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第0話 不遇な扱い

 誕生祭が中断された翌日。セイはゾアの部屋を訪れていた。

 彼女は婚約者として、コスモ家の屋敷で修行中だ。

 従者とは違うのだが、偶にゾアの手伝いを行っている。


 緑茶を注ぎながら、書類に目を通すゾアに差し出す。

 彼は十五歳であるにも関わらず、既に大量の仕事を承っている。


「大変そうですね。何かお手伝いしましょうか?」

「下級貴族のガキに出来る訳ないだろ。邪魔をするな」

「そりゃそうですね。失礼しました。では……」


 セイはゾアの背後に周った。

 怪訝そうに見つめる彼の肩を、軽く解す。


「ずっと座って居られて、肩が凝っているようなので。これくらいは」

「いらん。鬱陶しいからさっさと出ていけ」


 手を払われて、セイは後ずさりをした。

 

「重ね重ね失礼しました。何かお困りなら、お呼びくださいね」

「お前の助けを借りることはない」


 冷たい口調で、ゾアは言い放った。

 こういった態度にも、徐々にだがセイは慣れてきた。


「セイ。あまり良い気になるなよ。叔父はお前の両親に借りがあるようだが。俺はお前に興味がない」

「ええ。承知しておりますよ」

「心得ているなら、俺に干渉するのは止めろ!」


 机を叩き、セイを威嚇するゾア。

 冷たくて、固く閉ざされた心が瞳に宿っている。

 怒鳴られたが、セイは微笑みを消さない。


「それは出来かねます。私は貴方の婚約者ですから」

「"政略結婚"での、婚約者だ。お前の親もお金目当てだろ?」


 セイもその言葉は否定しなかった。

 彼女の家は下級貴族であり、領土が少ない。

 最近財政難に陥り、コスモ家に必死で媚びを売っていた。


 両親が自分を利用して、上級貴族と繋がりを持とうとしていることは否定しない。

 当然コスモ家にも、相応の見返りがあるはずだ。

 ゾアが二つ返事で、断れない様な代替えが。


「それに……。昨日あの場に居たなら、聞いていただろ?」

「ええ。レイ王女と縁談があるんですってね」

「正式に決まれば、叔父も納得するだろう。貴様との婚約など、なかったことに出来る」


 恩があるとはいえ、王族と下級貴族。

 どちらを取るかは、明らかだろう。

 セイは将来的に捨てられる事を、既に覚悟していた。


 ゾアは権力を求める、モンスター化している。

 狂気的と言っていい程、自分が立場を得るためなら何でもする。

 その為下級貴族の自分を嫌っていることも、理解していた。


 それでもセイは、昨日のゾアの言葉が気になっていた。

 自分の目的は権力を得る事じゃない。

 彼は権力を得て、何かをしようとしているのだ。


「失礼いたしました、ゾア様。またお茶を持ってきますので」

「正直お前の顔は二度と見たくないんだがな……。婚約者だから我慢する」


 セイはゾアの部屋から出て、『ふぅっ』と溜息を吐いた。

 彼はいつも上から目線で、ゾアを威圧する。

 それでもセイは、彼を嫌いになることはない。


 彼の瞳はいつも、冷たい表情をしている。

 冷酷ではなく、心を閉ざしている者の目だ。


「まあ、私に何が出来るって話だけど……」


 相手はセイに興味すら持っていないのだ。

 ロクに話を聞いてくれない相手と、どう接したら良いのか分からない。

 それでも婚約したからには、一生懸命尽くそうと考えていた。


 例えその気持ちが裏切られていたとしてもだ。

 今自分に出来ることを、精一杯する。

 それが彼女のモットーだった。


 それにゾアの態度の他に、セイを悩ませているものがあった。

 コスモ家の使用人達。ゾアの部下に当たる者だ。

 正直な話、セイとゾアでは階級が違い過ぎる。


「またゾア様の怒鳴り声が聞こえてきたよ」

