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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

憤怒の聖者 ~ 聖女と間違われて召喚された会社員は怒る!

作者: n@t

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# プロローグ:聖女召喚は聖者召喚の誤り、そして理不尽な追放

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 日本のとあるオフィス街、その喧騒の中に、一人の会社員がいた。彼の名は桐原聖己きりはら きよみ、32歳。彼にとって仕事とは、いかに効率よくこなし、定時で退社するかという「正義」そのものだった。


 両親は彼に「清らかな自分自身を持つ」ことを期待してこの名を授けたが、その内には、効率を追求するあまりに時に直情的になり、怒りの爆発を抑えるのに苦労するような一面が隠されていた。今日もまた、彼は完璧な仕事ぶりで定時を迎え、足早に家路へと向かっていた。日本のサラリーマンがよく見せる、あの急ぎ足で。


 しかし、その夜の帰路は、彼の人生を根底から覆すものとなった。いつもの帰り道、駅前の雑踏に差し掛かったその時、突如として足元にまばゆい光を放つ魔法陣が浮かび上がり、次の瞬間、聖己の体は眩い光に包み込まれた。まるで時が止まったかのような感覚、周囲の喧騒が遠のき、彼だけが別の次元へと引きずり込まれるような、抗いようのない力。


 「うおおおっ!な、なんだこれ!?一体何が起きてるんだ!?俺、この後ご飯食べたいんですけどぉー!」


 混乱の中で意識を取り戻すと、そこは息をのむほど荘厳な大聖堂だった。金銀で彩られた柱は天高く伸び、ステンドグラスからは七色の光が差し込み、厳かな空気が漂っている。


 目の前には豪華絢爛な衣装をまとった男が立ち、その周囲にはいかにも怪しげなローブをまとった者たちがずらりと並んでいた。彼らは皆、期待と興奮に満ちた眼差しで聖己を見つめていた。男は聖己を見下ろすようにニヤリと笑うと、傲慢なまでに尊大な声で告げた。


 「よくぞ参った、異世界の聖女よ! 我がミレーネ教王国の栄光のため、その崇高なる癒しの力を使命とせよ!」


 聖己は呆然とした。聖女? まさか、この俺が? しかも、召喚? ここはどこで、一体何がどうなっているのか、彼の脳裏には無数の疑問符が浮かび上がる。日本の常識では到底考えられない事態に、彼の効率重視の頭脳は完全にフリーズしていた。


 「はぁ? 聖女? 俺、男なんですけど? てか、ここどこ!? 状況を説明してくださいよ! 勝手に拉致しておいて、何も説明なしかよ!」


 困惑を隠せない聖己の言葉に、教皇と名乗るその男は、聖己の全身を上から下まで、まるで値踏みするかのように一瞥すると、露骨に顔をしかめた。まるで不快なものを見るかのような、嫌悪感をあらわにした表情だった。


 「む、むさ苦しい男ではないか! なんだ、失敗か! 我がミレーネ教王国に聖女以外の存在など不要!

この醜悪な存在は速やかに追放せよ! 不愉快極まりない!」


 教皇は筋金入りの女好きで知られていた。聖女を召喚したつもりが、まさか男が現れるとは。その事実が、彼の逆鱗に触れたのだ。聖己は、この世界において聖女よりもはるかに強力な癒しの力を持っていたが、教皇はそのことに気づくことなく、己の感情のままに容赦なく追放を命じた。


 それどころか、追放するだけでは飽き足らず、刺客まで差し向けて殺害しようという徹底ぶりだった。彼の命など、取るに足らないものとでも言うかのように。


 聖己は、王城から囚人護送用の粗末な馬車に乗せられ、屈辱的な形で王都の城門から追い出された。ガラガラと音を立てて進む馬車の中で、彼はこれまでの人生を振り返っていた。


 効率を追求し、無駄を嫌い、合理的に生きてきたはずなのに、なぜこんな理不尽な目に遭わなければならないのか。降りかかる理不尽な事態の数々に、聖己の効率重視の合理的な心の中に、じわじわと、しかし確実に、煮え立つような怒りのマグマが溜め込まれていくのを感じていた。彼の内なる直情的な性格が、今まさに目覚めようとしていた。



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# 始まりの出会いと世界の(ことわり)、そして憤り

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 当てもなく街道を進む聖己の目に、数台の馬車が停まっているのが見えた。日差しが強く、あたりは静かで、ただ風の音が聞こえるばかりだ。そのうちの一台は、ひときわ頑丈な造りの箱馬車で、その周囲には何人もの人々が集まっていた。彼らの顔には焦りと不安の色が浮かんでいる。どうやら、何かトラブルに見舞われているようだった。


 馬車の傍らを通り過ぎながら、聖己はちらりとその様子を伺った。どうやら病人か怪我人がいるらしい。苦しそうな声が微かに聞こえてくる。彼の中の「お節介」な一面が顔を出し、放っておけないという気持ちが込み上げてきた。聖己は思わず声をかけた。


