第20話 ミラ
セイ達は謎の少女と、食事をしていた。
お腹を空かしていた少女は、大量のシチューをがつがつ食べる。
多めに作ったシチューも半分はなくなっている。
三杯めを食べたところで、少女は手を止めた。
ようやく膨れたらしく、セイは食器を片付ける。
流石のゾアも、片づけくらいは手伝わしてもらえた。
「七、八歳って年齢の子供だな……」
食器を洗いながら、ゾアが呟いた。
服装や空腹状態から、何日も森をさまよっていたのだろう。
広くもないし、複雑さはない。大人が道に迷う事はほぼないはずだ。
セイですら、この森に来たのは十歳を超えてからだ。
とても幼い子が来て良い場所でもない。
「親はなにをしているのかな?」
「衛兵に捜索願が届いていないか確かめる。だけど……」
ゾアはそこから先を、口にし辛そうだ。
捜索願がない場合、最悪ここに捨てられた可能性がある。
街から外れた森に捨てるという事は。誰かに拾って欲しいわけではなくて……。
嫌な想像を振り切り、二人は片付けを終えた。
まずは少女が何者か確かめるのが先だ。
彼女は食事に夢中で、話が出来る状態ではなった。
「君、お名前は?」
ゾアが優しい口調で語り掛けた。
キャラに合っていない言い方なので、セイは少しだけ笑いそうになる。
「ミラ……。ミラ・コスモ……」
「コスモって……!」
ゾアの姓と同じだ。彼の親戚なのだろうか?
ゾアには心当たりがない様で、首を傾げている。
「お父さんとお母さんは? どこから来たのか覚えているか?」
「分かんない……」
「そっか。両親の名前は?」
ミラは首を横に振った。
「記憶障害か? 名前以外、覚えていることは?」
ゾアが問いかけると、ミラは無言で彼を指した。
「俺?」
「パパ……」
ゾアをジッと見つめながら、ミラは呟いた。
記憶は曖昧のようだが、ゾアを父親と認識している。
「ゾア。兄弟とかよく似た親戚とかいないよね?」
「いない。そもそもミラ・コスモなんて、コスモ家に存在しない」
記憶障害で自分をコスモ家の人間と勘違いしているのか?
セイはそう考えたが、ゾアの顔に覚えがあるようだ。
彼は最近まで公の場にでなかったので、ミラが知っていたとは思えない。
「本当にゾアの子供って可能性は?」
「ないとは言えない。あの親父なら、俺の遺伝子から勝手に造りそうだ」
ゾアの表情は曇っていた。トウイチが勝手に造った子供なら。
彼が居なくなった途端なのも、辻褄があう。
二人が神妙に考えていると、ミラはセイに抱き着いた。
「ママ……」
抱きしめられたセイは、不思議な温もりを感じた。
自然とミラの頭を撫でて、彼女を宥める。
「ねえ、この子をどうする?」
「放っておけないなぁ。一度、屋敷に連れて行こうか。叔父さんなら、何か知っているかも」
コスモ家の人間なら、当主は詳しいだろう。
セイもそれに同意し、二人は直ぐ帰宅の準備をする。
ゾアがミラを背負う。疲れていたのか、彼女はその場で眠った。
サバイバル用具を仕舞って、二人は森の出口に向かった。
息遣いと共に、ミラの寝言が聞こえる。
「違う……。こんなこと……。したくない……」
ミラの苦しそうな声と共に。
ゾアの表情が一瞬凍り付いた。
「どうかしたの?」
「いや……。一瞬だけ、凄い冷たくなったから……」
ゾア曰く体温を、生気を感じさせない冷たさだったようだ。
寝言と同時に感じたのが気になるが、今はミラの正体が肝心だ。
二人は駆け足で、森を抜けて屋敷に帰還する。
***
なんの為に自分が存在しているのか。誰に聞いても分からない。
ただそう。巨大な宇宙を構築するのに、必要だと聞いた事がある。
理由なんてどうでも良い。本能のままに増殖出来ればそれでよかった。
だけどこの体を通して、理性や心を知ってしまった。
二人を通して、家族や愛情と言う者を理解してしまった。
このまま人間として生きたいとも思い始めた。
「無事に生まれたよ。貴方に似て、お腹の中でやんちゃだったんだから」
「いや、やんちゃなのは君だろ……」
たわいのない話をしながら、ベッドに寝ころぶ自分を見つめてくれる。
身も心も温かさに包まれる。
言葉も分からなかったのに、優しさだけは伝わってきた。
ずっと幸せで居たかった。家族と一緒に居たかった。
でも本能は想像を超える強さで、自分を支配した。
二人の愛した世界を、破壊してしまった。
***
取り合えず、ミラはセイの自室で眠ってもらった。
当主によれば、やはりミラ・コスモなどと言う人物は存在しない。
ぐっすり眠るミラを見守る二人。
「あそこは寝心地最悪だから。多分何日もロクに寝てないよ」
「俺も調べてみたが。やはり捜索願は出されていない」
やはり捨てられた可能性が高い。
このまま両親を探しても、彼女は幸せにならない。
「この子をどうする?」
「常識的に考えれば、修道院に送るよ」
修道院は孤児の面倒を見てくれる。
捨て子を見つけたら、彼らに預けるのが常識だ。
「個人的な感情で言えば、放っておけないけどな」
「偶然。私も同じ意見を思ったよ」
セイはミラを見た時、まるで我が子の様に思えた。
放っておけないという感覚は、ゾアの時と同じだ。
まるで家族を思うかの様な……。
「でも未成年の私達に、権利はないよ?」
「そこだよな……。何とか法の抜け道でもないものか……」
「ゾア、発想が悪徳貴族みたい」
二人は頭を悩ませた。修道院に言って、様子を見るという手もあるが。
なんだか面倒すらも、自分達で見たい気持ちになっている。
「とにかく、彼女が目覚めてからだな。下手に動かせないし」
「そうだね。本人の意思も尊重しないと」
それまでは休んでもらう。それくらいの権利はあると、セイは思った。
隣の見つめると、ゾアが考え込んでいる。
「どうしたの? 仏頂面をしかめっ面にして」
「一瞬だけ感じた冷たさが気になってな」
ミラを背負っている時、ゾアが口にしたことだ。
「あの感じ。どこかで味わったような気がする……」
どこでまでかは、ゾアも思い出せないようだ。
ただ彼の表情から、良い思い出ではなさそうだ。
「まあ、暗くなっても始まらない。今私達に出来ることを、精一杯やろう」
「君の底抜けの強さ。憧れるよ」




