最終話 ニュープロローグ
黒い雲が消えた。その中から、愛娘が落下する。
セイとゾアは同時に地面を滑り、彼女をキャッチする。
「良かった……。本当に良かった……」
感情が込み上げて来る。ゾアは涙ぐんですらいた。
全てが終わってホッとしたが。一つの不安が全員に訪れる。
彼女を救ってくれた存在は、どこに行ったのか?
「彼なら元の世界に戻ったよ」
ノバが全てを悟った表情で、口にした。
「我が兄を倒してね……」
「……」
ミラが罪を感じる顔で、俯いた。
セイは察した。雲が消える前に、大きな爆発が見えた。
きっと彼は光の中に……。
「……。まだ終わってないよ……」
ミラは胸を掴みながら言った。
彼女の体からは、再び黒い靄が発生している。
「私が居る限り……。将来私が生まれる限り。また同じことが……」
「なんで!? 黒幕の国王は倒したのに!?」
「まだ彼の残党がいる。彼らから情報が漏れないとは限らない」
ミラの言葉をセイは否定しきれない。
彼女の力は強力だ。また権力争いに巻き込まれないとも限らない。
だからこの先、同じ運命が待ち受けている。
「でも私、恨んでないよ。二人の娘として生まれてきた事を」
ミラを包む黒い靄が、大きくなる。
セイは心の奥底に、針が刺さった感触が走る。
「ちょっとの間だったけど、私は幸せだったよ」
「止めてよ、ミラちゃん……。それじゃあまるで、さよならするみたいじゃない……」
手を伸ばすセイから、ミラは離れた。
因子の影響か、運動力が遥かに高い。
「ミラちゃんはこれから、もっと幸せな未来が待っているよ」
「そうだ。これからも三人で……」
ミラは両親の言葉に、首を振った。
「せめてパパとママに終わらせて欲しいの」
全ての因果を断ち切る意味。その代償。
二人は喉が強張った。それを口にしたくない。
でもしなければきっと……。彼女は旅立てない。
「セイ」
「ゾア」
「「婚約を破棄する」」
将来ミラが生まれないように。因子が遺伝しないように。
自分達の子孫に、呪いが伝染しないように。
二人は決断した。決断しなければならなかった。
「ありがとう……。さよなら」
ミラは黒い靄に包まれて、影となった。
靄は影すらも飲み込み、その場で消滅していく。
全てが消えた後。そこには誰も存在しなかった。
***
それは三週間程度の出来事に過ぎない。
長くて、大変で。そして大事な三週間だ。
今日、セイとゾアの婚約破棄の手続きが受理される。
書類を提出すれば、二人の婚約生活も終わりだ。
セイは荷物をまとめていた。
僅か一年足らず過ごした部屋を、空っぽにする。
「思えば色々あったなぁ」
メイド長の騒動から始まって。
ゾアの事を知って、彼の父親と悶着あって。
乗り越えた先の結末がこれとはと、セイは自嘲した。
自分はゾアを愛していたのか? その答えはまだ出せていない。
でも胸の中で、寂しさを感じていると言いう事は。
幸せだったのだろう。彼と一緒に居る時間が。
「もう行こうっと!」
ゾアとはもう顔を合わせない事にした。
お互い顔を見れば、後悔が溢れそうだ。
これで良いと、自分に言い聞かせる。
自分達の子供に、過酷な運命を歩ませたくない。
だから自分達で苦しみを終わらせなければ。
「さよなら……」
もう一度自分の部屋だった場所を見返して。
セイは屋敷から立ち去ろうとした。
部屋から出た瞬間。一つの影が脇から飛び出した。
「はぁ……。はぁ……。間に合った……」
「レイ王女!? どうしてここに?」
「決まっているでしょ! その婚約破棄に待ったをかけるためよ!」
レイはセイの腕を掴み、強引に引っ張る。
細い腕とは対照的に、凄い力だ。
「誰も得をしないバッドエンドより。みんなが幸せのハッピーエンドを」
レイはそう呟きながら、ゾアの部屋に突入した。
セイは躊躇いながらも、引っ張られて中に入る。
部屋にはノバと、当然主であるゾアの姿もあった。
「改良した、ダークマター因子を除去する薬だ」
ノバは注射器を、ゾアに渡していた。
中には白い液体が入っている。
「浸食された臓器の再生を、促進する効果がある」
「アンタら。こんな薬をどうやって?」
「兄の研究を拝借して。自称世紀の天才、ネガリアンに頑張ってもらったさ」
ネガリアン。その正体はセイの執事である、ファリウスだ。
最近姿を見せないと思ったら、裏で動いていたらしい。
「罪の帳消しと引き換えにな」
「ファリウス……」
「この程度で私の罪は帳消しにならないがな」
ゾアは注射器を受け取った。
薬を投与すれば、ダークマター因子は完全に消滅する。
もう二人が婚約しない理由がない。ミラともまた会える。
「君達の婚約破棄は、国王代理が全力で阻止させてもらおうか」
「なんだよそれ。職権乱用だぞ」
「それだけ多くの人が、君達の幸せを願っている」
ゾアは針から薬を投与した。
「体の中から冷たい感触が消える……」
「流石自称とはいえ、天才だ」
ゾアはしばらく体の調子を確かめていた。
特に異変はない。浸食された臓器も、再生したようだ。
「君達はもう、幸せになって良いんだ」
「……。セイ!」
「ゾア!」
二人は互いに向かって走り。抱き合った。
多くの人間に運命を翻弄されてきた。
でも多くの人間が、支えてくれた。だから二人は未来へ向かえる。
「感動の余韻は済んだかな? これで厄介な力は消えたわい!」
窓から光が差し込んできた。全員が外を見つめると。
円盤に乗ったネガリアンが、ライトで部屋を照らしている。
「なにしているの? ファリウス」
「誰がファリウスじゃ! ワシは世紀の大天才! Dr.ネガリアン様じゃ!」
「大がついたな……」
ネガリアンは地上に怪物たちを放った。
本当は非常事態なのだが、全員なんだか頬が緩む。
この状況、始まりのあの日に似ている。
「ダークマター因子が消えた今! この世界は、このワシが……」
怪物たちが暴れようとすると、青い風が吹いた。
風は怪物たちを切り裂いていき、ネガリアンと同高度まで上昇する。
風は一人の少年へと、姿を変える。
亜麻色の髪をした、赤いローラースケートを履いた。
風と同じ色の服と、緑の瞳をした少年に。
「相変らず、懲りない男だな」
少年はニヤリと笑いながら、ネガリアンに告げた。
セイにはネガリアンも、頬が緩んでいる様に見えた。
「ああ……。懲りない男だとも!」
「へへ! 許さないぞ、ネガリアン!」
「我が宿敵よ! 今日こそ貴様を……」
ネガリアンが言い終える前に、少年は剣で攻撃した。
爆発と共にネガリアンは空に押し出され、彼方へ消えていく。
「覚えてろぉ!」
子悪党の捨て台詞を吐きながら、ネガリアンは星になった。
少年は地面に降り立ち。スケートで滑りながら、走り去っていく。
「衛兵。あのバカを捕えなさい」
「家の奴もだ。またどっか行く前に、捕まえろ」
レイとゾアは同時に、部下に命令をした。
「まだ、ちゃんとお礼言えてないんだからな」
彼がどうして無事だったのか。それは分からない。
ただ一つ言えることは。祖母の遺言を守った事だ。
誰も得をしないバッドエンドより。みんなが幸せのハッピーエンドを。




