第2話 初めての共同作業
セイとゾアは客室のカーテン裏に隠れていた。
現在はこの屋敷の主が、客人と共に取引をしている。
誰にも聞かれたくない内容らしく、警備は厳重だったが。
そこはゾアの口添えで何とかなった。
それでも主にバレれば、説教では済まされないだろう。
「ここまでさせて、何もないなら一生奴隷にしてやるぞ」
狭いカーテンに二人で隠れるのが不愉快なのか。
ゾアは随分と機嫌が悪そうだった。
「それはそれでスリリングだけど。何もないわけないでしょう?」
セイはニヤニヤしながら、小声で伝える。
ゾアも確信しているのか、『フン』っとだけ返してきた。
「個人的な意見として。嫌がらせの為にそこまでするかって感じだがな」
「人間性根が腐り果てると、嫌がらせが目的になるんです」
軽口を叩きながらも、セイは認識を改めつつある。
ゾアは権力に貪欲な、冷酷な人物だと思っていたが。
少なからず、良心が残っているらしい。
こうなると、彼の冷たい目の意味が変わって見える。
冷たい視線は、心を閉ざしている証拠ではないかと。
そう言えば、叔父の事も良く思っていない様だった。
「望みの事が来る前に、一つ良い事を教えてやろう」
ゾアは目線を客人に向けた。
客人は上質な服を着た、偉い男性と言った印象だ。
コスモ家の主が気を遣うからには、相当な地位の人間だろう。
「あの男がレイ王女の父、ノバだ。つまり将来俺の義理の父となる人物だ」
「へえ。でも十代の子供がいるお父さんって、感じではないですね」
「それは俺も思った」
珍しくセイの言葉に、ゾアが頷いた。
ノバは随分と若く見える。立場的には国王の弟とのことだ。
国王には跡継ぎが居ないので、彼の娘が王女となっている。
「食えない男さ。この縁談、こちらの条件を飲むばかりで、何も提示してこない」
「へえ。それだけ評価されているってことですね」
「俺が、無条件で王女と結婚できるほど立派な人間に見えるか?」
自虐混じりの皮肉に、セイは言葉が詰まった。
同意するのも失礼だが、正直否定も出来ない。
その沈黙だけで、ゾアには伝わったようだ。
「婚約は向こうの太鼓判押しでしょ? どうして直ぐ結ばないのですか?」
「向こうの真意が見えない以上、こっちも下手に動きたくないんだ」
偉いと結婚する相手にも、政治的に動かねばならないんだなぁ。
などと考えていると、自分もそうだったと思いだす。
「無駄話だったが。ほら。来たぞ」
ゾアが合図を出すと、コック長により料理が運ばれてくるところだ。
料理はセイが取ってきた魚が使われている。
流石の腕前で、生物が綺麗な食材になっている。
「サメ? なんでサメ?」
主が首を傾げながら、食材に疑問を投げかけた。
しまった……。流石にサメはやり過ぎだったか……。
危機感を抱いたが、主は『まあ良いか』と適当に流した。
「それでノバ様。今日はどう言ったご用件で?」
「二つある。まず、ゾア殿の保護者として、レイとの婚約を認めて欲しい」
この言葉にはゾアは勿論、セイも目を丸くした。
認めろという事は、現段階では渋っているという事だ。
王族との繋がりを持てる。主は既に同意していると思っていた。
「ご存じの通り、あの子は婚約しております」
「田舎娘との婚約など、さっさと破棄すればいいだろ」
「一度決めた事を、簡単に変えることは信条に反します」
苦しい表情をしながらも、主はきっぱりと断っていた。
セイは主の事を、良く知らなかった。
向こうが自分の事を避けているので、快く思っていないと感じていた。
「まあいずれ首を縦に振ってもらうとして。本題は次だ」
料理にナイフを指して、ノバが鋭い視線となる。
「この料理、手を付けない方が良いな」
