タイムの場合
僕はタイム。
10歳の頃に起こった戦争で両親を亡くした。
村で生き残ったのは僕だけだった。
村と言っても、割と大きめの村で1000人くらいは住んでいた。
親戚も祖父母も全員が村に住んでいたので、
天涯孤独となってしまった。
戦争では、金目のものや食料は全て奪われる。
僕は倒れた両親の間で、息をひそめた。
怒声と悲鳴。
ぱちぱちと木が燃える音。
そして木が燃えるニオイが頭にこびりついた。
1日たち、僕は村で生存者を探し回った。
昨日まで一緒に遊んでいた同級生。学校の先生。よくお菓子をくれたおばあちゃん。
みんな……。
息をしていなかった。
僕は涙が枯れるまで泣いた。
僕は家々を回り、食料がないか探した。
でも兵士たちに奪われて何もなかった。
唯一残っていたのは、残飯だけだった。
3日間は村ですごせたが、4日目にはニオイで住むことができなくなった。
僕は故郷をこうやって捨てたんだ。
3日かけて街に出て、仕事を探した。この街は戦争の被害にあっていなかった。
なんでたった3日の距離で、こんなに違うんだと、僕は気分が悪かった。
僕を雇ってくれるところはなかった。
そして仕方がなく、物乞いをしているところをマスターに拾われた。
マスターは、世界を調整する仕事をしていると言っていた。
もしあなたが戦争を終わらせたいと思うなら、一緒にやりませんか。
と……。
正直、戦争は憎かったが、終わらせたいとか、そういうのはよくわからなかった。
でも、マスターと一緒にいると、美味しいご飯が食べられる。
それはわかった。
マスターは、8年間いろんな事を教えてくれた。
薬草のこと。
植物の育て方。
この世界のなりたち。
喧嘩のしかた。
料理。
掃除。
ありとあらゆることを教えてくれた。
マスターがいなかったら、もう僕は村のみんなと同じところにいるだろう。
いつもは、大丈夫なんだけど、
たまに心が真っ暗闇に入ることがある。
ふかふかのベッドで寝ていると、足元から村の人たちの手が伸びてくる。
真っ赤に染まった手で僕をどこかに引きずり込もうとする。
そんな時マスターは、カモミールティーを入れてくれる。
頭をなでてくれる。
僕を抱きしめてくれる。
僕は、とても幸せな気持ちになるんだ。
戦争を目の前で経験したことがあるだろうか?
無抵抗の人たちを、笑いながら、切っていく悪魔を見たことがあるだろうか?
真っ赤に染まった両親にすがりつく少女を笑顔で切りつける悪魔を見たことがあるだろうか?
そして、その悪魔がなにもなかったかのように、子供を肩車して、楽しそうに過ごす様子を見たことがあるだろうか?
戦争という、暴力を目の前で味わった僕は……。
大人が、男の人が怖かった。
でもマスターは、違った。
マスターの前では緊張はしない。
父親のようかと言われたら、そうではない。
僕の父は優しかったが、マスターのようではなかった。
兄のようかと言われたら、そうでもない。
僕には兄がいなかったが、親戚のお兄ちゃんはいた。
でもマスターのようではなかった。
マスターは特別な人だ。
とてもキレイな人だ。
美しい女性のようと言ったら、
きっとマスターに嫌われるだろうから、
言えないけど、
とても魅力的な人だ。
前にミントとマスターの話をしていて。
「タイムは男の人が好きなの?」
と聞かれた。
僕は驚いた。
そんなはずはないと思った。
だって昔……。
村にいた時、幼なじみの女の子のことが好きだったから。
それに、マスターは好きだけど、それ以外の男に好きという感情はない。
だから、そういうのじゃないと思う。
僕はマスターのお陰で強くなった。
喧嘩はしないけど、喧嘩をしても、ごろつき5人くらいなら倒せるくらいには、鍛えてもらった。
でも。
だれが見ても、そうは見えないみたいだ。
僕は筋肉があまりつかないみたいで、よく女の子みたいだと
からかわれた。
マスターは、僕に
「タイムは男らしいよ。きっと誰よりも素敵な男になる」
そう言ってくれた。
マスターだけは、僕を認めてくれる。
任務は平気だ。
何も思わない。
でも……。
マスターと離れ離れになるのが、
たまらなく寂しい。
僕は今、世界でいちばん大切な人と、しばし離れることになる。けれど……それでもマスターのために、僕はちゃんとやり遂げるつもりだ。