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バメヤ家の場合

私はバメヤ家の15代当主。


バメヤは古くから王国で軍事を司る家柄だ。


幼少期より

「誰よりも強くあれ」

と厳しい教育と訓練を義務付けられた。


物心ついた時から、

父上とも母上とも、まともに話をしたことはなかった。


ただ新年のパーティーの時に一言だけ話を聞いてもらえた。


毎年の抱負だ。

「今年は剣術のみではなく、学問も頑張ろうと思っております」

そう答えたら

「当たり前の事を告げるのに時間を使うな」

そんなことを言われた。


その頃の私はそれさえも父の愛だと思っていた。



こんな事はどこも同じだろうと思っていたが、同級生の話を聞くと、そうではなかった。


父上から剣の手ほどきを受けたり、勉強の話をしたりしているようで、羨ましかった。

一度思いきって、この事を伝えた事がある。


父上は私を殴り、剣に手をかけた。

(終わった……。そう思った)


幸い従者がとめてくれたので、ことなきをえた。


助けてくれなかったら、生きてはいないだろう。


しかし、その当時の家庭教師と、御付きのメイドは解雇された。

理由は教育の不足という事だった。


だれも父上に意見はしない。

だれも父上に意見はできない。


それが日常だった。


暴君。

それが適切な表現だと思った。

私は父のようには、決してならない。

そう誓った。


父上が急な病で亡くなり、私が当主になった。

その時、

はじめて父上の重圧を知った。

他の貴族達からの牽制、王からの重圧、家計のひっ迫、兵士達の不満。


会話や論理で抑えることは困難だった。

抑えが効かないことは、私の……。

いやバメヤ家の滅亡を意味していた。


長年に渡って力でねじ伏せてきた。その事実は、恨みをそれだけかっている事の裏返しでもあった。


貴族は仮面を被る人種だ。

利益の為なら平気で自らの気持ちすら裏切る。


当然……。


私を支持している連中も、同じだった。

笑顔で握手をしながら、後ろの手には凶器を隠し持つ。

狂気を使い凶器を隠す。

それが我々の日常であり、貴族の日常だった。


貴族社会は常に薄氷を履むような日常である。


些細なミスが、どんな事態を引き起こすかわからない。


私は自分がどんな立場にあるのか、はじめて知った。

そして、父の不器用な愛も知った。


この場にいたって、はじめて力でねじ伏せる事の重要性を痛感した。


獅子の群れでは、力こそ正義。

知恵や優しさ、思いやりでは……。

人は動かない。

力か恐怖。

それだけが守ってくれた。


そうして私は自分がもっともなりたくない姿に、自ら変化していったのだった。


彼女は

私の姿を見てどう言うだろうか?