「やだやだ。下級貴族の娘は、気品がないから困る」


 周囲の人間にあることないこと言われ放題のセイ。

 陰口叩かれるのは、慣れている。

 だから周囲がわざと聞こえる様に言っている悪口も、無視している。


 自分は場違いな人間だ。そのことはセイが一番理解していた。

 それでも自分を育ててくれた親に、恩を返すために。

 彼女はこの境遇に耐え続けている。


「さてと! お仕事、お仕事!」


 セイは悪評を気にも留めず、前を向いて歩いている。

 仕事と言っても、屋敷の見回りだ。

 使用人達に挨拶をして、彼らの様子を確かめる。


 邪険に扱わられる事が多いが、少しずつ理解してもらえばいい。

 困った事があるなら、セイは彼らを助けてあげるつもりだった。

 彼女は真っ先に、食堂に向かった。ここは必ず人が居るからだ。


「うむむ……。困ったなぁ……」


 キッチンの奥から、あからさまに困っている声が聞こえてくる。

 心配になったセイは、中を覗いてみた。

 そこにはコック長が、頭を抱えて居る。


「どうかしました?」


 セイは迷わず、コック長に声をかけた。

 コック長は彼女を見るなり、眉を顰める。


「これはセイ様。いえ、貴方様には関係のないお話なのでして」

「まあ確かに。品のない下級貴族に、情けない姿は見せたくないよね」

「い、いえ……。そこまでは……」


 コック長は動揺していた。本心でそう思っていたのだろう。

 セイは腕を上げながら、少々悪戯っぽく微笑んだ。


「大丈夫。私が絡んだと気づかれなければ良いんでしょ?」

「しかしですなぁ……」

「困った人には手を差し伸べる。それが私のポリシーなものでね」


 コック長は尚も渋っていたが、他にアテがないのか。

 やがて観念した表情になり、口を開いた。


「実はですな。本日旦那様や客人に出す料理の食材が、足りないのです」


 コック長の話では、昨日の王都での騒ぎのせいで、物流が止まったそうだ。

 新鮮な魚が届くはずだった。魚は新鮮さが勝負だ。

 仕入れは出来るだけ提供直前に行いたい。


「他の食材で代替え出来ないの?」

「難しいですね……。旦那様と客人に出す料理は特別なのです」

「つまり新鮮で、なおかつ美味しい魚があれば良い訳だね」


 セイは腕まくりをして、親指を突き立てた。


「なら任せなさい! 今から海に銛付きへ行ってくる!」

「はぁ……。って、ええ!?」

「タコだろうが、ウツボだろうが、サメだろうが華麗に取ってきてあげるよ!」


 戸惑うコック長に、セイは力強く笑みを向けた。


挿絵(By みてみん)


「なんでそんなこと、出来るんですか……?」

「ん? むかしちょっと、サバイバルを」

「どんな生活してたんですか?」


 戸惑うコック長を無視して、セイは食堂の出口に向かった。


「夕方までには帰るよ。新鮮で珍しい魚を取って来る」

「いやいや! 流石に坊ちゃまの婚約者にそんな労働……」

「問題ないよ。どうせ私は嫌われ者の、暇人だからね!」


 それ以上の言葉を聞かないため、セイは食堂を出た。

 自分の寝室に戻り、私物のウェットスーツと銛を取り出す。

 口角を上げながら、彼女は楽しそうに支度をした。


「やっぱり、屋敷に閉じこもるより。こっちの方が私の性に合ってるね」


 セイは屋敷の入り口からではなく、窓から飛び出した。

 華麗に着地した後、屋敷の庭を駆けだした。

 都会の近くとは言え、海の傍に屋敷はあった。


 新鮮な魚を取ってくるなど、お手の物だ。

 彼女は氷魔法の使用感を確かめた。

 これと箱を使えば、クーラーボックスと呼ばれる方法で、保存できる。


「ひゃっほー! 久しぶりに、大暴れしてきましょう!」

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