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第3話 ゾアと言う少年

 メイド長の連行が終わった後。

 セイはゾアにハイタッチを求めた。


「何度も言わせるな。俺は奴が気に食わないだけだ」


 ゾアは差し伸べられた手をタッチすることはない。

 そのまま主に一礼をして、部屋から出て行った。

 協力して少しは分かり合えたと思っていたが。


 自分に興味がないのは、変わらないらしい。

 セイはやれやれと、両手を広げた。


「あまり気を悪くしないでくれ。あの子は君だけにあんな態度なわけじゃない」


 主が弁明をするように、セイに声をかけた。

 振り返って彼の表情を見ると、それは我が子を思う父の顔だ。

 実の子供ではないとはいえ、彼はゾアの大事に思っているのだろう。


「あの子もまた、政略結婚で生まれた子供なんだ」


 セイも聞いたことがある。コスモ家は元々、そこまでの地位はない。

 最近になって王族から、地位の向上を言い渡されたのだ。

 セイの生まれる前の出来事だったが、大人には記憶に新しい。


「あの子の両親には、どちらも思い人が居た」

「へえ。あの人は身の上話を全然してくれないから。初めて知りました」

「だろうな。あの子は過去の事を憎んでいるから」


 セイはずっと気になっていた。

 ゾアの両親が死んだという記録はない。

 それなのに、なぜ彼は叔父に育てられているのかと。


「二人共ゾアが生まれた途端、役目を終えたとばかりに愛人と逃げてしまったよ」


 政略結婚の目的は、両家を繋ぐことだ。

 子供が生まれた瞬間、その目的は完遂する。

 両家の血を持つ人間が、誕生するのだから。


「愛情を与えられず、人生すらも決められていた」

「貴方は愛情を注げなかったんですか?」

「私があの子を引き取った時には、既に手遅れになっていた」


 二つの家の血を引き継ぐ子。

 どちらの家の後継者になるかで、酷くもめたそうだ。

 幼少期から大人同士の争いを見て、ゾアは心を閉ざしていた。


 周囲の大人はゾアに愛情など、注がなかった。

 自分達の地位を得るための道具としか、考えていないのだ。


「いつしかあの子は、貴族社会と言うものを憎むようになっていた」

「みんなが自分を見る目は、貴族としての地位にしか向いていませんからね」

「あの子が権力に貪欲なのは。貴族制度を壊すためだ」


 セイはあの時、ゾアが口にしようとした言葉を理解した。

 彼が本当にやりたいことは、権力を得ることではなくて。

 自分にこんな仕打ちをした、貴族社会への復讐だ。


「そのやり方が自分が最も恨む、政略結婚とは皮肉だがな……」

「そこまで彼を思うなら……。なぜ私と婚約など?」

「君には悪い思っているがね。理由は二つある」


 主は立ち上がり、窓の方へ歩き出した。


「一つは。君の家に爵位を渡したのは私だ。君の父には多大な恩があるからね」

「聞いた事があります。父は元々この家の衛兵長だったと」

「彼には何度命を救ってもらったか……。相談できる相手が彼しかいなかった」


 星空を眺めながら、寂しそうな表情で主は語る。


「もう一つは、気を悪くしないで欲しいのだが。君には大した権力がないからだ」

「大丈夫ですよ。事実ですから」

「あの子の復讐を止めるには。これ以上の力を与えない事だ」


 権力を得れば得るほど、復讐に近づく。

 だがその復讐計画は余りにも、無謀だ。

 当然大勢の貴族に反発を受けるし、最悪暗殺もあり得る。


 彼の身を亡ぼす復讐計画を、なんとしても阻止したい。

 それがセイとゾアの婚約の真相だった。


「大人の身勝手で、君達を振り回して申し訳ないと思っているよ……」

「確かに私からしたら、いい迷惑ですね」


 セイは星空を見上げる主に、そう告げた。


「折角なので、三つ目も追加してもらいましょうか」

「三つ目だと?」


 主は首を傾げながら、セイに振り返る。


「ゾア様の心を救ってみせる。それが本当の目的ですよね?」


 セイは拳を突き出しながら、強い口調で言った。

 ゾアの話を聞いた以上、このまま婚約破棄とはいかない。

 そんなことをしても、彼は本当に幸せになれない。


「我々の身勝手で、婚約させられたあげく、こんな仕打ちを受けて。まだそんな……」

「彼は優しい人です。それを必死で憎悪で覆い隠そうとしているだけ」


 セイは今日の一件から、ゾアの評価を改めた。

 彼は不器用だが、周囲の事をよく見て気に掛けている。

 興味がないが口癖だが、心の奥底ではきっと……。


「私に任せてください。この世界は最高には楽しい事が沢山あるって、彼に教えてみせます!」

「セイ……。ありがとう……」

「それでは失礼します」


 セイはお辞儀をしたのち、客室から出た。

 そのまま真っすぐ、ゾアの寝室へと向かう。

 ノックをして、挨拶を告げる。


 返事はないがいつものことなので、セイは扉を開いた。

 部屋の中は小さなランプが灯っているだけで、薄暗い。

 ゾアは窓から下を覗き込んでいた。


「大方、叔父から俺の身の上話でも聞かされたんだろ?」

「ええ。同情して欲しいですか? 得意ですよ」

「余計なお世話だ」


 いつもの様に冷たい口調も、今は寂しそうに感じる。

 セイは一歩踏み出して、ゾアに近づいた。


「お前はどうなんだ?」


 ゾアは不意に、彼女に問いかけた。

 

「大人の都合で、見ず知らずの男と婚約させられ。周囲から後ろ指指され……」

「中々スリリングで、楽しいですよ? 周囲を見返すのもね!」

「その前向き過ぎる性格、潰したいほど羨ましいよ」


 ゾアは溜息を交えながら、セイに振り返った。


「俺は政略結婚から、始まったんだ」


 壁にもたれかかりながら、自嘲するゾア。


「生まれた瞬間に役目を終え。人生を決められた」


 ゾアがメイド長を嫌っていた理由を思い出す。

 きっと彼は、大人達にコントロールされ続けたのだろう。


「生まれた時から努力なんて無駄だった。周囲は俺の血筋と地位しか見てくれない」


 壁を叩きながら、自身への失望を口にするゾア。


「誰も俺を、ゾア・コスモとして評価してくれなかった」


 何度も壁を叩きながら、自虐的な笑いをあげるゾア。

 徐々に感情的になって良き、壁を叩く力が強まる。


「自分のやろうとしていることが、無謀だと理解している。だが……」


 ゾアは壁から腰を離し、セイに近寄った。


「せめて一矢報いたい。それが悪い事か?」

「いや。当然の感情だと思いますよ」


 セイに否定されなかった事が、意外だったのか。

 ゾアは目を丸くしていた。


「ゾア様。私は貴方を誤解していました」

「誤解か……。本当に誤解なんだろうか?」

「ええ。貴方は冷酷な人ではなく。普通の人でした」


 セイはゾアに近づき、手を差し伸べた。


「本当な誰か助けて欲しくて。でも素直に救いを求められない人に思えます」

「勝手なイメージだな……」

「だから私が教えてあげますよ。貴方は幸せになって良いと。この世界の楽しさを」


 どれだけ待っても、セイの手は握り返されない。

 彼女は諦めて、窓へと向かった。


「明日から忙しくしますから。覚悟してくださいね!」


 窓から飛び出して、セイは庭に着地した。

 

「窓、閉めていけよ……」


 呆れ交じりの声が聞こえてきて、セイはフッと笑った。

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