第24話 幸せに生きるんだ
セイ達はコスモ家が統治する、街に来ていた。
貴族がまず足を踏み入れないであろう場所。
屋台が並ぶ中、おでん屋に直行する。
「なんだかんだで、ここに来るまで長かったね」
「まったくだ。約束したのも随分昔に思える」
セイとゾアが分かり合えた頃。
屋台のおでんを食べようと、一緒に約束していた。
ミラも含めて、それを果たすときが来た。
ゾアもミラも、屋台のおでんを知らない。
美味しさと食べる技術を伝授しよう。
セイは張り切って、屋台に並び始めた。
「良い? まずは汁を十分吸った大根を……」
言いかけてセイは。恐らくゾアも異変に気が付く。
ミラが胸を抑えたまま、うずくまっている。
「どう……。して……?」
ミラは瞳から輝きを失わせた。
体中に汗をかき、過呼吸をしている。
「ミラちゃん!? どっか悪いの?」
「ダメ……。パパ、ママ……。私から離れて……!」
訴えかけるミラの体から、黒い靄が出現している。
以前見たことがある。ゾアが物質を消滅したときに見せた力だ。
あの時の比じゃない。大量の靄が町中を覆っていく。
「おい! なんだありゃ!?」
通行人の一人が驚き声を上げる。
セイは一瞬、ミラの事を指しているのかと思ったが、直ぐに違うと悟る。
空に大きな黒い雲が、広がり始めている。
黒い雲とミラが出す靄。どこか似ている気がした。
ミラは苦しみながらも、セイとゾアから離れていく。
「また壊しちゃう……。こんな事……」
ミラの体を黒い光が包み込んだ。
彼女は空中に浮かび、黒い雲に引っ張られるように向かっていく。
「ミラ!」
「ミラちゃん!」
飛んでいく娘に、二人は必死で手を伸ばした。
彼女の頬に一筋の涙が流れている。
「パパ、ママ……。お願い……。私を……」
その言葉を最後まで聞き取る前に、ミラは雲の中へ消えていく。
***
ダークマター増幅装置から、黒い霧が発生した。
上空に集まり、雲の様に空を覆っていく。
「Watt? お前一体何をした!?」
ユウキは壊れた球体に、近づいた。
穴から中身を見る。本来居るはずの国王が居ない。
中身は空っぽだ。エネルギーすら入っていない。
「フハハ! 一足遅かったな! ユウキ!」
「素直に吐きな。そうすれば瓦礫じゃなく、墓石に埋めてやるぜ」
「その減らず口も、直ぐに聞けなくなる」
機械の中からじゃない。空から声が聞こえている。
ユウキはハッとしながら、黒い雲を見上げた。
「お前……! 自分自身をダークマター化しやがったのか!」
「私は遂に概念となった! 世界だけではなく、この宇宙そのものとなったのだ!」
「スリープモードにでもなった? その程度、直ぐに打ち消してやるぜ!」
ユウキは剣を構えたまま、黒い雲に飛び込んだ。
後少しで接触するというところで、何かに吹き飛ばされる。
少女だ。黒髪で、幼くて。セイに似ている気がする。
「元々一つだった因子は、互いに引きつけ合う」
少女を取り込むと、雲は一層拡大していく。
「私は今、完全体となった! 全ての頂点に立つ、宇宙となったのだ!」
「なにが宇宙だ……。不完全な化け物の間違いだろ……」
黒い雲――。ダークマターは徐々に拡大していく。
このままでは国を。世界を飲み込むだろう。
狂気に取りつかれた国王が、正気を失うのも時間の問題だ。
「ミラ!」
「ミラちゃん!」
息を切らしながら、セイとゾアが走ってきた。
恐らく先ほど取り込まれた、少女の名前を発している。
「ユウキ! 一体何が……?」
兵士と悶着を終えた、ノバとレイも合流する。
四人は黒い雲を見上げて、絶句している。
「アレは……。ダークマターなのか……?」
目を開きながら、膝をつくノバ。
その表情には恐怖と、絶望が宿っている。
「違う! アレはミラだ! 俺達の娘なんだ!」
訴えるゾアを見て、ユウキは理解した。
おかしな覚悟を聞かされたと思っていたが。
未来から娘が来て、その顛末を察したらからなのか。
「ミラちゃん! お願い! 戻ってきて!」
セイの呼びかけに、嘲笑うように国王の笑い声が響く。
既に正気を失いかけている。
このままただ世界を壊す概念になるだろう。
「これから楽しい未来が待っている! だから! ダークマターに打ち勝つんだ!」
ゾアの声にも反応しない。
少女は完全に取り込まれて、もはや意志すらないのか?
ユウキは首を振って、フッと笑う。
「ノイズが多くて聞こえないだけだな。じゃあ、ノイズ除去と行こうか!」
「待て、ユウキ! 兄はダークマター化した、いわば反物質そのもの!」
今にも飛び込みそうなユウキを、ノバが止める。
「飛び込んでも君が消されるだけだ。それに消滅させるほどのエネルギーをぶつければ……」
反物質と物質が対消滅する時、エネルギー放出が起きる。
世界を崩壊させるほどの、エネルギーだ。
超新星爆発を超える、巨大な爆破が起きるだろう。
「誰が消滅させるって? 邪魔なものを排除するだけだ!」
ユウキはレイに手を伸ばした。
「力を貸してくれ。君の異能力が必要だ」
***
また本能が勝手に力を発動させる。
パパとママの愛した、世界を壊していく。
もうこんな事してくないのに……。
薄っすらと誰かの声が聞こえるが……。
もう判別することもできない……。
「私は世界を破壊する存在……」
遠くから青い光が見える。
凄く小さくて、でも強い光だ。
光の中で剣を構えた少年が居て、近づいて来る。
なんて無謀な事をするんだっと思った。
ダークマターに触れてしまえば、少年は消滅するというのに。
それでも彼は、迷いなくダークマターに突進する。
「幸せに生きるんだ」
ずっと昔……。誰かが同じ言葉を言ってくれた気がする……。
いや。同じ声だ……。同じトーンだ……。
言葉と共に、少年はダークマターと接触した。
その体が消滅……。しない。爆発もしない。
声を妨害する何かを、取り払っていく。
「貴っ様ぁ! 自らダークマター化したのかぁ!?」
「そのリアクション、著作権侵害で訴えるよ!」
彼は目の前の邪悪なものを取り払うと。
そのまま青い渦の中に消えていく。
同時にさっきほどまでの言葉が、今度はハッキリ聞こえる。
「お前は俺達の娘だ! ダークマターじゃない!」
「一緒に暮らそう……。今度こそ三人で!」
これはパパとママの声だ……。
私は声の方へ必死で、手を伸ばす。
本能が体を抑えようとするが、いつもより抵抗が弱い。
「パパ! ママ!」
***
「壊れるのはお前と僕だけだったな!」
世界と世界の間。ユウキは国王を突き刺しながら、笑った。
ここならなにが起きても、どの世界にも影響を与えない。
たとえ、自分の体を消滅させるほどの爆発が起きても……。
「この反物質化、時間制限があったから内心焦ったよ」
レイの持つイメージを具現化する異能力。
ユウキはそれでダークマターと同じ物質になった。
ただし彼女の能力では三分が限界だ。ユウキは元に戻る性質を利用した。
ユウキの体が物質に戻っていく。
国王の体と同エネルギーのまま、衝突する。
「ぐっ! ユウキィ!」
「これで良いんだよな? 婆ちゃん」
巨大な爆発が、次元の狭間を振動させる。
衝撃が走り、煙が飛ばされた後には……。
もう何も残っていない。