ふと私は彼女の事を思い出していた


彼女は私の婚約者。

清楚で可憐な少女だった。

下級貴族の長女でとても賢い女性だった。


私は彼女に夢中だった。

彼女の笑顔は暖かく、

冷めきった私の心に、

色をつけてくれた。


彼女とあってから、

様々なことに意味を感じた。

厳しい剣の鍛錬も彼女を守るとなれば、

意味を見出せた。


ある時、

上級貴族から婚姻の申し出があると言われた。

父からのメモ書きだった。


私は婚約者がいるから。

そう言った。


3日後、

彼女は毒をもられ、亡くなった。


誰も、

婚約者の両親さえも

何も言わなかった。

まるで、彼女の存在が初めからなかったかのようだった……。



3か月後、何事もなかったかのように、上級貴族との婚姻が決まった。


私は剣を取ろうとしたが、

剣に手を伸ばしたその刹那、全身が氷のように固まり、震えで鞘すら抜けなかった。


この瞬間。

私の魂はどこかに消えてしまった。


私の婚約者は毒をもられて亡くなった。

最愛の人物が毒で亡くなったという経験は、想像以上に人生に影を落とす。


飲食のたびに、毒味役を呼び、食べさせないといけないからだ。

そうして何十人もの毒味役が私の眼の前で命を落とした。


見るたびに、彼女のことを思い出した。


毒味役に、はじめは申しわけないという気持ちもあったが、いつしか……そんな気持ちもどこかに消えてしまった。


全てのものが、自分を陥れる悪魔に見える。


それが上流階級の職業病だと言う貴族もいた。言い得て妙だなと思った。


人は身分をあげたがる。今よりもっと高い地位を求める。


高い地位に行けば見える景色が変わる。これは事実だ。

ただ……。


地位が高くなれば、その地位を奪おうとする力も強くなっていく。


中庸……。ちょうど良いバランスがあると古の賢者は言った。

できることなら、そうなりたかった

が、もう遅いのだろう。


手綱を緩めると、馬に襲われる。そういう状況にバメヤ家は立っていた。



そういえば、新しいメイドが入った。

キレイな顔をしているが、心のない人形のような顔だった。

私はすこし恐れを感じた。


ただこのメイドは勘がするどい。

私が胃腸に問題があること、夜リラックスして眠れないことを見抜き、ハーブティを持ってきた。

なに単なるミントのお茶だ。

あぁそうだ。この娘もミントという名前だった。

このお茶を飲んでから、胃腸の調子が良くなった。リラックスしてよく寝れるようになった。


始めは、毎回お茶も毒味をさせたが、荷物を調べさせ、怪しいものはなかったことから、この娘のお茶の毒味はやめさせた。


私も少しは自由が欲しかったのだ。


この娘は

「私が毒を盛ることはないが、毎回毒味をして欲しい」

と言ったが、私が断った。


皆の前で言ったので、ミントへの風当たりが少々強くなったらしい。

すこし悪いことをした気がしたが、あまり気にしなかった。


ミントがお茶を入れるようになった、色々なことが順調に動き始めた。


ミントと少し話すようになった。

彼女のお茶の知識に興味を持ったのだ。

話を聞くと、お茶や香りで人の心や身体を癒すことができるようだった。


お茶で調子が良くなったことから、主治医と毒味役を間に入れ、ミントと私の体調を上げるための方法を協議するようにさせた。


もちろん私の目の前でだ。

私は小娘といえども、その知識には一目置いていた。

しかし主治医や毒味役は違う。

嫉妬心もあるだろう。

それに、

主治医や毒味役にも信頼を完全には置いていなかった。


私も薬学の知識は多少ある。

3人の協議を見れば、だれが本当に私の身体を考えているかが読めるだろう。


それからミントは別の種類のお茶や、香りもあつかうことになった。


ある時、ミントに兵たちの不満が多くて困ると言ったら、

「宿舎や訓練場を見せてくだされば、香りやお茶でなんとかする方法を提案できます」

と言ってきた。


いつもは兵の不満など、

力で抑える私だったが、実績があるがゆえ、変装させ、連れて行くことにした。


ミントはその後、いくつかの品と手法を提案してきた。

部下にその方法を行わせたところ、1週間もしないうちに効果がでた。


これには私も驚いた。

いや……。

その才能に少し嫉妬もした。


ただ素直にありがたいと思った。


そこから私は彼女を重宝することになる。


貴族との社交で、香りや食事、お茶などで、警戒を解かせるなど。

いろいろな役目を与えた。


全てが完璧とまでは言えないが、信頼を置ける実績を出し続けた。


ミントは

「だれかに過去を語ったり、手紙を書くのは心の浄化にいいですよ」

と言っていた。


当の本人が、それを行い、ずいぶん浄化したとの事だった。


ただ……。

私は手紙を書く相手がいなかった。

私の手紙は命令のみだった。

私は過去を語ることもなかった。

私は弱みを見せることができなかった。


私は笑って、それはできないなと言った。


ミントは、もしよろしければ、私が聞きましょう。

問題のある箇所を除いて話すもいい。

全てを話して、もし私が裏切るようなら、始末するもよいでしょう。


そう言った。


その瞳は、亡くなった婚約者の瞳に似ていた。


優しいが意思の強い瞳だった。

そして旅立つことを恐れていない瞳だった。


それから私は、様々な過去をミントに聞かせた。



吐き出せば、

吐き出すほど、

心は浄化していった。


ミントが私の毒でおかしくなるのでは……。

そう心配したが、大丈夫だった。

時折

ミントは私の頭をなでてくれた。

こんな小娘にと……。

抵抗感があったが、

私はこの娘の愛なのか……。

安らぎなのか、わからないものの

引力にはあらがえなかった。


まるで女神に見えたのだ。


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