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政略結婚の果てに──私に興味がないそうですが、私がいなくなったら困るくせに――  作者: クレキュリオ
第3章 一致団結

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第12話 想いのある場所

 セイはゾアに連れられて、外を歩いていた。

 従者も付けず、彼はただついてきて欲しいとだけ告げる。

 彼女は何も言わず、ゾアの言葉に従った。


 無言で歩き続けるゾア。徐々に足取りが重くなる。

 それでも一歩ずつ前進し、ある屋敷に辿り着いた。

 ここはコスモ家の別荘。普段はあまり使われない場所だ。


「ゾア。ここは……」

「覚えているよな? 俺達が初めてあった場所だ」


 セイは十五歳になったその日。

 急にお見合いと言われて、この屋敷に連れてこられた。

 そこで有無を問わず、ゾアと婚約させられたのだ。


 ゾアは屋敷の門に手を当てながら、俯いた。

 とても寂しそうに。今にも消えてしまいそうにセイには見えた。


「俺は……。ここで始まったんだ」


 手を握りしめながら、屋敷を見上げるゾア。

 

「俺の両親は、ここで政略結婚を交わされた。ここは、そう言う場所なんだ」


 手入れが行き届いているとは言い難い。

 この場所は、ただ儀式をするための場所なのだ。

 コスモ家が、より強固になるために。子供を利用する場所なのだ。


「叔父に聞いた事がある。両親は俺が生まれた時。一度も抱かなかったそうだ」

「っ……!」


 セイは言葉を迷った。

 ゾアがどんな気持ちで、両親に生まれさせられたのか。

 態度で表わしている。


「生まれて一週間もしないうちに、二人共姿を消したそうだ」


 セイは目を瞑って、ゾアの感情に同調する。

 自分は両親に愛されて育ってきた。

 親と言うのは子供の心理障壁最後の砦なのだ。

 

