見える未来をどうするか
未来予知ものです 全部予知できないのでそこでどうする というところでお話します
祐介はごく普通の大学生だった。
講義に出て、コンビニで昼飯を買い、サークルに顔を出し、スマホをいじって寝るだけの日々。
まあま平凡な学生生活。
ただ——ひとつだけ、誰にも言っていない特別な能力があった。
「未来の“ある瞬間”が、突然頭に浮かぶ。」
それは映像として、短く鮮明に、まるでフラッシュのように現れる。
時期も理由も分からない。ただひとつ分かるのは、それが本当に訪れる未来の一部であるということ。
問題は、その未来をどう解釈するかだった。
冬。
祐介は仲の良い友人たち——佐々木、川島、理沙——とスキー旅行に行くことになった。
天気予報は快晴、テンションは最高潮。
しかしその前夜。祐介は夕食後にスマホを見ていると、視界にノイズのような光が走った。
——映像が来た。
テレビのニュース画面。女性キャスターが映っている。
字幕に、「本日午前、関越自動車道で大規模な事故と雪による通行止めが発生」とある。
画面には、白く凍った道路と長蛇の車列。背景の標識は、明日自分たちが通るルートだった。
「ヤバい、絶対巻き込まれる…!」
即座に祐介はLINEを打った。
《明日、めっちゃ渋滞ヤバそう。早めに出よう》
返事はすぐに来た。
「賛成!」「全然いいよ!」「朝弱いけど頑張る!」
テンション高く、みんなノリノリだった。
祐介は少し安心しながらも、やれることはやったほうが良いと感じていた。
翌朝、まだ真っ暗な時間に出発。車は佐々木が運転していた。
「この道、やばくね? ツルッツルじゃん…」と川島。
理沙は「さっきのカーブ、変な横揺れなかった?」と不安そう。
その時だった。
「やばっ!ブレーキ効かねぇ!」
助手席の佐々木が叫び、ハンドルを切った瞬間、車はスリップ。
ハンドルを切っていても車は直進し、除雪してできた雪の壁に突っ込んだ。
「うわっ!」「ぎゃー!」「やべっ!!」
ドンッという衝撃が全身を揺らした。
静寂の中、祐介は額を押さえて言った。
「生きてるか?」
「……最悪だ。ダイジョブだけど。」
事故の後、レスキューを呼んだ。
ニュースでは「大渋滞発生」と繰り返されていた。
まさに祐介が見た映像そのものだった。
でも違ったのは——それを自分たちが引き起こしたということ。
「未来を避けようとしたのに、結果は同じ……?」
渋滞に巻き込まれるだけだと思っていたから
自分がその原因になったのは最悪だし
事故後はそのまま帰らないといけなくなって
計画も台無しになった。
祐介は、ぞっとするような嫌な予感を覚えていた。
数日後、大学のゼミでプレゼンを控えた祐介に、また未来の映像が降ってきた。
——プレゼン中、壇上で詰まり、頭が真っ白になる自分。
沈黙。凍りつく教室。
「この未来だけは避けないと…!」
祐介は徹底的に準備した。
スライドは完璧、質疑応答の想定も完璧、教授の過去の質問パターンも分析済み。
当日。祐介は壇上に立ち、準備した通りに話し出す。
声は出ている。スライドも順調。思わず、「いける」と思った。
質疑応答に移った。
教授や聴衆の質問は想定済み。
次々と流れるように答えていった。
だが。
「祐介くん、悪くはない。でもな、準備した答えばかりでつまらないんだよ。
私や聴衆がたずねていることに対して
その背景を汲み取った解答やアドリブ、ユーモアもいるし
新しい何かが生まれてきてこその質疑応答だと思うのだが
君は君が言いたいことだけを言っているように聞こえる
自分を守っているだけという印象だ
議論は双方向で行ってこそより良いものが生まれるのだよ」
教授のその言葉で、世界が一気に崩れた。
(あっ——)
祐介はその場で固まった。視線が怖い。喉が塞がる。
言われてみればそのとおりとも思える。
「……悪い未来を回避したかっただけなのに」
光景としては予知通りだが
質疑応答でつまるだけよりもっと悪い結果になった気がする。
一生懸命やって間違えたって感じだ。
サークルの定例会議。再び未来の映像が現れた。
——女性メンバーと激しい口論。険悪な空気。沈黙。
「……またか。どうするかなあ」
口論している相手は葵だ。
かわいいけれど聡明で行動力がある。
そんな人と口論になるような気性でもないような気がする。
なんとなくあこがれていたのもあって
口論などしたくない相手だ。
祐介の悩みはよそに、会議は進む。
しかし、——案の定、葵と意見がぶつかる。
「いや、それだと作業が偏るでしょ?」
「でも、役割は明確にした方がスムーズだと思うけど。」
「そんな心配しなくていいよ
私の案の方がシンプルでやりやすい
細かいところに文句をつけて、そういうのがムカつく!」
予知通りの空気になった。
しばらく沈黙したあと、祐介の予想に反して、葵が少し表情を緩めた。
「……じゃあさ、両方やってみようよ。」
「え?」
「祐介のやり方と、私のやり方。両方一回試してみて、うまくいく方にすればいいじゃん。」
その言葉に、祐介は一瞬、言葉を失った。
「なんかムカついたけど、ちゃんと考えてたんなら、
自分のやり方に自信あるなら、試せばいいよ。」
数日後、両方の案を試した結果、祐介の案のほうが作業効率も雰囲気も良く、自然にそちらが採用された。
そのあたりから、葵とは一緒にいることが増えた。
自然に笑い合う時間ができ、気づけば一緒に帰るようになっていた。
大学卒業後、祐介は商事会社に内定をもらった。
そして——未来の映像が来た。
「会社のオフィス。スーツ姿の祐介が、目の前のおじさん社員にめちゃくちゃ怒られている。」
「……うわ。」
調べると、やはりその会社は“ブラック気味”という口コミもあった。
「じたばたするにしても内定はこの1社しかないから、今更逃げられない」
祐介は、不安を抱えつつも入社することを選んだ。
入社して数日。
「おい、祐介!ぼーっとしてないでついてこい!出かけるぞ」
怒鳴り声。出た、映像と同じおじさん——坂口課長だった。
「すみません…。」
「すみませんじゃねぇよ!それで済むなら警察いらねぇんだよ!」
数日は毎日怒鳴られた。
だが、祐介は気づいた。
坂口課長は、怒るだけの人じゃない。
「これがダメなのは分かるか?」
「えっと…データ不足?」
「そうだ。ここをこう直せば完璧になる。」
「さっきの顧客との会話だが・・・」
「お客さんに会う前にはあれとこれは絶対いるんだ」
怒鳴りつつも、きっちり指導してくれる。
「若いうちに失敗しとかないと、後で取り返しつかなくなるぞ。」
まるで、怖いけど信頼できる兄貴のような存在だった。
そうはいっても怖いので、怒鳴られるときは固まって直立不動だが、
親身になってくれているのはわかる。
案外悪い状況じゃなかった。
祐介は、改めて思った。
たしかに、自分には未来が見える。
でもそれは一枚のスナップショットに過ぎない。
未来は“決まっている”のかもしれない。
悪い場面が見えても、それがすべてじゃない。
そこから明るい未来を切り開くのは、自分だ。
見えるのはほんの一部なんだから
見えないところに希望をもってがんばって行けばいいんだ。
確かに未来は見える。でも、その先をどう生きるかは——自分で作るんだ。
実際の世の中もこんなものかもしれません