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政略結婚の果てに──私に興味がないそうですが、私がいなくなったら困るくせに――  作者: クレキュリオ
第4章 未来

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第21話 悪夢の遺伝

「はぁ……。はぁ……。ミラ、まだ走れる?」


 七年か、八年か。どれくらい生きていたかも覚えていない。

 ただ幸せだったのは、五年くらいだと覚えている。

 家族で楽しく過ごしていると、兵隊が沢山やってきた。

 その娘を引き渡せと言われて。


 なんでこんな事になったのか。誰も教えてくれない。

 確かなことは自分が周囲を、不幸にしたという事だ。


「もう良いよ、ママ……。私を置いて行って」


 もうこれ以上、人が苦しむ姿を見たくなかった。

 いっそ自分が犠牲になった方がマシだ。

 パパは自分を守るために、兵隊に掴まった。


 酷く拷問されても、居場所を口にしなかった。

 最後は自分をおびき寄せる餌として。

 惨い姿で王都の門に貼り付けにされていた。


「ママには酷い目に遭って欲しくない。だから……」

「ミラを置いて行くと、もっと酷い目に遭うよ」


 ママはこんな状況でも、優しく笑ってくれた。

 いつ強くて、家族を引っ張ってくれる存在。


「どっちにしろ酷いなら、希望がある方がマシ」


 長い逃亡生活で、もうボロボロだ。

 もう走ることも出来ない。

 鎧が地面を叩く音が聞こえる。


 追手はすぐそこまで来ている。

 もう助からないと、覚悟していた。


「大丈夫。ミラは私が守って見せるから」


 ママはそう言って、繋いだ手を離した。

 護身用の剣と抜き、衛兵へ振り向く。


「その娘を渡せ。そうすれば命まで取らないと王からお達しだ」

「欲深い王だこと。私が応じるとでも?」

「ならば殺すまでだ」


 ママの胴体を、一矢が貫いた。

 建物の屋根に、弓兵が隠れていた。

 

「下級貴族の娘が、王に逆らうからこうなるんだ」

「ママ……! ママ!」


 体から血を流すママを見て。自分の中で何かが壊れた。

 その瞬間自分じゃない意志に、乗っ取られる感覚に陥る。

 体の内側から、勝手に力が飛び出す。


 体から飛び出した黒い靄が、衛兵を包む。

 悲鳴と共に衛兵の姿が消えいく。


「な、なんてことを……!」


 衛兵が怒りを向ける。もう自分でも制御が聞かない。

 次の力が体を溢れて、屋根の衛兵を包み込む。


「ち、違……! こんな事……」


 止まれ止まれと、自分に問いかける。

 でも溢れる力は、収まらない。

 

「ママ……。私は……。私は……!」


***


「ママ!」


 ミラは叫びながら、飛び起きた。

 周囲を見渡した後、首を傾げる。


「怖い夢でも見たの? でもここは安全だよ?」


 セイは震えているミラの手を、ギュッと握りしめた。

 まだ混乱しているのか、彼女は過呼吸だ。

 酷く怯えている。安心させてあげたい。


「ここは?」

「私の部屋。随分お疲れだったから、しばらく休んでもらおうと思って」


 ミラはセイの顔を見るなり、肩を跳ねさせた。

 ビックリしているというより。

 幽霊でも見たような表情だ。


「あ……。すいません……」


 驚きすぎて、失礼だと思ったのだろう。

 ミラは素直に謝罪してきた。

 意識がもうろうとしている時は、年相応だと思っていたが。


 今は少し、大人びた気配を感じる。

 あまり良くない育ち方をしているなと思った。


「大丈夫。気にしていないから」


 セイは布団をかけ直した。

 随分眠っていたとはいえ、まだ疲労が溜まっているだろう。


「ゾアが許可取ってくれたよ。しばらくはここに居て良いって」

「ここはコスモ家の屋敷ですね……」

「良く分かったね。何か思い出した?」


 問いかけにミラは慌てた態度を見せた。


「あ。記憶障害ではなく、ここ数日の記憶があやふやなだけです」

「そうなんだ。なら少し安心」


 ミラの両親について、聞くことが出来ない。

 知らない方が良いと、直感が伝えていた。

 知れば彼女を深く傷つけるだろう。


「ここが嫌なら、直ぐにでも次の場所を探すけど」

「いえ。寧ろ皆さんにご迷惑をおかけして、申し訳ないです」


 丁寧語で話し、周囲を気にする態度。

 セイは胸が痛んだ。こんな子供が、それを求められていたなんて。


「両親の育て方は良かったです」

「え?」


 不意に胸の内を当てられて、セイは驚いた。


「いつもわがまま聞いてくれて。優しくて。私のために……」


 ミラはその先を飲み込んだ。それ以上追及できない。

 重たい沈黙を、ノックの音が終わらせた。

 

