第16話 トウイチ・コスモ
レイはユウキに連れられて、不思議な渦の中に入った。
渦の中には次元の狭間と呼ばれる、青い空間が広がっていた。
そこを通り過ぎると、全く別の世界が広がっている。
夜だ。それだけは分かる。だが目に入る全てが、不思議だった。
窓の外には青く光る球体が見える。
それに月がかなり大きい。こんなに近くで見れるとは驚きだ。
「ユウキ。ここは?」
「僕達の世界。冬木登市が死んだ場所。人類初のスペースコロニーさ」
「スペースコロニー?」
レイには今一つ意味が分からない。
彼女が首を傾げていると、ユウキがフッと笑った。
「宇宙に造られた家とでも言っておこうか」
「ええ!? なんで宇宙に家を建てるの!?」
宇宙の概念はレイも知っている。
だがそれは遠い世界の話。
彼女達の世界はまだ、月に行くほどの科学力もないのだ。
「その辺はまた今度な。今はもっと大事な話をしようぜ」
ユウキはなぜか、この場所にレイを連れて気がっていた。
ただ自分達の世界を自慢したい訳ではなさそうだ。
レイは壁に触れてみる。なんだか少し懐かしい、匂いがした。
「ここは君が生まれた場所なんだ」
「え……!」
「祖母は異界の者との間に子供を授かったタブーを犯した」
ユウキはコロニー内部を案内してくれた。
ある部屋の前に立つと、扉が自動で開く。
全てが驚きの連続だが、ユウキに突っ込んだらキリがない。
彼は部屋の中に入り、緑色のカプセルに手を添える。
カプセルは幼児程度なら、入れる大きさだ。
中には液体が入っており、泡を上げている。
「祖母は子を産む条件として、ここに拘束された」
レイは胸が締め付けられる。ユウキの祖母は、自分の母親だ。
彼女は自分を生むために、この狭いコロニーで一生を過ごすと決めた。
母が自分を異界に送り込んだのも、もしかしたら広い世界を知ってもらうかもしれない。
それなのに自分は、力が怖くて。部屋に閉じこもって……。
世界を知ろうとしなかった。レイは母の思いを踏みにじったのか、不安になった。
「君をここに連れてきたのは、傷つけたいからじゃない」
ユウキは部屋の奥に向かった。
ボタンをカチカチ鳴らしながら、緑の長方形を指す。
長方形の物体に、文字が現れた。
「誰も得をしないバッドエンドより。みんなが幸せのハッピーエンドを……?」
レイは物体に書かれた文字を読んだ。
文字の背景として、一人の女性が写っている。
知らないはずなのに、胸の奥が痛むレイ。
「祖母……。君のお母さんの最後の言葉だよ」
レイは写真の人物が、自分の母だと分かった。
母の顔は自分達の世界に残っていないが。
顔を見ただけで、これは母だと彼女には分かった。
「だから僕は。君もノバも幸せにしたい。少々お節介かもしれないかもね」
「そうだね……。本当に……。お節介だよ……」
レイは声が枯れて来る。初めて見る母の顔に。
母のメッセージに溢れてくるものがある。
「でもありがとう……。これを見せてくれて……」
「ノープロブレム。家族だろ?」
ユウキには薫の血が流れている。
レイとユウキは同じ血が流れているのだ。
だから彼は、レイやノバを家族としてみてくれている。
「それにここは調査対象だからな。ついでさ」
「ねえ。冬木登市って何者なの?」
レイは胸に秘めていた疑問を、口にした。
ユウキのフルネームは、冬木ユウキ。冬木が姓らしい。
彼と同じ姓を持ち、トウイチ・コスモと同じ名前を持つ人間。
「僕の祖父だよ。父と一緒に死んだはずのね……」
「それって……。こないだ話してくれた?」
父の復讐心を溶かした、ある復讐者の話。
その時ユウキは、祖父の話をしたはずだ。
彼は無言で頷いて、謎の機械を操作している。
「彼が今回の件に、何の関係があるのかしら?」
「冬木登市とトウイチ・コスモは同一人物かもしれない」
「ええ!? そんなはずないわよ!」
レイは必至で否定する。コスモ家は上級貴族だ。
その血筋を残すため、平然と子供の意志を無視した婚約を交わしている。
得体の知れない異界の者を、養子にするとは思えない。
「遺伝子記憶ってものがあるんだ。遺伝子に先祖の記憶が書きこまれているんだけど……」
レイは早々に理解を諦めた。
