第4話 恐れ
メイド長が処罰された次の日。
セイはコック長に許可を頂いて、弁当を作っていた。
ゾアをピクニックに誘うためだ。
当然拒否られるだろうが、絶対に連れていくつもりだ。
彼は外の世界の事を知らない。幼い頃に心を閉ざしたのだから。
閉ざされた心を無理にこじ開けるのは良くない。
それはセイも理解しているが。ゾアには時間がない。
せめて自分がこの屋敷を追い出される前に、彼の心を少しでも開きたい。
今のまま王女と婚約しても、お互い不幸になるだけだ。
「さてとメイド長は居なくなったけど……」
周囲を警戒しながら。、セイは廊下を歩く。
自分を嫌っているのは、何もメイド長だけでない。
衛兵長やゾアの執事も、彼女を快く思っていないのだ。
変な妨害が入る前に、セイはゾアの執務室に向かう。
ノックをするが、当然返事はない。
いつもの事として、セイは許可を得ずに部屋に入った。
「ゾア様! 少し……」
部屋に入ると予想外の光景が広がっていた。
執務室が荒らされており、怪物の死骸らしきものが辺りに倒れている。
ゾアが呆然と立ち尽くしており、心ここにあらずと言った感じだ。
怪物は一昨日レイ王女を襲ったものと、よく似ている。
そして。その時現れたユウキと言う少年が、執務室で剣を構えていた。
「あ~。おとりこみ中だった?」
動揺を隠すため、セイは軽口を叩いた。
真っ二つに斬られた、怪物の胴体。
恐らくゾアに襲い掛かった怪物を、ユウキが退治したのだろう。
「僕の要件なら、既に終わったよ。後始末以外ね」
ユウキは右手を前に突き出した。
彼の腕が緑に光る。すると周囲の死骸も同じ色に光った。
以前も見た、物体を操る不思議な力を使ったのだろう。
なぜ彼がここに居るのか。この怪物たちはなんなのか。
聞きたいことは山ほどあるが、それより優先すべきことがある。
「ゾア様。お怪我はありませんか?」
ゾアに声をかけるが、彼の耳に情報が入らない様だ。
ただボーっとしながら、窓の外を見上げている。
「あ~。脳が情報処理中。でも僕が駆け付けた時に、怪我はなかったと思うよ」
「どうも。頭のネジが閉まり切ったら、改めて確認します」
ユウキは以前、レイ王女を助けた事があるが。
得体の知れない人間であることは、変わりがない。
彼の言葉を信じて良いか、セイは警戒心を持っていた。
「んじゃあ、僕はこの辺で。良い事したつもりだけど、それで嫌わるのは慣れているんでね」
彼は窓から身を投げ出した。緑の光を体にまとい。
明らかに空を飛んでいた。
怪物の死骸を持ったまま、彼は部屋から立ち去った。
数分が経過したのち、ようやくゾアが落ち着いたらいし。
セイに気づくと、一息を洩らした。
「緑茶でも飲みますか? リラックスできますよ?」
「いい……。いや、やっぱり入れてくれ……」
素直に頼まれたため、セイは緑茶をコップに入れた。
少々ぬるめのお茶で、ゾアをリラックスさせる。
「ピクニックにでも誘いに来たんですが。そんな気分じゃないですね?」
弁当の入ったバスケットを片手に、セイは語り掛ける。
「いや……。今は外で風にでも当たりたい気分だ」
「なるほど。じゃあちょっと外を歩きましょうか」
随分と素直になっているゾア。
彼の表情は青ざめている。そこから見えるのは、恐怖心だ。
正常な判断が出来ず、脳のブロックが外れているのだろう。
セイはなにがあったのか聞かず、彼を外に連れ出した。
本当なら護衛を付けるところだが、ゾア自身がそれを拒否した。
彼女もどうやって、彼だけを連れ出そうか考えていたところだった。
「街から外れたところに、綺麗な丘があります。そこで弁当を食べましょう」
「……。歩いて行くのか?」
「そりゃそうですよ。風景を楽しむのも醍醐味ですよ」
普段なら冷たい言葉を浴びせて来るゾアだが。
今日は素直に『そんなものか』と感想を洩らす。
やはり何かがおかしい。セイはそう感じつつも、予定通り緑あふれる丘を登った。
街から外に出た場所は、自然で溢れている。
セイは偶に抜け出して、ここで風を浴びていた。
綺麗な自然と、心地の良い風が、辛い事を吹き飛ばしてくれる。
用意していたシートを広げて、自然の見える位置に座る。
サンドウィッチの入ったバスケットを広げて、ゾアに渡した。
「良い場所でしょ? ここから、街を一望できるんですよ」
セイは丘から言える、街の眺めが好きだった。
新鮮な空気を吸いながら、胸を張る。
「あんなに広く感じる街も。ここから見ると小さく見える」
丘からは街の全体像が見えた。
中にいる間は結構迷うが、実はそう広い街ではない。
「世界は広い。そう思うと、自分の事がちっぽけに思て来るんですよね」
「ちっぽけか……。今俺が抱えている問題は、世界を見てもそう思えないな……」
ゾアは近くの花を引きちぎった。
花をジッと見つめながら、自嘲するように口角を上がる。
「アイツは異なる世界から、俺に真実を伝えに来たんだよ……」
「真実?」
アイツと言うのが、ユウキだというのに、セイは少しだけ時間がかかった。
セイが首を傾げると、ゾアは花を彼女に突き出した。
「こういう事だよ」
ゾアが腕に力を込めると、彼の腕から黒い光が放たれる。
黒い光は流れる様に、花に入り込んだ。
すると花は一瞬で枯れて、やがて跡形もなく消える。
「俺もさっきまで知らなかった。自分にこんな力があるなんてな……」
ゾアの目覚めた不思議な力に、セイも驚きを隠せない。
花を一瞬で消すなんて、そんな魔法は存在しない。
「こんなものじゃないらしい。覚醒すれば、世界を滅ぼせるんだとさ」
自虐気味に、全てに絶望した笑い声をゾアは上げた。
セイは両手を広げながら、首を傾ける。
「それで。世界を滅ぼす魔王にでもなるつもりですか?」
「魔王か。悪くないな。いっそ勇者にでも滅ぼされたい期分だ」
それは遠まわしに、自殺願望を口にしていた。
元々他者に心を閉ざしていたが。
彼は今、世界と言うものに、絶望している表情だ。
「俺は両家を繋ぐためだけに、生まれてきたのだと思っていた」
「政略結婚の子供だったんですよね……?」
「ああ。だが両親が俺を生んだ理由は、政治的な理由だけじゃなかったんだ……」
太陽に雲がかかり、辺りが少し暗くなる。
ゾアは立ち上がって、自分の両手を見つめた。
「信じられるか? 俺は世界を滅ぼすために、生み出されたんだ」
先ほどとは違う、冷たい風がセイの頬を過った。
「なぜ俺は、婚約破棄しようとしている相手に、こんな事を話しているんだろうな?」
「私が相談しやすいからじゃないですか? どうせ直ぐに屋敷を出るし」
「かもな。俺は誰でも良いから、自分の話を聞いて欲しいんだろな……」
腕を組み、体を震えさせているゾア。
彼は自分の中にある、得体の知れない力を恐れている。
その恐怖を自分だけにとどめられず、誰かと共有したいのだ。
「俺は……。生まれる前から遺伝子操作された存在なんだ」