第5話 悪魔の因子
その日もゾアは、悪夢を見た。
今まで心地よく寝られた記憶などない。
いつもいつも、嫌な夢が頭にへばりつくように寝起きに残る。
今日の夢もそうだ。得体の知れない黒いものが、自分に入って来る夢。
黒いものが体に入り込んだ瞬間、不快な気分になった。
それと同時に、酷く落ち込んだものだ。
「下らん。ただの夢だ……」
夢の記憶をかき消しながら、ゾアは執務室で仕事を進めた。
仕事と言っても、実は与えられた役割は少ない。
貴族としての基本的な仕事は、叔父が全て行うからだ。
彼のやることと言えば、叔父が目を通した書類にサインを書くだけ。
敢えて時間をかけることで、周囲から話しかけられないようにしている。
いつもそうだが、誰かと話す気分になれない。
「あと少しでアイツが来るな……」
溜息を吐き出しながら、ゾアは口に出した。
セイはいつも、決まった時間に執務室を訪れる。
入る事を許可した覚えはないが、そんなの聞く相手ではない。
なにより昨日、セイは忙しくなると告げた。
面倒だが何か仕掛けてくるつもりだろう。
「下らないな……」
セイの事など興味がない。自分にそう言い聞かせて。
ゆっくりとサインを書き続ける。
その間、いつもの様に考え事をしていた。
自分はなにの為に生まれたのだろうか?
もし自分を縛るものがなければ、本当はなにがやりたいのか?
いつも考えるが、答えなど出てこない。
淀んだ心の中、考えていると。
窓を叩くような音が聞こえてきた。
まさかセイの奴、窓から侵入するつもりじゃ……。軽い気持ちで彼は振り返る。
「偉いのぅ! ワシらの世界じゃ、十五歳はまだまだ学校暮らしじゃぞ!」
だが振り返った先に居たのは、予想外の人物だった。
一昨日レイ王女を襲った、怪物を操る人物。
ネガリアンと言ったか。彼は二体の怪物を従えて、執務室に侵入した。
「衛兵を呼びたければどうぞ。犠牲が増えるだけじゃがな」
「くっ……」
ネガリアンの操る怪物は、王族の近衛兵すらも歯が立たない。
彼らより劣る実力の衛兵が集まった所で、事態は解決しないだろう。
「俺になんのようだ? 言っておくが、俺に人質の価値はないぞ」
「死んでもらいに来た」
ネガリアンは見たことないL字型の武器を、ゾアに向けた。
「お主に恨みはない。ただその身に宿した、力を覚醒させるわけにはいかないのじゃ」
「その身に宿した力? なんのことだ?」
ネガリアンは武器を持つ手が震えている。
彼は溜息を吐くと、腕を下ろした。
「半端な気持ちで死ぬのも、気分が悪かろう。貴様に真実を教えてやる」
「真実だと?」
「お前の両親は、悪魔と取引したのじゃ。お前が生まれる前にな」
ネガリアンの言葉に、ゾアの胸が痛んだ。
自分の親の事が話題になると、いつも張り裂けそうな気持になる。
「お前の遺伝子には、悪魔の因子。ダークマター因子が組み込まれている」
「な、なんだよ……。それ?」
「あらゆる物質を、一瞬で消し去る力。とでも解説しておこうかのぅ」
ネガリアンの怪物が、ゾアに近寄ってきた。
彼は後ずさりをしながら、壁にもたれかける。
「覚醒すれば、世界を一瞬で滅ぼす事が出来る」
「なんだよそれ……。なんで俺にそんな力が!?」
「お前はその為に生まれてきたからじゃ。悪魔が世界を滅ぼすためにな」
ゾアは足に力が抜けてきた。抵抗する気力を失う。
情報を全て鵜呑みするつもりはないが。
もしそれが本当なら、自分が生まれてきた意味すら他者に決められた事になる。
「俺は……。世界を滅ぼすため生まれてきた……?」
「残酷なことじゃがハッキリ言うぞ。お前は両親にどうでも良いと思われていた」
ゾアにはそのことが分かっていた。
自分生んですぐに、愛人へ走ったのだから。