ユウキは構わず、ボタンの操作を進める。
長方形には色んな画像が写されるが、レイには何一つ分からない。
「まあ、アイツならやりかねないと思ったけど……」
ユウキは呆れ半分、恐怖半分の態度を示した。
「コスモ家当主の子供に、胎児の頃から細工してやがった」
「なにが分かったの?」
「記憶を司る海馬の細胞を、生まれる前の子供に……」
目を回しているレイを見て、ユウキは謝罪した。
「赤ん坊に自分の記憶を植え付けたんだ」
「なっ! そんな事可能なの!?」
「出来ちゃうんだよ。この世界の技術なら」
ユウキの説明によれば、生まれた時は赤ん坊のままらしいが。
脳の発育と共に、冬木登市の記憶が蘇って来る。
孫がいるほどの歳。その人間の記憶は、若い頃のコスモ家当主の子供の人格を消滅させた。
「それにアイツならやりかねないんだ」
ユウキは珍しく、シリアスな口調である。
祖父の事をアイツ呼ばわりし、強い怒りを向けている。
「もう誰も不幸にさせない。今度こそ僕が完全に倒してやる」
「あら? 私達では不足だと?」
ユウキの肩に手を置きながら、レイは口にした。
「OK、言い直す。僕達が倒してやる」
「うむ。よろしい。一人で背負っちゃだめよ」
アンタが私に美味し得てくれたようにっと、レイは口に出来なかった。
自分の力に怯えていた彼女だが、ユウキのおかげで肩の荷が下りた。
腹を割って話して、分かり合う事。それが大事だ。
「それにしても、ネガリアンはどうしてここに僕を向かわせたんだ?」
「え? この秘密を暴くためじゃないの?」
記憶を胎児に植え込む事が、トウイチの秘密だと思っていた。
だがユウキは疑問が消えていないようだ。
「正直薄々分かっていた。ネガリアンは、そんなことを真実とか言わないよ」
「信頼しているの? 宿敵なのに?」
「ある意味ではね。無駄な事しないから、敵の時は厄介だったよ」
長年の宿敵だけあって、ネガリアンの事は良く分かっているようだ。
ある種の敬意のようなものだなと、レイは思った。
「だからここにはまだ秘密が……」
ユウキが装置を操作していると、急に口を閉ざした。
彼は無言でボタンを叩いて、正方形に何かを写す。
それは黒い球体だった。レイはユウキに説明を求める。
「反物質のエネルギーを増幅させる装置さ」
「これってヤバいの?」
「超ヤバいさ。これがあれば、ゾア様が覚醒した瞬間、一発ドカン」
ドカンの意味をレイは、怖くて聞くことができない。
確かなのはトウイチは本気で、世界を滅ぼす気だ。
「なんでなの!? なんでトウイチはそこまでして……」
「元々は妻を奪った、軍への復讐だった」
彼の孫である、ユウキが動機を語り始めた。
「元々はって……」
「悪魔の所業に手を染めている内に、本物の悪魔になったんだ」
ユウキは窓から外を眺めた。
目線の先に青く輝く球体が存在する。
「今はもう、当初の目的も忘れて。破壊衝動のまま全てを壊すだけさ」
「人の憎しみは、そこまで行ってしまうのね……」
レイは父の事を思い出す。彼も復讐に染まっていた。
ユウキがギリギリで踏みとどまらせたが。
世界を壊しても、おかしくない計画を立てていた。
「ユウキはどうして、色んな世界のために命を張れるの?」
レイはそれが疑問だった。確かに彼の世界は関係しているが。
今回の騒動は自分達の世界の、お家騒動に近い。
話を聞く限り、彼は何度も命を賭して世界を救っているようだった。
「ああ。それは深い理由はない」
「そうなの?」
「うん。誰かを憎んだり、不幸に嘆いたり。誰かを傷つけるのは簡単さ」
ユウキは笑みを浮かべながら、サムズアップを行った。
「でも人生を楽しんだり、誰かを幸せにするのは難しいだろ?」
人は不幸な事を記憶する生き物だ。
だからこそ、悪い事ばかりに目が行きがちである。
「僕はハードモードな人生を送りたい。その方が達成感があるからね」
「なにそれ」
レイは思わず吹き出した。世界を救う理由が、楽しいから。
人に手を差し伸べる理由が、難しい人生を送りたいから。
そんな理由でも、人は手を差し伸べることが出来るんだ……。レイは感心していた。
「お嬢様も人生を楽しみなよ。一度しかないんだから」
「ん。そうするわ。少しは見習ってあげる」




