第6話 繋がり始める心
ゾアはネガリアンとの事を、全てセイに話した。
一人で抱えるには、大きすぎる秘密だった。
誰でも良いから、話しておきたかった。
話せば少しは楽になると思ったから……。
自虐を繰り返し、ゾアは木にもたれかかった。
「最高に笑えるだろ? 社会を恨み、一矢報いようとしたのに……」
素手で何度も木を叩き、自嘲を繰り返すゾア。
セイは何も言わず、ジッと彼を見つめていた。
「その感情や行動すら、仕組まれたと言う結末なんだからな!」
ゾアは足から力が抜けて、自然と芝生に座り込む。
生まれた時から運命が決められていた。
だから復讐くらいは自分の意思で、行おうとしていた。
だがその復讐すらも、運命に決められたものだった。
ゾアは自分に、世界に、全てに絶望していた。
「う~ん。全然笑えないですね。私の冗談の方が、まだ笑える」
セイは口を開いたかと思うと、そんな軽口を叩いた。
恐れる素振りも見せず、ゾアにそっと近寄る。
「折角そこまで抗ったんですから。最後まで抗いましょうよ」
セイはゾアの肩を、ポンポンっと叩いた。
もはや振り払う気力すらない。
「その力、絶望しなければ発動しないんでしょ?」
ネガリアンは言った。絶望すればするほど、力が強くなると。
真実を知った途端、覚醒したのもそのせいだろう。
「だったら絶望しないように、人生を楽しめば良いじゃないですか」
「簡単に言うなよ……。それが出来ないから、悩んでいるんじゃないか……」
「だから私が楽しみかたを、伝授するって言ってるじゃないですか!」
さも当然の事の様に、セイは語った。
ゾアは呆れが入った、溜息を吐く。
「お前の行動一つで、世界が滅びる。そんな覚悟、背負えるのか?」
「元々そのつもりだったんだから。理由が一つ増えた程度ですね」
まるで小さな事の様に、セイは言い切った。
胸を張りながら両手を広げ、深呼吸をする。
「私も小さい頃そうでした。何も楽しくなく、なんでこんな田舎に生まれたんだろうって思っていました」
セイは街の方を振り向きながら、優しい口調で話す。
風になびく彼女の髪が、ゾアには輝いて見えた。
「でも世界には楽しい事が沢山ある。ちょっと見えにくいだけでね」
「今は随分と楽しそうに見えるがな」
「ええ。ちょっとした工夫で、見えるようになったんですよ!」
セイはゾアに振り向き、ニヤリと笑った。
「どんな状況でも楽しんでやろうって、思うようになっただけですけどね」
「なんだよ、それ?」
「辛いときは辛い理由を探すため、そこに視界が向く。逆もしかりだそうです」
あやふやな知識を、セイは堂々と語った。
本当に全てが楽しそうに見える。
ゾアには彼女が羨ましく思えた。
ゾアはなぜ、セイに興味を持たなかったのか気が付く。
政治的な理由で婚約されたにも関わらず、彼女が楽しそうだったからだ。
興味を持てば、見れば見るほど嫉妬する。それが嫌だったのだろう。
「ゾア様も楽しんでみません? サバイバルを」
「なんでそこで、サバイバルなんだよ」
ゾアは自然と口角が上がりながら、彼女の能天気さを呆れた。
呆れたが、足に力が戻って来る。
再び立ち上がり、木から背中を離した。
「怖くないのか? 俺の持つ力が」
それは彼なりに持つ、気遣いの表れだった。
自分の力は、あらゆる物質を一瞬でかき消す。
それこそ生物であっても、例外ではないだろう。
「それくらいハチャメチャな方が、私の婚約者に相応しいでしょ?」
「お前が婚約者を選べる立場かよ。すこぶる下らない理由だし……」
ゾアは微笑みながらも、涙声になっていた。
ずっと冷たかった胸の奥に、僅かに温かいものが生まれた気がした。
「下らねえけど……。ありがとう……」
ゾアは最初から、自分の気持ちを見て見ぬふりをした。
復讐など、どうでも良かった。誰かに自分を見て欲しかった。
自分は存在しても良いんだよっと、認めて欲しかった。
大きくなるにつれて、その感情を子供っぽいと恥じるようになる。
だから隠すため、復讐心で隠していた。
「それと。お前の冗談全然面白くないぞ」
「やっぱり? センスが独特って良く言われます」
「独特じゃない。ハッキリ言って、つまらん」
ゾアは泣きながら、笑い続けた。
セイは彼の表情に何も言わず、そっと手を握る。
「それじゃあ、早速。楽しみましょうか! サバイバルを!」
「それはやらない」
涙が引っ込んだ。セイの手を払い、表情も硬くなる。
セイは両手を広げて、首を振った。
「やれやれじゃねんだよ! なんで俺がサバイバルしなきゃなんねえんだ!」
「人生楽しみたいんでしょ?」
「他に楽しむ方法あるだろ!」
ゾアはすっかりいつもの調子を取り戻した。
いや、少し前進した様子を見せた。
「まあ、ピクニックもその一つです。お味はいかが?」
「美味しいから腹立つ! ごちそうさまでした!」
「そりゃ、朝から準備した価値がありました」
セイは再び街の方へ視線を動かした。
「それじゃあ、仕事がてら。街で楽しい事を探しましょうか?」
「仕事も楽しい事も思い当たらないがな」
疑問を口にするゾアに、セイは悪戯笑みを向けた。
「こっそり領民を観察するもの、貴族のたしなみですよ!」
「お前にこっそりなんて、不可能だろ。たしなみじゃないし」
「こっそりできますよ。隠れ蓑術ってね!」
セイは再び、今度は引っ張る様にゾアの手を握った。
ゾアも払うような事をせず、彼女の方に重心を預ける。
「さあ! ゾア様! まずは脳の切り替え! 絶望からちょっと不幸に!」
「お前の脳みそは、さぞかしお花畑なんだろうな」
「ええ! ミツバチも桜の木もありますよ!」
セイに軽口を叩いても、直ぐ反撃されるな。
ゾアは諦めながら、深いため息を吐いた。
息と同時に胸のつっかえが取れる気がした。
「"セイ"。これからは様はいらん。敬語もいらん」
彼は婚約して始めて、セイの名前を口にした。
「では存分に……」
「ただし気持ちを込めて呼べよ。軽い気持ちで呼べば、口を塞ぐ」
「へへ! 分かっていますって!」
ゾアは思う。こんな風に誰かと話したことは、一度もない。
主従関係か媚びを売る貴族か。自分に近づく者の関係はそんなものだ。
対等な立場で誰かと会話を交わした事などなかった。
「"いきましょう"。ゾア。楽しい未来を作りにね!」
その言葉には色んな意味が、含まれていた。
先ほどまで、命を絶つ事すら考えていた。
どこへ向かえば良いのかも分からなかった。
悩みは消えたわけじゃない。だが肩の荷が軽くなった。
セイに引っ張られながら、ゾアは街に向かって走る。
彼女なら、自分の行く末を示してくれる気がした。
「ずっと欲しかったものは、案外……」
太陽を覆いつくしていた、分厚い雲が離れた。
再び太陽光が草原を照らし。心地の良い風が流れる。
さっきと同じ風なのに、ゾアには感じ方が違った。
貴族社会への復讐と言う、無謀な事。
世界を破壊するために、生まれてきた存在。
破滅に向かう自分の運命が、少しだけ変わった気がした。
「ちょっと、トリック決めて良い?」
「俺を骨折さえて、楽しいのか?」