 「どうしました? 何かお困りのようですが」


 聖己の言葉に、箱馬車の中から苦しそうなうめき声が漏れ聞こえてきた。そして、中から出てきたのは、いかにも裕福そうな身なりの商会主らしき男だった。彼は憔悴した表情で、娘が旅の途中で高熱を出してしまい、医者もなく、一行は困り果てていると説明した。このままでは命にも関わるかもしれない、と絶望的な顔で告げた。


 聖己は迷いなく、自身の癒しの力を試すことにした。彼はこれまで、自分の体がそんな力を持っているとは夢にも思っていなかったが、なぜか確信があった。手をかざすと、彼の掌から温かい光が放たれ、それが娘の体を優しく包み込んだのだ。見る見るうちに、娘の顔色に生気が戻り、荒かった呼吸も落ち着いていくのがわかった。まるで魔法でも見ているかのような、劇的な回復だった。


 「な…なんと! 熱が引いた…! これは一体…信じられん!」


 商会主は驚愕の表情で、そして深く感謝の念を露わにした。彼は隣国で大きな商会を経営する実力者で、聖己に深く感謝の意を示すと共に、しばらくの間、自分の馬車に同乗するよう勧めてくれた。彼の誠実な態度に、聖己の凍り付いていた心が少しだけ溶けていくのを感じた。


 道中、聖己は自分の身の上の一部を、差し障りのない範囲で商会主に話した。異世界から来たこと、教皇に追放されたこと、そして命を狙われていること。商会主は驚きながらも、彼の話に耳を傾け、そしてこの世界の様々な情報について惜しみなく提供してくれた。


 ミレーネ教王国は、大陸の中央付近に位置する小国でありながら、ミレーネ教という巨大な宗教組織の宗主国として、多くの国に絶大な影響力を持っていること。

 国王でさえも教皇の絶対的な支配下にある、いわば傀儡国家であること。


 ミレーネ教が大陸各地に教会を築き、そこに聖女を駐在させて、癒しの力を商品のように「販売」していること。聖女候補は大陸全土からミレーネ騎士団によって強制的に集められ、訓練されたのちに、適性に応じて各国に有償派遣されるという、まるで人身売買のような実態があること。


 特に、その癒しの力が農作物の収穫に極めて大きな影響を与えるため、大陸各国の国家元首たちは聖女を独占するミレーネ教に逆らうことができないという現実。近年では、ミレーネ騎士団の誘拐行為に対抗手段を講じる国が増え、優秀な聖女が不足しているという背景があること。


 ミレーネ教王国自体は農業を含む基幹産業をほとんど持たないにもかかわらず、大陸各国からの莫大な売り上げによって裕福を極めていること。そして、ミレーネ教王国の誇るミレーネ騎士団が、その強力な武力によって各国へ睨みを利かせ、教団の支配を盤石なものにしているという現状。


 それらの話を聞くにつれて、聖己の心に教皇への、そしてミレーネ教という組織全体への怒りが再燃した。効率を重んじる彼の正義感が、この世界の非効率で、かつ極めて理不尽な支配システムを、もはや許容できなくなっていたのだ。彼の効率主義の根底にあるのは、物事を円滑に進め、無駄をなくすことで、より良い結果を生み出し、皆が幸福になるという信念だった。


 しかし、この世界で行われているのは、特定の組織が利益のために癒しという貴重な力を独占し、それを盾に他国を支配するという、非効率極まりない、そして何よりも生命と人々の幸福を顧みない行為だったのだ。彼の内なる怒りの炎は、じりじりと燃え盛り始めていた。



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#  絶望の荒野と憤怒の聖者、そして王国の崩壊

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 商会主と別れを告げた聖己は、一人、未開の荒野へと足を踏み入れた。商会主は惜しみながらも、彼の決断を尊重し、別れの言葉を告げた。その荒野は、地元の人々から ”絶望の荒野” と呼ばれている場所だった。草木も生えず、不毛な大地がどこまでも広がるその光景は、人々の絶望を体現しているかのようだった。彼は、この荒野で自らの力を試すことを決意したのだ。


 「どうせこの世界に追放されたのなら、誰も俺に指図できないところで、好きにやってやる…!この荒野を、俺の力で変えてやる!」


 荒野を歩き始めて間もなく、王国が放った刺客たちが聖己に追いついた。彼らは教皇の命令に従い、聖己を抹殺するために送り込まれた、選りすぐりの暗殺者たちだった。しかし、彼らは聖己がもはや追放されたただの男ではないことに気づいていなかった。聖己の効率的な戦闘スタイル、日本の会社員として培った冷静な判断力、そして内からほとばしる怒りによって覚醒しつつある桁外れの癒しの力が合わさり、刺客たちは呆気なく返り討ちにされた。