「は、はい?」
「毒が入っている。人を殺すほどではないが、二、三日腹は壊すだろう」
主は目を丸くしていた。ジッとコック長に、目線を向ける。
視線を向けられた本人は、何のことか分からず動揺していた。
セイとゾアは向かい合い、やれやれと首を振った。
「コック長。この食材、どこで仕入れてきたのですか?」
すかさずメイド長が、口を挟んだ。
『ほぉらね?』っと、セイはゾアに苦笑いを浮かべる。
「確か昨日の襲撃で、今日は仕入れが難しいとの話でしたが」
「そ、それは……」
「それと。私は夕方、クーラーボックスを握った、生臭いお嬢様を見かけましたが」
嫌味ったらしい笑顔で、コック長に近づく。
「その魚。お嬢様から仕入れたのでは?」
コック長は動揺している。当然だ。
食材に毒を仕込めるのは、調理した自分と、調達したセイのみだ。
だがもう一人だけ。食材に毒を仕込める人物をセイは知っている。
「どうやらあのお嬢様は、とんでもない……」
「オーケー! そこまで!」
セイはカーテンをめくって、外に出た。
「なっ! なぜ……」
「思い通りに動きすぎ。正直、こんなんでよく十何年も持ったなって感じ」
セイはメイド長に近づいて、服に手を伸ばした。
「持ち物検査開始っと」
「ここは旦那様に許可された者以外、立ち入り禁止です。誰の許可で……」
「俺が、許可した」
カーテンからゾアも姿を現す。
軽蔑するような目線をメイド長に向けて、腕を組む。
「わあ! ポケットにこんなものが!」
セイはメイド長の服から、注射器を取り出した。
その中には、緑の液体が入っている。
「これなに? もしかして毒?」
主が険しい表情で、メイド長を睨んだ。
「どういう事だ? 説明してもらおうか?」
「こ、これは罠です! お嬢様が元々隠していた注射器を、今……」
必死で言い訳をするメイド長に、ゾアが近づいた。
「なら注射器の中身、体内に入れろ」
ゾアにしては珍しい、怒りの声を上げている。
「出来るよな? 注射器の中身を知らないなら」
「ゾア様……! なぜこのような、田舎娘の……」
「勘違いするな。俺はお前が嫌いなだけだ」
決定的な証拠を突きつけられて、メイド長は膝をついた。
彼女は食中毒騒動で、セイの立場を危うくするつもりだったのだろう。
「客人に毒を仕込むとは。君にはそれ相応の処罰が必要なようだね」
主は厳しい口調で、メイド長に言い渡した。
「でしたら、処分はこちらに任せてもらいましょうか。おい!」
ノバが外に指示を飛ばして、護衛を連れて来る。
護衛はメイド長の両側に立ち、彼女を拘束した。
「致死量ではないとはいえ、この私に毒を仕込んだんだ。その罰、どう償う?」
「そんな……! 私は貴方様の……」
メイド長が言いかけた時、ノバが彼女の腹部を殴った。
彼女は口を閉ざし、その場でうずくまる。
「連れて行け」
「はっ!」
メイド長はこれ以上口を開けず、弁明の余地なく連れていかれる。
ノバはナプキンで手を拭きながら、主に振り返った。
「とんだ騒動だな。本日はこの辺で失敬するよ」
「わざわざご足労頂いたのに、申し訳ありませんね」
「いや。おかげで面白いものが見られた」
ノバはセイを、その後ゾアに視線を動かした。
最後に主に目線を向けて、鼻で笑う。
「次は良い返事を期待しているよ」
従者を連れて、食事には一切手を付けず。
ノバは客室を後にした。
「へえ。食わせ者って言うのは、本当らしいね」
「ちっ……。相変らず、なに考えているか分からない野郎だ……」
セイとゾアは去っていくノバの背中を見つめた。
王女との縁談。何か裏がある気する。
セイはゾア達が縁談を渋る理由を理解したのだった。