親の愛情など、求めていない。
だがこの運命は、あまりにこ過酷過ぎではないか。
ゾアは両親への憎しみを、更に増加させる。
「ワシはこの世界を壊すわけにはいかん……。だから……」
ネガリアンは怪物を従えて、武器を構えた。
「可哀そうだが、死んでもらう」
ネガリアンの指示で、怪物が飛び掛かってきた。
ゾアは咄嗟に腕でガードする。
その時、彼の腕が黒い光を帯びた。
光は怪物に入り込むと、その体を分解させた。
怪物から出てきた光は、そのままもう一体の怪物へ。
こちらの体も分解し、一部を消滅させる。
「な、なんだ……? 今のは……?」
「それがお前の持つ力じゃ。お前が絶望すればするほど、力は強まる」
ゾアは自分の力が、信じられなかった。
エリートの衛兵すら倒す怪物を、一瞬で倒した。
こんなものを見せられたら、ネガリアンの話を信じるしかない。
「お前の絶望は、全て奴に仕組まれたものじゃ。お前は何も悪くない」
「……。死ぬ前に気休めは御免だ」
「お前をレイ王女と、結婚させるわけにはいかぬのじゃ。許せ」
ネガリアンは兜の上からも分かる、苦渋の表情を浮かべた。
ゾアはもう生きる気力を失っていた。
復讐を考えていたが、世界を壊すほどじゃない。
こんな恐ろしい運命があるなら、消えてしまいたい。
ここでそれがかなうなら、恐れはなかった。
「未成年の殺害は、R指定に引っかかるぜ! ネガリアン!」
窓の外から、新たな乱入者が現れた。
乱入者はネガリアンに飛びかかると、そのまま蹴りを加える。
近くの本棚にネガリアンが、ぶつかり本を散らばらさえる。
「おのれ! ユウキ! またしても邪魔をする気か!?」
「それが僕の任務だからね」
ユウキはゾアを庇うように、彼の前に立った。
剣を構えて、ネガリアンに向かい合う。
「異界に深く干渉してはいけない。それが僕の世界のルールだろ?」
「なにも分かっていないな、ユウキ。そのルールがこの事態を引き起こしたとしたら?」
ネガリアンはボールを地面に叩きつけた。
煙幕が発生して、周囲の視界を奪う。
「ワシは諦めんぞ! 必ずや……」
ネガリアンは円盤に乗って、どこかへ立ち去った。
煙幕が消えた後、ユウキが剣を構えたまま立ち尽くしている。
「なぜ……。俺を助けた?」
ゾアはユウキに向かって、擬音をぶつけた。
会話から察するに、ユウキも自分の力を知っている。
世界を滅ぼすための存在だと。
「死んだ方がマシだったろ? だからだよ」
ユウキは微笑みながら、ゾアを見つめた。
「そう思える人物なら、きっと近くに救ってくれる人が居る」
「俺は十五年! ずっとそれを求めていたんだ!」
ゾアは感情が爆発して、思わず机を叩いた。
自分のもつ憎しみをどうにかしたくて。
誰かが救ってくれるのを、待っていた。
だが救いの手は、全く訪れる気配がない。
それどころか、現実への失望が増える一方だ。
「誰も俺のことなど……」
そこまで言いかけて、ふとセイの顔が頭に浮かんだ。
彼女の事は、無理矢理婚約させられた、哀れな奴としか思っていなかった。
興味もなかったし、形式だけの婚約のつもりだった。
でも昨日、彼女は自分の事情を知って寄り添おうとしていた。
頭の中をかき消して、ゾアは手を見つめる。
「異界に干渉すべきではない。この世界の運命を決めるのは、君達次第だ」
ユウキはどこかもどかしさを感じさせながら、剣を収めた。
「僕に出来ることは、ネガリアンを追う事だけだ。後は自分で何とかするんだ」
「待ってくれ! お前は異界の戦士なんだろ? だったら……」
自分の持つ得体の知れない力を何とかして欲しい。
そう訴えようとした時、執務室のドアが空いた。
「ゾア様! 少し……」