「もう目を覚ましているか? スイカ切ったぞ」


 ゾアがスイカのスライスを片手に、部屋に入る。

 無駄に綺麗で、等分されていた。


「ゾアが切ったの? 意外と器用なんだね」

「お前、俺が監禁中ずっと暇だと思っているだろう?」


 どうやら十年間、監禁中厳しい教育があったようだ。

 思えば上級貴族の子供なので、当然かと思い直す。


「でもエプロンやコック服は似合わなそうね」

「まあな。コック長が爆笑を堪えてやがった」

「ってことは、どっちも身に着けたのね。永久保存したかったな」


 二人が軽口を叩き合っていると、ミラが笑った。

 彼女の笑顔を二人は初めてみた。


「想像して笑ったのか? そんなに似合わない?」

「いや。二人の言い合いが面白くて」


 ミラはいつまでも、笑っている。

 その瞳に流れる一筋の涙を、二人は見逃さなかった。


「それで? この子はどうなるの?」

「叔父さん曰く。お前らが育てるなら、一時的に私の養子で良いだってさ」

「随分気前が良いのね。主様」


 コスモ家当主はお人好しだ。

 なんだかんだで、言えば通してくれる。


「ねえ、ミラちゃん。貴方が良ければ、私達と一緒に暮らさない?」

「それはダメなんです……。私は直ぐに消えないと……」


 ミラは布団から出て、直ぐにでも飛び出そうとした。

 足元がおぼつかず、転倒しそうになる。

 それをゾアが支えた。


「無理強いはしないけど。せめて体調は整えなよ」

「私は消えないと……。みんなが不幸に……」


 消えるの意味することを、二人は理解した。

 初めて会うはずの少女なのに。

 その言葉を聞くと胸が締め付けられる。


「やっぱり無理強いするよ。君を放っておけない」

「ダメ……。私が存在したら……」


 そこまで言いかけて、ミラは言葉を詰まらせた。


「いえ……。やっぱりしばらくの間、お世話になります」


 なにが彼女の態度を変えたのか分からない。

 この問題は解決した。セイはそう思う事にした。


「よし決まりだ。じゃあスイカ食べようぜ! 俺が切ったんだからな!」

「作ったのは農家だけどね」

「まあな。味の文句はそっちに頼む」


 二人は再び軽口を叩き合った。

 今度はミラが笑わない。代わりに別の表情を見せた。

 セラは強い決意を、顔から感じ取った。


***


 ゾアはスイカを切っている最中、考え事をしていた。

 ミラを背負った時に、一瞬感じた冷たさ。

 セイには誤魔化したが、本当はどこで感じたか覚えている。


 ネガリアンに襲撃され、絶望に閉ざされた時。

 力が解放した時に、生気を感じない冷たさを味わった。


「あれは……。ダークマター因子なのか?」


 全ての物質を消滅させる力。ダークマター。

 コスモ家を不問にする条件として、ユウキとネガリアンは説明を要求された。

 国王の尋問を、ゾアも隣で聞いていた。


 ダークマターとは反物質。物質と接触することで対消滅する。

 ダークマター因子は、反物質を自在に作れる細胞だ。


「もしそうなら……」


 ダークマター因子は危険な物質故。

 一個開発された段階で、研究は停止された。

 この世に存在するのは、ゾアに埋め込まれたものだけ。


 遺伝するという可能性があるとの話だ。

 もし冷たさの正体がダークマターなら、ミラの正体は……。


「俺は一体どうしたら……」


 因子が本当に遺伝するなら。自分は誰とも結婚してはならない。

 子供に悪魔の呪いが伝染する。

 そんなこと、もう自分にはできない。


 その呪いを断つには、セイとの婚約を破棄しなければならない。

 やっと障害を乗り越えたというのに……。


「答えを知るのが、正直怖いな……」

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