第19話 想いの先
「ああ……。なんかこう、良いもんだな……」
ゾアはハンモックに寝ころびながら、本を読んでいた。
涼しい風を浴びながら、小鳥のさえずりを聞く。
下でセイが火を焚き、お湯を暖めている。
彼女達は現在、セイのお気に入りの森で休んでいた。
虫の数も少なく、危険な野生動物も居ない。
「ゾア。その本面白いの?」
「ああ。堅苦しさが全くない。異界の本は凄いな……」
ゾアが読んでいるのは、異界の本だ。
ユウキが大量に持ってきたものを、少し借りている。
彼曰くライトな推理小説と言うジャンルらしい。
殺人事件を題材に、誰が犯人か探すもの。
この世界にはないジャンルの本だ。
セイもおとぎ話系の本しか、読んだ事がない。
「それより、本当に俺は手伝わなくて良いのか?」
ゾアは本を閉じて、セイに問いかける。
彼女は現在、調理中だ。この場所で採れたものだけでご飯を作っている。
食材探しから、全て彼女が一人でこなした。
ゾアは人が働いているのに、自分がゆっくりする。
それが出来ない人間だろう。
「素人が手伝って、毒でも浴びたらどうするの?」
「なんで君は玄人なんだよ……」
セイは昔からサバイバルをしていた。
危険な植物やキノコの見分けもつく。
毒の取り方や、最も旨味の取り出しも知っている。
「いつ没落しても良いようにね」
「何つう事言うんだ……。信用の無い父親だなぁ」
ゾアはハンモックから下りてきた。
セイの包丁捌きを、背後から見つめている。
調理する姿を人に見られるのは、久しぶりだ。
「コック長から聞いたが。海も得意だそうだな」
「どんな場所でも、食材を調達できるようにね」
セイの家は下級貴族だ。裕福なわけではない。
食事に物足りなさを感じたら、自分で取って作っていた。
「頼もしい限りだ。遭難しても、生き残れるタイプだな」
「逆にサバイバルしか、自信がないんだけどね」
「嘘つけ。口先も達者だぞ」
ゾアはフッと笑いながら言い返した。
随分ふんわりと笑うようになった。
初めて会った時とは別人だ。
ゾアの心は徐々に開かれつつある。
このまま彼が孤独を感じなければ、ダークマター因子も消える。
もうノバも邪魔しない。トウイチもこの世界に居ない。
「色々あったけど、やっと落ち着いたね」
「最初にすることがサバイバルだけどな」
トウイチの騒動からも、後始末が大変だった。
一週間が経過して、ようやく元の生活に戻れた。
でも全ての問題が解決したわけではない。
「セイ……。俺の事が好きでないなら、婚約をなかったことにしても良いんだぞ」
セイの迷いを感じ取ったのか、ゾアがそんなことを口にした。
二人は婚約をしている。成人すれば結婚することになる。
夫としてゾアを迎い入れることになる。
「ゾアは私が居なくなったら、困るでしょ?」
「困るよ。でも君を縛り付けるのは、もっと嫌だ」
セイはそこまで鈍感ではない。
ゾアが自分にどんな思いを抱いているのか。
薄々ながら気づいている。だから誠実であろうとしている。
「俺はもう大丈夫だ。自分の中にある因子と戦って見せる」
ゾアはここ最近、ずっとセイを気に掛けている。
彼女にも幸せになる権利があると主張している。
でも自分に幸せに出来るのか、自信がないようだ。
誤魔化すのも後回しにするのも、もう限界だ。
そろそろ自分の気持ちに、答えを出さなければ。
「ゾア。正直に言うと。私は貴方が好きか、まだ分からない」
セイは恋をしたことがない。
人を好きになるってどういうことか、まだ分からない。
貴族である以上、いつか政治目的で結婚すると思っていた。
「でも前よりはずっと好きだよ。段々ゾアの事が分かってきた」
心を閉ざしていたゾアは、いつも冷たい態度だった。
セイに興味を示さず、高圧的に接していた。
そうすることで、人と距離を作っていたのだ。
「貴方は気遣い上手で、優しくて、どうしようもないヘタレね」
「最後のは否定したいけど、事実だな」
「だから迷っているの。このまま中途半端に受け入れて良いのか」
ゾアは前向きになり、セイの幸せを願ってる。
不誠実な態度を取ることは出来ない。
彼の思いに答えるために、一緒に居られて幸せだと確信しないければ。
「ゾア。家族ってなんだろうね?」
「はあ? なんだよ、急に……」
「血の繋がっていない者同士が、家族になる事を考えているんだよ」
父の言われた、理屈じゃない繋がりを思い出す。
言葉では表わせない。放っておけないような存在。
「俺にそれを聞くかよ……。俺は父と潰し合った直後だぞ……」
「血が繋がっても、憎み合う。じゃあ、本当の家族ってなんだろう?」
セイの問いかけに、ゾアは目を瞑って考えている。
胸に手を当てながら、拳を握る。
「俺は叔父さんの事を家族だと思っている。向こうも気に掛けてくれるからな」
ゾアと当主は、直接的な血の繋がりはない。
それでも彼はゾアを、息子の様に育てている。
彼に自由を与えて、心を救おう賭してくれた。
「でも血は繋がっても、他の親戚は家族じゃない」
「じゃあさ。私はどうなの?」
「分かんねえよ。分かんねえけど……。君には幸せであって欲しいんだ」
ゾアの言葉を聞いてある種の答えが出来た。
ずっと心に抱き続けていた感情に、踏ん切りがついた。
セイもゾアには幸せになって欲しいと願っている。
「ありがとう、ゾア。おかげで決心が固まった」
ゾアは息を飲みこんだ。この一言で、二人の人生は変わる。
セイは一度出した決断を、変えることはない。
「聞かせてくれるか……?」
ゾアは不安そうに、怯えながら口にした。
セイは彼に、優しく微笑みかける。
「婚約は破棄しない。私は屋敷を出るつもりはない」
「っ! ほ、本当に良いのか……?」
ゾアは目を見開いた。笑顔を隠そうと、顔が引きつる。
「私もゾアには幸せであって欲しいもの。理屈じゃない思い出ね」
主も父も。ノバとレイも。他人の幸せを願っている。
お互いが幸せであって欲しいと願う気持ちがある。
「私の婚約者なんだから。これからビシバシしごいていくよ!」
「ああ! 頼むぜ。俺も未知の世界を体験したいからな」
「その好奇心は良し! じゃあご飯にしましょう!」
喋っている間に、セイは昼食を作り上げた。
採れたてのキノコと、狩りで取った肉が入ったシチューだ。
美味しそうな匂いが、鼻を刺激する。
匂いが周囲を漂った時。
お腹が鳴る音が聞こえてきた。
「なに、ゾア? 食い意地張っているの?」
「いや。俺じゃないけど……。と言うより……」
「ああ、やっぱり? そんな気はした」
腹の音は近くの木影から聞こえてきた。
危険な野生動物は居ないはずだし、どう見ても人の気配だ。
この場所に人が来るのは、珍しい。
セイとゾアは警戒した。草むらが動き、人影が飛び出す。
黒髪をロングにした、ピンクのワンピースを着た少女だ。
幼い。どう見ても二桁ではない年齢だ。
「お腹……。空いた……」
少女はフラフラの足で歩き、躓いて転んだ。
酷く痩せており、何日も食事を食べていない様子だ。
「あわわ! セイ! 昼食は三人分あるか?」
「七人分はあるよ!」
「贅沢な食卓で! 彼女も追加で!」