 この戦いで、聖己の内に秘められた怒りの感情は、さらに増幅され、彼は名実ともに憤怒の聖者へと変貌し始めたのだ。彼の目には、かつての冷静な光ではなく、燃え盛る炎のような激しい意志が宿っていた。それは、世界の不条理に対する、聖なる怒りだった。


 絶望の荒野に深く足を踏み入れた聖己は、その強大な癒しの力、“癒しマックス” を発動させ、荒野を根本から変貌させていった。彼が手をかざすたびに、枯れ果てていた大地に緑の芽吹きが始まり、干上がっていた川には清らかな水が流れ、そこに動植物たちが次々と息を吹き返していく。


 草花が咲き乱れ、木々がそびえ立ち、動物たちが自由に駆け回る。それは、まるで神話に語られる創造の光景そのものだった。不毛だった土地は生命の息吹に満ちた豊かな場所へと変わり、その変化は、人々の希望の象徴となっていった。


 しかし、その驚くべき変化は、ミレーネ教王国の耳にも届くことになった。教皇は、その豊かな土地が自らの支配下になく、しかも「男の聖者」によって生み出されたことに激怒する。王国の騎士団が、かつては荒野だったこの地を、聖己の力によって豊かになった土地ごと強奪しようと動き出したのだ。騎士団は、その強力な武力を背景に、何の躊躇もなく侵攻を開始した。


 「聖女が不足していると聞いていたが、まさか男の聖者が現れるとはな! しかし、この豊かな土地もろとも、我らミレーネ教王国のものとしよう! 邪魔をするなら、容赦なく排除する!」


 傲慢な言葉と共に、騎士団が聖己の前に現れた。しかし、彼らが対峙したのは、もはや彼らが知るような存在ではなかった。聖己の怒りは、この期に及んで完全に制御不能に陥っていたのだ。彼自身の理性的な意志とは無関係に、憤怒の聖者と化した聖己は、襲い来る騎士団を、ただの一人も残さず殲滅した。その場には、まるで激しい嵐が過ぎ去ったかのような静寂と、恐るべき破壊の跡だけが残された。そこには、ただ純粋な怒りだけが存在していた。


 怒りは収まらず、その猛り狂う感情のまま、聖己は王国へと舞い戻った。王城、そしてミレーネ教の総本山である大教会。次々とミレーネ教王国の主要な拠点を襲撃し、立ちはだかる者をすべて打ち倒し、その全てを制圧していったのだ。教皇は、聖己の圧倒的な力の前に震えながら膝を突き、これまでの悪行のすべてが白日の下に晒されることとなった。彼の権力は、一瞬にして崩れ去ったのだ。


 聖己の心に燃え盛っていた怒りが、ようやく静まった時、彼はミレーネ教に囚われていたすべての聖女たちを解放した。彼女たちは長年の苦しみから解放され、希望に満ちた顔で聖己に感謝を告げた。王国は、聖己の行動によってミレーネ教の支配から解放され、反ミレーネ教団の組織を中心として、新たな体制で再興されることになったのだ。大陸各国の教団支部もまた、本拠地の弱体化に伴い、その影響力を急速に失っていった。そして、聖己が復活させた荒野は、”祝福の地” と呼ばれるようになったのだ。それは、希望と再生の象徴として、人々の心に深く刻まれた。



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# 怒りの果て、そして新たな始まりへ

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 桐原聖己は、今回の騒動を通して、一つの重要な真実を深く理解していた。それは、宗教そのものと、宗教を利用した人身支配とは、全くの別物であるということだ。今回の騒動は、ミレーネ教という教えそのものが悪いのではなく、ミレーネ教団がその聖なる名を悪用し、人々を支配し、富を貪ったという、彼ら自身の犯した罪なのだと。それは、ミレーネ教という宗教とは次元の異なる、個人の、あるいは組織の倫理の問題だった。だからこそ、桐原聖己は心から願っていた。ミレーネ教団が、その本来の姿を取り戻し、信徒が真に求める、あるべき姿に戻ることを。彼は、宗教が人々を救うためのものであってほしいと願ったのだ。


 すべてを終え、制圧の区切りをつけた聖己だったが、彼の中にはまだ、制御しきれない「怒り」の感情が残っていた。強大な力を手に入れた代償か、あるいは、あまりにも理不尽な状況に直面し続けた結果か。その強大な力を、いかにして制御し、より良い方向へと導くべきか。


 彼は、この力を暴走させないための術を、心の底から求めていた。その答えを求め、桐原聖己は大陸を放浪することにしたのだ。彼の旅は、怒りから生まれた力で世界を変えた男の、新たな自己探求の始まりだった。彼の物語は、ここで終わりではない。むしろ、ここからが、真の始まりだったのだ。


 彼の旅の先に、何が待っているのか。そして、彼は自身の「怒り」とどう向き合い、真の聖者としてどのように成長していくのだろうか。彼の新たな旅路は、まだ始まったばかりだ。


おわり

お読みいただき、ありがとうございます。

☆で応援をいただけると、励みになります。

よろしくお願いいたします。

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