 その親に生まれた時から愛されなかった事実。

 セイは胸を痛めながら、顔をしかめた。


「その後俺は……。コスモ家の親戚に、丁重に扱われたよ」


 ゾアは屋敷の外壁に背中を押し付ける。

 セイを見つめながら、乾いた笑いをあげる。


「監視付きで、この屋敷に閉じ込めるというやり方でな」


 ゾアは両家を繋ぐ、大事な子供だった。

 だから親戚たちは、ゾアが死なないように外に出さないようにした。


「俺は大事な"道具"だからな。怪我一つさせたくなかったんだろ」


 セイは子供に残酷な仕打ちだと思った。

 外の世界も自由も許さず。ただ両家を繋ぐ鎖にする。

 そんなことが、この世界では平然と行われているのだ。


「俺は十歳の頃。叔父に引き取られた。そこで初めて、外に出られたんだ」


 ゾアの叔父。今のコスモ家当主は、ゾアの身を案じていた。

 十年も手が出せなかったのは、理由があるのだろう。

 ゾアが叔父を信用できなかったのも、無理はないとセイは思った。


「俺は月に一回。この屋敷の前を訪れている」


 ゾアは拳を握りながら、外壁を叩いた。


「アイツらへの復讐心を忘れないために! 貴族社会への憎悪を忘れないために!」


 ゾアは感情が籠った声で、セイに告げた。

 この屋敷は、彼の始まりの場所。

 全ての復讐が籠った場所なのだ。


「自分の婚約が決まった時。この場所とは、皮肉だと思ったものさ」


 この屋敷は、政略結婚のためだけに使われる。

 連れてこられた瞬間、ゾアは全てを悟ったのだろう。


「俺は生まれた瞬間自由を奪われ。婚約者さえ勝手に決められた」


 セイは初めてあった時、ゾアの瞳の冷たさを感じた。

 その時はただ冷酷そうな人だとしか思わなかったが。

 今になれば、彼の感情を理解できる。


「だから俺は誓ったんだ。誰を犠牲にしようと、この世界に復讐してやるとな」


 例えそれが、国の王女であろうがゾアには構わなかった。

 彼が権力を求めた理由は、貴族社会を撤廃するためだ。

 全ての貴族に復讐をするため。或いは世界そのものに復讐をするため。


 セイは胸に手を当てた。ゾアの感情が、流れ込んだ様な気がした。

 酷く冷たくて、固く閉ざされていた。でも誰かに救って欲しくて……。


「だから私に興味がなかった。いや、持たないようにしたんだね?」


 セイはゾアに近づいた。


「私を憎しみのはけ口にしないために」


 婚約者と言うのは近しい人間だ。

 それが政略結婚であっても、お互い一緒に居る事になる。

 セイは興味を持ってしまえば、自分に憎しみをぶつける。


 そのことを危惧して、ゾアが敢えて冷たい態度を取ったと思った。

 距離を取ることで、憎しみを向けない様にしたのだ。


「ゾアはずっと一人で。悲しみも憎しみを抱えてきたんだね」


 セイはゾアの両肩に、手を置いた。

 

「ずっとこうやって。誰かに助けて欲しかったんだね」


 セイは手を握りしめて、ゾアの体を近づけた。

 ゾアは目を大きく見開いた。


「なら。私が助けるよ。貴方の憎しみも悲しみも。全部一緒に背負ってみせる」


 ゾアはセイの手首を握った。

 頬を緩めながら、先ほどと違い優しい笑みで。

 セイと目線を合わせ続ける。

 

「君の言う通りかもな。俺はずっと……。誰かに自分の苦しみを知って欲しかったのかもな」

「ええ。すっかり伝わったよ。辛かったんだね。辛かったよね」


 セイがその一言を発した瞬間。

 ゾアの瞳から、光を反射するものが。


「よく、頑張ったね」


 ゾアの瞳から、徐々に氷の様な目線が解けていく。

 きっと彼は、ずっと誰かの理解が欲しかったのだ。

 だからセイは、彼の憎しみを否定しなかった。


「ああ……。クソ……。そんな風に言われたら。お前と婚約破棄し辛いじゃないか……」


 声をからしながら、嬉しそうにゾアは悔しがっていた。


「ゾアの好きにすれば良いよ。貴方は十分代償を払った。もう、幸せになって良いんだよ」

「ダメだ」


 ゾアがセイの手首を、強く握り返した。

 

「それじゃあ、君だけが損するじゃないか。そんなの絶対にダメだ!」


 強い意志を込めながら、ゾアは口にした。


「君も幸せになって良いんだ。だから婚約破棄は……」

「ゾアが一緒でも、幸せになれるとは限らないよ?」

「確かにな。でも幸せを感じる様に、善処するよ」


 ゾアはハッとした表情をする。


「勿論、君が嫌なら良いけど……」

「意外と本心は、小心者なのね。どこまでも放っておけない人だ」


 セイは優しく微笑んだ。


「なら、私の婚約者に相応しいか。試してあげようか?」

「ああ。努力するよ」

「……。普通逆なんだけどね。立場」


 セイとゾアは互いに笑いあった。

 距離がずっと、近寄った気がした。

 彼女はゾアが、自分の胸の内を明かしてくれたことが。


 正直嬉しかった。彼の事を知ることが出来た。

 もっと彼の事を知りたいと思った。

 メイド長の騒動の時から、彼の優しさを信じられるようになった。


「ゾア。これからも、月に一回。ここを訪れない?」

「え?」

「ここは私達が初めてあった場所でもあるから」

 

 セイは屋敷を見上げなら、腕を広げた。


「憎しみの象徴じゃなく。楽しい思い出の場所として、書き換えてみない?」

「思い出か……」


 セイは思った。ゾアには今まで、楽しかった思い出などないだろう。

 だったら、自分がこれから沢山作ってあげようと。

 彼にはどこか、放っておけない雰囲気があった。


「ああ。そうだな。ここは、大事な場所だ……」 


 セイにとっても、ゾアにとっても。

 お互いは政略結婚の相手では、なくなった。

 政略結婚の果てにも、分かり合える。二人はそれを実感したのだ。

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