大きく心臓が脈打ち、首元がじくじくと熱を持ち始めた。
(いったい、何が起きているの…!?)
自身の体に起きている変化に、ルシアは戸惑いを隠せなかった。
その間にも、青年は言葉を紡ぎながらルシアの目の前へやってくる。
「あぁ、ルシア。俺は、この瞬間を待っていた」
「……わたくし、を?」
「そうだ」
ルシアの名を呼んだ青年は、おもむろに跪く。
「一一!」
そして、驚きで目を瞠っているルシアの手を取り、淡々としながらも何処か甘さを含んだ声色で言うのだ。
「俺の名はノエル。魔国の王にして、お前の番だ」




